第12話


 ガラスの器に満足いく量の血液が溜まると、腕の内側に突き刺さっていた透明なナイフをサッと引き抜く。

 眉ひとつ動かす事もなく、器具を並べた時と大差ない作業然とした動きは、同じことを幾度となく繰り返してきたせいだろうか。


 そして、不思議なことに今まで刃物が刺さっていた傷口から血の一滴すら垂れないのは、このナイフ自体が魔導具であるお陰である。

 ネヴィアが神殿入りした直後、一人きりになったシエナを心配し時間を作っては薬師棟へ顔を出していたルーイの妹アメリは、何度目かの訪問の際、自身の腕や足を傷付け血液を採取しているシエナの姿を偶然目の当たりにし、シエナがネヴィアと同じく瘴気の被害に侵されている事を知った。

 これ以上シエナの身を傷だらけにしないようにと後日贈った品が、極小かつ透明な魔導具のナイフだった。


 この魔導具に行き着くまで、アメリも散々『もう少し違う採取法を考えようよ』と説得したが、自身の事に無頓着なシエナには全く響かず『何故?これが一番手っ取り早いわ。服や周りは少し汚れるけれど』と言い、全くではない量の血に染まりまくった服のまま、心の底から不思議そうにコテンと首を傾げ採血の方法を改善する様子はみられなかった。

 その為アメリは、自身のネットワークを最大限に使い大急ぎで魔導具のナイフを手に入れシエナへと届けた。


 『薬師筆頭ネヴィアの身の回りの世話をする』という名目で、この魔導薬師棟に数年間住んでいた過去をもつアメリは、棟の事も薬師達の人間関係も、シエナの人となりだって熟知している。

 それ故の最適な贈り物だったといえよう。



 さて、自身の血液と海草を並べた後は、時間が惜しいと言わんばかりにシエナの手と頭は素早く休まずに動き続けた。従来の単純な製薬法から最近主流になりつつある製法も全て同時並行で進める。

 どれも作業時間は海草と海草液体の使用期限がある事で、長くても一日で済むものに絞られ、生成や精製が終わると即座に採取した血液に混ぜ混んだり垂らしたりしたものは、後で経過観察するため一時保管用の特殊な棚に放置した。

 その傍らで次々に新しい実験を続けるシエナ。

 その耳には、背後にある扉を少し開いたルーイが『聞こえていないだろうけど、俺帰るわ。程々にしろよ』等と声掛けしていた事にも気付かない集中ぶりだった。



 (あ、そうだ!あれも試してみようかしら…)



 研究室に閉じ籠ってから夕刻が過ぎ、深夜、明け方……と随分の時間が経った昼頃、そう考え振り向いたシエナの目に飛び込んできたのは、瓶の中で茶色に変色し、浸かっていた海水へと溶け消えかけている海草もの。

 先程まで確かに、青々として透きとおっていた数本の長い草だったはずが、長いピンセットで挟むも、手応えもないまま掴めず海水の中へと溶けまじっていく。

 慌てて凝縮された液体の小瓶の方に手を延ばすが、それも粘度は消え失せ固く瓶底にこびりつく、パサパサと乾いたものに変わり果てていた。


 現在思い付く限りの実験は行ったものの、それ自体が二十四時間以内という短い時間で収まるものだけ………。


 『事前に調べて置けば、もっと様々な実験例もあったかもしれない』

 『三日しか保たないという前情報を受け取っていたのに……』


 自身の不甲斐なさに苛立ちを覚えながらも、一旦感情は押さえ込み、色や状態が変化してしまった二つの瓶の中身を出し、余すこと無く最後まで使ってはみる。

 しかし、この後にじっくりと時間をかけて順々に行った経過の結果、変色後に使った物は腐っている事が判り、到底実験等と呼べる代物しろものではなかった。

 それでも、他の試薬液と混ぜ放置しておいた複数の血液を検証した総合的な結果としては、各々に差はあるものの瘴気濃度が減っている血液が多くあったお陰で、この四年近く暗中模索だった状態から抜け出せ僅かに光が見えたような、爽快な心地で作業台に突っ伏し脱力のまま眠りに就いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 「ねえ、アメリ」

 「ん?どうしたの? 」


 壁に作り付けられた作業台に向かい立ち姿で試薬を作るシエナが、作業の手は止めぬまま背後で読書をしながら茶を飲んでいるアメリの名を呼んだ。

 何でもないよう返事を返しカップを置いたアメリだが、内心では『作業中に声を掛けてくるなんて珍しいな』と、その後ろ姿を見つめる。


 「何か足りない物でもあった?買える物なら直ぐに用意するけど、あ、それともシエナの部屋にある本とか実験器具とかかな?」


 『器具は魔導具だもんねそれなら誰かに取りに行って貰おうか?……』明るい声色でそうアメリが言い掛けた時、シエナが小さな声で呟くのが聞こえた。



 「私も海岸沿いに行ってみたいわ」



 現在シエナが実験をしているこの部屋は、王都にあるタウンハウスの自室ではなく、王都の南側に隣接している領の更に最南端に建つ素朴で小さな一軒家の居間。

 ーーーいや、居間だったも痕跡はほとんど取り除かれ、壁には丈夫だけが取り柄のような棚と作業台が取り付けられており、簡易的な研究室のような作りになっている。

 居間らしい所をしいて挙げるならば、今アメリが腰掛けている三人掛けのソファーとサイドテーブル、それから一人掛けのソファーは居間らしくは見えるだろうか。


 初めて海草を用いた実験をしてから約二ヶ月が経つ。国王の常備薬を定期的に宮へと納めている、筆頭魔導薬師という立場を持つシエナの行動は王により制限されているため、海岸沿いの地域に行く事は出来ない。

 しかし、あれから様々な人海戦術で三度みたびシエナの元に海草は届けられた。そして多くの人員を用いても、短すぎる使用期限に見合わない届け人の疲労困憊さ加減を目の当たりにしたシエナ自身から商会へ提案がされた。


 「海岸沿いには行けないけれど、王都に隣り合う周辺領には行けるから、そこの最南端に小さな研究所を作りたいわ。私が移動すれば、多少なりとも海草を使用できる時間は増えるし、運ぶ距離も多少は縮むでしょう?」


 その提案の便りを受けたアメリが急ぎシエナの元へ向かうと、話はトントン拍子に進んでいき、三日後にはシエナの希望に合う位置に希望に見合う庭付きの一軒家を探し出し購入を済ませ、最低限の突貫工事を半日で終わらせた。

 各領には簡易検問所があり、シエナは王都に隣接する四領地への通行手形しか持っていない。王都周辺から最後に出たのは、大陸中央にある公国で数年置きに行われる、魔導学術会へと招待されたネヴィアの随行者の名目で出国した五年程前の一度きり。


 元々薬草採取以外の目的で、自ら進み薬師棟や王都から出るタイプでもなかった為、不自由を感じることも不満に感じることも無かった。

 いや、好きな魔導薬学の仕事をしながらネヴィアに仕え過ごせる日々は何より充実していたのだと、分かってはいた。しかし今では、それが師匠に守られていたことで成立する幸せだったと痛感する。


 この小さな一軒家を購入してからのシエナは、二週に一度ある国王への製薬作業を終え、それをいつも通りに近衛騎士に手渡すと急ぎ馬に跨がって一軒家を目指し駆けた。

 それが二ヶ月近く続くと商会の配達人達も、このスケジュールに合わせ海草と海草液を一軒家へ届けるのが難もなく習慣となっていたが、包みを受けとるシエナの雰囲気は晴れ晴れとはいえない。

 表情では判断が付かないものの、当初は包みを受けとるのを心待ちにし、受けとると期待感に満ちた雰囲気を放っていた。

 その期待感とは、自身への期待感が多いにあったのだろう。自分ならば海草から何かの手懸かりを見つけ、新薬を作り出せるという期待感。


 だが二ヶ月経った実験の結果としては、シエナが当初思い描いたものの半分にも至っていないと感じている。


 『何が駄目なのだろうか?いや根本的に全てが違うのか?』

 『海の草に詳しい人物が居れば何か突破口が見出だせるのでは?』

 『草ならば、地中も海中も変わらない可能性は?』

 『誰か有識者が居ないのか?誰か……』


 目を閉じて考えを巡らせながら、過去に師匠ネヴィアの随行者として魔導学術会へと参加した際、師匠と同じテーブルを囲んでいた面々を思い浮かべると、それに引きずられるように以前宮廷内の廊下で耳にした人物の声が脳裏に呼び起こされ、知らず眉をひそめた。




 ーーーそう。一年と少し前シエナが薬師棟を後にした原因。




 王宮敷地内への魔獣飛来から三年近くも経とうというのに、一向にネヴィアへの治療薬の開発も進まず、日々舞い込んでくる膨大な製薬依頼に時間を取られるシエナは、思い付く中で薬草学の知識量を一番持つだろう『帝国の第四皇子テオバルドこと薬神皇子』と呼ばれる人の助言が必要と考えて、自ら製薬したばかりの王の常備薬を携え半年前に国王へ直接その旨を伝えた。

 大陸一の力を持ち、他国が束でかかろうとも到底及ばない帝国の皇子への書簡などはなから断られるだろうと思っていたシエナに向けられた国王の返事は、この上ないくらいの快諾だった。



 「余の知らぬ間に、現筆頭の元へは製薬依頼が立て込んでいるようだな、申し訳ない。筆頭の望み通りに早急に帝国へ向けた書簡を準備させよう」



 そんな王とのやり取りから数ヵ月が経った王宮の本殿廊下。いつもと同じように国王の薬を届け終えたシエナは、薬師棟へ帰るため足早に廊下を歩いていたが、丁度曲がり角の向こうから聞き覚えのある甲高い少女の大きな声が耳に届き、意識するより先に壁沿いの分厚いカーテンの裏へと身を隠した。

 不快感しか沸いてこない少女の声が徐々に近付いてくるにつれ、おのずと会話の内容と話し相手もわかるというもので………。


 「……でね、あの薬師がテオバルド皇子様に連絡を取ろうとしているって、本殿付きの者が教えてくれたんだけど」

 「テオバルドって、薬神皇子とか持て囃されているやつか」

 「もう!お兄様ったら、そんな酷い言い方お兄様でも許さなくってよ!」

 「あはは、悪い悪い!そんな膨れっ面をするもんじゃない。折角の天使のように可愛らしい顔が台無しになってしまうだろう?」

 「あら、私はどんな表情でも世界一可愛いってお父様は仰っているから良いの!って……そうじゃなくって!その肝心のテオバルド皇子様への連絡の話よ!」

 「ん?ああ」


 大して興味もなさそうな様子で王太子が相槌をうつ。


 「古臭い薬師棟に引っ込んで言われたままに大人しく薬でも作っていればいいのに、帝国の皇子様に連絡を取りたいとか身を弁えていないと思わない?」

 「まあ、あの薬師の女共は昔からそうだろう?場所さえ与えれば金を産み出してくれるんだから放って置けばいいじゃないか。父上もそうお考えだろう?」

 「そうだけど!!昨晩この話を人伝ひとづてに聞いてからイライラが止まらなかったの」

 「それで?今のマーゴットは大層ご機嫌に見えるけど」

 「流石お兄様!そうなの!眠れなかったから朝にお父様のお部屋まで行って話を聞いたら、周囲には書簡を出したように見せかけて実際は何も送っていないんですって!」


 ケラケラと実に愉快そうに『傑作よね』と言いながら笑うのを止められない様子のマーゴットの声に、先程謁見した際の国王の声が被さる。

 最近は謁見の度に、心の底から申し訳なさそうな表情を浮かべる国王はつい数分前シエナにこう告げた。


 『書簡を出してから相当な日数が経つものの、返事が一向に来なくてな。此方としても帝国相手に急かす事も出来ず……』


 最後は力無く口を閉じた自国の王の様子に、仕方の無いことだと、もう少しだけ待てば帝国から返事が来るかもしれない。もう少しだけ待とう。そんな期待を僅かに抱えて王の言葉を鵜呑みにした自身に嫌気がさし怒りが込み上げた。


 マーゴットへ伝えたと思わしき本殿勤めの者も事実を知らないということは、王の側近位しか事の真相を把握していないに違いなく、そんなの悪意でしかない。

 実際、王太子が口にしていた『金を生む薬師の女共』というのが国王の本心だろう。シエナだって魔導薬師の立ち位置など分かってはいたが、このような対応は流石に受け入れる事は出来なかった。


 『師匠と過ごした薬師棟で師匠の帰還を待ちたい。それまでここを守ろう』


 師であるネヴィアに力は及ばずとも、全力を尽くそうと未熟ながら頑張ったが、王室の有りようはシエナの心を弱らせるのに十分な所業を見せ、それからのシエナの行動は早かった。

 特例でシエナの定期診察をしている王の専属侍医に、瘴気での体の不調を告げ自宅タウンハウスへ戻り、そこで製薬を行いたい旨を王へ進言してもらう事にしようと考えた。

 併せて、薬師棟内でもシエナの居住区から離れた区域で暮らす他の薬師に相談があると持ちかけると、普段は顔を合わせないように避けている薬師が、取るものも取らずといった様子でシエナの研究室に駆け付けた。


 「私への相談など珍しいですな。どうなされた?」


 ネヴィアよりも幾つか上の年齢であるデレクは、薬師棟で勤める薬師ではあるもののネヴィアの弟子でもなく先代筆頭の弟子でもない。ネヴィアの師匠の甥という何とも形容しがたい立場であった。

 ネヴィアの師の甥であっても、叔父にあたる薬師の弟子にはならないまま薬師棟に所属し続け今に至っている。


 魔導薬師も王の侍医も、その筆頭役職は弟子となる者が後継指名を受けてから、引き継ぎ期間を設けて役職に就く事が慣例化されていた。

 ネヴィアもネヴィアの師匠も正式に届けを出した弟子は一人で、その他の薬師は宮廷勤めではあっても、後継候補からは外れる。


 後継指名を自身の預かり知らぬ場所で過去に二回も行われ、周囲からの声で後日知る事になったデレクは、宮廷に勤め二十年近くの月日を常に苛立ちと共に過ごしてきた。

 血の繋がりのある自分ではなく、年端もいかぬ子供、しかも女を弟子に迎えた事実に嫉妬し敵対心を抱えていたが、ネヴィアの魔導薬師としての才は、当時筆頭を名乗っていた叔父を相手にしても軽く凌駕するものであり、デビュタントすらしていないネヴィアが後継指名を受け、筆頭を継ぐ事への反対意見など皆無であった。

 そして、瘴気で蝕まれたネヴィアの指名を受けたのが当時十四のシエナ。


 仕事に伴う報告や業務の振り分け依頼以外の文言がデレクへと届いたのは、シエナが筆頭になってから初めての事で、異様さを感じたデレクは急ぎシエナの元へと駆け付け、そこで更に思いがけぬ言葉を告げられる事になった。


 「ええ、デレク・クーパー薬師。そこに書いてある通り相談事があり、お呼びしたんです」


 デレクの手元をチラリと見ながら、ソファーへと促して本格的な話を始めるシエナは『実はまだ誰にも話していないのですが……』と前置きをして、重要度を匂わせデレクの関心を一気に引き込んでからゆっくりと腰掛けた。


 「これからの事を考えても、陛下よりも先にクーパー薬師へ相談を持ちかけた事は間違っていなかったと、きっと陛下もご理解を示してくれると思います」


 勿体振ったシエナの物言いに、生来せっかちな気質のデレクはイライラとしているが、王の名を出されては自身の感情を抑えるほか無く、シエナの言葉を促すしか出来ない。


 「これから……とは?もし私で力になれる事なら何でもご相談下さい。微力ではありますが、私もこの薬師棟の一員です。クラーク筆頭がお困りなら力を尽くしてみせますとも」


 普段から常に笑みを浮かべ、他者の警戒心を解くのに慣れている貴族家出身のデレクは、唯一ネヴィアとシエナには笑顔で接する事は無かったように思う。

 ーーーというより接点がなかったという方が正しいだろうか。両者共、互いの見える場所で行動することもなく避けて過ごし、心底他人に無関心なネヴィアとシエナに、さも無関心かのように過ごすデレクは同じ場に居合わせる事が不自然な程に皆無だった。


 しかしながら、多分誰よりもネヴィア達を意識しながら生きてきたと言っても過言ではないだろうデレク。そんな男がシエナを前に、これでもかと言うくらいに人の良さそうな顔で接している。

 そう……今日の昼間シエナへと申し訳なさそうにしていた国王と同類に映る、眉を下げ慈愛を漂わせた顔で目の前に座る様子は王を彷彿させた。


 「実は、ここのところ体調が良くなく……」


 話しながら静かにシエナの話を聞いているデレクへと一瞬だけ視線を移すと、その男の目には喜びの色が有り有りを窺えた。吐き出したい溜め息を心に収め話を続ける。


 「前筆頭が神殿入りする直前から、眩暈めまいや動悸で倒れる事があり、その度に作業を休み休み行っていました。陛下の計らいで定期的に侍医に診て頂いてるのですが、最近は他の症状も併せて出てきてしまい困り果てているんです」


 診察や症状については事実だが、実際の診断結果は王と筆頭の侍医しか知らない。あとは偶然知られてしまったアメリくらいか。

 シエナが定期診察をしている事で要らぬ噂が立たないよう、対外的に知らせる必要がある家族や本殿勤めの者達には、シエナは他の軽微な病だと公表されている。

 王の常備薬をはじめ、他国との取引材料である最上位薬を製薬出来るのがシエナだけというのもあり、瘴気被害は他言せぬまま製薬にあたらせたいという王の判断だ。


 「そこで、ここからが本題なのですが、私は王都にある自宅へ居を移し、そこで製薬作業を続けようかと考えているのです。しかし………」


 言葉を区切り、勿体振って視線を床へと落とすと、先を聞きたくてしょうがないデレクは『何です?何でも言って下さい。仲間ではありませんか!』と次を急かす。

 仲間という言葉には違和感しかないが、焦らしていても進まない。


 「ええ……ある程度一部の製薬は請け負えると思います。ですが何より体調の事もあり、多くの製薬作業はクーパー薬師を頼ることになりそうです」


 製薬作業の負担増加にデレクは明確な言葉を返さなかったが、そんな事は気にせず話を続けた。


 「製薬作業の方は、人望もあり指揮能力にも長けているクーパー薬師なら、棟にいる薬師達を仕切り難なく出来る事でしょう」

 「……まあ、そう、かもしれませんね……」

 「ただ筆頭である私は公の場に出る仕事もあります。もし私が宮廷内から離れてしまうと、製薬同様にそれらの代理もして下さる方を任命しなければなりませんでしょう?……はあ……本当に困りました…。前例のない『筆頭代理』だなんて陛下や大臣等が認めてくれるのか考えると、今から心労で益々体調が悪くなりそうです」


 実際は他人の評価や物言いなど何とも思わないシエナだが、ただ俯きその言葉を口にしてからは、シエナはひたすら視線を床に落としたまま『ええ、ええ…」と頷いてさえいれば良かった。

 あとの話は鼻息も荒いデレクが、ここぞとばかりに名乗りを上げて自分こそ代理人として相応しいと述べた後、周囲の貴族達への説得や、国王周辺の者への進言は任せておけと言い残し、いそいそと勇ましく部屋を出ていった。


 以前どこかで見た令嬢の真似をしただけで、事態はシエナが指一つ動かす事ないまま思いどおり円滑に進められ、王家主導のシエナの引っ越し先の部屋の改装から仕事の引き継ぎまでが瞬く間に終わり、現在に至っている。




 本殿廊下での王女と王太子の会話、国王やデレクの声や表情。好ましくない宮廷に住まう人々の顔と、当時一縷の望みをかけて助言を欲した隣国皇子の顔が一辺にチラつき、知らず頭をふり改めて考えを纏める。


 (帝国の皇子に筆頭薬師とはいえ、伝もなく一介の貴族でしかない私が書簡など出しても届かないだろう……。就いている立場上遠くの海岸沿いにも行けない)


 

 それなら……と振り向いてから気遣う様子のアメリへ新たな依頼を持ちかける。



 「薬草から催淫剤を作っている方に直接話が聞きたいのだけど」







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