消防設備業

もう実家に居続けることになるのかもしれない。

そこで、未来を見据えた仕事探しをすることにした。

無くならない仕事、法律が絡む仕事、そしてボクシングジムから遠くない仕事。

その結果、消防設備点検の仕事に就くことした。


この会社は、小数精鋭の家族経営だった。

設置工事班と点検班と分かれており、僕は比較的シンプルな業務を担当する点検班で働くことになった。


定期点検を含め、企業からの依頼を受けて、消防設備の点検を行う。

火災感知器、非常ベル、消火器、消火栓、避難器具、誘導灯など、点検内容は多岐にわたる。

消防設備が非常時に確実に機能するよう、入念に点検をすることを心掛けていた。


初心者は、まず消火器の点検から教わる。

当時は、加圧式の粉末消火器が多かったが、現在では製造がされていないらしい。

消火器本体が腐食していて、加圧の際に本体が耐えられず破裂してしまうという事故があったからだろう。

火事を消そうとして事故に遭ってしまうのだから、なんとも痛ましいことだ。

そのような事故が二度と起こらないよう、原因を根本から解消するような取り組みを心から尊敬し、頼もしく思う。


今の点検事項は分からないが、当時の消火器点検のメインは掃除だと言っても過言ではなかった。

消火器には、くもの巣や虫の死骸が大量に絡まっていることが多かった。

ほこりが溜まったり、工場油にまみれている事もあった。

火事がなく、消火器の使用機会がなかったことを喜ぶべきだろうか。

消火器を大切に管理するよう企業に注意はするが、改善されることは少ない。


消防設備業での仕事は、今まで意識してこなかった大切なことに気づかせてくれるものだった。

まったく知らないことも多く、奥深く興味深い仕事だった。


実家に帰ってきてからは、ボクシングで負けが込み、柄にもなく勝ちたいと思うようになっていた。

ボクシングに専念するために、僕はこの仕事を辞めるという選択をしてしまった。


社長の奥さんが、はなむけに中国料理店の金券を贈ってくれた。

それは忘年会で訪れたお店の金券だった。

あまり外食をしたことがなかった僕が、とても楽しそうにしていたのを思い出して用意して下さったようだ。


僕はこの時、うれし涙というものが本当にあるのだと知った。

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