自動車製造業

勉強は好きだったが、親の勧めで工業高校に進学した。

それは、高卒就職に有利だという理由からだった。


しかし、いざ就職活動の時が来ても、自分の進むべき道はまったく見えてこなかった。

そもそも自分が働くということがイメージできない。

僕は、学校では教えてくれない難題に直面していた。

教えてもらわないと何も考えられない、僕はそういう人間だった。


友達や親の勧めに従い、大手自動車メーカーの入社試験を受けることにした。

筆記試験は簡単で、面接も穏やかな雰囲気のまま、あっさり採用が決まった。

ちなみに、これが人生最初で最後の正社員としての仕事だった。


新入社員は数ヶ月間、寮での共同生活を強いられた。

性格の違いから自然にグループが形成され、あっという間に人間関係が固まっていった。


僕の担当は主に溶接だった。

ガス溶接、スポット溶接、シーム溶接、そして自動溶接機を扱った。

力仕事も多く、この課に配属された新入社員の三人全員が、身長180cm以上だったのは偶然ではないだろう。


先輩たちの作業は、洗練されていて無駄がなかった。

仕事では頼りになる存在であり、休憩室では明るくて楽しい人たちだった。

しかし、いつからなのか、なぜか僕の心は蝕まれ始めていた。


月収は少なかったが、ボーナスが充実しており、年収はそれなりに良かった。

仲の良い友達ができ、休日には遠くへドライブに出かけたり、夜通し語り合ったりもした。

しかし、そんな素晴らしい環境にいたにも関わらず、働き続けることが辛くなっていた。


心を蝕む原因は分からないままだったが、もう僕の心は限界だった。

親の言うことはきっと正しいのだろうけど、どうしても従えなくなってしまった。

仕事を辞めるか、それとも……と親に迫り、退職することにした。


先輩たちに納得してもらうために、プロボクサーになりたいという嘘をでっち上げた。

自衛官やトラック運転手という案もあったが、退職相談をするなかで在職者が快く送り出しやすいプロボクサーがより効果的であると感じたからだ。

この嘘が、これからの僕の人生の軸となってしまう。

そして、この嘘を利用しながらも、翻弄されることになるのだった。

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