シークレット・フォール

  幸薄そうなおっさん・J、分厚いブカブカの上着を着た片腕を失ったアンドロイド・モールズ。車の修理が終わったとの連絡を受け、モールズの腕を直すついでに取りに行く。

「ウチ一人で良いのによ」

「そういう訳にはいかないよ、俺も顔を見てみたいしな」

「見なくていいぞ、あいつは変態だからな」

思わずモールズの顔を見る。

「流石に失礼過ぎないか?」

「別に、アイツも否定しないしな」

「それなら余計に……」

「おう、ついたぞ」

「え、もう?」

 徒歩で15分程度のマンションでモールズは階段を上って、一室の玄関の前で止まり。ピンポーンと呼び鈴を鳴らし、家主が扉を開け顔を見せる。

「はーい、ああモールズ……と、どちら様で?」

 その人物は好青年といった印象であった、見慣れない人の姿に困惑気味で尋ねる。

「Jと申します」

「ああ、はい、僕はハンガーと言います、宜しく」

 右手を差出し、握手を交わし、本題に入る。

「おう、さっさと直してくれ」

「ああ、修理か?」

「それ以外に何があんだよ」

「僕に会いに来てくれたとか?」

「はいはい、会いに来た、これでいいか?じゃあ修理しろ」

「つれないなぁ、それじゃあ奥に行って待機してて」

「おう」

モールズは勝手知ったるといった様子で、迷いなく別の部屋に行く。

「モールズとは付き合いが長いんですか?」

「ええ、かれこれ5年ほど前からですね、それから壊れる度に僕の元に来る様になりましたね」

「すいません、モールズがご迷惑を……」

「いえいえ、此方も助かっていますよ」

「ですがお金がかかるのでは?」

「ああ、そうですね、モールズさんから貰っていますが少し赤字ですね」

「やはりそうでしたか」

「ですがそれは、店を開いている場合です、僕は個人の趣味でやっているだけですから」

「それでも……」

「学生の身で実践を積めるんですから、それだけの価値があります」

「……」

「まだ納得していませんね?モールズさんの修理をしてから、僕はアンドロイド学部で首席を維持しています、そのおかげで学費等が免除されているんですよ」

「……そうですか、モールズがお役に立っているようで何よりです」

言いたいことはある、だがこの少年の心意気を無碍にしたくはなかった。

「はい、これ以上モールズさんを待たせると何を言われるかわかりませんから」

「ふふっ、そうですね、俺はここで待っていますので」

「……僕を疑わないので?」

「5年間、見ていてくれたのでしょう?」

「……はい!」

「なら何も言うことはありません、ありがとうございます」

「いえ!こちらこそありがとうございます!」

 学生は別の部屋に入って行き姿を消す。退屈しのぎというわけではないが、部屋を少し見回した、アンドロイド関連の物が散見され、余程好きなのだろう。やはりお気持ちぐらいは包んだ方が良いか、と思い財布を開けるが、入っていたのは2080フィ、気持ちがこれっぽっちしかないと思われたくなくて、泣く泣く止めた。

「出来ましたよ」

「おお!早いな!」

 ハンガーとモールズが奥の部屋から、一時間もしない内に出てきた事にJは驚いた。

「一応は好きこそものの上手なれですから」

「良い言葉ですよね」

「ええ、一番好きな言葉です」

「それで、どこまで出来るんですか?」

「はい!アンドロイドに関する全てです!」

「え?全て?」

「人工知能からスキンまで一通り出来ます」

「それは凄い!」

「いえ、アンドロイド学では基本になりますから」

「気になったんだけど、学部っていくつあるの?」

「総合のアンドロイド学、体の基礎アンドロイド工学、体の内部のアンドロイド臓器学、効率を考えるアンドロイドエネルギー学等々多岐にわたります」

「そんなにあるのか」

「ええ、人間の体内を参考に作られていますから、それだけ多くなるんです」

「おい、もういいだろ!さっさと車を引き取りにいかねーと、どやされるぞ!」

 モールズは急かす、車庫受取なため時間は気にする必要はないが、車の調子をチェックと案件を一つ受けている。それに長居するのも気が引ける。

「ああ、そうだな、ではこれで失礼します」

「残念ですね、もっと知って欲しかったのですが」

「ああ、それならこれを」

 そういって一枚の紙を渡す。

「これは?」

「俺の電話番号です、暇な時には話を聞いてあげられますので」

「はい!」

 今度こそ、この場を立ち去る。

「さて、次は車だな」

「いつもの場所にあんだろ?」

「ああ」

「なら、ウチが運転するな!」

「いや、俺が運転するよ」

「ちぇ、つまんねぇな」

「偶には運転しないとな」

「へーへー」

「かなり不満だな」

「まぁな」

「そういやぁよ、なんか仕事は受けたのか?」

「ああ、なんか廃墟で不審な人物を見かけたって案件があってさ」

「へぇ、珍しく真面目じゃん」

「珍しくは余計だよ」

「まぁ、良いんじゃねーの?」

「そう思うか?実は俺もそう思ったんだ」

「あっ、なんかフラグ立った気がする」

「気のせいだよ、毎回行動する度に巻き込まれてたんじゃあ、こっちの身が持たないよ」

「……そうなることを祈っとくぜ、で?金額は?拘束時間は?」

「6000フィで、一日だ」

「依頼主は?」

「えぇーと、ドットフィル、だって」

「ふーん」

「なんか反応薄いな」

「いや、それ以外言うことないだろ?」

 いつもの車庫に2時間半かけて到着した。

「ボーダーランちゃん久々だねぇ~」

「キメェな」

「直球過ぎる!」

「それ以外に言うことないだろ?」

「それよりテンション低いけどどうしたの?」

「ん?Jが選んだ案件だからなぁ……ってナーバスになってんだ」

「いや、流石にないでしょ?」

「んなことあるか!前回も騒動になったじゃねぇか!」

「あの時はしょうがないだろ!」

「ハァ……さっさと乗れよ、行くんだろ?」

「はいはい!行きますよー!」

 数か月ぶりのボーダーランに乗り込み、調査対象の廃屋に向かう為、車を走らせる。

「法定速度って、なんでこんなに遅いんだろうな~もっとぶっ飛ばせよJ」

「そんな訳にはいかないよ、慣らし運転でもあるんだからさ」

「ブーブー!」

「抗議したってダメだよ、それにまた警察に追いかけられるかもしれないだろ?」

「ああ、そりゃイヤだな」

 カーチェイスを思い出しゲンナリし同意する、あれはフレングルの仕込みだった故にあの程度で済んだが。もしも本当に犯罪を犯し追われる立場になれば、想像するだけで寒気がした。

「此処が調査の場所だ」

 郊外の更に外れの場所、ショッピングモールみたいな外見の建物がぽつんと建っていた。苔の生い茂った門の近くに停車し、表札には耐防爆実験場と書かれていた。

「こんな離れた場所の人の出入りなんて、気にする奴がいるんだな」

「ああ、そうだな……少しだけ妙だな」

「あん?何がだ?」

「門はこれだけ苔に覆われているのに、建物にはあんまりない」

「ふ~ん、外れを引いたなJ」

「ちょっと!まだ決まったわけじゃないからね!?」

「いいよいいよ、どうせ事は起きるんだし、ホレ護身用だ」

 トランクから多機能銃とサブマシンを取り出し、サブマシンをJに放り投げる。

「ちょっ!またそうやって投げ渡すな!」

 いきなり投げられた為、不格好ながらも何とかキャッチし抗議する。

「ハァ」

「え?なんでため息?」

「どんくさいなぁって思ってな」

「しょうがないだろ?」

「まぁ、しょうがないな、Jだもんな」

「一言余計だよ」

「よし、調査開始するぞ」

「ああ」

 廃墟にしては小綺麗な建物に入っていく。外見通りの内装と言うか、本当に実験場だったのか疑わしい程にはショピングモールだった。

 Jは入り口付近に設置された埃被ったパンフレットを手に取る。地下に鉄筋コンクリート製の実験場を作り爆発実験をしていたが。ここの職員が遠くの街まで買い物しに行くのが煩わしいと、実験場の上にショピングモールを建てたという経緯らしい。

「ふ〜ん、なんで近くに作らなかったんだ?」

「爆弾の実験場だからじゃないかな?事故で一般人が死亡しないようにする為とかさ」

「そんなもんか?」

「被害を最小にする為なら、そんなもんだと思うよ」

 先ずはショピングモール部分を適当に調査する事になった。どこかで見たような既視感はそれだけ洗練されている事の証明だろう。人影は無い、この付き纏う様な嫌な視線に、覚えがある。

「静かだな」

「そりゃ人が居ないから……」

「……嫌な静けさなんだよ」

「嫌な静けさ?」

「ああ、コトが起こる直前みたいなな……」

「……」

「気を付けろよ」

「ああ」

 異変はない、次に実験場の調査になるが、荒事の気配を感じ取ったモールズがJに警告する。地下は吹き通しの円筒状になっており、中央には見晴らしの良い空中廊下が無数に繋がっていた。一階、二階、三階と降りていく。

 空中廊下の向こう側に下りの階段があり、必ず渡らねばならない場所を通る。

「ここまでの調査ご苦労だったな」

 上から落ちてくる人物がダンッ!と着地した。

「貴方は?」

 明らかな不審者に、いつもの癖で尋ねてしまう。

「ああ、ここら一帯の犯罪組織を纏めてる者だ」

「ほーん、ここで出てきたってことは罠に嵌めたってことか?」

「そうだ!」

「J!逃げろ!」

 どこに隠れていたのか、四方から銃撃を受ける二人、分厚い上着に阻まれモールズには決定打を与えられず、Jは複数の銃弾が皮膚を掠める。

「グッ!」

「チッ!場所が悪いっ!ちょっと乱暴に運ぶぞ!」

「ああ!やってくれ……!」

「ハハハハハッ!足手纏いを抱えながらどこまで逃げられるかなぁ!!」

「ハッ!言ってろ!」

 余裕綽々といった様子で幸いにも追撃してこない、だが行く先々で手下が道を阻む。

「クソッ!如何にか数を減らさねぇとな!」

 Jに持たせたサブマシンを掴み、歯でベルトを噛み切り、安全装置を外して撃つ。当てなくて良い、近接戦に持ち込めれば、しかし、手下もそれが分かっている。50m接近されれば逃走する。

「手慣れてやがる(だが止まればハチの巣だ……どうする?)」

「モールズ……俺を、どこかに隠してくれ」

 Jの言う通りだ、だがもし見つかればウチは助けてやれない。

 葛藤するモールズにJは優しく言う。

「俺は悪運が強いからな、大丈夫だ」

「……へっ!そうかよ!なら棺桶は自分で探せよ!」

「そういうこという!?」

「悪運が強いんだろ?」

「ああ!」

 互いを信じ、反撃する好機を見つけ、自然と口角が上がる。階段を上がって廊下に出る。

「っ!此処でいい!降ろしてくれ!」

「おらよっ!」

 スピードを保ったままJを落とし、軽くなったモールズは手下に急接近し撃ち殺していく。

「うぐ……っ!(痛い、けど我慢だ!)」

 這いずるように錆びだらけの汚いロッカーに近付き、ギィィと開け、掃除道具が入っていたが、構わず入り扉を閉める。

(相当古いし、汚いから、多分見つからない筈だ)

最低でも出血が止まるまでの間、息を潜め待機することにした。

――――――

 身軽になったモールズはサブマシンと多機能銃を持ちわらわらと現れる手下を無力化していく。いちいち死んでいるかの確認時間は無い、それほど切羽詰まっているとも言える。

「あーあ、ロケットランチャーまで持ち出してきやがって!!」

 サブマシンがカチカチッしか言わなくなる。すぐさま放り投げ、敵のアサルトライフルを奪い撃とうとするが。

「チッ!罪組織のくせに認証システムが付いた武器なんて持ちやがって!」

 指紋認証が付いた銃は、本人しか撃つ事が出来ず、トリガーがロックされる仕様だ、軍で配備が進んでいるが、一般には出回らない代物。ダゴンの影響力はこんな所にまで及んでいるのかと、溜息を吐く。

 多機能銃も残数が残り少ない、5㎜なら弾種を気にせず撃てるのだが。敵が持っているは7㎜が殆ど、多機能が故の弊害がここに来て露呈する。不味い、一旦柱に隠れ通信機を取り出し、警察に電話を掛けようとするが。地下ということもあり電波が入らない。

「ハァ……何処までも祟ってくれるな!」

 悪態を吐くが状況は変わらない、周囲を見回し使える物を探す。本当に実験場か?と思うぐらいには吹き抜けが多く、下に行くなら困らない。

(そうだ!分散させりゃあ良い!)

 銃撃が弱くなったタイミングで、走り出しワイヤーを手摺に射出し、巻き付け、飛び降りる。ビイィンとワイヤーが張り、切り離して下の階に着地したそこには、幹部が居た。

「ハハハッ!手下の訓練に付き合ってくれて礼を言うぞ!」

「……全部手のひらの上だって言いてぇのか?」

「当然!!」

「嫌なヤツだなあ!お前はよお!」

「褒め言葉だ!相手の嫌がることは積極的にするものだろう?」

 滅多にしない渋面を浮かべた、しかし初対面した時にはしていなかった機械を着ていた。

「お前そんなもん着てたか?」

「これか?これはなぁ新技術のパワードスーツだ!」

“パワードスーツ”確かTVで観たことがあった、80年前から軍用で開発されていた物が近年出来上がったと。

 ダゴンの強力さを、こんな嫌な形で見せつけられ、辟易し、その性能を思い出す。

「あっ、これダメな奴だ」

「ハハハ!みろ!このパワーを!」

 わざわざ用意した、何十tもある重機を意味もなく持ち上げ、バラバラにする。

「くっそ!逃げるしかねぇな!」

「やれるものならやってみろ!」

「ああ!そうさせてもらうぜ!」

 モールズは多機能銃を操作し、下部に取り付けられたランチャーを起動させ。ポシュン!と気の抜けた音を連続させ周囲に丸い球を撒く。

「ん?これは!」

 幹部は気が付くが、瞬間、白い煙が一帯に充満し、視界を塞いだ。

「チッ、チャフも仕込んだ煙幕か……手の込んだことを」

 パワードスーツに取り付けられたレーダーを起動させるも、何も映さない事で見当をつけ、逃した事に腹を立てることもなく。次の段取りを考える。

 見事逃げ遂せたモールズは、まばらになった手下を蹴散らし、階段を駆け上がり、ショピングモールに辿り着いた。手早く端末を取り出し、電波が通っているのを確認して操作する。

「えーっと“ダゴン幹部 廃屋にて民間人の拉致監禁しているのを発見 ポート・カンパニー社員”っとコレでいいかな?まぁいいや!送信!」

 ――――――

 警察本部はダゴンの幹部を逮捕出来る絶好の機会を掴んだ、タレコミがあったのはポート・カンパニーの社員。

“廃屋にダゴンの幹部が潜伏している”と、しかし本部は動けない、最近はマシになってきているが、議員や各省庁の圧力によって未だ封殺されている。

 疑わしい?関係無い、出動する為の口実なのだから。

『絶好の好機だ!ここでダゴン幹部を警察の総力をもって逮捕する!総員出動せよ!』

 だからこそ警視長の独断で、動かせる最大の人員を持って、号令をかけた。総数は10人、軍用機のスコーチヌスが二機、強行突入型装甲車二台、装甲パトカー3台を引っ張り出し廃屋に急行した。

 独断だったとしても、警察として動く以上、殺すことは出来ない、警察として動いているのは当然として、司法がそれを許さない。どんな凶悪犯だろうと必ず裁くのではなく、あくまでダゴンかそれ以外で分ける為。

 とことん警察の立場は弱い、例え警官が殺されようともダゴンの手下すら裁けない。そういう土壌が出来上がっていた。

 それでも、警察が存在するのは、ダゴン打倒する勢力が今まで踏ん張ってきた事実がある。そんな彼らの尽力に応える為、自分達は制約の中で踏ん張れる。

 きっかり1時間で到着し、パトカーは広場に陣取り銃撃戦を繰り広げ、装甲車が廃屋に突入し内部へと侵入し、後部ハッチを開け警官数人降車し、制圧を開始した。

 ヘリは上空から逃げ出した手下を見つける為、高度を維持し旋回する。

 制圧部隊は硬質ゴム弾で手下を無力化していき。ハンドサインを駆使し、前進して、停止していたエレベーターが独りでに動き、開いて、警官を誘った。明らかな罠だが都合が良いことも確かだ。

「100番、任せる」

「了解した」

 短いやり取りで100番と呼ばれた警官はエレベーターに乗り込むと、扉が閉まり地下6階まで降下し扉が開く。

「おい警察、そこで止まれ」

「……」

 静止を無視し、逮捕に動こうとするが。

「良いのか?制止を無視してよぉ?」

「何が言いたい?」

「エレベーターから出れば、俺は死ぬぜ?」

「……」

「お前らの任務は俺を捕まえる事で、殺す事じゃないよなぁ?」

「……そうだな」

「あーあ……こうなりたくはないよなぁ?犯罪組織に首根っこ掴まれてる組織の奴にはよぉ!」

「……」

「何か言ってみたらどうだ?」

「キサマを見ていると反吐がでる」

「ハハハ、俺もだよ、警官を見てると吐き気がする!」

「さっさと捕まれ、そうしたら見なくて済むぞ?」

「随分と上からだなぁ?えぇ!?いつからそんなに偉くなった!警察風情が!!」

「そうか」

「ああ、アバヨ、警察さん」

 エレベーターに取りつけられていた爆弾が起爆し、落下していく。

「公務執行妨害で対象を排除する」

 地下深くに配置されていた1tのTNTと、エレベーターが衝突し大爆発を起こした。

 ――――――

 警察が敵の目を引き付けるまで、ホールの二階で待機する。焦る気持ちを抑えながら1時間後、装甲車が突入し銃撃戦が始まった直後に、行動を開始した。

 爆発音が響く中、モールズは別れたJを探す為に、再び地下に潜っていた。

「お〜い!!J!返事しろ!!」

 大声で探し回っているが、落とした場所には居なかった。

(また連れ去られたか?)

 その可能性は高いが、恐らく違うなと感が囁く、アイツは悪運だけは強い。だが、大声で惹きつけられるのは、敵も同じだ。

「どうした?はぐれたのか?一緒に探してやろか?」

「……テメェか」

「パートナーじゃなくて残念だったな」

「そうだな、今一番拝みたくない顔面だ」

「ハハハ!もう拝まなくて良いぞ!お前が壊れて終いだ!」

「ああ、そうかよ!!」

 カッターを起動し、幹部に突っ込み攻撃させる。狙い通り誘発させ、スライディングで回避し機械部分を避けて、脚を斬りつけるが弾かれる。

「効かんなぁ?」

「ウッソだろ!?」

 カッターは折れ、幹部に傷を付けられず、モールズに残された手段は無いに等しかった。

(……ろくに使えるもんがねぇ、生半可なモンは壊されるだけだしなぁ)

 軽く見回すが物が殆ど無い、逃げるにしても確実に仕留める算段が無ければ自分を追い込むだけ。癪に障るがコイツは用意周到だ、そんな物は無いだろう。

 だが、このままで良い、馬鹿げた破壊音が近付いて来ているのだから。

「なぁ」

「なんだ?」

「ウチとJを甘くみんなよ?」

「ほほぅ、ではどうするんだ?」

「そりゃ勿論……他人を頼る!」

 瞬間、ドガァン!と天井が崩落し、共に落ちてきた警官が着地した。幹部は手下が爆発物でドンパチしていると思っていたが、殺した筈の人物が登場し、驚く。

「なぁ!?お前がなぜここに!?」

「決まっているだろう、犯罪者、キサマがここにいるからだ!!」

 警官と幹部が取っ組み合うが。

「くぅぅ!?一体何処からこんな力が!!」

 幹部のパワー負け。

「キサマには分からんだろうがな、冥土の土産だ教えてやる、心だよ」

「心だとぉ?」

「そうだ、キサマ等犯罪者を見ているとなぁ、苛立ちすぎて!無限の力が湧き上がってくるんだよぉ!」

「グァぁ……う、腕がぁ!?」

 警官のパワーの前に、左腕がひしゃげた。

「どうした、犯罪者、ご自慢のパワーはどうした?」

「嘗めるなぁ!!」

 脂汗をかきながらも、幹部は全力で抜け出そうとするが、ビクともせず逆にパワードスーツ全体からミシミシッ!と悲鳴を上げる。

「何も感じないな」

「バ、バケモノ……」

「称賛の声だよ、キサマ等の苦痛の声を聴くと!辛酸を嘗めた!甲斐がある!!」

 グシャアン!幹部の体は真っ二つになる。

「おーおー、やっぱり強いなぁお前はさぁ」

「なんだお前か、いたのか」

「おう、助かったぜ」

「……そうか」

「なぁお前さ、名前は何て言うんだ?」

「名前は捨てた」

「うぃ~勿体ねー、ウチはモールズって名前好きだぜ」

「良かったな」

「おう!Jが付けてくれた名前だからな!」

「そうか……私はやっと……守れたんだな……」

「何言ってんだよ?いつも守ってんだろ!」

 警官の背中をスパーンと叩く。

「!!」

「ありがとな、警官!」

「…………」

「おっ?泣いてんのか?胸貸すぜ?」

「……いや……いい、気持ちだけは貰っておく」

「そっか、やっぱ強いな警察は」

「ああ、そうだとも、警察だからな」

「……そういやぁなんでアイツ、お前を見て驚いてたんだ?」

「私を殺せたと勘違いしていたからな」

「え?お前って殺せんの?」

「流石の私でもあの爆発では跡形も残らんよ」

「へー意外」

「なぁ、お前は私をなんだと思っているんだ?」

「地球外生命体」

「よし、覚悟しろ!」

「ふっざけんなマジで!!」

「どっちがだ!」

「で?なんで助かったんだ?」

「落下中のエレベーターの天井をぶち破り、壁を破壊しながらここまで来た」

「なぁ、どの口が地球外生命体じゃないなんて言ってんだ!?」

「うるさい!」

「鉄筋コンクリートだぞ!此処!それを素手で壁を壊しながら!ここまで来た!?ウチに謝れ!!」

「……フン!」

「あっ!今一瞬、自分でも思っただろ?」

「そんなわけあるか!」

「痛っ!お前バカかよ!?ウチ怪我人だぞ!」

「こんなに元気な怪我人はいない!」

 ギャアギャア騒ぎ、からかい合って、外に出て、担架に乗せられたJを発見した。

「よぉ、J」

「モールズ!」

「今回もボロボロだな」

「ああ、そういうお前だってボロボロだろうがよ」

「ははっ!そうだな……でも生き残った」

「そうだな、帰る場所もあるな!おちおち死んでいられねぇよ」

「それもそうだな!良いな生きてるってさ!」

「そうだな!」


 ~余談~

 

「やはり、美しいよ、壊れていて更に美しい」

 そう言って破損個所を、手で撫で回し、じっと見つめる。

「いいからさっさとやれよ、キモイな」

「一言余計だよ、今は壊れた部分の観察しているんだ」

「そうかよ」

「よし、大体わかった、肘を交換するね」

「あーい」

「関節球体交換、リブター接続、有機リアクター……」

 カチャカチャ、作業の音が寂しい無機質な部屋に響く、作業は手慣れたように迷いがなく、どの機能が何の役割をしているか深く理解してることが伺える。

「やっぱすげぇな」

「そんなことないよ、格上に勝ち続けているモールズには敵わない」

「お前がいなきゃこんな無茶はしてねーよ!」

「それはそうだ」

「バッカお前!そこはそんなことないってフォローするとこだろ!そんなんだから友達がいないんだろ!」

「それは関係ないだろ!」

「だから馬鹿なんだよ!そこはウチがいるだろって言う所だろ!」

「!」

「ハンッ!」

「ありがとう」

「おう、感謝しろ」

 作業時間は40分ほどで完了させ、Jを驚かせた。


 ――――――


「はっはっは、来やがったな?野郎共配置につけ!」

 無線機片手にそう指示を飛ばす、幹部。

「楽しい楽しい、狩りの時間だ」

 依頼を装って待ち構え、アホな連中を相手に練度を高める。効率は少々宜しくないが、たまに強い奴を引くこともあるので中々侮れない。

 そして今日も馬鹿な二人組がノコノコやってくる。 侮りはしないが楽しませて貰おう、奥まで引き込んで銃撃で誘導し、日が浅い配下に経験を積ませてから俺が始末する。

「さあ、どこまでも踊ってくれよ?俺達の為に」

 最新のパワードスーツも政府の横流しで手に入れた、試運転も兼ねている今回の狩りは多少の粗をカバー出来る様に5000人は用意した、勿論全てを投入する訳ではない、非常時の備えだ。

 罠に嵌めてからしばらくは順調だった、狂い始めたのは一人になった時、相方を捨てた時だ。

 「少し調子に乗り過ぎたな」

 そう自嘲しながらも、敵の周到さを称賛した、自身の弱さをカバーする為の多機能銃、自ら荷物になる事を辞めた男、踏んだ場数が違う。

 そして敵がやりたいことは増援を呼ぶこと。仲間か警察のどちらか、さてどうするか、多少の被害はお構いなしか、ここで始末するか、答えは運に任せる。

「ヒヨッコ共侵入者を排除しろ」

『は、はい!』 

 警備室に映し出された監視カメラの映像で様子を見る、たった一人……いや、一台にここまで翻弄されるとは、情けなさの前に舌を巻く。

「おい、残りを撤収させろ」

『ハッ!』

 無線機に向かって4500人の撤収を開始させた、おそらく止められない、肌を通して伝わるこのヒリ付く感覚は、流れを止められず逃走した時のモノ。

(ハハッ面白い!)

 優秀な部下を無闇に失うわけにはいかない。そして俺は囮で殿だ、このパワードスーツもあることだしなぁ?

 

  ――――――


「公務執行妨害で対象を排除する」

 言い終わるや否や、左足でジャンプし、右足でエレベーターの天井を蹴り破った。当然このままだと落下するが、左足で壁を蹴り、足首まで潜らせた。そして右足で壁を破壊し、交互に繰り返して壁を上がっていく、下から爆発音が聞こえると共に、強烈な衝撃と熱風に曝される。

 そんなモノお構いなしに登り続ける、単に犯罪者を、ダゴン幹部を捕まえる為に、寧ろ登り易くなったぐらいだ。

「待っていろ犯罪者、すぐに殺してやるからな」

 頭から“捕まえる”事を無くし殺すに変わる。どんな処分も受けよう、ここまでやれる犯罪者が生きていることの損失に比べれば、自分の首など安いものだ。

(あの当時にコレだけの覚悟があれば、また違った人生を送れたのかもな)

 詮無い考えだ、もしもなんて今更……そう思うが止められない、この力を手に入れ、モノにしたからこそ、考えを止められない。

 足に力を込める、考えを振り払うように、一心不乱に、そうして行き過ぎる。落とされた場所より、上の階に来てしまった。

(……やってしまったことは仕方がない、床を壊して戻るか)

 都度四回、鉄筋コンクリート製の床を破壊し、幹部の元に落下した。


 ――――――


 Jはロッカーの中で焦っていた。

(あれ?血が止まらない!?えっ?なんで?)

 皮膚からの出血は止まるどころか、更に悪化して傷口はネバネバした液体までもが出てきていた。

(流石に汚いロッカーじゃあ、駄目だったか)

 年季の入ったロッカーは内部も相応の汚れ具合、当然換気などもしていない。

(判断ミスったかな?でもこの程度って思うじゃんか)

 最初の見た目は酷くなかった、だがライトを付け傷口を照らすと、血と、茶色い汚れと、黄色の液体と、白っぽい液体と、透明の液体が傷口を覆っていた。

 見なきゃ良かったと後悔するが、なんでここまで悪化したのだろうか?その答えはロッカーの中にあった。茶色い汚れがそこら中に埋め尽くされており、触ると強力な接着剤の様にネバネバしていたのだから。

(ああ、これか……)

 ライトの光を反射しテラテラと鈍く光る。すぐに出ないともっと悪化する。最悪、死ぬ、四の五の言えない状況でJは外に出る決断をして。バッと勢いよく開け、外にいた手下とトビラが衝突し、その反動で頭を強打、そのまま気絶してしまった。

 その後、警官の手によって外に運び出され、応急処置を受けた。


 ――――――


 2名の先行隊は、手下の射撃をモノともせず、素早く制圧を続けていた。

「チッ、コイツ等の練度は並じゃないぞ!」

「それだけ場数を踏んだんだろ!クソがっ!」

 本当なら精鋭化する前に逮捕が出来て然るべきだが、現職の警官が政治に口出しするわけにもいかず、悪態で済ませる。

「おい!誰か倒れてるぞ!!」

 片方がロッカーの前で誰かが倒れているのを発見し、叫ぶように報告する。

「人名最優先だ!」

「仲間かもしれないぞ!?」

 思わず口に出てハッ!とする、言われた方もしょうがない奴、と流し容態を確認する。

「なんて酷い傷だ、化膿して酷い事になってるぞ……」

「もう一人は気絶しているだけだ!」

「仕方ない、制圧は一旦中止!外に運び出すぞ!」

「了解!」

 爆発音が振動と共に伝わってきた、が構わず地上に向かった。


 ――――――


 私は……失敗者だ……全てを失い、投獄され何も残っていない。過去の清算をしようとしたのがいけなかったのか?それとも、本当は才能が無いのにのぼせ上った罰なのか?

「今回だけだぞ」

「分かってるって、うるせーなぁ」

「どうだか」

 会話が聞こえる。とうとう幻聴が聴こえるようになったのか?

「おい、聞こえるか?」

 どうやら、幻聴では無かったらしい。

「聞こえている、そのまま話せ」

「あっそ、ならいいや」

「……」

「ウチを創ってくれて、ありがな」

「っ!!」

「碌でもない親でもさぁ……やっぱり親なんだよ……お前はさぁ」

「そんな事……生まれてすぐ、会話が出来るアンドロイドだからだろうが!!」

「んー違うな、捨てられたのが人間の赤ちゃんだったら、すぐに保護されると思わないか?」

「そんなもの何の意味もない!!生まれてすぐ死ぬ子もいる!!拾われずに死ぬ子もいる!!」

「うん、そうだよ、ウチも生まれて直ぐ拘束されてスクラップ行きだったもん、身をもって知ってるぜ?」

「!」

「誰が拾ってくれる?誰が持って行ってくれる?スクラップ工場だぜ?ウチを勝手に持っていけば犯罪者だぜ?ウチには人権なんて無いからな」

「……」

「でもウチはそれでも……拾われたんだよ、Jって特大の馬鹿にな」

「ああ……そうか……」

「おう、だからさあ、あの時に創られて、あの時に捨てられて、あの時にJと会わせてくれて――」

「――ありがとうな」

「うぅ……ぅぅぅ……」

「それを、伝えたかったんだ、だから無理をしてでも此処に来た」

「そうか……私はぁ……」

「うん、じゃあな……今度は街で会おうぜ!!」

「ああ……ああ!」

 なんだっ!私は凄い奴だったんじゃないか!私が創り上げたのは……人間だったんだから……。

 何が失敗作だっ!!何が欠陥品だっ!!何が不良品だっ!!本当に欠陥品だったのは……私じゃないか!

「あっ!忘れてた、ほいこれ」

 円筒の記憶媒体がフィーリィの物だとすぐに分かった。

「こ、これは!!もう手放すもんか……!!俺の大事な……っ」

「はぁ、なんつーかさ、ソイツ、ウチに似てんだよな、なんでだ?」

「当たり前だ!お前をベースに創り上げたんだからな!」

「へぇ~ウチの事、忘れられないってか?」

「ああそうだよ!心血を注いだんだぁ!なのに……!失敗作……扱いされてっ!」

「そうか……今度は真っ当に生きろよ」

「ああ!」

 モールズは研究者に背中を向け、立ち去っ――

「そういえばお前、犯罪者を撃ち殺したな?」

 「あ?そりゃ正当防衛で――」

「残念ながら過剰防衛だ」

「は?お前だって幹部殺しただろ?」

「私は裁定待ちだ、現時刻をもってお前を逮捕・勾留する」

「ちょっと待て!?そりゃねーだろ!!」

「問答無用だ、三時間程で結果が来る」

「あっお前!ウチを嵌めたな!脳筋の癖に!」

「ハッ!知らんなぁ?」

 暴れるモールズを片手で引き摺り。

 ――れずに、研究者と同じ牢屋に入れられた。

「……今度は街じゃなかったのか?」

「うるせぇ!ウチだってまさかの展開にテンパってんだ!」

 普段、物音一つしなかった空間は、今だけは寂しく無かった。

 三時間後、モールズは無事に釈放された。

「ちっ、もう出てきたか」

「ハッ!ざまぁみろバーカ!」

 鬱憤がたまってたモールズはそうやって警官を煽り。

「ならば、お望み通りにしてやる!」

 追いかけられた。

「もう二度とこんな所に来るか!」

 そう言い残し消えていった。

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