第8話


 一方の魔獣処理の対応をしていた魔法師三人と檻車を運んできた近衛騎士団員の三人ーーー。


 バタバタと大急ぎで駆けつけた六人は、あろうことか揃いも揃ってトーマスの同期で二週間前に配属されたばかりの新人騎士達と、配属二年目や三年目で最年長の者でさえ二十一歳と若く現場経験も決して多くない魔法師達からなる、魔獣処理未経験集団であった。



 そもそもが、このような編成になってしまった要因のひとつ目は騎士団の全体訓練の場に集まる顔ぶれだ。

 昨日今日と二部に分かれ行われている大規模なトーナメント制の試合形式をとった全体訓練は、真剣の使用は不可でトレーニングソードを用いる試合となってはいるものの、どうしても軽い怪我等による負傷者は出てしまう。

 全体訓練後の深夜帯や明日からも、本職である宮廷内警備は当然あるため怪我などしてはいられない。その応急処置要員として王からの特別許可を受け、現在二人しかいない治癒特化の魔法師を始めとする数名の魔法師達が、様々な方面でのサポートをすべく修練場で待機していた。


 もうひとつの要因として、見物のために集まっている高位貴族との交流がある。現場見学をしている騎士団OBではない高位貴族は、楽しみの一環として非日常の試合を楽しみつつ、将来的に自身の警護や邸宅の警備を任せる人材のスカウトを目的とした貴族も多く混ざっている。

 近衛騎士団に明確な年齢制限があるわけではないが、そう長く所属できる風潮でもない事から、一定の年齢の騎士を終身雇用を見据えたスカウトに来る貴族が毎回訪れる。

 現時点で宮廷所属の団員達と表立って契約は結べないが、人気の騎士は退団数年前には他家と仮雇用契約の口約束は交わされていた。

 騎士団は個人の契約がおもだが、魔法師達は集団の利益が目的で修練場に赴いている。

 魔法師も宮廷所属という事で、公的に利があると見なされ許可が下りた研究にしか予算が出ない。その事から魔法オタク集団の個人的な研究への予算が全く足りていないのが現状だった。

 そのため怪我の治療や周辺ガード等の際に、自作の魔導具等を披露しながら後援者をつのり、皆で使える研究費を蓄えたり運用に当てている。

 他にも様々な人間模様や犯罪ではない思惑が集まる全体訓練は、年に一、二回しかない不定期開催とはいえ、多くの者にとって無くてはならない大切な訓練という名の催しだった。


 退役したOBの貴族達と席を共にしている数人の上位魔法師達や、スカウトとは直接の関係もない近衛騎士団の上官達も、毎回上手く休憩時間を調整しながら顔を出しているのだが、この時は運悪く入れ替わりの時間と魔獣飛来が重なり、的確な指示を出せる者や王女の我儘に萎縮すること無く制止出来そうな役職者全員が修練場に集まっている状況になってしまった。


 前回参加した事で今回は宮廷内警備に専念している他の近衛団員達は、ここからかなり距離のある本殿内外の詰め所に待機している数名と、現在警備中の多くの者がいるが、もし遠く離れた修練場付近に何かが起こっている事に気付けたとしても、流石に自身の受け持ち場所を離れ騎士達が多くいるだろう修練場近くに駆けつけはしないだろう。何より本殿には守るべき王族がいるのだから。


 地上から高くそびえ分厚い壁を持ち、り鉢状に掘られた造りの巨大な修練場を最奥に、近衛騎士団棟と魔法師棟は、一列に連絡通路と呼ばれる廊下によって一部が繋がっている事から、修練場内や騎士団棟内から飛来現場までの移動時間も、鍛えられた騎士の早足で歩けば十分と掛からない。

 この時のように魔獣が壁や通路屋根を破壊し、瓦礫で出入口を塞ぐ事がなければ、迅速に駆けつけ対処も速やかに行われたのは想像に容易い。

 

 しかし現実は厳しくタイミングなど待ってはくれないようで、都合の良い想像とは遠く掛け離れていた。対魔獣用檻車に付いている瘴気避けの機能を発動するために、細心の注意を払い魔力を注ぎつづけている魔法師の傍らで、オロオロとしながらも適切に対応している魔法師二人は、最初に最適な位置へ当てることが出来た昏睡用カプセルによって魔獣が大人しくなったのに安堵しつつ、大急ぎで空気中の瘴気を吸い込む網状あみじょうの魔導具を取り出し、横たわる魔獣の上に放り投げ魔獣の体躯を包むのに成功した。


 ここまでは散々教え込まれた手筈通りに進行していた。しかし緊張を伴う作業の最中さなか、突然背後から声を掛けてきた王女であるマーゴットに意識が向いた事も重なり、次に強力な作用のある昏睡用薬液を追加で施すのを怠ってしまったのだろう。

 結果、この後に運び込まれた最終処理までの一時保管の室内で魔獣は目を覚まし、更に王女マーゴットが檻車の鍵を解錠し檻からも出て瘴気を撒き散らしてしまう。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 叫ぶようにシエナを呼び止め、粉塵の発生地へとズンズン歩き近付いていくマーゴット王女の目に、四十メートルはある修練場の壁の上部が崩れ落ち出入口らしき先を塞いでいるのが映った。

 今も時折、上部の彼方此方あちらこちらに引っ掛かっていた大小の瓦礫が幾つも落ちては砂煙を舞いあげ続けているせいで、馬車の位置からは積み重なる瓦礫の上の方はよく見えたものの、地面付近は薄っすらとしか確認できなかった。

 近くに寄った事で出入口には鼠一匹潜くぐれる穴すらないと分かり、不機嫌さを隠すこと無くあごを上げては沸き上がる憂さをぶつけるように騎士と魔法師へと言葉による圧を次々にかけていく。


 「これは何?」

 「これのせいで修練場に入れなくなったの?」

 「他に出入口は?」

 「何故塞がったの?さっさと退けなさいよ!」


 思いがけないマーゴット王女の出現と立て続けの物言いは、口を差し挟む間も与えない程の勢いがあり、更に王女という身分に萎縮もしていた一同。

 しかし、どうにか伝えねばならない事柄だけはビクビクと怯えながらも口にした。


 『現在魔獣の処理中でございます…』

 『大変危険なので本殿にお戻りになられた方が…』


 目の前の辛気臭い魔法師ローブ姿の臣下達の発言に、次の怒声の言葉を思わず飲み込む。

 勉学や学ぶ事の全般を嫌うマーゴットでも魔獣の話は耳にしたことがあったから……しかし、その知識は自身の都合の良い事だけに偏り『魔獣の亡骸からは多種多様な高価で珍しい素材がとれる。そして稀に国宝級の宝石も見つかる』という事柄だけが脳裏に心地好く浮かぶ。


 賛美・賞揚しょうようが何よりの好物といっても良いマーゴット王女『それらを最初に目に、そして手にするのは自分しかいない』との思考へも直ぐに至る。道らしい道のないここまで馬車を無理に走らせた事からも分かるように、周囲の者の制止など聞くはずもなく、初めに呼び止めておいたまま今まで視線すら向けず放置していたシエナへ再び声を荒げ命令を下す。


 「そこの薬師、お前も来るのよ」


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