シークレット・June bride
「あれ?フレングルからだ、珍しいな」
ピッ!と電話に出る。
『とつぜんだがな、だごんのしゅぼうしゃをしまつするぜっこうのきかいがきた』
「ホントに突然!……でもなんで判ったんだ?」
『ああ、まだにあがかいだんをもちかけ、それをだごんのおさがのんだ』
「そんな簡単に飲むものですか?」
『だごんのおさはおもてむきただのしゃちょうだ』
「あっ、そっか」
『これはせんざいいちぐうのこうきだ、のがすわけにはいかん』
「ええ、そうですね」
『それできさまに、あたまをしてもらうことにした』
「……え!?なんで俺が!?」
『まんがいちわたしがしゅぼうしゃになってしまえば、だれがだごんとたたかうんだ?おまえがわたしのかわりになるか?』
「それでも、俺なんかに……」
『だれがきさまにしきをしろといった、おまえはかざりだ』
「えっ?まさか!」
『そうだ、もししっぱいしたときの“でこい”だ』
「酷いっ!」
『ふんっ!なにがひどいだ!ごくつぶしめ!どれだけかしがあるかわかっていっているのか!』
「それとこれで話が違うでしょ!」
『なにもちがわん、これをうければすべてをふもんにしてやる』
「マジで?」
『ああ、きさまはただでこいとしてのやくめをはたすだけで、せいこうしようがしっぱいしようがちゃらにしてやる』
「あー……はい、やります」
『よくいった、あんしんしろほねはひろってやる』
Jは無言で電話を切った。後日“ダゴン壊滅作戦 決行日”と書かれたメールが届き、Jはため息を吐く、名ばかりだとしても頭になるなんて、本当に大丈夫だろうかと不安になってくる。
「おいJ、また悩んでんのか?」
「そうなんだよ、今回はテロの首謀者になれってさ」
「ハハッ!良いじゃねぇか!その為の根無し草だろ?」
「いや、違うから」
「細かい事気にすんなよ!どうせフレングルの世話になんだから」
「でもさぁ」
「だから駄目なんだろ、考え過ぎだ、何も出来ねぇなら気楽に構えてろ!」
「モールズ……」
「失敗しても、誰もお前を責めねぇよ、ウチは責めるけどな!」
「……モールズ」
「そうじゃねぇとお前はウジウジ鬱陶しいからな」
「そうか、ありがとう」
集合場所に着いても誰もおらず、一番乗りか?と思ったが、一人先客がいた。
「アレ?君は修理のハンガー君?」
「あっはい!モールズさん呼ばれまして」
「モールズちゃん!?どうして呼んだの?」
「あ?んなもんアンドロイドに詳しいからだろ!」
「確かにそうだけどさぁ」
「大丈夫です、断っても良いと言われたんですが、来ちゃいました」
「……そうか、よろしく頼む!」
「こちらこそ!」
言いたいことも沢山あったが言葉を呑み込み、協力者を素直に受け入れる。頭の片隅でそうしなければと囁くのだ。
突如として一台の暴走車が現れ、乱暴に停車しその運転手が降車し姿を見せた。
「フレングル、なんで此処に?関わっている事を知られたくないって――」
「わたしはここにきていない、それだけだ」
「いや、流石に無理がある」
「もーるず、これをもっていけ」
Jを完全に無視し、トランクを開け、ガトリングガンが二丁姿を現した。
「あ?ガトリングガンの二丁持ち?」
「そうだ、それでなぎはらえ」
「うっし!やる気出て来た!」
二丁のガトリングガンを装備し、弾帯も巻き付けた。
「え?俺無視されるの?」
「ん?きさまは?」
Jではなく、青年へと問う。
「あっはい、モールズさんに呼ばれた善意の一般人です」
「……そうか、かえれといいたいがもーるずがえらんだじんぶつだ、かってにしろ」
「はい!」
「あの〜……」
「諦めろJ、無関係を貫いている」
そう慰める。
「さくせんかいしじかんはじゅうにじだ、しゅうげきばしょはおまえたちがへりをのっとったびるだ」
「マジで?」
「ああ、なにかあればあんどろいどどもがさっとうしてくる」
「ほ〜、で?長は捕まえるのか?」
「いや、ころせ、いきていたら、そしきをばらばらにできん」
「了解〜」
「……お前がよく言っている社会の混乱はどうするんだ?」
「……ではな」
Jの問いかけをフレングルは無視しこの場を立ち去ろうとする、つまり容認するという事だ、モールズはフレングルへ気になったことを投げかける。
「作戦内容は?」
「あばれろ、それだけだ」
それだけを言い残して、さっさと車で行ってしまった。ハンガーはフレングルの車を姿が消えるまで見続けていた。
「あの人の見た目と声のギャップ……アンドロイドみたいで良いなぁ〜」
「それ、絶対本人の前で言うなよ?殺されるぞ」
「さて、時間までどうする?」
Jはさっさと話題を変える。
「ん〜そうだな~ハンガーはどうだ?」
「僕ですか?特にないですよ」
「全員何もないのか」
「逆に何すんだよ」
「そうだな」
特に思いつかない、何か食べに行くのも最後の晩餐じみてなんとなく縁起が悪く感じられた。何もすることなく、取り敢えず車に乗り込み、運転手はJ、射撃手はモールズ、ハンガーは分析をそれぞれ担当することになった。
刻一刻と時間が過ぎていくのを、焦れったく思いながらもボーダーランの中でその時を待った。
――作戦開始時刻となり、ダゴン壊滅作戦が始まった。
「何も知らされてねぇけど、他の連中が居るんだろうな?」
「そりゃいますよ、僕らだけで出来ると思いますか?」
「思わねぇな」
「でしょ?なんにも心配要らないんですよ」
「だな」と返し、沈黙が車内を支配する。黙々とダゴンの長がいるビルへとボーダーランを走らせ、30分が過ぎた頃にそれは起こった。
ヒュルル、ドンッ!と近くで爆発、幸い進行方向ではなく後ろに着弾したから良いものの。既に作戦は開始されていた。
「もう始まってんのか!?」
「街中がアンドロイドで溢れている……」
「アレ!一般で働いているアンドロイド達ですよ!」
「ハハハ……それじゃ今まで、ダゴンの腹ん中で生活してたってか?ゾッとするぜ……」
「それだけじゃありませんよ、あの白いアンドロイドは新たに投入されたモノでしょう、異物感が半端ないですから」
「……未だ甘く見ていたのか」
だとしてもあの集団の中を突っ走りビルに到着せねばならないのだ、こちらに気付いた白い数体がコッチに向かって走ってきた。
モールズは爆走する車から身を乗り出し、一丁のガトリングガンで乱射し何発か直撃させるが。
「んなっ!?全然沈まねえぞっ!?」
「くっ!?多すぎる!」
何十発と浴びてようやく機能が停止する防弾性と俊敏に動く機動性、運動性とバランス性、その全てが高い水準で纏まっている。アンドロイド、その用途は多岐に渡り荒事をこなす高性能機も当然ある。
ダゴンが有していたのは軍用機にも匹敵する性能だった。それがウジャウジャ湧いてくるのだ、舐めていた、自分達が見てきたダゴンは氷山の一角ですらなかった。爪先に過ぎないと見せつけられた。
これ程までの組織力!軍に匹敵するかもしれない強大さ!如何に自分達がちっぽけで、フレングル達が今日まで仕掛けられずにいたのかが分かる!
なら何故、今でなければならないのか?それはあのビルの構造をJは思い出す、あのビルは入口が表の一箇所しかなく地下もない、屋上も封鎖し易い構造となっていた事を。なるほど、あのビルの所有者はフレングルだったのか、ならば納得だ。
(その前に死ぬかも……)
ビルと関係ない今、猛攻撃に曝されている、Jの弱音も頷ける。モールズはガトリングガンを二丁目を持ち出しマトモに倒せるようになったが、今度は反対側に狙いをつけられない。
車窓から身をこれでもかと乗り出し落ちそうになるが、ガトリングガンの反動を使って体を浮かせて、仰け反らせ、屋根に座りそのままクルッと半回転して屋根の上に立つ。
「たくっ!フレングルの奴ッ!もっと火力が高いのをくれよ!」
モールズは嘆くが状況は変わらない、新調したボーダーランは防御性能を向上させたものの。小型のグレネードでも装甲を破壊するには充分な威力だった。
出来るだけアンドロイドを避けて通っているが、埋め尽くす様な数の暴力を避けきることは出来ない。轢き潰し車体が僅かに浮いて、また走ってを繰り返す、外装はボコボコになり黒ずんでいる箇所もいくつか散見された。
「あれ見ろ!」
モールズが叫んだ、陣形を組みアンドロイドをなぎ倒している者達の姿が映る。
警官隊が既に交戦している。ひと昔とは言えれっきとした軍用兵器、いくら高性能であろうとも耐えられるものではない。ないのだが無限と思えるほどに湧き出てくる。戦車砲が、機関銃が、バルカン砲が、アンドロイドをバラバラにしていく、だが追いつかない。追いつく筈がない、地上と空からアンドロイドを投入しているのだから。
どちらも援護する余裕は無かった、目の前の敵に集中しなければ飲まれる。そんな中近くにいたアンドロイドを撃ち抜いた。
「そんなのアリか!?」
大爆発を起こしボーダーランは大きく損傷した、自爆である。ここに来てそんな物はいらないと思うが、後もう少しでビルに到着する!そんな希望を抱いた時。下に潜り込んでいた一体が、車をよじ登りフロントガラスに張り付き、爆発した。
ボーダーランは左右に大きく揺れ、バランスを崩し横転する。前方に投げ飛ばされ、何度も地面に打ちつけられボロボロのモールズ。
「……J?」
何が起こったのかイマイチ把握できてはいないが、車内でJが意識不明になっているのを目撃し、どうするか迷う。
「行って下さい!」
その声に弾かれるようにモールズは行動に移した。迷っている暇はない今すぐ迎撃に向かう、ぱっと見た感じで手薄な方へ援護に行こうとするが。
道中で奇襲され咄嗟にガードしようとするが、右腕が動かず、損傷していることに気付き、やられると悟った時。上空から翡翠色の髪をたなびかせ、玩具で遊ぶ幼児の様に振り回し、投げた。
「あらあら、私を倒したポンコツが随分とまぁ、相応しい様相になったではありませんか?」
「ケッ、言ってくれるぜ全くよぉ」
「ポンコツの骨董品、よく聞きなさい」
「何だよ」
「私を助けて下さいまして、誠にありがとうございました」
「へっ、良いってことよ!」
「故に此処は私が受け持ちます。アナタは何処かに引っ込んでて居て下さい」
「直るまでの間だけだ!」
「次はありませんよ?」
「死なねーよ、ウチには帰る場所があるからな」
「ふっ……そうですか、では又何処かでお会い致しましょう。出来たらの話ですが」
「一言余計だ!」
一旦この場を立ち去り、修理に向かった。
――――
「呼吸確認、動脈確認、出血多数で殆どが擦り傷、骨折は左腕の尺骨と橈骨、頭の強打による気絶の可能性が高い」
ハンガーは外見から分かることで判断していく、どれだけ知識が有っても実践が無ければ、ただの素人なのは身を持って知っている、安易に触れることは無いが、このままだと血の巡りが悪くなる。傷が浅いのなら寝かせた方が良い。
状況をよく観察する。ドアは少し変形しているものの半開き、シートベルトはしてあり傾いた車体でもずり落ちる事なく支えられている、見た感じの危険は無いはずだ。
ハンガーは運転席に入り、シートベルトを外す、Jの体が倒れて来るが支え両手を脇に入れ、頭で交差させ引きずり出す。幸いなことに寝かせるスペースは充分あり、少し離れた場所に寝かせ応急処置を施して。
Jが目を覚ます。
「俺は寝てたのか?」
自分の状態を把握できないのか、起き上がろうとする。
「動いちゃダメですよ!」
ハンガーの静止を無視して、フラつきながらも立ち上がり歩き始める。そんなJに肩を貸してビルに到着したど同時にJは言った。
「君はアンドロイドを停止させてくれ」
ハンガーは困惑する。
「……そんな機材何処に」
「作れ、君なら出来る」
「でも、貴方を放って置けませんよ」
「なら、すぐに終わらせて追いかけて来てくれ」
「……ですが」
「大丈夫だ、俺は信じてるからな」
何を言っても駄目だと悟り、せめて限界が来る前に寝て欲しいと伝えるが、多分無理だろうと思う。
「立ち止まってちゃ居られない」
自分に言い聞かせる様に独り言を呟く。全身から血が滴り落ち、傷や骨からの悲鳴を感じ取っても大した事無いと、フラつく体を壁に擦り付けながら、上へと目指す、ダゴンの長の元へと歩き続ける。
そんな背中を見送り、自分のやるべきことをしようと動く、その時だ。
「お〜い!いっちょ直してくれや!」
「モールズ!?どうしてここに?」
「ンなもん他の奴に投げたからだろ」
「何処にそんな人材が?」
「細けえモンはいいだろ?それより右腕だけでも直らねぇか?」
「少し待って……うん、コレなら直せるよ」
「うっし!じゃあやってくれ!」
「分かった、直ったらJさんを止めて下さい、あの人怪我が酷いのにダゴンの長の所に向かったんです」
「Jがやるっつたんだろ?だったら止めねーよ、アイツは言って聞くタマじゃねーからな」
「でも!」
「長年一緒にいたウチがそう言うんだぜ?」
「……そう、だね」
アンドロイドの残骸を解体し、使えるパーツを回収、モールズの右腕を応急修理を始める。
「思った以上に酷いな、もしかしたら基礎までイッてるかもしれない」
「……」
「腕を交換出来たら良いんだけど、互換性がな」
接続器の歪み、神経管の破損、筋肉帯の断裂。上げるとキリがない程には酷い壊れ具合で、いっそ丸ごと交換の方が時間はかからないぐらいだ。
「おい、そこをどけ俺が代わってやる」
「えっ?貴方は?」
「なんでお前がここに!?」
「黙っていろ……成る程な、おいそこのモールズの肩を外しておけ」
「あの〜貴方は?」
「ただのしがない研究者だ」
「何カッコつけてんだよ、つーかなんでここにいんだよ」
「答える必要はない」
「あーあ、そうかよ」
研究者はさっさと代替部品を探しに行き、ハンガーは取り敢えず言われた通りに肩を外しにかかる。
「あの人は誰?」
「ウチを創り上げ張本人だ」
「えっ!?そうだったんですか!」
「ああ、アイツは務所に入ってたんだけどなぁ」
「務所って……なんでそんな所に」
「誘拐とウチを壊そうとした」
「……大丈夫なんですか?」
「さあ?」
「まだ外して無いじゃないか、最近の技士は質が落ちたもんだな」
研究者が戻って来た早々、そんな事を言い放った。そんな言動にムカッと来て言い返す。
「……すみませんね、まだ学生なもんで」
「だとしてもだ、俺が学生の頃でも数秒で外せる」
右肩を掴み、ドライバーを差し込んで時計回りに関節をなぞり、カパッと音と共に外れ、線や管を外して代替品に付け替え、ガチン!と填める。
「おお!動くぞ!」
「当たり前だ」
「すっ、凄い!なんて速度だ!」
「関節部分は比較的柔らかい鉄で出来ている。衝撃を吸収し和らげる為でもあるが、交換をしやすくする為でもある」
「それは分かっていましたが、思った以上に硬くて……」
「慣れの問題もあるが、破損を恐れている奴の傾向だ、人間の手が入れられる箇所は壊れても構わない部品しかない――」
「ああもう良いから!ウチは行くぜ!」
二人の会話に割って入る。絶対に長くなるしそもそも時間が無い、モールズはこの場を立ち去り、ハンガーはやるべき事を思い出した。
「そうだった!あのアンドロイド達を止めないと!」
「止める?」
「ええ、そうです機能を停止させ、この騒動を終息させます」
「……そうか、なら俺も手伝おう」
「いいんですか!?」
「ああ、それがフィーリィの決めた事で、俺の決めたことだからな」
――――
修理が終わって外に飛び出したは良いが、あいにく武器は多機能銃しかない、火力不足だ、何処かに重火器でも落ちないかを探し回り。
モールズは目撃する、全速力の大型ダンプカーがあの警官を襲う。だが警察はびくともしない、それどころか、ラジエーターを突き破り、持ち上げて一回転し、アンドロイドが密集している場所に投げ飛ばした所を。
「おいおい!!人間辞め過ぎだろ!?」
警官の頭上から響くモールズの声。
「なんだ?逃げ出してきたのか?」
「んなワケねーだろ?ちゃんと押し付けて来たわ!」
「フン、情けない事だな」
「手ぇ貸してやるぜ?」
「要らん、それより状況は?」
「あともう一息だ」
「そうか」
「おい!警察!アレ貸せ!」
「ポンコツだ乗れ!」
「へへっ!サンキュー!」
無断で持ち出された戦闘ヘリ・スコーチヌスに乗り込む。
「いくぜライバル、皆殺しだ!」
当然敵は離陸中を狙うだろう、しかしこのヘリはソレを想定して設計され、全武装は死角を出来るだけ消すように配置されている、例え包囲されても単独突破可能な重武装に重装甲、その本領を最大限引き出せばどうなるか?
アンドロイドの残骸が量産される光景で分かるだろう、どれだけ高性能だとしても全て限界がある。
「ハハハハハッ!止められるもんなら止めてみろ!」
少し撃って、止め、撃って、止めを繰り返し、勘に従い手動で操作し30㎜を当てていく、外した敵は機銃でハチの巣にして、離陸した。
「飛べればコッチのもんだ!コイツがどんだけ厄介か身を持って味わえ!」
縦横無尽に飛び回り、撃ち下ろす、その強力さは飛行機が出来てからずっと変わらない。しかしそれは、制空権を完全に握っている時の話、警告音が鳴り響き、モールズは咄嗟に右へ回避する。カンカンカンッ!とヘリの装甲が機銃を防ぐ、飛行型アンドロイドが撃ってきた、同じ土俵で、小型で、高性能とくれば幾ら軍用機だとしても厳しい戦闘になるのは必至。
モールズは不敵に笑い、補助システムを全て切る。あらゆる操作が操縦桿に、ズンッとのしかかる。
(それで良い!)
戦闘ヘリは少しフラつく、ソレを好機と見たアンドロイドが攻撃を仕掛けるが、ヘリがローリングをかまし、30mmを飛行型にブチ当てた。
普通ではあり得ない挙動を、アンドロイドの体ならば、ある程度のGを無視した動きができる。それも限度がある、しかし短時間の作戦行動なら多少の無茶は許容出来る。
全武装の一斉射は、道路や高層ビルにも流れ弾が当たり破損させるが。今はテロリストだそんな些細な事を一々気にしていられなかった。
警告音は鳴りっ放し、オーバーヒート寸前の銃器、地上の数が高層ビルエリアに収まらず、はみ出ていた。その意識の隙間を付くように飛行型アンドロイドに、モールズの頭部に標準を定められ、時間の流れがゆっくりと流れるかのようだった。
「あっ……悪いなJ、一緒に居てやる約束守れねぇわ」
覚悟を決めた瞬間、アンドロイドは動かなくなり落下する。
「……ぷっ!アッハハハハ!!やったなアイツ!!」
作戦は佳境に迫る。
――――――
Jは最上階の社長室前にいた、緊張しているのか中々扉を開けることが出来ずにいた。深呼吸を一つ、二つと整え、開けた。
犯罪組織・ダゴンの長、その顔はそこら辺に居そうな平凡な顔だった。それに社長の客室と言うには余りにも簡素で、それも呆気に取られた原因でもあった。
「あぁ良くぞここまで辿り着いた、まぁ座りたまえ」
「え?えぇ」
執務机と簡素な椅子が二つ、一つは社長がそして、もう一つは部屋の真ん中にポツンと置かれていた、まるで面接を彷彿とさせた。
「時間はある、だからゆっくりと話そうじゃないか」
「……」
無言で椅子に座る。
「一つ聞いていいですか?」
「何かね?冥土の土産に聞かせてやろう」
「犯罪組織・ダゴンを立ち上げた理由が聞きたいんです」
「ほぉ……いいだろう、この世界は2極化が進んでいるな?」
「えぇ、どの業界でも何処に行っても金持ちと貧乏が、成功者かそうでない者か、中間がないんです」
「その通り、中間を無くしたのは私だからだ」
「なぜそんな事を?」
「その方が美しいからだ!ハッキリと別れている、これがベストだ!」
「そんなことの為に?」
「何も分かっておらんな、中立や自主性などとフカシ、曖昧で不確かなものが蔓延ると、この世の中がどうなるかを!」
「あー、まぁ、一応は分かります……ハイ」
「それに比べハッキリと自我を持ち、邁進する者の気持ち良さ!これがたまらなく好きだ」
「だとしても中間をなくすには至らないでしょう?」
「いいや、中間層は中途半端なモノが入り込む、そうなれば利権を作り不利益を齎そうとも切れなくなる。なぜならそこそこ大きい会社は信用もあるからだ」
「そうですね……なんて言いたくはありません」
「そうだろうな、だがキャリアアップや退職する者達が抜ければ?上を目指そうともせず、屁理屈を捏ね回し愚痴を零すだけの連中の吹き溜まりにならんか?」
「一側面だけで見ればそうなりますね」
「妬み、努力せず、ぬるま湯に浸かり、そのくせプライドだけは高い、誰が欲しがる?」
「そういう人達も居ます、ですがそれだけでは無い筈です」
「そうだ!だが能力がある者も堕落していく事も事実だ」
「だから、犯罪組織を作り大きくして、社会を動かそうと思ったんですか?貧困と金持ちの二分化を推し進める為に」
「少し違うな、私はね、このダゴンを犯罪組織等と思ったことは一度もないんだよ、まぁ勧誘する為に悪だと言った事もあるがね」
「……聞かせてくれますか?」
「勿論、私はただ声なき者を掬い上げて来ただけなんだよ」
「……」
「抑圧された者、爪弾きにされた者、失敗して追放された者、身に覚えのない罪で弾圧された者、周囲の環境で駄目になった者、そういう声無き声を拾い揚げて、自由にさせたのさ」
「……それが犯罪を促す事でも?」
「我々は犯罪とは認識していない、なぜならダゴンは国家として認識しているからだ」
「国家?他人に迷惑をかけ、殺し奪い踏み躙る。どこが国家だ」
「そのままじゃないか、戦争で人を殺し、政策で人の自由を奪い、法で人を踏み躙る、一度も国の不条理さを感じたことはないかね?」
「ない……とは言い切れません」
「だが全てが間違いだとは思わないのも事実だ、これらで守れたのもあるだろう、だが少ないとは思わないかね」
「自分とは関係無い所で行われている、それは良いことだ」
「ふむ、だがそれに利権が絡むとどうなるかね?途端に見方が変わるだろう?」
「……そうですね、私も腹立たしく思う所があります」
「だろう?警察の力が弱くなったのも忖度があったからだ、金が動けば人は変わる」
「……大きくなり過ぎれば豹変すると?」
「その通りだ、規模は小さいが、彼らも同じなんだよ、表の社会が犯罪組織に見えるんだ」
「……飛躍のし過ぎでは?個人の力不足もあるでしょうし」
「それはそうだ、だがね、それまで輪の中にいたのに、急に爪弾きにされれば、視野は狭くなるものだろう?」
「それはまぁ……一時的に」
「そこは個人差だ、だが共通して一度冷遇されれば不信感が芽生える、そして不幸があるたびにその芽は成長していく」
「……」
「だがその芽も刈り取れるのだよ、受け入れてくれる場所があればね」
「……」
「何故か失敗した。何故か怒られた、何故か負けてしまった、塞ぎ込んでしまうのも当然だ、何故なら人は欠点を嫌うものだから」
「でも、その欠点を受け入れてくれたのなら、認めてくれたのなら、例え犯罪組織だったとしても入ると思わないかね?」
「……もしも、自分にあの人達が居なければ、俺は入っていたかもしれませんね」
「なるほど、良い友人をお持ちのようだ」
「えぇ、戯言だとハッキリと言えます」
「だが君は、戯言に耳を傾けてしまった、それは心の何処かでそう思っているからだ、満ち足りた者は私の言う事に耳を傾ける必要はないのだから」
「なるほど、ダゴンがここまで大きなった理由が少しだけ分かった気がします」
「そうだろう?不満が私をここまで大きくしたのだよ」
「最悪の悪循環だ、力を振りかざし弾圧され不満を溜めて犯罪に走る」
「そうとも、そうさせたのは私では無く周囲だ、無能の働き者がそうさせる」
「……」
「警察が弱りきった時、犯罪が激減したのも抑圧からの解放から来たものだ、また暴れ回って犯罪が増えただろう?」
「もう限界なのだよ、国家という枠組みは一度解体し作り直さねば腐りきったままだ」
「まぁ、そう思ったことは何度もありますよ、新しくなればって、でもそれは幻想なんです、クーデターを起こして国家を解体しても、自重で国家が消滅しても、信用が失くなります。他国でクーデターが起こればどう思いますか?赤字で国家が消滅したらどう思いますか?付き合いたいって思うでしょうか?」
「確かにそうだね、信用無い相手とは付き合いたくないものだ」
「犯罪組織で国家をどうこうするのも信用が堕ちます、信用を高める行為は我々一人一人がキチンと行動し、考え、社会を変えていくことです、壊すのでは無く、少しずつ修復する事です、病気を治す事と同じなんです」
「ふむ、その通りだね、反論の余地もない、だが甘い、もうそんな次元は通り越しているんだよ」
「なに?」
「有識者を名乗るものは皆、君のように言うだろう暴力では無く、規律や選挙で変えていこうと、だがそれで何か変わったかね?」
「だから今から、変えていくんです」
「イヤイヤ、そう訴え続けてもそれを聞いてくれるのは同じ考えの者だけだろう?変えていかなければならない無関心な者達をどう説得するのだね?」
「それは……」
「情報社会だ何だと言っても、結果はご覧の有り様だ、自分には関係が無い、興味が無い、そもそも対立している。自分が興味を持つモノしか見なくなっただろう?」
「だから教育などから変えていくのに一人一人の――」
「随分と他人任せだと思わないかね?御大層な御高説を垂れ流していても結局、取捨選択し、出来る範囲でしか活動していないのだから、能動的に見させる工夫は?反対意見を肯定意見に変える努力は?私から見ればどちらも同じ穴の狢なのだよ、他人を叩き、排除し、賛成意見の者しか集めない」
「……極論です、キチンと考え、行動している者も居ます」
「そうだろうともさ、しかし、情勢を含めて考えたらどうだ?上の者は私腹を肥やし、他人をバカにして、下の者は未来が見えず、努力を放棄し、どうでもいいと眼前の事しか見えなくなり、犯罪が増える」
「……」
「私は組織を立ち上げ、勧誘し、不自由なく過ごさせた、するとどうだろう?人が増え、組織が大きくなり、遂には国を動かせた、ここまでやれるか?金を持っていても出来るか?出来ないだろう?私には出来たがね?」
「確かにそうですね、全くその通りです、私には同じ事は出来ませんでしょう」
「ふむ」
「でも、人と繋がりを持ち、人を頼り信頼する、それも又人でしょう、一人一人では小さ過ぎて動かせなくても、信頼し動かせる者に託す。たったそれだけで事足りると思いませんか?」
「……」
「こうして貴方と向かい合い、喋れているのだって、皆を信頼し、どうにか出来る者達の御蔭なんですから」
「……恵まれた者はいつだって、そう前を向けるんだよ」
「誰だってこう成れます」
「……そう成れない者も居るんだよ……そう成る前に潰されたのだからな」
「っ!」
「嗚呼、そうとも……始めは誰だって君と同じ考えだったんだよ、だがねぇ……イジメられる者、爪弾きにされる者、踏み躙られる者達もねぇ……君のように成たかったんだよ!!」
「誰が好き好んで犯罪なんて犯すか!?誰が好き好んで底辺になんかに居るか!?誰が好き好んで部屋に閉じ籠もるか!?いなかったんだよ!!助けてくれる奴が!!」
「お前が悪い!!努力してこなかったから!!我慢が足りない!!あっちにいけ!!こっち来んな!!周囲は皆こうだった!!」
「努力もした!!我慢もした!!配慮もした!!溶け込もうとした!!周囲は侮蔑と嘲笑と言葉の暴力!!」
「子供の頃からそういった恐怖と否定に晒され!まともに育つか!?周囲の環境がそうさせたのだ!!」
「心を閉ざし!!周囲と関わるのを止め!!自分の中に引き籠もる!!それしか自分を護る手段が無いからだ!!」
「私がそうだった!!実体験だ!!実に愉快だろう!?他人の不幸は蜜の味だからなあ!!」
「だから私はニ極化したのだ、それ以外は価値の無い腐った連中だからな」
「身につまされる思いです」
「そうかね?」
「えぇ」
「私が言ったのも何だが極端な例だ、大多数は中身の無い腐った連中だ」
「……」
「芯の通った者が好きなのはこういった理由からだ、何事にもブレが無い……羨ましい限りだよ」
「いいえ、貴方も相当なブレなさですよ」
「?」
「貴方は言いましたね、国を動かせたと、なぜ他人行儀なんですか?普通なら国を動かしたと言うべきでしょう?」
「それは……」
「動いて欲しくなかったんでしょう?犯罪組織に屈して欲しくなかったんでしょう?信じたかったんでしょう?」
「……」
「あの時国が壊滅に動いてたら、身を引いていたんでしょう?」
「……」
「だって貴方はフレングルの拡大を防ぐことが出来た、警察組織も壊滅させることが出来た。何故そうしなかったんですか?」
「……」
「自分を破滅させて欲しかったんですよね?大きくなり過ぎて自分でもコントロール出来なくなって、しかし貴方とは裏腹に組織は肥大化していく一方だ」
Jは拳銃を向けた。
「……結局暴力かね?」
「ええ、そうです、そしてこれから俺が背負って行くものだ」
「背負う?」
「ええ、言ったでしょう?一人一人変えていくと」
「そうだな」
「えぇ、一人で良いんです、人生で変えるのはたった一人で良い」
「……」
「その一人がまた別の一人を変える、それが続くといずれは届くと思いませんか?」
「……」
「いずれ世界を変える人物に辿り着けば、社会は変わります」
「途中で、途絶えれば?」
「信じていますから」
「……いいのかね?私を殺しても、社会が混乱するぞ?」
「いつだって社会は痛みを伴って変わってきたんですから、だったらこれは……必要な痛みだと、思いませんか?」
「……然り」
銃声が鳴り、この騒動は終わりを告げた。
――――――
ダゴンの首魁を射殺した顛末を聞かされたフレングルは、歯切れの悪い口調で「かいしゅうはんをよこすからたいきしていろ」そう言って電話を切った、Jとモールズは回収班の到着までの間、暇を持て余すことになった。
夕日に照らされたモールズの横顔は一段と美しかった。ああ……そうか、俺はずっと前から。モールズに惹かれていたのか。
「モールズ」
「ん?」
「綺麗だよ」
「当たり前の事言うなよな」
「好きだ、モールズ」
「ウチも、好きだぜ?J」
「あぁ……えっと」
だがJは歯切れが悪い。
「ん?どうした?」
「あのな、えっとな」
「うん、良いから言えよ」
「好きだ」
「さっきも聞いた」
「いや、あのこれは違くて」
「ハッキリ言え!!」
「愛してる」
「……」
「あぁ……そうだよ!愛してるんだよ!!モールズの事を!」
「……へ?」
「結婚してくれ」
「ても、うち……機械だし……」
「関係無い、モールズ!返事を返してくれ!!」
「がさつだし……」
「そんなことを聞いてない、イエスかノーか!!」
「い、イエス」
「…………っ!よっしゃー!!!」
「……あ、あー!なんか恥ずかしいな!!」
「俺もだ!!」
「……」
「……」
「なぁモールズ」
「ん?なんだ?」
「何でもない、ただ呼んでみたかっただけだ」
「そっか……そっか!J!」
「ん?なんだ?」
「ただ呼んでみただけ!」
「……うん、うん!!」
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