第20話 【私の文章】『神仏への謝罪』
あれほど鋭い目付きで舌舐めずりをしながら、数多の女性達の上気した甘美な吐息の露(あらわ)と交わり続けて、頭髪から踵まで妖艶な淡い紫の汗を滴らせて、魂の焔が果てても少しも満たされることはなかったにも関わらず、梅園家に赴くようになったお蔭なのか、いつの間にか醜いハイエナの心境は渦潮に飲み込まれたように熱を潜めていった。
道哉は、欲望の窓辺に佇んで手招きしながら、不敵な嗤いを浮かべて女性達を誘惑した歳月を、心から恥じながら神仏に詫びるまでに回復していた。
それは、天界の使者達が魔界の愚者達を慈悲や慈愛で封じ込めた瞬間だった。
更に、スポーツ用品店の経営と、ジム通いも細々と再開できるまでに人道を歩けるようになっていた。
ブランクが要因で、最初は辿々しい爪先立ちでの日々だったけれど、歳月が馴染むと足跡(そくせき)を地面と一体化させられるようになっていった。
ある時、ふと梅園家に感謝の心境を伝えたいと、暫く訪れていなかった場所を闊歩した。
不可思議なことに再訪を風が伝えたかのように、変容のない澄み渡った穏和な眼差しの歓迎と、温かいもてなしを受け、頭髪から踵までが黄緑になったかのように癒されていくのを感じたのだった。
鏡子と祖父母の顔を真剣に見据えながら、
「梅園家の皆さんと会話する度に、優しさに触れて物凄く癒されて心が穏やかな陽光のように成っていくのが分かるんです!!
今では、社会復帰できるまでに成りました!!
暗闇の荒野を徘徊していた僕を救ってくれた命の恩人です。
これも貴方達のお蔭です。
どれ程の感謝を述べても足りません。
有難うございます!!」
謝罪を背負った十字架から解放されたように咽び泣く姿からは、最早、魔物に侵食された愚者の幻覚が彼方へと追放されたことを物語っていた。
人の心を取り戻した道哉を見て、瞳を潤ませながらも包み込むような神々しい光線を彷彿とさせる柔和な表情を浮かべていた。
すると、祖母が渡したい物が有ると、小箱と1通の手紙を差し出した。
その場では、何も訊かずに一礼の謝意を述べながら、互いに満面の笑みを咲き誇らせると、夕闇と帳が同色に染まっていきながら、月光が覗く直前の緋色を仰ぎ見て家路を辿ったのだった。
小箱を開けると、美しいシルクで作られた御守り袋が入っており、緑・赤・銀の光沢が眩(まばゆ)く煌めきを放っていた。
手本のような温もり溢れる筆文字で、
「紫野 道哉様
突然の手紙で、さぞ驚かれたことでしょう。
私達は、貴方様が11年間参拝して下さった、都内の稲荷神社に奉祀されている狐達で御座います。
魔界の愚者に完全に乗っ取られてしまう前に、何とか御救い致したいと、御恩返しのつもりで姿を現した所存です。
良心の残っている現在、きっと再び人道を歩いて下さると信じておりました。
もうすぐ、ある女性と巡り合われて夫婦(めおと)の誓いを交わし、やがて女児が御産まれに成ります。
この小箱は、御神木の杉で作られておりまして、夫婦(めおと)と結ばれし暁には、貴方様は緑、奥様は赤を。
そして、御子様は銀の御守り袋を肌身離さず、御持ちに成られて下さい。
怒り、悲哀の感情など、何か御困り事が御座いましたら、この御守り袋を見つめて下さるだけで、必ずや守護されます。
それでは、貴方様と未来の御家族様の御幸せと御繁栄を心から祈念致しております。
梅園 香造(こうぞう)・冬・鏡子こと梅待(うめまち)稲荷神社の狐より」
全ての真実を知った瞬間、無限の優しさ、然り気無い温かな思いやりが琴線に深く深く触れて、小刻みに嗚咽しながら目の前が朧気に成る程だった。
道哉は、神仏の眩(まぶ)しく溢れる光輝と守護に、改めて柏手と合掌の面持ちと心境で馳せながら、込み上げる謝意を内心で何度呟いてみても淘汰の涙は銀色の雨と化し、いつまでも静かに降り注いでいた。
更に、決して再び倫理の人道を外さずに、真っ当な人間としての永遠を握り拳に誓願したのだった。
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