佐原

 『うち、来る?』

 どこまで本気だったのだろうか、と、佐原は自問自答する。今日も今日とて彬に去られた一人の部屋。何度彬を抱いたか分からないホテル。

 『うち、来る?』

 結構本気だった気もする。これまで誰も、自宅に入れたことはない。寝た女も、なんなら親すら。

 そこに彬を呼んで、どうするつもりだったのだろう。いつもみたいにセックスして、いつもみたいに帰られて。そんなのに、耐えられるとでも? 引き留めずに、見送れるとでも? あの一回りは年下の青年を、監禁でもしたいのだろうか。自分で自分が分からなくなる。

 枕元の灰皿で、煙草の火を消す。もう、帰ろう。仕事に戻る気にもならない。

 次の約束を、彬はしていかなかった。まあそれは、ままあることだ。次、いつ、と訊いても、忙しい、とだけ言って帰って行くことも多い。でも今日は、なんだか不穏な気がする。もしかしたら、潮時だと思われているのかもしれない。

 『あんた、親とかいないの?』

 彬がもう、服を着直して帰りたがっていることには気が付いていたけれど、その白く滑らかな肌を手放す気になれず、手繰り寄せながら訊いた。本当はずっと、訊くまいと思っていたことだった。

 彬は予想通り眉をしかめ、佐原の手を振り払った。

 『俺に親がいないから、あんたみたいなおっさんと寝ていると思ってんの?』

 吐き捨てられた台詞。佐原は黙って首を横に振った。いるなら帰れと、言いたい自分がいた。同居人とは離れて、安心できる居場所に帰れと。知り合ったころと比べても、最近の彬はどんどん不安定になっているように見えた。でも、そうなったらもう、佐原の手は決して彬には届かない。

 『親ならいる。両方公務員だよ。それで文句ない?』

 彬の語気は強かった。このまま去られるのが怖くて、唇をふさいでなし崩しに持ち込んだ二回目。

 『あんた、こんなに重かったっけ。』

 確かに彬を組み敷いてはいたが、体重の話をされていないのは明らかだった。

 重かったら、あんた嫌がるでしょ。だからだよ。

 口には出せなかった。ただ、彬のその台詞はずっと頭に残った。

 重かったら、彬は嫌がる。彬が佐原に体を許すのは、佐原が軽い男だからだ。分かっている。重くなってはいけない。

 二本目の煙草に火をつけ、身支度を整え、ベッドから腰を上げる。

 帰ろう。誰もいない部屋へ。あの部屋に誰もいないことなんて、当たり前すぎて、これまで意識したこともなかった。

 

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