星乃の花泥棒

@himemiya-titose

第1話

***

夕焼けに染まった小学校の教室で僕はクラスメイ3人に追い詰められていた。きっかけは些細なことだった。

「何でぬいぐるみなんか持ってんだよ」

「何で裁縫とか料理とか好きなの?」

「まじこいつウケるよな。」

彼らは、僕の作った手のひらほどの大きさのぬいぐるみを見て笑う。自分はロッカーに座り込んでしまい圧倒的に大きな存在に囲まれた気がして恐怖心が僕に募る。

「篠原くんに何してるの?」

帰ったはずの星月はじめ君が彼らに向かって言った。彼らは、星月君を睨む。

「だってこいつさぁ面白いんだよ。」

そう言った瞬間腹を殴られた。痛みで何が起きたのか分からなかった。思わず弱々しい声を出した。


朝の教室で、僕の目は震えていた。僕は頭から水を垂らしながら、濡れた床を拭いていた。

「お前先に頭を拭かないと意味ねえじゃん。」

僕は、雑巾を頭から被せられた。

「ははっ、ウケる。」

何人もの人間が周りで笑っていた。

星月君が教室に来た時、彼は言葉を失っていた。彼の顔はどんどん青ざめていき、目を逸らした。


ある日の昼休みに---が僕を殴ったのを先生が見かけた放課後。先生とあの三人と僕の五人で話していた。

「先生俺悪くないんすよ。篠原くんが俺らのこと殴ってきて〜」

「彼は正当防衛なんですよね。」

「彼は悪くない。悪いのは篠原だ。」

先生は強い表情をしながら僕を問い詰める。

「何故---を殴った?」

僕は下を向いて、黙り込んだ。

「篠原。黙ってるだけじゃ話が始まらない。」

僕の心は恐怖と絶望感に満ちた。


夕焼けに染まった教室。僕は星月君と喋っていた。

「僕のことは大丈夫。僕に関わるとはじめ君がいじめられちゃうし。大切な友達を傷つけたくないしね。」

数日後はじめ君は校舎から飛び降りた。

***


八時を指している目覚まし時計が鳴いていた。

汗でぐっしょりと濡れたベットと寝巻き。

嫌な思い出によって最悪の目覚めだった。

「何であの時のことを夢で見たんだろ」

僕は、天井を見上げながら左にあるカーテンを開けた。僕は、部屋から出て、ゆっくりと一階へと降りた。洗面台へ行き、濡れてしまった寝巻きと布団を洗濯機に放り込む。僕は顔を洗い歯を磨いた。台所へ行き、朝食を作る。箸と皿をリビングのテーブルに持っていき椅子へと座った。

「いただきます。」

テレビを点けるとニュースが流れている。

「今日の星根の天気は晴れと予想されます。」

朝食を食べ、朝の支度が終わった僕は玄関へと向かった。玄関には、亡くなった母と家出した姉、二人の写真が飾られている。

「新しい学校に行ってきますよ。姉さん。母さん。」

僕は玄関の扉を開けた。

春だというのに、まだまだ寒い。涼しい風に連れられて、桜の花がゆっくりと川の方へ落ちていった。とても風情がある。ただそんな光景がずっとずっと続いている。時々、神社や寺などを見かけた。どこも猫が何匹かいた。


学校の門には、高等部付属波杉中学校と書かれている。今日、この学校の門を初めて通る。僕はこの春にやってきた転校生なのだ。小学五年の頃から転校を繰り返していた。だから転校には慣れていた。

校庭に入る。左を見れば、桜で彩られた山。右を見れば青々と輝く海。校舎の前には沢山の花が植えられた花壇があった。

僕は事前に聞いた中等部二年の教室へと向かう。教室の扉を開けると十個程の机と椅子が置かれていた。そのうち二つの席が空いていた。自分の席は、窓側の一番後ろという漫画の主人公にありがちな席だ。僕は自席に座ってスクールバッグを机の横に掛けて、時計を見てみた。ホームルーム開始まで1分もない時間だというのに、隣の人はこない。休みなのだろうか。

「おはようございます。」

気力のない挨拶をしながら担任の先生がやってくる。スラっとした体型でスーツを着ている。光り方によっては、青色にも見えなくもない黒髪だった。胸元には、日川と書かれたピンがあった。

「かやっ…いや違うか。

山下はまだ来てないのか?」

日川先生が何か言い直したような気がした。

チャイムが鳴ると同時に突然後ろの扉が大きな音を立てて素早く動いた。

「おっはようございま〜す!!」

音のした方を咄嗟に見ると、右手で扉を開け、左手でバックを持った女の子がいた。桃色の長い髪が美しくたなびいている。身長は160センチメートル程で、顔はとても可愛い。この一瞬。時が止まったかのように彼女に目を奪われた。

「山下。遅刻ギリギリの登校は良くないぞ。」

「ごめんなさい…」

少し悲しい表情をしながら、こちらへと向かってきた。山下さんが席に座ると此方を見てくる。

「君って転校生だよね!私は、山下春香だよ!これからよろしくね!」

山下さんは純粋な眼差しで微笑んだ。

僕の胸が高鳴った気がした。

「僕は篠原絆です。」

「篠原絆くんかぁ〜ほほう。」

ニマニマした顔でこちらをみてくる。その顔は喜びや安心という感情があったように見えた。

名前を言っただけで、こんな反応は気味が悪い。

「まぁよろしくね!」

「よろしく。」

山下さんが前を向いたときに僕の視線は顔から胸に落ちた。白いシャツが汗で透け、水色の下着が見えていた。


午前の授業が終わり、昼休みになった頃。僕は静かに本を読むため、屋上へと向かう。屋上は美しい景色が広がっている。山からの温かい風や海からの涼しい風が柔らかく僕を包む。とても心地よい。

僕は座って本を開く。しばらくすると、肩に違和感を覚えた。少し重いというかもふもふしたものを感じた。肩の方を見てみると黒猫がいた。

「うわぁっ!」

猫は驚いたように毛を立たせ床に飛び降りた。猫はこちらをじっと見つめてくる。この猫は見惚れてしまう程に神秘的だった。

毛並みを太陽の光で美しく反射させながら、尻尾をくるりと回していた。

その猫はまるで神様かのように思えた。

猫に見惚れていると、いつの間にか猫は消えていた。

「なんだったんだろうか。」

「一人で本を読んでいるのかい?」

声がした方に目を向けると、扉を開けているクラスメイトの里口忍君がいた。

彼はすらっとした体型で襟足が肩程まで伸びた中性的な見た目の美少年だ。遠くから見ればカッコいい女の子とも見えなくもない。

彼はこちらに近づき、僕の本を見た。

「ちょっとだけ一緒に読ませてくれないかい?僕もこの本が好きでね。」

「別に…大丈夫だよ。」

彼は後ろから僕の本を一緒に読み始めた。

しばらくして、昼休み終了の時間となる。

「今日はありがとう。少しばかりのお礼だが、

君の好きなネコノヒゲをあげよう。」

「ありがとう。」

彼は花を僕に渡してきた。見たことのない花だった。


夕焼けに染まる教室。

放課後色々と学校を巡っていたら遅くなってしまった。机の上で、荷物を片付けていると、扉が開いた。夕焼けで顔が暗くなってよくは見えなかったが山下さんだった。

「あれ?まだいたの?」

山下さんは此方へと近づいてくる。耳元に口を近づけて、山下さんは呟いた。

「一緒に帰らない?」

「わかった。」

帰り道の途中。山下さんは色々聞いてくる。

前いた場所とか、好きな食べ物とか、趣味とか。僕は全て雑に答える。

「ねぇねぇ!空を見てみて!」

山下さんが突然空を見て大きな声を出す。

山下さんに言われた通りに空を見上げると満天の星空が広がっていた。澄んだ空気と山に囲まれ、ゆっくりと流れる川の音に僕は全然気づかなかった。

「綺麗だな…」

感動してしまった。久しぶりに感情が顔に出た気がする。少し顔が痛い。

「展望台とかから見ても綺麗なんだけど、

こういう普通の道から見ても別の綺麗さが

あるでしょ!」

「そう…だね。」

ずっと眺めていたい。過去のことなんかどうだっていいじゃないか。ずっとこんな景色が続いてほしい。

「じゃ、私ここだから!」

山下さんは右前の家を指差す。

「ちょっと待って。僕の家山下さんの隣だ。」

僕の家は山下さんの家の隣にあった。

「えぇ〜!運命的!」

棒読みで山下さんは言った。まるで知っていたかのようだ。

「じゃ!バイバイだね!またね〜!」

山下さんは手を振りながら走って帰って行った。

スカートを弾ませ、下着が見えてしまいそうだった。

「っっっ!」

僕は恥ずかしさで声にならない声を出した。

山下さんが家の前についた際振り向いた。輝いた目をさせて、にっこりと微笑みながら手を振っている。

この時僕の胸は少し痛んだ。

「可愛いな…」

思わずそんな言葉が溢れた。

「帰らなきゃ。」

僕は家の方へと向かい、鍵を取り出して、扉を開けた。2階の自室に入り、荷物を机の横に置く。ネコノヒゲを机の上に優しくおいた。

「疲れた…」

最近一度も人と触れていなかったせいかドンと疲れがたまる。今までの転校先では人から避けていたが、今日は、山下さんや里口くんと触れた。こんなに人と話をするなんて、小学生以来かもしれない。今までずっと人を避けていた。でも今日は無意識のうちに、人と避けずに喋ることができた。それは、この地域の美しい景色のおかげなのかもしれない。独りが良かったはずなのに、なんだか今日は楽しかった。僕は、屋根裏部屋へと向かう。屋根裏部屋には、天体観測をするための望遠鏡や星にまつわる本がたくさん置いてある。僕は小窓を開け、合掌をした。

「いつかあの星のようになれますように。」

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