引越し業
無料で手に入れた求人誌のページを慎重にめくる。
条件は歩きで行ける距離であること、それくらいだ。
しかし求人数自体が少なく、選択肢はほとんどなかった。
迷う余地もなく、勤務先の候補は自然と決まった。
面接は運送会社の倉庫で行われた。
運送会社と言ったら、まずその名前が思い浮かぶような大手企業だったが、引越し業も手掛けているとは知らなかった。
のどかで風光明媚なこの港町から転出する人は少ない。
すなわち仕事がないのだ……僕はパートタイマーとして働くことになった。
時給で働くということは、時間を切り売りして対価を得るということだ。
小学生の頃に、そろばんをやっていた僕にとって、これは酷だった。
買い物に行くと、無意識のうちに”値段÷時給”を計算してしまうのだ。
すると何時間働けば、その商品が買えるのかが鮮明に分かる。
そんなことが脳裏をよぎると、もう何も買いたくなくなってしまう。
出勤日数も労働時間も少なく生活は楽にならなかったが、差し入れをしてくれるお客さんが多くて、とても助けられた。
ペットボトル飲料やパンをくれたり、転居先の新居で食事を振る舞ってくれるお客さんもいた。
年配の方の中には、お金を包んでくださる方も少なくなかった。
家具を人力で運ぶことも、この仕事の醍醐味の一つだった。
毛布とロープだけで二階に大きなタンスを運び入れたのもその一例だ。
タンスにロープを結びつけ、力業で引き上げる。
滑車など無いので、バルコニーに毛布を掛け抵抗を減らして引き込むのだ。
軽い物ならできそうな気がするが、やってみればなんてことはない、重い物でも何とかなるものだ。
トライ&エラーの精神は、この頃に培われたのかもしれない。
お客さんも、一緒に働いてくれたみんなも、いい人ばかりだった。
この仕事で嫌な思いをしたことはなかった。
しかし、やはりお金がない。
新しい転職先の目星は付けていた。
朝のランニング中に見つけた、高時給の看板だ。
僕は、そこへ面接を受けに行くことにした。
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