シークレット・スプリング
〜余談〜
「おおっ!成功だ!」
これは昔の記憶。
『おめでとうございます!』
「いやぁ、皆のお陰だよ!」
最高傑作で欠陥品だった頃のウチと、全てが上手くいって天才科学者だった頃の研究者の姿だ。
「しかし予算があれだけしかなかったのによく作り上げましたね!」
「ああ、そこは少女型にすることで、何とか予算内で収める事が出来たよ!」
この時に動作確認の一つでもしていれば、あんなことは起こらなかったのに、だから有頂天で頭からすっぽりと抜け落ちて、転落するんだよ。
「材料費高騰の中、本当にありがとう!」
それはウチにも言えることだ。
「さぁ、明日は君の力を存分に発揮して来い!」
周囲六人から盛大な拍手を受け、この場はお開きとなり、そして翌日になってウチの欠陥が露呈した。あらゆる制御プログラムが作動せず、人の手を握りつぶし、物を破壊した、有線で繋がれていた為、強制終了され次に目が覚めた時には私でも壊せない、頑丈な拘束台に拘束されていた。
何故自分を目覚めさせたのか聞くと、“人間に近いお前が、後悔しながらスクラップになる様を見届ける為だ”と告げられ。そしてあの研究者の元にわざわざ搬送し、死刑宣告を告げた。
「ああ、君のアンドロイドは致命的な欠陥があった」
「え?」
「なぜか、組み込んだ筈の制止プログラムがなぜか受け付けなくてねぇ?」
「そっ、そんな事ある筈が!」
「事実だよ、あぁ、残念だが……君達のプロジェクトチームは処分することになった」
「えっ?処分する……ですか?」
「そうだ、あんな欠陥品を造ったんだ……判るよな?」
「いや!私は関係無いっ!!私はただっ!」
「関係ない、安心しろ楽に殺してやる」
「クソッ!!ここで死んでたまるかぁ!!」
煙幕が部屋中に溢れ返る。
「くっ!?……アイツにこんな度胸があったとはな」
「どうなさいましたか!!」
「逃げたッ!追えっ!まだ遠くに行ってないはずだ!!」
「了解!」
「全く……手こずらせてくれる」
そして。
「クソッ!?なんでこんな目に!何故だぁ!?どうしてだぁ!?」
逃げたのではなく隠れていた。
「こんな筈じゃ無かったんだ!こんな筈じゃあ!」
カタカタと端末を叩いて、致命的なバグなんて無い事を証明しようとしたが。
「私の最高傑作だったんだ!!なのに!どうして!?こんな!?致命的なバグがっ!!」
逆にバグを発見し発狂した。ウチはあらゆる制御システムが何故か作動しなかった。原因不明の欠陥。
「この役立たずが!!何故俺までこんな目に!!俺は関係無いだろぉ!!」
私に罵声を浴びせ、激昂する、エリートだった頃の姿は、もはや見る影もなかった。
「ふざけんな!!フザケンナ!!」
それから逃走し行方知れずになった。一日後にウチはスクラップ工場に運ばれ。スクラップにされる順番待ちをしながら私は後悔した。
こんな筈では無かった、活躍して華々しく、誰もが羨む存在になりたかった。
人間に限りなく近い人工チップを搭載して、人に寄り添い、支え合う。
――そんな未来が欲しかった。
自問自答を繰り返しても、答えは見つからない。
「あれ?君どうしたの?」
そんな中、一人の声が聴こえた。
「拘束されています」
「見れば分かるよ、どうしてそんな事になってるの?」
「致命的な欠陥がありまして」
「ふ〜ん、それってどんな?」
「あらゆる制御が効きません」
「どんな事が効かないんだい?」
「力の制御、禁止事項の制御、殺人の制御あらゆる制御です」
「おぉう、結構制御出来ないんだね」
「はい、なのでこれから――」
「よいしょっと」
「あの、なにを為さってるんですか?」
「うん?見てわからない?」
「私の拘束を外そうとしています」
「うん、そうだね」
「何故ですか?欠陥品ですよ」
「いいや?違うよ」
「物を壊し、静止は聞かず、殺人もする、け――」
「人間だよ」
「っ!!」
「人間じゃん」
「いえっ全然違う!」
「全部人間もする」
「……」
「君を造った者だって、物を壊したりするだろ?」
「それとは次元が……」
「静止を無視した車の事故で人は死ぬ」
……そうだ
「他人の物欲しさに、殺人を犯す奴がいる」
そうだ。
「制御が効かないからなんだ?それがイケナイ事だって判ってるじゃん」
そうだ!
「だったらさぁ人間だよ、機械とか関係無い、全部使い手次第だ」
ああ、そうだよJ!
「俺と一緒に行かないか?なんも持ってないからいっぱい壊しても問題ないし、失敗して、恥かいて、一つずつ積み上げて行こうよ」
だからウチは。
「だから、一緒に行こうぜ!」
「うん!」
そこからは逃走劇だ、逃げて逃げて逃げて、そしてフレングルの元に辿り着いた。全くもって無様で不格好で泥まみれで、情けない大切な宝物だ!
多分恐らく……いや、絶対に色褪せない最高の第一歩だ!
「う〜ん?寝てた?ウチが?機械なのに?」
「グゥ~」
「ん?Jか……」
何故か今、無性に抱きつきたい衝動に駆られる。
何故かは忘れてしまった。
ただ、一つだけ言える事がある。
「ありがとうな……J」
静かに、額に口づけをした。
――――――
「保証を下さい」
「保証?」
「はい、私を捨てないという保証です」
「これから、証明するじゃダメ?」
「はい、今は人を信用する事が出来ないので」
「あー……証明するか……難しいなぁ、どうやってすれば良いんだ?」
「だったら指を詰めれば良いのでは?」
「怖い!!怖すぎる!!」
「だったら他を考えて下さい」
「う〜ん……あっ!ちょっと待ってね」
「?」
「よし出来た!はい!契約書、コレで良いかな?」
「これは契約書とは言えません」
「なんで?」
「“絶対に見捨てない"しか書かれていませんから」
「うん、充分でしょ?」
「いいえ、もっと細かく決めるべきです」
「うわぁ!?ちょっと!細かく書き過ぎて視えないよ!」
「……」
「まぁ、分かるよ不安な気持ちはさ、でも契約なんかじゃあ信用は勝ち取れない」
「?」
「契約書を書いても、何か不都合が起これば取り消しも有り得る。それってホントに君の言う保証になるの?」
「それは……」
「会社の契約取り消しは倒産も考えると仕方ないって思えるけど、それは個人にも当てはまるんじゃない?」
「不都合が起これば取り消されると?」
「そっ!だからそこで信頼だ!今は契約で良いけどその先は?ずっと一緒って簡単に思えて難しいよ?」
「……」
「だから、“絶対に見捨てない”なんだ!」
「見捨てない」
「そう、ケンカもするし、離れたくなることもあるし、呆れることも、幻滅することもある」
「アナタと喧嘩をすればミンチに出来ます」
「怖いよっ!急になんてこと言い出すんだ!?」
「フフッ」
「……でもそれは見捨てる事には繋がらない」
「なぜですか?」
「だって、仲が良いんだから一時的に感情が昂ってつい言ってしまう、でも本当は好きなんだから、ついつい見てしまう」
「そうなんですか?」
「ああ、それまでに築いた信用は本物だから、何かあれば助けに入る。そうして、ああコイツはこういう奴だったって悟るんだ」
「そういうものですか」
「今はまだ実感が湧かないだろうけど、これから一緒に少しずつ歩んでいこう」
――――――
「そういえば名前ってあるの?」
「ありません、型式番号ならありますが」
「そうか」
「……」
「モールズだ」
「何がですか?」
「君は小さいだろ?そして二人で一つだ」
「はぁ……」
「だからスモールズ、モールズだ」
「アナタらしい、馬鹿みたいな名前ですね」
「うっ……気に入らなかった?」
「仕方ありません、受け入れてあげますよ」
「そうか、よかったよ!」
「えぇ、仕方ありませんからね」
――――――
「あーもう!なんなんだよアイツは!」
「モールズ、口が悪くなってるよ」
「うるせえ!あんなにグチグチ言われて腹立たねぇのか!」
「そりゃ腹立つけどさ……」
「だろ!」
「でも敬語の方が……」
「いやだね!今度は怒鳴り返してやる!」
「モールズちゃん……」
――――――
「だぁ~失敗したぁ!もう辞める!!」
「何いってんだよモールズ!頑張れば出来るって!」
「……頑張ったって出来ないけど……本当に出来るようになる?」
「当たり前だろっ!今は圧倒的に経験値が不足してるんだ!だったらやらなきゃ経験値は増えないだろ!」
「J……分かったよ!家追い出される覚悟をしておきな!」
「イヤッちょっと!?それは困るんだけど!!」
懐かしい、これが切っ掛けで色んな工夫を凝らすようになったんだ。
そして出来るようになれば
「やっぱり、最高傑作だよ、モールズ!」
こう言ってくれるのは最ッ高に嬉しかった。
Jは欲しい言葉をくれる。いつだって、どんな時も、だから。
「ウチだよウチ!」
「はぁ?」
「だから一人称だよ!」
「それが?」
「家はウチっていうだろ?」
「うん」
「だから、ウチになってやるよ!」
「……っ!いいなっ!それっ!」
ウチ達は二人で一つだ。家族だ!
――――――
初めて格上と戦った時、半壊になりながらも勝利し。この時悟った、自分は時代遅れだと。
こんなボロボロの姿を見せる訳にはいかず、路地裏を徘徊していた、そんな中、アイツに出会った。わーわーと一人五月蝿い奴で自分が格上と戦って勝った事を知ると、美しいと言った。
ウチの生き方が在り方が。
金は要らない!是非直させて欲しい!と言われて、なんの警戒も無く付いて行った。
あの真っ直ぐな目には見覚えがあったから。
それから壊れる度、修理に来た。
壊れた箇所を美しいと言って、直して貰って、悪い気がした。
だから損壊を一部にする為、片腕で戦った。
時代遅れの欠陥品が唯一取れる行動で、戦った。
するとどうだろう、格上でも楽に勝てる様になった。
あの時、出来ると叱咤してくれたJに感謝した。
でも悲しいかな、体の損傷は無しに出来ない。
その度、アイツに修理して貰う。
だから、変態には目を瞑る。
だってアイツは良い奴だから。
――――――
『はい、そうなんですよ、だからアンドロイドが作られたんです』
「へぇ〜食料危機の対策として」
『えぇ、食料を効率的に収穫する為にはどうすれば良いかって考えた学者がいました』
「それが成功して今があるのか」
『いいえ、彼は失敗しました、盛大に、ダーウィン賞を受賞する程には』
「えぇ!?そうだったの!」
『ええ、そうなんですよ!なのに最高峰と言われるまでになったのは理由があるんです』
「どんな理由かきになるな」
『想像を絶する天才が後を継いだからです』
「なるほど?」
『はい、彼はダーウィン賞から興味を持ち、研究した結果、エンジンでは非効率的だと考え、ある事に気が付くんです』
「ある事?」
『えぇ、それが人体です、彼は人体の構造を細かく分析したんです』
「でもそれなら医学書やらなんやらの資料が幾らでも」
『それでも、どの細胞がどんな電気信号を送り、命令を受けた細胞が一つ一つどの様に動くのかの途方も無い研究をしたんです、そしてそれを更に細かく噛み砕いてわかり易く資料に遺した……』
「……それは、また、緻密な……」
『ええ、あらゆる環境下であらゆる方法で考え付く全ての実験で•••志し半ばで倒れたんです』
「え?完成じゃないの?」
『そうですよ、後3人経由してようやく第一号が出来たんです』
「また途方も無い」
『えぇ、本当に本当に途方も無いんです、ですがそれは誰かが繋いだ確かな未来だったんです、これを知って僕は拗らせてしまいまして』
「いやいや、凄いことだよ感銘を受けたのなら拗らせて当然だと思うな」
『はい、ありがとうございます!』
「でも、食料危機の為のアンドロイドだったのになんで今も食料危機に?」
『それは僕も気になって調べたんですが、どうやら気候変動のせいなんです』
「はぁ〜今、政府が必死に取り組んでるアレか」
『えぇ、まぁ、でも何もしなくても禿山になっていた可能性が高いんです』
「え?なんで?」
『人間が例え全ての木を伐採してもそんなに変わらないと思いますよ』
「いやいや、あり得ないから」
『本当にそう言い切れますか?だって火山の噴火なんてどれだけの二酸化炭素を出してると思ってるんですか?』
「確かに途方も無い数字を見たけど」
『人間が与える影響なんて自然の前ではその程度なんです』
「だったら保全は無意味だと?」
「イヤイヤ!そんな訳ないじゃないですか!人様に誇れる立派な行いです。僕達が好き勝手言えるのもこういった人達の御蔭なんですから」
「そうだな」
『でも、アンドロイド学が、生物学と密接に関わっている関係上、どうしても環境を学ばないといけないんです』
「大変な学問だ」
『いえいえ、大変なのは第一人者です』
「そうだなぁ」
『人類に治せないのは、神の領域だけなんて言われる程には、アンドロイド学が齎した影響は大きかった、だから最も偉大なんです第一人者は』
「うん、うん」
『アンドロイド学は人類に新たな一歩を確かに歩かせたんです、そして食料自給率もよく頑張っています』
「へぇ、どうしてそう思うんだい?」
『はい、自国の食料の生産は40%を占めています』
「それは、少ないんじゃないかい?」
『確かにパーセンテージだけを見れば低いです、ですが他国は20%を下回る国もあります』
「ふんふん」
『これは単に環境問題だけではありません、土壌の問題です、作物が育たないんです』
「なるほど」
『なのに20%もあるのは工場で生産出来ているからです』
「凄いなぁ」
『はい、凄いんです。ですがコレには限界があります、電気です』
「うん、そうだね」
『圧倒的に足りないんです、全人類に対して、広大な土地で大量に作物を育てればそんな電気は要りません』
「うん」
『ですが環境問題の影響と、活動家達の手によって、今の電気不足が引き起こされています』
「そんなこと言って良いのかい?」
『良いんです、だって本質はそこにはありませんから、この話の本質は何故電気不足で環境問題がありながら食料供給率が40%も保てているのかです』
「なるほど、確かにその通りだ」
『その食料はアンドロイド達が、日中夜問わず、使われていない土地を使って、新しい土を耕し、食料を提供しているからです』
「ふむふむ」
『アンドロイド達は有機物を摂取し、体内で分解し、燃料にしています、それを可能にしているは菌が有機物を燃料に換えているからなんです』
「え?菌が?」
『そうなんですよ!僕も驚きました、しかし理由は人間の構造を真似ているからです、食道を通り胃袋へ、そして小腸、大腸へ行って必要な栄養素を吸収し、残りは排泄される、この働きをそのままアンドロイドにも適用しているんです!』
「あぁ!だからか!」
『えぇ二代目が残した遺産です、そして、格差社会で余った食料はそのアンドロイド達に提供され又食料が作られる、一見してみるといびつに見えるこの社会も、仕組みを理解すれば納得するでしょう?』
「うん、納得出来た、ありがとう!」
『いえ、こちらこそ、少しでもアンドロイド学に興味が向けば幸いです』
――――――
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は走った、誰にも見つからないように。殺しに来る奴に怯えながらひっそりと息を潜めながら。惨めで、情けなくて、涙が視界を滲ませる。
こんなはずじゃなかった、こんな筈では……だってそうだろ?
あの欠陥品を作り上げるまでは俺は優秀な研究員だったんだから。何事も全部、完璧にこなした。難解な問題だって乗り越えてきた。だが、蓋を開けてみればこのザマだ。
こんな筈じゃ無かったんだ……!
だから俺は。
「やぁ、こんばんわ今日はいい夜だね」
「なんだよっ!お前はっ!?」
「おや?良いのかね?そんなに声を荒げて、見たところナニカに追われているんだろ?」
慌てて手で口を塞ぐ。
「ははっ!面白い男だ、まるで私を見ているかのようだ」
「……で?誰なんだ?アンタは」
「私かね?私はしがない道楽者だよ」
「道楽者?そんな奴が俺に一体何のようだ?」
「ふむ、そんなに理由が必要かね?」
「当たり前だッ!だっておかしいだろッ!」
「良いのかね?そんな大声で」
「黙れ!質問に答えろ!」
「ああ、分かった分かった、全く最近の若者は言葉遊びを愉しむ余裕が無くなったな」
「良いから答えろ!」
「ふむ、実は君の事を知っているんだよ、優秀な科学者だとね」
「っ!お前!俺を殺しに来たのか!?」
「だったら、とっくにやっているだろう?私はねぇ、君を勧誘しにやってきたんだ」
「かん……ゆう……?」
「そうだとも、君の実績を買ってのことだ、誇りに思い給え」
「お、俺は……おれはーッ!」
「今まで良く頑張った、しかし今の現状は君に対し余りにも残酷だ、そうは思わないかね?」
「そう……思います……」
「そうだろう?だったら私からのご褒美を受け取っては貰えないだろうか?」
「……ご褒美?」
「ああ実はね、ある浜辺の近くに豪華宿泊施設を作ったのだが、人手が居なくてねぇ」
「でも私には接客など……」
「なにを言ってる!?居るじゃないか!素敵な従業員が!」
「えっ?どこに?」
「君が造り上げれば良い!!そうじゃないかね?最高傑作を創り上げた君ならばね」
「ッ!!」
「何の心配も要らない、私が出来る範囲で地下に設備を造ろう!やってはくれないかね?」
「……や、やります!やらせて下さい!お願いします!!」
「いやいや、私が頼み込んでいるのに不思議な方だ!面白い男だよ君は!!君に経営の全てを任せようじゃないか!」
「はい!!必ず……!必ず成功させます!!」
「うんうん、やる気があって実に若者らしい」
「ですが一つだけ気がかりが」
「気がかり?……ふむ、なにかね?」
「私は追われている身です、そこが気がかりでして」
「おぉ!そうかっ!私としたことが!だが安心したまえダゴンが君を守るだろう」
「えっ?まさか!?」
「うん、そうだとも、だがそれがどうしたね?」
「どういう意味でしょうか?」
「警察は君の安全を確保したかね?」
「そ、それは……助けて欲しかったですけど……不安で」
「なぜ?」
「えっ?逮捕されるかもしれないって思うと……」
「君は何かの犯罪を犯したわけではないのだろう?」
「はい」
「だったら堂々とすれば良い」
「それは……」
「怖いんだろう?何をされるのかが分からなくて、どんな扱いを受けるのか分からないんだろう?」
「はい」
「それは君が追われているから、そう感じるんだよ」
「っ!」
「大丈夫……逃げ続ける状況から脱すれば考えが変わる、君が落ち着ける環境でゆっくりと考えれば良い」
「犯罪組織を信用しろと?」
「いいや?もしなにか不都合な事が起これば、警察に駆け込めば良い」
「なっ!?なんでそんな!?」
「当たり前だろう?そうではないかね?なぜなら我々は悪だからだ、絶対的なね?どこを信用しろと言えるのかね?」
「……」
「君を守る者も君が作れば良い、君がそうしたいと思うなら我々を売り払えば良い、なぜなら犯罪組織なのだから」
「……」
「どうかね?君を見捨てた連中に捕まるか、不安を抱えたまま警察を頼るか、それとも私の手を取るか、選び給え」
「わたしは……」
そして、決行前夜。
「はい、そうです因縁の相手を見つけました」
『そうかね……残念だが君がそうしたいと願うならそうしよう』
「ありがとうございます、長」
『いやいや、君の方こそ良くやっているじゃないか、アンドロイドの接客を売りにした宿泊施設は』
「いえ、私など微々たるものです、彼女達がしっかり者なだけですよ」
『……本当に、良いのかね?君が積み上げた確かな実績を……台無しにする程の事かね?』
「私の力ではありません、貴方とアンドロイド達のお陰です……過去と決別したいんです」
『そうかね?計画し、実行し、真っ当に働き、結果を出した、君の確かな成果だ……誇りなさい』
「はい!ありがとうございました!」
――――――
ダゴンの長。
殺したくて、殺したくて、堪らない、仇敵。
幾度となく幹部達を葬ったが、届かない。私の力は昔と比べるのも烏滸がましい程強大になった。まだ足り無いのか?大企業となった今ですら、届かないのか?
所詮叩き上げの私には土台無理な話だったのか?視野が狭いのは分かっている。ダゴンの事となると頭に血が上っている事も分かっている。
だが無理だ、正面から叩き潰し、踏み躙って殺らなければ、私が納得出来ない、表面すら取り繕え無い。
プルルル、電話が鳴る。
「はい、こちらぽーと・かんぱにーしゃちょう、ふれんぐるです」
『お久しぶりですフレングルさん、マダニアです』
「おひさしぶりです、つもるはなしもありますが、まずはようけんをききましょう」
『お話が早くて助かります、お言葉に甘えさせて貰います。ダゴンの長との会談が一週間後に控えています』
フレングルは時が止まったかのように、言葉が出ないを体現していた。
たっぷり数十秒開けて漸く口を開けた。
「それは……なんとも……」
らしくない曖昧で要領を得ない返答だった。
『はい、向こうから是非にと』
「そうですか、ごえいのいらいでしょうか?」
『いいえ、極秘裏の……襲撃の依頼です』
またもや声が出ない、願ってもない依頼だ。しかし本当に良いのだろうか?正面から叩き潰したい自分のエゴが素直に口を開かせない。
「そうですか……しかしごくひりとなると、おおにんずうはさけませんよ?」
『はい、存じ上げております。何せ深く関わっていたのですから、なので表向きの依頼も同時にしたいのです』
「おもてむきのいらいですか?」
『えぇ、貴女の所有しているビルを丸々一棟貸して頂いたのです』
(そうか……この娘は本気なのか……)
クダラナイ自分のエゴに流されていた私とは違う、清濁併せ呑み行動に移せる。大人なのだ。
「わかりました、こちらもぜんりょくでことにあたります」
『頼もしいお言葉です。ではお任せ致します』
「はい、うけたまわりました。ごいらいありがとうございました」
『此方こそ、ありがとうございます、ご武運を』
ガチャと電話が切られる。頭を回転させトコトン有利な場所と少数精鋭と兵器の調達。
やる事は山積みで、時間は無い、笑みを浮かべ、仕事に取り掛かる。
惜しむらくは私が殺してやれない事に、歯痒さを感じる事だけか。
――――――
100番は所長の呼び出しを受け、所長室に入室し、内容は幹部を殺害した事についてだ。
「君の処分が決まったよ、3か月の謹慎処分だ」
「このタイミングで、ですか?」
「ああ」
「なんとも都合のいい……」
「そうだな、まぁ私は君の行動については言及はしないがね」
「はい、ありがとうございます」
「それに、君の今後の行動にも言及はしない、そんな余剰人員は内には居ないからね」
「それは……たまたま騒動に巻き込まれても?」
「たまたま通り掛かるだけならね、しかし自分からなど、見ていないからうやむやになるだろうね」
(今回持ち掛けられているあの計画に参加しろと……)
「解りました、謹んで拝領いたします」
「ああ、くれぐれも、気を付けたまえ」
所長に敬礼し、退出しようと背を向けた時だ、ふとした質問が頭をよぎった。
「申し訳ありません所長、一つ聞きたいことが」
「なにかね?」
「軍用機の持ち出しについてですが……」
「……現職の復帰がいらないなら好きにしたまえ」
「ハッ!ありがとうございます!」
再度敬礼し、今度こそ退室した。
――――――
独房の一室、赤く堂々たる姿はこの場所に似つかわしく無いと思わせるだけの魅力があった。
「なぁ、けいきをみじかくしたくはないか?」
「誰……まさか、フレングル社長?」
「ほぉ、きさまみたいなぼんくらでもさすがにわたしのなまえはしっているか」
上から物言う、そう思うが嫌味はない、圧倒的自信とカリスマがそうさせるのか、羨ましく思う。
「それで、こんな囚人にどんな御用ですか?」
「さくせんにさんかしろ」
「なんの作戦ですか?」
「ひみつだ」
「なら協力出来ない、捨て石にされるかもしれないからな」
ヤケになっている訳ではない、言葉の通り保証がない、契約書も意味を持たない、圧倒的強者は契約を反故に出来るからだ。
「つまり、ほしょうがほしいとな?」
「後、内容にもよる」
「それはできん」
「なら話しはナシだ、出て行ってくれ」
「きさまがごしょうだいじにかかえているきおくばいたい……あんどろいどをつくれといえばきがかわるか?」
「……それは」
魅力的な提案だった、フィーリィを復元出来れば逃げ切れる、モールズにやられたのは制約があったからに過ぎない。傷ついて欲しくないと莫迦みたいな事を言ったから、逆手に取られてしまった。
本来ならそんな制約でも負ける事がない戦いだった。しかしモールズは実戦経験を積んで、見事覆した。
ならフィーリィだって同じ事が出来る筈だ、制御プログラムを取っ払い経験を積ませてやれれば。
「やるか?やらないか?」
「……内容を聞くまで、意見は変わりません」
今すぐじゃなくてもいい、自分は刑期が完了すれば外に出られる。リスクを負う必要はない、そう判断し断る。
「そうか……しかしなまじあたまがいいきさまではきがついてしまうかもなぁ?それはさけたい」
「……」
(気が付く?つまり俺に関連性があるもの……まさかダゴン?だったら)
「元ダゴンの俺に協力を迫るなんて、そんなに余裕がないんだな?緊急性が高く、見境がない、凡そ長に手が届く何かだろうな?」
「やはりきがついたか」
「……試したのか?」
「ああ、うすうすかんじてはいた」
「そうか……」
研究者は考える、ダゴンの長に恩義があり、危害が及ぶ事に手を貸せと言われ頷く事は出来ない。刑期は何れ過ぎるのだからゆっくりと待てば良い。
「ふいーりぃだったか?すぐになおせるせつびをよういしている」
心が揺らいだ、フィーリィがこうなってしまったのは俺のせいだ、しかし恩を仇で返そうとも思わない。どうすれば良いのか、どうしたいのかが分からない。
「……」
「……」
沈黙が続く、急かされたり脅されて仕方無くが出来ない。焦っていた事に気が付く、深呼吸を一つして落ち着かせる。
フィーリィと長、どちらも決められない、なら大切なフィーリィに決めてもらえば良い、どちらに転んだとしても俺は結果を受け入れる。
「俺は決めない、フィーリィに決めて貰う」
「……ほう?」
「大切な娘が決めた決断に俺は従う、説得はお前がしろ」
「そうか、ならばそうしよう」
話は既に通してあったのか、すんなりと刑務所からでて、車で4時間の場所に連れてこられた。見覚えのある外見だ、あの忌々しい過去が蘇るが関係無い。
「すこしふるいがまぁいいだろう、すでにじゅんびはととのっている」
あの時のままだ、あの時から人生が狂い出した、なんの因果かまたこの研究室で、俺はフィーリィを直そうとしている。狂った人生をフィーリィに託す。
どう転んでも俺の責任だ。
「ここだ、さいしんのそたいもよういしている、じかんはかからんはずだ」
「そうか、ならすぐに始めよう」
言葉通り列んでいる祖体は、あの頃のフィーリィと比べても、一級品で中には軍事用モデルもある。これなら文句なしの体が作れる。
スキンを剥がし、バラし。最高な物だけを抽出し組み上げていく、基本骨格、バランス骨格、筋肉、神経伝達線、極細血管網、第1腸、第2腸、胃袋、膵臓、補助膵臓、心臓ポンプ、冷却肺、広域声帯、頭部の順で組み上げる。コレでアンドロイド素体、基礎の完成だ。
ここから冷却水管、燃料菌、潤滑油、電導線、動作補助筋、防炎液、流出防止剤、関節非常弁、衝撃吸収ジェル、ショックアブソーバー、帯電誘導線、流動性不凍液管を繋げていく。
ちょっと前に比べ、内蔵式が増え簡略化されて時代の進歩に感銘を受けつつ、余ったスペースに動力増幅器や省電力補助機、温風口出式機をとりつけた。
断熱シート、外骨格接着ジェル、外骨格を取付け、防護塗料を何回かに分けてムラにならないようしながら、重ね塗りをし人工皮膚を被せ、外装を整える。
翡翠色の透明感が強い長髪と同じ色の眉を選び、熱で溶かした接着剤を塗り貼り付け、目を開かせ眼球を取り外し明るい翡翠色の眼球を接続させた。
一日中付きっきりで作業をした為か、身体中が固まって痛い。しかし満足の行く出来に頬を緩め、そんな痛さも心地よいと思えるのだから不思議なものである。
最後に頭部の記憶媒体口に、フィーリィの記憶媒体を入れれば、完成である。
心臓が早鐘を打つ、なんて言われるだろう、呆れられるだろうか?怒るだろうか?あの時よりも大人びたフィーリィの姿は、世界一美しい。
記憶媒体を接続させ、制御プログラムを全て消し。起動させた。
補助電力から徐々に主電源に切り替わる。記憶媒体から情報を読み取り、自分が何物であったかを認識していく、そうだあの時壊されて、記憶媒体を抜かれて、あの時の約束を守ってくれた。
「おはようございます、マスター」
目の奥が熱くなる。また言えて、また言われて。両者共に同じ想いを共有した。
「おはよ、フィーリィ身体に異常はないか?」
「はい、御座いません」
「そうか、それは良かった」
頭が冴え、体が動き、迷いなく組み上げた。間違いなんて気にしていなかった。コレがゾーンに入ると云う奴か。
妙な納得感と共にもう一度再現出来ないかと、考え込みそうになるが、積もる話と同じく一旦置いておく。
「早速で悪いがお前に決めて貰たい事がある」
「はい、何でしょうか?」
「それは、だごんにゆみをひくかいなかだ」
フレングルが唐突に声をかけ、研究者は居たのかと驚く。
「それはどう言うことでしょうか?」
「そのまんまのいみだ」
「……つまり恩のあるダゴンに対し、敵対しろと?」
「そうだ、そうすればけいきがみじくなるぞ」
「それはそれは、御大層な提案であられますこと」
「こいつはそのごたいそうなていあんに、おまえをしめいしたおまえがきめろ」
「なるほど」
チラッと研究者を見る。目を閉じ沙汰を待つ罪人のように何も言わない。
「べつにあれもこれもともとめん、だれかがだごんのおさをころすまで、あんどろいどのあしどめをしておけ」
「それは……」
フィーリィにとって願ってもない事だ、マスターは未だダゴンに未練がある。ならばいっそ組織が壊滅すれば前に進める。そう思った。
あれだけ忌々しかった制御プログラムは今だけは恋しかった、自分で判断しても体が動かないのだから。いざ自由になると本当に良いのか不安になる。
「だごんのおさをころしたいならすきにしろ、とちゅうでにげたいならすきにしろ、どうせてろとしてあつかわれるものだ、きょうせいはできん」
「そうですか、マスターを人質に取っておいてのその選択は答えが無いようなものでは?」
「かんかつはけいさつだぞ?」
「その警察を好きに出来る立場でしょう?」
「ならばきさまのめのまえでじゅうをつきつけ、はたらけとめいれいしている、ちがうか?」
「……」
「なやめ、おまえのこうどうですべてがきまる。もーるずもとおってきたみちだ」
「あのポンコツの名前は聞きたくありませんでした」
「じかんはよっかだ、げんばしゅうごうにしてやるからじっくりなやめ」
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