第11話




 副騎士団長(現騎士団長)




 『王女お気に入り騎士であるソワードの精神も流石に限界なのではないか?』


 王女の事を一介の新人近衛騎士であるソワードだけに抱えさせている罪悪感や後ろめたさが、当時の騎士団内では常に漂っていた。

 入団の訓練を終え、隊への配属が決まった矢先の新人という立場のソワードが八歳と幼い王女の目に留まったばかりの頃は、ソワード本人を深く知らぬ同期から『王女に気に入られた顔だけの騎士』というレッテルのみの判断で嫉妬されていた。

 皆、騎士であり貴族という自尊心から暴挙に出る者はいなかったが、不満を抱えている騎士は少なくなかっただろう。


 しかし学園の騎士科在学中から、その甘いマスクと恵まれた容姿に反し、誰よりも真摯に剣技に打ち込み技量を高めるのに夢中だった事を知っている身近な同期は、突然目標を奪われ身柄を拘束されたようなソワードへの扱いを気の毒に思っていた。

 そんな中、新人のソワードばかりに負担を強いる訳にはいかないという上層部としては当然の意向で、ソワードの代わりとして実験的に何人かの新人や、現在まで王女と対面する機会がなかった騎士をマーゴット王女の護衛へと配置した。

 その結果は良い方向へは好転するどころか、よもや八歳とは到底思えない王女の横暴さや実情を騎士団員全員が身をもって知ることになり、隊どころか騎士団全体からソワードへの嫉妬心などは跡形もなく吹き飛ぶ事になる。


 短い期間にも関わらず、周りへの被害は宮内を歩いているだけで自然とソワードの耳にも入る程に被害度は広がり、自ら王女の護衛に戻ると団長に告げに行く有り様だった。

 この時期のマーゴット王女が暴れ狂う姿を王宮の彼方あちら此方こちらで目撃した貴族達によって『王宮のわがまま姫』の異称は一気に拡散してしまったといえよう。



 ソワードを例に気に入った者への執着もそうだが、嫌がりの度合いも人並み以上の毛嫌いさを見せた。

 まず騎士団上層部の役職者、熟練の騎士や護衛が王女宮へ足を踏み入れるのを、マーゴット王女は何より嫌った。これに関してはソワードを護衛から外した時の比ではない。

 自身の視界に許可していない異性が入る事を大変嫌う上、理不尽ながらも自ら呼びつけた臣下の男性にすら当たりは強く、宮園散策の際にも外部から散策に来る予定の高位貴族や宮廷の勤め人は、成人を終えた男性ならば、事前に離れたルートを通るように王女宮から知らせが入り、王女自身の散策ルートも乳母がそれとなく誘導しながら打ち合わせで決めた通りに進めている徹底ぶりだった。

 両陛下や兄である王子殿下の散策時は、逆に高位貴族との挨拶程度の交流を積極的に行っているのに反し、高位だろうが下位だろうが見目や自身の好み、ある程度の若さが伴っていない者は排除する傾向にあるマーゴット王女。


 自身の内面とは正反対とも思える、フリルやリボンの如くふわふわとした現実味の無い、甘く夢のような幼い空間と王子様然とした異性がいる世界が好きなのだろうか?

 はたまた『姫君』が中心となり立つ舞台に、地味な色や枯れた色を持つ者は不要だと無意識にも考えているふしもあるが、そういう偏った思考になっても仕方ない程の可憐さと甘やかしがあるのだから仕方のない事ともいえる。

 そういった事情も重なり、のマーゴット王女から見えてしまうであろう範囲での護衛騎士選考は直前まで難航した。



 『それなりに若く見目が上位に入る入団訓練を終えた騎士』



 最終的にそこまで条件を絞って吟味した。若くとも以前ソワードを王女から引き剥がそうと皆が躍起になっていた時期に配置し、王女の逆鱗に触れてしまった騎士達は王女の記憶に残っていた場合に再び暴れだしかねない事から省かれた。

 逆鱗に触れたとはいっても、騎士達が何かしら不敬に問われる行動をした訳ではなく『なんでソワードがここにいないのよ!!!!』という一点だけで当時八歳だったマーゴット王女は喚き散らし、その怒りが頂点に達したのだ。

 あの時の暴れ度合いと、その後処理に追われ奔走した日々を思い出して深い溜め息が出る。



 ご学友とのお茶会前日にやっと決まった臨時の護衛は、三年前のソワードを彷彿させる配属直後の新人ホヤホヤで、右も左もわからないトーマス。

 事件当日のトーマスの配置は本当に近くにという形だけのお飾り騎士と言っても良い役割で、茶会を行う王女宮から宮庭の散策含め、乳母とも事前確認をしっかりと交わし三時間程度の軽いものという予定で決まっていた。

 王女の周囲は常に女性のみで固められていた為、許可された名のある貴族達も出入りする宮園を歩くには、遠目であろうが飾りであろうが、目に見える抑止効果と立場としての男性騎士が必要不可欠だった。

 遠くからの警護は熟練の者が常に二人は付いているし王宮の外周警護は徹底している。何よりこの国は欠伸あくびが出る程に王宮内の争いや危険とは無縁と言い切ってもいい平和な国。

 そう、一番危険な存在がまさかの護衛対象であるくらいに平和な国なのだ。



 ここまで注意を払っていても、まさか馬すら立ち入りが許されていない宮園に二頭立ての馬車が乱入してくるとは想像すら出来なかった。

 遠く離れた本殿から急ぎ駆けつけた際、最初に目に飛び込んで来たのが、宮園出入り口に馬一頭すら通ることの出来ない、縦や横幅も人間サイズに作られたアイアン製のアーチが地面ごと土が盛り上がる形で薙ぎ倒されている事態に始まり、目を見張りながらも状況を確かめるように歩みを進めると、いくつもの四阿あずまやや花壇、美しい細工の植物が絡んだフェンス、腰かけることも出来る頑丈な噴水の分厚いへりすらも、その一部分が破壊され割れた様子は、もはや惨状としか形容しようのないものだった。


 ある意味、その後に目にした魔獣の飛来現場の瓦礫の山よりも痛々しく感じる程に酷い有り様で、当時宮園を歩いていたという理由だけで巻き添えになり怪我をした宮廷人や高位貴族も、最終的に両手では収まらない数にのぼる事になる。

 マーゴット王女が馬車に乗り込んでからのルートで、一気に馬車による直接的な怪我人と、その重症度が増えていたのは当然とも言えよう。

 宮園入り口の近くにいたマーゴット王女の元に到着するまでに出た怪我人は、馬車を避けるため転倒したものや石材の破片が飛び散った事による軽負傷ばかりであるのに対し、乗り込んだ後は王女の指示による暴走の結果、馬車の側面に肩を打ち付けられた者などの直接的な被害が多く出た。

 ただ、あの時に一番重い怪我を負った通行人でも命に別状なく二ヶ月弱程で回復した事と、後遺症も無かったという最終報告には胸を撫で下ろした。



 しかし、それは宮園内と周辺に限っての事でしかない。



 馭者として馬車を操作していた高齢の者は、数年前に引退した厩舎の前管理人で、時折宮廷に来ては跡目を継いだ息子や孫、弟子達に混じり馬の世話を楽しんでいた。

 そんな時に飛び込んで来た宮廷人の震える様子と『王女様が…』という文言を受け、拒否などすれば一族や弟子達がここから追い出されてしまう、最悪命すら危ういのでは?と咄嗟に思った一同。

 考えている時間はなく、急ぎ馭者席に乗り込もうとした息子を説き伏せ、代わりに王女の元へと駆けつけたらしい。

 この厩舎の前管理人は、騎士団の四年目以降の者なら知って当然の人物で、気弱だが優しく熱心に働く職人のような人柄が好まれ皆が一度は自身の馬の事で相談し世話になった事があっただろう。

 運ばれた臨時の処置室で対面した前管理人は、記憶にあった頃とは違い平均的だった印象の身体も随分と小さくなっており、その手足も年のせいか以前より一回りは細く頼りないものに変わっていた。


 (あのご老体では馭者席の揺れすら危うかったであろうに)



 そして他にも……。場所は違えど同じようにただ居合わせただけで、現在も深い苦しみを抱え続けている二人の人物が思い浮かび静かに目を閉じる。


 瘴気の影響で四年近くも眠りについているネヴィアと、その弟子で現魔導薬師筆頭のシエナ…。

 あの時の閉じ込みに関しては、あれは完全なる人災でしかないと思っている。宮園付近で事故が起こったらしいという知らせに、状況を確認すべく王宮本殿の出入口詰め所から出た矢先、飛び込むように息を切らし走って来た新人騎士からの新たな助けを求める内容に当時副団長という立場に併せ、王女に一隊と呼ばれていたロドニー隊の隊長でもあったロドニー・ホープは、一体何が起きているのかと困惑し新人騎士に説明を促した。


 『魔獣が飛来してきたが、その際に魔獣が修練場の壁上部と連絡通路の屋根を崩し修練場出入り口が瓦礫で塞がれた。その影響で魔法師と騎士団の主立おもだった者は全員が修練場に閉じ込められている』

 『魔法師達に要請を受けた新人騎士達が伴い魔獣を専用の檻に収監した。しかし処置の最中に何故か王女殿下が現れてしまった為、本来なら魔法師棟に保管する予定が一番近い騎士団棟の奥に保管場所を差し替え収容を終えた為、次の指示を仰ぐべく詰め所に来た』


 静かに説明を聞いていたが、途中出てきた『王女殿下』という言葉に知らず眉がピクリと動く。


 しかし、どうやら滞りなく魔獣の処理は済ませたようで安堵する。ならば、まずは先程見回りの騎士からの援助要請を受けた修練場とは真逆に位置する宮園の状況把握をするために意識を切り替える事にする。

 新人騎士と共に詰め所前まで来たらしい馬にまたがり、宮園の出入り口に駆けつけると、そこは何者かに襲撃でも受けたかのような悲惨な荒らされようが延々と続いて平和の象徴ともいえる庭の穏やかさは消え失せ、歩みを進めるに従い難を逃れ無傷だった四阿あずまやの下で負傷者が横たわっている有り様だった。


 詰め所から後を追うように付いてきた部下や、聞きつけ駆けつけた部下へと指示をしながら、ふと遠くに覚えのある集団がいるのに気付く。

 周りへの声掛けと確認作業を続けるなかでジッと見つめるが、観察すればする程にそれは乳母を筆頭とし宮廷内の勤め人の中でも上位に君臨する『姫様ご一行』であった。

 だが、そこには中心となる『姫様』の姿も午後から護衛にあたっているはずのトーマスの姿も見当たらない。

 先程の新人騎士の報告通りならば、二人は今現在も騎士団棟にいるのだろうか?それともいつものように飽きて引き返し、此方こちらにでも向かってくるのだろうか?

 そもそも何故、王女が心底嫌いそうな武骨で色味もなく埃っぽいあの場所に現れたのだろう?ひとつ考え出すと、疑問が芋づる式になって出てくる始末だったが、当時のロドニーは目の前の惨状と多くの負傷者に対応する内に王女の毛嫌いの対象で、その視界に入らぬよう細心の注意を払っていた王女の事は実際二の次三の次になってしまった。


 その後一通りの指示を終えると、やっと騎士団棟に到着できた事で魔獣を収容しているという棟の最奥に位置する随分と長い間使用されていない部屋に向け廊下を足早に進んで行く。

 すると遠くから大きな衝撃音が響き、直後に前方から多くの人間に囲まれ運ばれていく王女が横を通りすぎた。

 小さな王女を取り囲む者達の中に乳母が居るのに気付き、目を見張る。


 (さっきは確かに宮園にいたというのに、いつの間に…)


 すれ違いざまに見えた乳母の顔は土か何かの汚れが付き、ドレスの袖等の直ぐに目に留まる箇所も、汚れや布の破れに気付く程に乱れており、自身の事は度外視で王女の元へと駆けつけたのが見てとれた。

 それが愛情なのか忠誠心なのかは知らぬが、驚きと感嘆を覚えながらも顔を目的の部屋へと向けると、その部屋へ入る唯一の扉には施錠がされ足元にはトーマスが色のない顔でうずくまっていた。

 チラリと鉄のかんぬきと錠に視線をやる。


 (先程の派手な衝撃音はこれか)


 皆が王女に付き添い去った扉の前には、トーマスと合わせても三人の新人騎士だけが残っており、二人の新人にこれまでの経緯を報告させた結果は、この上なく最悪な状況だという事だけが判明した。

 前処理が済んでいると報告を受けていたが、どうやら運び込まれた後に魔獣が目覚め、しかも死にかけの魔獣用の瘴気を押さえ込む魔導具である檻が開いていると…。

 そして開けたのは、今しがた運ばれて行った王女。頭を抱えそうになったロドニーへ追い討ちを掛けるように、最低な報告が続く。



 「あの…実は、な、中に薬師のローブを着た薄金髪の少女と濃紺の髪の女性が取り残されていて…」



 濃紺の髪の女性が魔導薬師筆頭のネヴィアで、少女がシエナであるのは確認作業などしなくても宮廷の者なら誰でも思い当たる。

 解錠をしようにも、不思議な事に扉の鍵は忽然と消えて成す術もなく、扉が駄目ならどうにかして壁の一部でも壊せないかと考えを巡らせている矢先、ロドニー達の前に到着した国王陛下の側近から手出し無用と告げられ、同時に急ぎ本殿へ向かうよう召集を受けた。




 あれから四年近く経つというのに、現在も当時と変わらず助ける手懸かりすら見つからず神殿で眠るネヴィアと、昨年から家族の暮らす侯爵家のタウンハウスに住まいを移して製薬を続けているという現筆頭のシエナ。


 (現筆頭の体調はどうなのだろうか?酷使などしていなければ良いのだが……)


 考える時間があると様々な事がよぎってしまってしまうしまう自身に、皮肉混じりの苦笑いが漏れる。

 それでも、当時のネヴィアやシエナの姿は脳裏に焼き付いたまま離れず、気に掛ける思いも消えて無くなることはない。

 どうしているのだろう…と当時の己の無力さと罪悪感を抱え、一人の男が思いを巡らしている頃、心配をされている当のシエナはというと、ルーイが持ってきてくれた海の草を前に試行錯誤を繰り返していた。




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筆頭魔導薬師令嬢と薬神皇子の甘く秘める実験部屋では 莉冬 @rito_winter10

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