第13話
「薬草から催淫剤を作っている方に直接話が聞きたいのだけど」
口にしてしまえば何て単純で簡単な事だろう。可能なのかしら?と問うシエナの目には、まだまだ諦めなど見えない。
その様子にアメリが知っている範囲の事を話す。
催淫剤を作っているのは70代の元娼婦で元貴族令嬢。現在催淫剤を卸している高級娼館に売られ働いていた経歴をもつという。
直接のやり取りは兄ルーイが一人で行っていた事から面識のないアメリには、どうして娼婦になったのかも薬を作る側になった経緯も知らないらしい。
立ち上がりながら簡潔に話し始め、読んでいた本を元の位置に戻した後壁のフックに掛かっていた外套を羽織るとアメリは振り向きーー。
「私が知っているのはこれくらいかな。じゃあ行くわね。急いで海岸沿いの支店に連絡取らなきゃ」
笑顔を見せるアメリ。
「ええ、お願いするわね。相手方への依頼報酬の額や諸々はいつもと同じように商会側に任せるわ」
「うん勿論分かってる。シエナも余り根を詰めないように。程々のところで切り上げて帰るのよ。詳しい知らせは邸宅の方に送るから」
外へと出たアメリが、待機している商会の馬車に颯爽と乗り込むまでを見送り一人になったシエナはというと、今日のところは珍しく言われたキリの良い所で王都に戻ろうかと、玄関扉の前に立ち庭の真ん中でのんびり草を
十三の誕生日に師匠から贈られた愛馬にも最近は無理な走りを強いていると感じていた事も重なって、毎度日が沈む直前まで実験に没頭しがちなシエナも、今しがた新たな先の予定が立ちそうな流れが出来た安堵感から、太陽もまだまだ高い位置にある早い時間に道具を片付け帰宅準備を始めた。
(いつものように日暮れを気にして急がなくていいなら、中央の街道を避けても遠回りしようかな。……なら大神殿の前を通ってみようかしら)
邸宅へと戻るルートからは大幅に外れてしまう道を思い浮かべ、師匠の眠る大神殿の前を通ると決めたら、対面できるものでもないのに不思議と気分が高揚してきた。
決して避けている訳ではない。それでも何の成果も出せない状況で大神殿に近付くのは
『もう少し結果が出たら……あと少し手掛かりが見つかれば……』
頭の隅に薄っら張り付く思いのせいか、シエナが大神殿の敷地に足を踏み入れたのは師匠ネヴィアが眠りについた当日だけだった。
シエナにとって除去薬の完成は願いではなく当然あるべき事。
プライドとも罪悪感とも区別がつかない苦い感情は常にシエナの隣にいる。
大神殿への訪問の代わりというわけではないが、国内で唯一塔の中へ祈祷時間のみ入る事が出来る大神官を宛先と記し、度々本と寄付金を送っては、眠り続ける師匠へと読んでもらっている。
……が、一回一回送る量が多過ぎたせいで山のように積まれた本(大神官曰く)は、都度選別され孤児院へ配られたり、大神官様の裁量で活用されていると聞いている。
以前に大神官様の自室までもが大量の本で埋めつくされかけた頃、師匠の様子を知らせてくれる定期連絡の手紙に書き添えられていた
『現在寝台の上しか足の踏み場も残っていない状態になってしまい、恐縮ではありますが一部でも良いので孤児院へ持っていっても構いませんか?整理が出来ておらず、お恥ずかしい限りです』
どうやら大神官の執務室や自室があれよあれよと言う間に本で埋め尽くされたようだった。あれは本を送り始めてから二ヶ月も経っていなかったな……と街道から外れた
(今は感傷に浸る時ではないわ)
砂利道がレンガの舗装路に変わり始めてからすぐ、遠くに見えてきた二つの塔のうちネヴィアが眠りに就いている低い方の塔を静かに見上げる。
やはり今回も神殿敷地には近寄らず、人が行き交う道を挟み少し離れた位置から大神殿敷地内に
◇ ◇ ◇ ◇
あれからすぐ『催淫剤の作り手が面会依頼を快く受けた』という知らせが届いた。しかしながら実験小屋?に招きたい御仁の年齢も加味して、商会は高齢でも快適に移動できるよう内装を一新した特製馬車の製作に取り掛かると共に、要所要所で今回の招客に宿泊してもらう宿の手配等を始めた。
それと平行して依頼主であるシエナ自身も、王宮へ納める薬の製薬作業の日付が重なった事から、シエナが招いた作り手に対面出来たのは依頼を口にした日から数えて二週間と少しが過ぎた昼前だった。
「初めましてシエナ・クラークと申します。この度は遠い所までご足労頂き感謝致します」
朝日が昇りかけると共に準備を始め、鶏が鳴くよりも前には愛馬に跨がり駆けていたシエナは、
いつもなら到着するや否や実験道具を手にするシエナでも、今回はその実験への助言を待っている為そうもいかない。
時間をもて余した結果、小屋の前で愛馬にブラシを掛けたり馬体を撫でていたが食事中も止まらない構い様に、さすがの愛馬も邪魔だとばかりにブルルンッ!と、ひと鳴きしてシエナを追い払った。
仕方なく小屋に戻ったシエナは室内を見回す。ソファーのサイドテーブルに置かれた幾つかの冊子は、フューシャ商会が得意先の貴族等に届けているドレスや装飾品の描かれた簡易カタログや商会の仕事に必要な本しかない。
王都に向かう前の中継地か、はたまた息抜きの場所とでも考えていそうなアメリが、お茶を飲みながら目を通した後に置いていった物が少しずつ増えたのだろうが、人目を引く容姿と相反しシエナは着飾る事に興味がない。
いや、『着飾るという考えや知識を持ち合わせていない』という方が正しいのかもしれない。普段は動きやすさ優先の簡素で丈夫なロングワンピースの上に薬師のローブを羽織っているのが
ドレスらしいドレスを着たのは九つの時が最後だろう。それすら古い記憶過ぎてあやふやである。
暇潰しの手段としてもドレスのカタログを読む選択肢は端から思い当たる事もなく、シエナが他の時間潰しとして思い付いたのが壁に掛かっていた
仕方なしといった風に一人掛けのソファーへ身を預けたシエナは、深い溜め息とも深呼吸ともとれる息を
扉の向こうから愛馬の軽い
(どれくらいの時間こうしていたのかしら…)
硬い表情と共に時計へと向けた視線は、思ったより進んでいなかった時計の針を確認した事で、瞬時に安堵に変わり胸を撫で下ろす。
面会日時が詳しく決まり、詳細の記された書簡が手元に届いた数日前から興奮を帯び眠れない日が続いていた影響なのか、前日まで集中的に行った王宮へと納める製薬作業から来る疲労の影響か、少しだけ倦怠感を感じてはいたが、何徹しても居眠りをした記憶の無かったシエナは、僅かに違和感を感じながらも些細なものと思い立ち上がると、眠気覚ましに顔を洗い軽い身支度と客人を迎える最終的な準備を始めた。
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