第21話 【T子さんの文章】『2年振りの帰国』

響子にとって2年振りの日本。

たった2年しか経っていないのに、何処か違和感を覚えた。


整然とした街並み。

きちんと舗装された道路。

定刻通りにやってくる、公共の乗り物。

全てが完璧で隙がない。


彼女は帰国する日を彰一に伝えなかった。

迎えに来て欲しくなかったからだ。


電車の中、ぼんやりと車窓を眺めながら、帰国直前の田島とのやり取りを思い出した。


「君の事を引き止める勇気が、自分にはない。

本当はそう出来たらと思う。

でも、理性が邪魔をするんだ。

君が既婚者で、帰る場所がある人なのだと。

ここずっと、思い知らされてきた」


響子はうなだれる田島に、微笑を浮かべた。

「私、田島さんのそういう誠実なところも好きよ。

だけど私が求めているものは違う」

「それじゃ、いったい何を求めているの?」


響子は田島の目を見つめ、しっかりした口調で答えた。

「本物の情熱よ!!

私を全て奪いさるくらいの覚悟。

やっぱりあなたはダメね…」

その言葉に、田島は響子との関係が終わりを告げた事を知った。

いつも、そうだ。

自分の理性が邪魔をして、大切な人を失ってしまう。

最後は、ふたり握手をして別れた。

見送りの中に田島の姿はなかった。



無機質な街並みを眺め、少しの感傷に浸りながらも、これから対峙する現実を思うと、胸が苦しくなった。


道哉は、まだ隣に住んでいるのだろうか。

元気でやっているのだろうか。

きっと私の事など忘れ、新たな道を歩き始めているだろう。

そうであって欲しい。

彼の幸せを心から願う気持ちは、ずっと変わらない。



彰一が先に帰国して、数日が経過していた。

主の居る家は、それなりの暖かみを感じさせた。

響子は玄関からリビングに向かい、久しぶりの我が家を見渡した。

ソファーに身を沈め目を閉じる。

体が重く、そのまま眠ってしまった。

目を覚ますと、横になった響子の体に、ブランケットが掛けてあった。

夫の彰一が帰宅して、掛けてくれたのだろう。


リビングに顔を出した彰一が、

「お帰り」

そう言うと微笑んだ。

「ただいま。私、すっかり眠り込んでしまって…」

「僕も時差ぼけで、昨日までは、ぼんやりしていたよ。

ゆっくり休んでいて」

思わぬ優しさに、響子は戸惑いながらも、睡魔に負け目を閉じた。

いくらでも眠れる気がした。



響子が再び目を覚ました時、悪夢のような光景が眼前に広がっていた。

テーブルの上に並べられた複数の盗聴器。


驚く妻に夫が言う。

「君の行動を全て把握しておきたかったんだ。

だから結婚して直ぐ、家中に盗聴器を仕掛けた。

これは愛なんだ、分かってくれ。

…隣の青年との事も知っている」

目を見開く響子。


「ここを引き払って、もう一度やり直そう。

隣の青年との事は、君を孤独にさせ寂しい思いをさせた自分にも責任があるから」


響子は唐突に、彰一が結婚記念日に贈ってくれた、カメオのペンダントを突き出した。

「知ってたわ。

これもでしょ。

これも盗聴器なんでしょう」


夫は青ざめて狼狽えた。

「何故?」

「家中に仕掛けられた盗聴器の事も、気付いてた」

「それなのに気付かぬふりをしていたのか。

結婚してからずっと…」

「そうよ。これも愛かしら」

不敵に微笑む美しい妻は、もはや自分の知らない女だった。



盗聴器を仕掛けた事。

不倫をした事。

どちらも許されない。

なので、どちらも許す事にした。

これが夫婦の出した結論だった。


帰国から僅か1ヶ月の後(のち)。

記入済みの離婚届を置いて、響子は出ていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る