冒険者ギルドの受付嬢やってますが、実は私、見えちゃうんです。

あのときのほろよん

とある冒険者ギルドにて

「おっはよーございまーす! ソフィアさーん♡」


朝から元気いっぱいに冒険者ギルドの扉を開けて駆けこんできたのは、最近ギルドに登録を済ませたばかりの若き冒険者、リョウスケだ。


「おはようございます。リョウスケさん。今日も薬草採取ですねー」


リョウスケのテンションとは正反対に、冷めた対応をしているのは冒険者ギルドの受付嬢、ソフィアである。リョウスケが初めて訪れたときに優しく接したばっかりに、それから連日、言い寄られてうんざりしている。


「はい! 薬草、採ってきます! そんで~、今夜、晩飯とか一緒にどっすか?」


「結構です。私、夕食は一人でと決めているので。それでは行ってらっしゃい。さようなら。次の方どーぞー」


「もう~♡ ソフィアさんてば、今日の塩対応も素敵です! 好きです!」


勝手に浮かれるリョウスケを押しのけて、筋骨隆々で鉄兜を被った粗野な冒険者が歩み出てきた。


「どけ、小僧! よう姉ちゃん、このクエスト、俺らのパーティが引き受けてやるぜぇ」バァーン☆


荒々しくクエスト用紙を受付カウンターに叩きつけた。彼はこのギルドでは、そこそこ(悪い意味で)有名なガウルだ。


「はーい。難易度Bのクエストなので、ガウルさんのランクなら問題ないで‥‥‥すね」


ソフィアが一瞬言葉を詰まらせたのには理由がある。彼女には見えてしまうのだ。


ガウルの頭の上に、ピコン!と立つ三角の赤い旗‥『死亡フラグ』が…。


このことは秘密にしているが、ソフィアには『死亡フラグ』が見えてしまう。この旗が頭の上に立った人は、近々、確実な死が訪れる。


(ガウルさんには、いつも嫌な思いさせられてたけど‥そっかー‥このクエストで死んじゃうんだ)

「あの、ガウルさん。ガウルさんのレベルならまったく問題はないと思いますが、それでも、十分に気を付けてくださいね」


『死亡フラグ』は絶対だ。どんなに阻止しようとしても確実に死が訪れるのを知っている。しかし、ただ黙って送り出すのは寝覚めが悪くなる。これは最低限の抵抗だった。


「ハッ、問題ねぇーよ。俺らのパーティなら難易度A+だって余裕だぜぇ」


ガウルは『がははは』と下品な笑いを残し、パーティメンバーを引き連れて、ギルドを出て行った。


(さようなら、みなさん‥)


ソフィアの目には、ガウルとパーティメンバー全員の頭の上に、三角の赤い旗が見えていた。


「ソフィアさーん、ボクにも言ってくださいよ~『気を付けてくださいね♡』って~」


「あら、リョウスケさん。まだ居たんですか。何の心配も危険もない薬草採取ですので、早いとこ出ていってください。あーそうそう。せいぜい、石ころにつまずいて転ばないように、ー」


「はう♡ ソフィアさん、このクエストが終わったら、ボクと結婚しよう。あ、これ死亡フラグ立つヤツでした(テヘペロっ)」


リョウスケに背を向けていたソフィアだったが、『死亡フラグ』という言葉に反応して、キッと振り返りリョウスケの頭の上を確認する。


(ほっ‥驚かさないでよ)


塩対応しつつも、内心では気になる存在になりつつあるようだ。


「あはは、そんじゃ、そろそろ行ってきまーす! また夕方にお会いしましょう♪」


リョウスケは満面の笑みを浮かべてギルドを出て行った。

彼の背中を見送るソフィアの口元は、本人は否定するだろうが確かに微笑んでいた。



数日後───



「おっはよーございまーす! ソフィアさーん♡ 今日もお奇麗です!」


「おはようございます。リョウスケさん。今日も薬草採取ですねー」


いつもと変わらぬ、だる絡み vs 塩対応 だった。


『さすが勇者だぜ』『朝っぱらから全開かよ』『メンタル強過ぎ』‥ガヤガヤ‥


どんなに冷たくあしらわれても果敢に言いよるリョウスケは、いつしか『勇者』と呼ばれるようになっていた。



◇ ◇ ◇



その日の夕方、とある冒険者のパーティが、数個のギルドタグを持って受付を訪れた。

ダンジョンなどで命を落とした冒険者を発見した場合、ギルドタグだけでも持ち帰る習わしだった。


「ありがとうございます。ガウルさん他パーティメンバーのギルドタグ、ですね。確かに受け取りました。」

(やっぱり死んじゃったんだ)


こうなることはわかっていたが、やはり気持ちは沈んでしまう。


そんな沈んだ気持ちを吹き飛ばすように、リョウスケが現れた。

「ただいま戻りましたー! あ、ソフィアさん♡ お疲れ様です!」


薬草採取から戻ってきたリョウスケの腕には血が流れた痕があった。


「ちょっと、その傷! どうしたの!?」


「え? 傷?」


リョウスケは自分の体をキョロキョロと確認して、腕から血が出ているのに気づいた。「ありゃ、いつの間に‥」


「こっちきて、見てあげるから」


ソフィアは受付横のテーブルで、リョウスケの傷の具合いを確認した。ただのかすり傷のようだ。木の枝にでも引っかけたのだろう。乾いた血を拭き取ると、既に傷口は塞がっているのが確認できた。


「(ほっ‥よかった)ただのかすり傷だったみたい。心配かけないでよね」


「ソフィアさん、そんなにまでボクのことを‥もう付き合っちゃいましょうよ♡」


「はあ? 勘違いしないでくれる? 別にあんたなんか、どこで野垂れ死のうが関係ないんだからね!」


塩対応しつつも、念のためと言って薬草を当てて包帯を巻いてあげるソフィア。

ギルドホールにいた冒険者たちは、そんな二人のやりとりを微笑ましく眺めていた。



数日後───



「おっはよーございまーす! ソフィアさーん♡ 今日も素敵です! 付き合ってください!」


「おはようございます。リョウスケさん。今日も薬草採取ですねー」


いつもと変わらぬ、だる絡み vs 塩対応 のはずだった。


「ちっちっちっ、今日はこっちの洞窟調査を受けてみようと思います。ボクもそろそろダンジョンに挑んでみようかと」


「ぇ‥そ、そうなの。でも残念ね。そのクエストは二人以上のパーティじゃないと受けられないわよ」


リョウスケがクエストの注意書きを確認すると、確かにそう書いてあった。

「ありゃ‥本当だー‥パーティか。誰か、紹介してくれません?」


その時、リョウスケの後ろから冒険者の一行が声を掛けてきた。

『勇者となら、組んでやってもいいぜ』


最近、実力を付けてきている三人組のパーティだ。


「本当か! 助かるー。ボクは勇者じゃなくって、リョウスケだ。よろしくな! ソフィアさん、これで問題ないよね?」


「え、ええ、まぁ、そうね。でも気を付けなさいよ。この洞窟には『奈落』と呼ばれる大きな縦穴があるの。落ちたら絶対に助からないから、近づかないようにね。はい、これでいいわ、どう‥‥‥ぞ。(え? なんで?)」


クエストの書類に必要事項を書き入れて顔を上げたソフィアは言葉を詰まらせた。

リョウスケの頭の上に三角の赤い旗‥『死亡フラグ』が立っているのが見えてしまったからだ。


『俺はナッシュ、こっちがビルで、そっちがアビーだ。よろしくな! 早速出発しようぜ!』


「それじゃ、ソフィアさん、行ってきますね! いざ、初めてのダンジョン探索へ!」


「ちょ、ま、待って! えっと‥やっぱり‥‥(なんて言って辞めさせればいいの)」


「ソフィアさん、もしかして、やっぱり、ボクのことを‥‥いやいや、その言葉の続きは、このクエストから帰ってから聞かせてもらいますよ。一緒に晩飯喰いながら、ね」


「な、なに言ってるのよ。そんなんじゃないわよ!(ダメ! 止められない‥どうしたって死亡フラグは回避できない‥)」


リョウスケは、三人組と連れ立って冒険者ギルドを出て行ってしまった。

ソフィアはただ見送ることしか出来なかった…。



数日後───



満身創痍の三人組が、ギルドに帰ってきた。リョウスケの姿は…ない。


「あなたたち‥‥、リョウスケ、は?」


ソフィアにはわかっていた結末だったが、訊かずにはいられなかった。


「勇者は‥リョウスケさんは、俺たちを逃がすためにモンスターの群れを引き寄せて‥その‥奈落に‥‥」


(どうして‥近付くなって言ったのに。いいえ‥‥旗が立っちゃったんだから、どうすることも‥‥)


『ソフィアさーん♡』『今日もお奇麗です!』『晩飯一緒に』『好きです!』『好きです!』『好きです!』・・・・


だる絡みしてくるリョウスケの笑顔が、頭の中に浮かんでは消えていく。


(本当は、そんなに嫌じゃなかったのに…)


覚悟はしていたはずだが、どこかで奇跡が起きてくれることを願っていた。


(どうしてもっと優しく接してあげられなかったんだろう。食事くらい一緒に行ったって良かったのに。あんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれていたのに。どうして‥どうして‥)


奇跡は起こらず、死亡フラグの運命には抗えないという現実だけが突き付けられた。


涙が溢れて止まらなかった…。



◇ ◇ ◇



それからというもの、冒険者ギルドは毎日がお通夜のように静かだった。


ソフィアとリョウスケの関係を、温かく見守っていた冒険者たちは、ソフィアを元気づけようと必死になったが、あとは時間が解決してくれるのを待つしかなかった。


そんなある日、ソフィアをさらにどん底へ突き落す事態が発生する。


いつものように受付カウンターに立ちギルドホールを見渡すと、そこにいる全ての冒険者の頭の上に、三角の赤い旗‥『死亡フラグ』が見えた。


(な、なんなの‥これ‥‥)


ソフィアは困惑しながら冒険者ギルドを飛び出した。すると、街を歩く人々、ほぼ全ての頭の上に、三角の赤い旗が見える。


(みんな‥‥みんな死んじゃうの?)


その場にへたり込むソフィア。すると街の入り口から大慌てで駆け込んでくる冒険者がいた。


『スタンピードだー!! ダンジョンが溢れたぞー!!』


スタンピード‥それは、ダンジョン内の魔物が爆発的に増えて、ダンジョンの外へ溢れ出してくる現象だった。

数年、数十年ごとに発生して、そのダンジョンの最深部にあると言われるダンジョンコアを破壊するか、自然に収まるのを待つしかない。


街の門番は大慌てで大扉を閉じる。街のあちこちから冒険者たちが正門に駆けつけてきた。


(ダメだわ‥‥みんな死亡フラグが立っているもの‥‥)


ただただ、絶望することしかできないソフィア。


(きっと私の頭の上にも、あの旗が立っている。もうすぐリョウスケと同じ場所に逝けるのかな‥。そうしたら、またリョウスケに会えるかのかな‥。もしそうなったなら、今度はもっと素直に‥‥)


恐怖と絶望に満ちた悲鳴や叫び声があちこちから響き渡る。

ソフィアはうつむいて最後の時を待つしか出来ないでいた。


しばらくすると、叫び声の質が変わった。歓喜と希望に満ちた叫び声が街に溢れだす。


ソフィアが顔を上げると、さっきまで見えていた数々の死亡フラグが、ほぼ消えていた。


閉ざされていた正門が開け放たれ、勇者だ英雄だと叫ぶ声が聞こえる。


ソフィアは立ち上がり、街の入り口へと向かう。


街の外、森の中から現れたのは、リョウスケだった。

頭の上には、三角の赤い旗が、ポッキリと折れた『死亡フラグ』が見える。


リョウスケは、ソフィアの姿を見つけて駆け寄ってきた。

「あ! ソフィアさーん♡ お出迎えしてくれるなんて光栄です! ただいま戻りましたよー!」


全身傷だらけのリョウスケに駆け寄るソフィア。


「リョウ‥スケさん? (旗が‥死亡フラグが折れてるー!? どうして!? ううん、そんなの、どーだっていい! 生きてる‥生きて、帰ってきてくれた‥)」


ソフィアは思わずリョウスケを抱きしめたくなったが、あの三人組がそれを邪魔してくれた。

リョウスケに駆け寄ってお互いの無事を喜び合う三人組。


「いやー、奈落に落ちた時は、もうダメだと思ったんだけどね、気が付いたら穴の底で生きてたんですよ。きっとこれは『愛の力』ですね。ソフィアさん♡」


リョウスケは薄汚れた包帯を握り締めていた。それはいつぞやのかすり傷にソフィアが巻いてあげた包帯だったが『それだ』と知る者はリョウスケだけだろう。彼は『それ』をお守りとしてずっと携帯していたのだ。


「な、なにをバカなこと‥。そ、それからどうしたのか、早く教えなさいよ!」


「はい! 穴に落ちた時、ちょうど真下にいた高レベルのモンスターを奇跡的に倒したっぽいんですよねぇ。それで、急激にレベルが上がって助かったんじゃないかなーと。やっぱり、どう考えても愛の力ですよ。ソフィアさん♡」


「・・・・・」


「それから、どうにかして洞窟の出口へ向かおうと彷徨ううちに、丸い玉が浮かんでる部屋を見つけたんです。その玉を触ってるうちに、手が滑って壊しちゃって‥へへっ そしたら、これこそ愛の力だと思うんですが、ダンジョンの入り口にワープしてたんですよ。そしてボクは無事にソフィアさんの元に帰ってこれたってワケです」


リョウスケは、それとは知らずにダンジョンコアを破壊していた。コアを破壊されたことで、ダンジョンから生み出された怪物たちは消え、リョウスケはダンジョンの入り口に強制転送されたのだ。


ソフィアは半分呆れながらも、リョウスケが生きて帰ってきてくれたことを心から嬉しく思っていた。


「それにしても、腹減ったー‥。そうだ、ソフィアさん、これから一緒に飯食いに行きませんか?」


「‥そうね。た、たまには‥付き合ってあげても、ぃぃゎょ」


「あっはっはっー、ですよねー、やっぱり・・・え!? 良いんですか!? マジで!? ツンデレのデレの方キタ?」


「うるさいわね! さっさと行くわよ!」



◇ ◇ ◇



数日後───



「おっはよーございまーす! ソフィアさーん♡ 結婚してください!」


「おはようございます。リョウスケさん。今日はお独りでゴブリン退治ですかーゴブリン相手に婚活してきたらどうですかー」


冒険者ギルドの受付では、以前と変わらずの、だる絡み vs 塩対応 が繰り広げられていた。




~ The End ~

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冒険者ギルドの受付嬢やってますが、実は私、見えちゃうんです。 あのときのほろよん @Holoyon

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