シークレット・サマー

特別に生まれ、特別に造られた、特別に期待され、


そして欠陥品だった。


完璧でいなければ、特別になれなかった。


ああ、なんて不条理なんだろうと、ウチは思った。


だけど、そんなウチを、欠陥品のウチを。


拾ってくれた大馬鹿野郎がいた。


たった1つ異物がウチを掬い上げたんだ。


 ――――――

 いつものゴチャゴチャした部屋で、ソファーに寝そべり体力を温存しながら、くだらない会話をしていた。

「なぁ、J仕事しないのか?」

「モールズ……俺はさぁ、あの騒動で疲れちゃったんだぁ……もう動けないのよ」

 そう言って腰をさすりながら答える。

「もう数か月だぞ?金が底をつくぞ?」

「まだ、もう少し……あとちょっとだけ……車も直ってないし」

「まだ直んねぇのか?」

「うん、かなりやられちゃったみたいでさぁ、あと予備のパーツが……ね」

「あぁ、ソレばっかりはな……」

「うん、だからさぁ……気長に待とうよ」

「お前は働け」

 Jはモールズの“働け”を無視し広告を見始めた。

「なんか良いのないかなぁ~」

「あん?また広告見てんのか、懲りない奴だなぁ?」

「はははっ!流石に二度目はないさっ!」

「ホントかよ?」

 言いながらJは、あるチラシに目を走らせる。


“真夏のバーベキュー大会!!” 


 開催場所はリゾート地で有名なモルガンタウンの砂浜!!


 辺り一面に広がる美しい海を見ながら みんなでワイワイ楽しんでませんか!?


 参加費はたったの1000フィで食べ放題!!


 そして一番多く食べた人には豪華客船・セント エリックへご招待!! 


 *有料オプションを利用したい方は別途料金がかかります。


 開催主催者・代表取締役フレングル。

「なぁ、モールズ……バーベキュー大会に参加してみたくはないか?」

「ああもう!!言ってるそばから!!」

 Jから乱暴にチラシを奪い、胡散臭い文字列がないか確認すると。

「なぁ、これの主催者フレングルだってよ」

「え?まじで?じゃあいいや」

「おいおい、フレングルだぞ?だったらいいじゃねーかよぉ」

「おいおい、フレングルだぞ?怒られるんだぞ?」

「ンなワケねーじゃんよ?こちとらお客様だぞ?」

「……そういえばそうだ」

「本人に直接言ってやれよ、バカヤロー!って」

「……命知らずがやることだ」

「ひ弱なお前じゃ無理か」

「モールズ……なんか辛辣じゃない?」

「んなことねぇよ、事実だから刺さるんだろ?」

「酷過ぎる……立ち上がる気力がなくなっていくぅ……」

「そんな気ないくせにな」

「モールズぅ……」

「でもまぁ……いいかもな、行かなくてさ」

「え?」

「だってお前が歩くとさぁ、騒動に当たるんだからな?こちとら身が持たねぇよ」

「モールズ……お前は一体、俺をどうしたいんだよ?」

「あ?ンなもん決まってんだろ?お前が決めろってことだ!」

「モールズ……」

「安心しろよJ、ウチがなんとかしてやる」

「……良い風にまとめようとしてるけど、結局騒動になるって思ってるだろ?」

 モールズはニッ!と笑って。

「当たり前だろうがっ!お前はいつもそうだからな!」

「今回はお前かもしれないだろ!?」

「だったら断ち切ってやるよ!それでずっとお前の番だ!」

「言ったな!」

 二人は起き上がり、ソファーを盾にグルグル周りを走る。Jが息を切らすまで続いた。

「はぁ……はぁ……」

「おいおい、この程度でへばっちまうのか?大丈夫か?子供に勝てるか?」

「無理」

「ハハッ!だったらこの際だ!海で泳いで鍛えろよ!」

「そうだな!海パン見つけてくれ!どっかに埋まってるはずだからさぁ!」

「いや、全裸で泳げよ、めんどくせぇぇ」

「モールズちゃぁん……今日は辛らつじゃぁん……」

「プッ!!」

「あっ!からかったな!?」

「そうだよJ!ウチがからかったんだ!」

「ボスみたいなこというじゃん」

「お?仕返しか?だが残念だ!これでも喰らえ!」

 丸めたJの海パンを、Jにぶつけた。

「あっ俺の海パン!お前が持ってたのか?」

「さっき拾った、ばっちいから捨てた」

「汚くないわ!でもよかったよ海パン見つかって」

「おう、さっさと準備しようぜ」

「あぁ、何持っていく?」

「キャンプ一式……は?オプション料金掛かるわ、金の亡者めっ!」

「流石フレングルだな、抜け目ない」

 結局、持ち込みは殆どがオプションで制限され、防衛用の銃器と、着替えと、水着一式のみ持っていく事になった。

「で?どうやって行くんだ?」

「流石に電車に乗るぐらいの金はあるさ」

「あぁ、もうそれしかないんだな」

「うっ」

「別にいいさ、向こうで稼げばいい」

「モールズ……」

「無いもんはしゃーねぇからな」

 ここからリゾート地まで三駅程の距離にある。ラプダス地区で一旦降り、徒歩で一時間の距離にあるのがモルガンタウンだ。電車に乗ること30分、ラプダス地区に到着した。

「んっ~!やっぱ自分で運転しねぇと、退屈で仕方ないな!」

「俺は楽で良いと思うけどな」

「こっから一時間ほど歩くんだろ?それも併せて考えて発言しような?」

「あ~そうだった、こんな暑い中歩くのかぁ……気が滅入るな」

「ちゃちゃっと行って、木陰で休もうぜ……ウチもキツイ気温だ」

「40度越えだっけ?これでも猛暑日じゃないんだから、時代が変わったよホント」

「ホントな、こんな事で食料不足を感じさせんじゃねーよ!!」

「まぁ、言っても仕方ない事だしね、行こう」

「おう」

 そう言って10分も経たない内に。

「なぁJ、もうちょっと早く歩けねか?」

「30超えてくるとねぇ!加速度的に体が衰えてくるの!限界超えたら明日に響くの!時間の流れもえげつないの!数か月って言うけど俺的にはまだ3週間しか経ってないの!体だけでもあの頃に戻りたいの!」

 Jはバテてしまい、八つ当たりをしてしまうぐらいには参っていた。

「あーあ……変なスイッチが入っちまった……」

「ねぇ分かる!?俺だってもっとエネルギッシュに動きたいの!」

「分かった分かったよ、だからもっと効率よく体を動かそうぜ?」

「どうやって?」

「んなもんスポーツだろ?海もあるしな!」

「筋トレじゃないんだ?」

「んなもんやったら、お前の体が死ぬだろ?」

「……そうかも?」

「有酸素運動だろ?やるとしたらさぁ!とっとと水泳やってこい!」

「うぇ……体が重くなる奴だ…………」

「泳ぐときは体全体を伸ばすイメージだぞ」

 Jを水着に着替えさせ、指導という名の元に言いたい放題するモールズ。

 小休憩を挟みながらも体がずっしりと重く、足取りが悪くなるまで続き、少し悪いと思ったモールズは、Jに肩を貸している。

「……もっと俺に優しくしてくれ……」

「悪かったよ、でもこれ以上どうやって優しくすればいいんだよ?」

「……」

「ほら見ろ、十分優しいだろ?」

「うん、そうだね」

「あぁ、しっかり感謝してくれ」

「うん、ありがとう」

「おう」

 気を取り直して。

「フレングルが部屋を貸してくれたらいいな?」

「あー、モールズは良いだろうけど、俺はなぁ……」

「日頃の行いだな、自分を恨め」

「そうだな、本当に俺はダメな奴だなぁ」

「……ウチ一人で仕事をやっても良いんだぜ?」

「それは人としてダメだろ」

「だったら、気に食わない仕事でも受けてくれ」

「それは無理だ」

「大馬鹿野郎だぜ、全く」

「すまんな」

「別にいいけどよ」

「さて、フレングルを探すか」

「でも何処にいんだろうな?やっぱあの建設現場か?」

「そうじゃないかな?行ってみよう」

 立ち入り禁止の看板を無視し、周囲を見回し、従業員に指示を出していたフレングルはを見つけ声をかけるモールズ。

「よお!フレングル!顔を合わせるのは久々だなぁ」

「ん?なんだきさまか、ここはたちいりきんしだぞ?」

 社員10万人を束ね、裏で総帥と呼ばれいる人物、“ポート・カンパニー”の代表取締役社長・フレングル。長身で、赤く長い髪に、気の強い顔立ち、程よく育った体は、筋肉質であり彼女の存在感の強さが見て取れる。しかし、そんな外見とは裏腹に、幼い声で応答した。

「ははっ!冗談キツイぜ?」

「じょうだん?きさまは、じょうしきがないのか?たちいりきんしだぞ、ここは?」

「あー、しばらく会ってなかったから距離感が鈍ったか?」

「同じく」

「ただし、もーるずはとくべつだ、いいぞゆるそう、じぇいはだめだがな」

「あ?マジ?ラッキー!」

「え?俺ダメなの?」

「あたりまえだたわけめ!わたしのめいれいを、むしするやつというじかくがないのか?」

「返す言葉もございません」

「そうだろう?たちされ」

「えぇー?それは困るぜ?ホテル代が無いんだからさぁ」

「なに?おいじぇい、わたしにしゅくはくしせつをていきょうしろと、そういいたいのか?」

「え、えぇ……出来れば、その~……ね?」

「そのどきょうをしごとにいかせ!!」

「一応活かせてる場面はあるけどな」

「ふだんからしろといっている!」

「うぇ……ウチにまで飛び火しやがった」

 巡回していた警官がフレングルの怒声を聞きつけ、駆けてくる。

「おい貴様らっ!ここで何をしている!」

「うげぇ、警官だ」

「何がうげぇだ!私が言いたいわっ!不法侵入者共!」

「だめだJ、何も言い返せねぇ!」

「言い返さなくていいからね?」

「なんだとコノヤロー!」

「なんでこっちに当たるの~!?」

「Jは悔しくないのかよっ!」

「そんな問題じゃないでしょうが」

「私を前によそ見とはいい度胸だな」

「あぁ?やるか?受けて立つぜ?」

「上等だ、来い!」

「おい、きさまのしごとはわたしにどろをぬることか?」

 静かに、怒りに堪えたるように声を絞り出す。

「いいえ!」

「ほう、それがわかっていながら、ひとのめがとどくばしょでふしょうじか?」

「申し訳ありません!」

「ならば、ばつだ、うけとれ」

 バシンッ!容赦なく警察を叩くフレングル。

「「いっ!?」」

 二人は驚愕する、あの狂犬がなされるがままで反撃もしないのだから。

「たとえどれだけ、ふゆかいなやつだろうとも、じしんからさわぎをおこすな、わかったか?」

「ハッ!」

 もう一度殴りつけ、怒鳴る。

「だれがくちをひらけといった!!」

「なんかウチ、あの警官が可哀そうに思えてきた」

「奇遇だな、俺もだ」

 それから何度も殴り、二人を睨み付ける。

「さて、きさまらのことに、はなしをもどそうか?」

「やべっ!こっちに向いたぞ!」

「あっ、コレダメな奴だ、逃げるぞモールズ!」

 二人はこの場から逃げ出した。

「はぁ、はぁ、ここまで逃げれば大丈夫か?」

「おー、良いんじゃねーの?」

「はぁ、疲れた」

「しょうがねぇな、でもよ?これからどうすんだ?」

「探すしかないでしょ?」

「ウチは野宿でもいいぜ?何なら家になってやろうか?」

「その気持ちだけで充分だ、今は探そう」

 二人はホテルを周ったが、暖簾に腕押しの様に、全くの無意味に終わった。

「アッハッハッ!何処も門前払いだったな!」

「仕方ないよねぇ、人で一杯なんだから」

「まぁ、どっかに空きが出るかもしれんし、手分けして探そうか?」

「そうだな、二時になったら一旦ここで集合な」

「了解だ」

 モールズと分かれ、ホテルを探すJだったが、やはりどこも満室でキャンセル待ちですら何百人と待っている所もあった。

「やはりどこも開いてないな」

 モールズとの約束の時間まで後少しの所で、アロハシャツを着た男に声を掛けられた。

「あっ!そこのお客様どうされたんですか?」

「ん?ああ、実はホテルを探していましてね」

「おや珍しい、今から探すのは、砂漠で落とし物を見つけるより大変ですよ?」

「そうなんですよ、いや~参りました、無策で来るんじゃなかったですよ」

「ははは!面白いお客様だ、もしよろしければ私のホテルをご利用になられますか?」

「え?それは嬉しい申し出ですが、宜しいので?」

「えぇ、たまたま一室だけ空きが出来ましてね」

「それは、何故埋めなかったんですか?」

「そうですね、儲けだけを考えればそうです、ですが折角の機会ですから、面白い人に出会えたら貸すと、そう思ったんです」

「それが私だと?」

「えぇ、無計画で如何にかしようとする人に、こうして出会えましたからね」

「ハハハ、ありがとうございます」

「いえいえ、私も以前、そうやって助けられましたから」

「ああ!そうでしたか、その人はとても素晴らしい人物のようで」

「全く、その通りで、ではご案内しますね?」

「あの、少しだけ待ってもらえませんか?連れがもうすぐここに来るんです」

「分かりました、いつ頃お戻りに?」

「午後の二時です、あっ!来ましたよ」

「お~い!こっちは全滅だったぞ、そっちはどうだ?」

「あぁ、今見つけたんだ」

「え?大丈夫かよ、それ」

「ハハッ!大丈夫ですよ、ちょっとしたリゾートホテルですから」

「……お?J、こいつか?」

「コラッ、失礼だぞモールズ!」

「あぁ、悪かったよ、ごめんな?」

「いいんですよ、こんな上手い話は警戒されて当然ですから」

「そうだぞJ、お前はもっと警戒しろ」

「それで機会を逃すともったいないだろ?」

「……仕事しないで機会逃しまくってる奴のいうセリフか?」

「うっ、何も言い返せない……」

「やはり、面白い人だ、声をかけて正解でしたね」

「……ウチ等金持ってないがいいのか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「そっか、ウチの考えすぎか」

「あっ、そういえば何とお呼びしたら良いでしょうか?」

「はい、支配人とお呼びください」

「分かりました、支配人」

 案内されたホテルの名前は“フェイリヤ ・フロム・リバー” 二人の想像を超えた、豪華さであった。

「おい!見てみろよJ!プール付きだぜ!?こんなん端末の中でしか見たことねぇよ!!」

 モールズは早速水着に着替え、ぺちぺちと音を立ててはしゃいで、Jは申し訳なさそうにしていた。

「本当に良かったんですか?こんな豪華な場所を貸していただいて……」

「良いんですよ、只の道楽ですからね」

「はぁ……なんともスケールの大きい道楽で」

「いいえ、私なんかこのホテルをまるまるプレゼントされましたから」

「えぇ!?そんなことが!?」

「そうでしょう?私もそうでしたから」

「おーい!Jもこっちこいよ!」

「お連れ様がああ言ってますよ?」

「そうですね、私もお言葉に甘えて存分に満喫します」

「えぇ、是非そうしてください」

 Jはその場で服を脱ぎ、下に着ていた水着になる。

「……」

 支配人はモールズを見て、忌々しそうに。

「屑鉄が」

 そう呟いた。

 そんな事知ってか知らずかモールズはプールの中でバシャバシャとJに水をかけていた。

「はっはっは!軟弱だなぁ~J!」

「あぁ……これ明日に響くやつだぁ」

「そん時はまた肩を貸してやるから、今は遊べ!」

「だから、そんな体力がないんだよ」

「ちぇ、楽しみがいが無い奴だぜ」

「あの海の一件が無ければもっと遊べてたんだよ!」

「はいはい、言い訳ごくろーさん」

「言い訳じゃない」

「言い訳する奴は皆そう言うんだぞ?体力維持に勤めたらどうだ?」

「それは……はいその通りです」

「まっ!それは置いといて仕事でもしようぜ?」

「そうだな、大規模のイベントだし良い仕事の一つや二つ……なぁ?」

「ああ!」

 身体を拭いて着替えを済まし、モールズには端末で探させつつ、Jは手短な支配人に何か仕事は無いかを聞いたが。

「ありがたい申し出ですが、残念です、無いですね」

「どうしてですか?」

「ここラプダスは、アンドロイドに雑用を任せてる所が多いので、中々見つけられないと思いますよ?」

「えっ!?そうだったんですか!?」

「えぇ、仕事の効率やメンテナンスのし易さは段違いですからね」

「そうですか……そうですよね、こういうのを時代に取り残されるって言うんでしょうね」

「最近は何でも自動化ですからね、我々人間は創造性が無ければ厳しいものがあります」

「そうなんですよ、そのくせ力仕事はまだ残ってるという」

「若い時からでなければ辛いですもんね」

「そうなんですよ、根無し草は辛いです」

「どうしてこのご時世に根無し草なんて?」

「あー……それはその、漠然と人助けの仕事を目指していたんですが……やらかしまして」

「あぁ、それは……私も経験があります」

「それでこのホテルを任せられるようになるなんて、貴方は凄い人です」

「いえ、拾われなければ今はどうなっていたことか……フリーで今まで生き抜いてこれた貴方こそ凄い人ですよ」

「いえ……私ではなくモールズとフレングルがいなければどうなっていたことか」

「フレングルさんと言えば、この大会主催者とお知り合いで?」

「そうなんですよ、昔からの知り合いでして」

「なるほど、そうでしたかならその人の仕事をすれば良いではないですか?」

「そうなんですけど、頼りっぱなしではいけないと思いまして」

「それは贅沢ですねぇ、私なんかよりよっぽど……」

 Jは何かを察し、この話を切り上げモールズに報告する。

「ダメだったよ」

「そっか、こっちはあるにはあるが全部建設関係だったぞ」

「……う~ん、あと三日でそれは勿体ないかな?」

「屋台関係も全部ないからなぁ」

「アンドロイドが全部やってくれるってさ」

「そっか……なら大会まで遊ぶか!!」

「……そうだな!」

 大会開催まで、二人はリゾート地を満喫した。

  ~大会当日~

 フレングルは設置された台に上がり、読み上げる。

「ほんじつはおこしいただき、まことにありがとうございます」

 本来なら失笑や罵声を浴びせられる所だが、鋭い眼光や重圧で客を黙らせる。平穏無事にテンプレートの挨拶を終え、バーベキュー大会が開催された。

「ジャンジャン持って来い!」

「そんなに慌てなくても良いんじゃないか?」

「周り見ろよ、負けていられねーだろが!」

「そうだな!よし食いだめるか!」

 焼く時間がもどかしい様子で、焼き上がれば二人はガツガツと食べ始める。

「あぁ!うめぇな!!こんなに食えるのはいつぶりだろか?」

「J、これ持って帰ったらダメか?」

「オプション料金だ」

「くそぅ、別タンクがあればなぁ」

「ハハハ、そうだな、俺も欲しいよ」

「やぁ、お二方」

 ホテルの支配人が気さくに声をかけてくる。

「あっ、支配人じゃん」

「貴方も参加していたんですね」

「そうなんですよ、こんな機会は滅多にないと思いましてね」

「私は良く、こういう行事には参加しますよ」

「いっつも金欠だからな」

「ハハハッ一緒にいて退屈しなさそうだ」

「まぁな」

「所でJさんはどれぐらいの量を食べられたので?」

「今で10㎏程だぜ」

「えっ?そんなに食べて大丈夫なんですか?」

「御心配には及びません、今で折り返し地点ですから」

「……それは、その、凄いですね」

「空腹のピーク時はもっと食べるぜ?」

「よくそれで今まで生きてこられましたね」

「まぁ、普段はじっとしていますので」

「……研究者として気になる生態だ」

「あれ?研究者だったんですか?」

「えぇ、元々は……ある失敗が原因で……」

「……」

「そうだったんですか……それはお辛いことですね」

「えぇ、ですが紆余曲折を経て今の職に就いていますから。人生何が起きるか分からないものですね」

「そうですね、私もモールズと出会わなければどうなっていたことか」

「…………それは良い出会いをなされましたね」

「えぇ、それはもう」

『バーベキュー大会もそろそろ大詰め!!さぁ、皆さん!優勝目指して食べてくださいね!』

「ハハハ、頑張らなくてもJさんなら優勝出来そうですね」

「そうですかねぇ?きっと自分より食べている人がいますよ」

「その皿の数を見て言ってます?」

「そうですけど?」

「もうすでに60皿を超えているんですが?」

「Jはまだまだ食えるぞ?」

「ほう、それは興味深い……ぜひその胃袋を私に研究させて下さい」

「そういえばなんの研究をされているんですか?」

「アンドロイド工学です、主にアンドロイドの設計や開発、それに伴って部品の改良など手がけておりました」

「ほぉ~それはかなり重宝されていたのではないですか?」

「確かにそうでした、プロジェクトの主任に選ばれたこともありました……」

「そうでしたか……今は立ち直ったように見受けられますが?」

「いえ、まだ引き摺っていますよ」

「中々難しいですね」

「えぇ、その通りです、(過去の失敗を見ていると特にな)」

 支配人はモールズを一瞥し心の中で吐き捨てる。

『終了~!!これから計測員が参りますので、その場に待機していて下さい!』

「はぁ~かなり満足だ」

「ウチもな、こんなに喰えたのは久々だ」

「結局100皿ですか、一皿約250g……人間ではありませんね」

「いやぁ~食べた瞬間お腹が空く感覚というか」

「ほぅ、興味深い……やはり解剖を」

「ついでに馬鹿も直して貰え」

「怖いんですけど俺の相棒!」

 集計員が全ての皿を数え終わり、優勝者が発表される。

『優勝者はJさんです!!おめでとうございます!』

 表彰台に上がったJはフレングルからチケットを受け取って、モールズ達と合流した。

「おめでとうございます。Jさん」

「おめでとさん」

「ありがとう」

 Jは貰ったチケットを眺めると気になる一文を見つける。

「あれ?でもこの案内役って?」

「その豪華客船は広いですからね、中で迷子になるので案内役が必要なんです」

「知っていたんですか?」

「ええ、かなり有名で船体の長さは600mにも及びますから」

「ろっ、600mですか?」

「一応様々なメディアで報道もされましたが……目にしたことは無いんですか?」

「ないですね、俺には関係ない事だと思って……流していました」

「ウチは知ってた、大々的にやってたからな」

「そんなに?」

「えぇ、世界初ですからね、当時はまだ400m級が主流だったんですよ」

「それからいきなり600mまで?」

「そうなんです、軽量チタンが開発されてから一気に大きく出来たんですよ」

「はぁ~」

「こいつ良く分かってないぞ?」

「そうなんですか?アンドロイド等身近な物にも使われていますので、興味があれば是非」

「そうですね、ですが案内役は自前で用意するんですか?」

「お金持ちのステータスみたいなものですから」

「はぁ、やはり俺は金持ちに向いてないみたいだ」

「いえいえ、それとは別にも方法がありますよ、フィーリィ」

「はい、マスター」

 支配人の呼びかけに応え、フィーリィの声がJ達の後ろから発せられた。

「あん?」

「はい?」

 そこに立っていたのは、絵本の中から出てきたような容姿の女性がいた。

「アンドロイドのフィーリィと申します」

 言われて納得する。アンドロイドならば当然の容姿だ。

「見たところ結構な高性能なんじゃないですか?」

「それはもう、その船内に入れるぐらいには」

 フィーリィはモールズを挑発するように目を見やり、Jの疑問に答える。

「で?その高性能なアンドロイドさんはどういったご用件で?」

 少しムカついたモールズはフィーリィに喰ってかかる。

「えぇ、今はフリーですので」

「フリー?それはまた珍しいですね」

 フリーという言葉にJは喰いついた。

「はい、実績を積むためです、マスターにも許可を頂いておりますので」

「なるほど、いやぁアンドロイドにも実績の波があるんですねぇ」

「世知辛ぇーな」

「いえ、ただプログラム通りに案内するだけですから」

「そうか、ウチには無理だな」

「そうですか」

「なーんかウチにそっけないなぁ~」

「そんなことはありませんよ、もしそうなら相槌すらしませんので」

「感じ悪っ!」

 Jはモールズに耳打ちする。

「なぁ、モールズ……なんか怪しくないか?」

「ああん?今更かよ、最初から怪しさバリバリだったろうが」

「そうだけどさぁ、人の善意を疑うのは良くないかなって」

「昔の美徳は今の美徳とは限らねぇからな……気持ちは分かるが」

 モールズはまぁと続け。

「なんかあったらウチが何とかしてやるよ!」

「……そうか、なら行ってくるよ」

「おう、精一杯楽しんで来い」

「帰ったら、たくさん話を聞かせてやる」

「Jの記憶力はあてに出来ないからなぁ」

「おいおい、流石に昨日今日の出来事は忘れないぞ?」

 Jは耳打ちを止め、了承する旨を伝えた。

「かしこまりました。では夜にて、お迎えに上がりますね」

「ああ、よろしく頼む」

 フィーリィは一礼して去っていく。

「では、私も用事が済んだので、帰らせてもらいますよ」

「ええ、ありがとうございました」

「いえいえ」

 支配人はザッザッと音を鳴らしながら立ち去る。

「……ったく慌ただしい奴等だぜ」

「それだけ忙しいんだよ」

「もっと時間にゆとりを持とうぜ、Jみたいにな」

「それって嫌味?」

「当たり前だろうが!」

「ですよねー」

 それから、時間までホテルでゆっくりと過ごした。

「おいJ、もう時間だぞ?」

「そうか、もうそんな時間か」

「おう、ウチはフレングルの秘書と遊んでくる」

「そうか、宜しく言っといてくれ」

「おう」

――――――

 夜、予定時刻にフィーリィがJを呼び出し、豪華客船に向かった。600mという数字では想像しきれなかったが、こうして実物を見るとその大きさに圧倒された。

 山が動いている、そう表現のしようがない光景に何処か不安を覚えた。

(ああ、そうか隣にモールズがいないからか)

 そう、モールズと出会ってから常に一緒にいた相棒がいざ居なくなると、こうまで不安を覚えるものかと気付き、すっかり依存してたんだなと自嘲した。

 フィーリィに先導され、自室に案内された。

「ここが貴方様のお部屋になります」

「凄く豪華ですね~船の中とは思えない」

「はい、それがこの豪華客船のセールスポイントですから」

 当たり前のことを言われくすくすと笑うフィーリィ、それに気づかないJはベッドに近づき少し触る。その手触りの良さに思わず惹き込まれた。

「どうですか?最高級の寝具は?」

「ああ、凄く、すごいです」

 言語能力が低下するほど、虜になっていた。

「このまま自室いるのは構いませんが、それでは勿体ないほどの魅力にあふれていますよ?」

「分かりました、では案内をお願いします」

「はい、ではこちらへ」

 あらゆる娯楽施設を網羅している豪華客船はその総てが一流の職人で固められていた。フィーリィの一つ一つ、丁寧で、端的な説明に、Jは頷くことしか出来なかった。

 船というより商店街、それよりも総合デパートの方が適切だろうか、歩き疲れた物凄く広く、そして階層が多い見て回ったのが既に50階層を超えているが、まだあるそうだ。

「すみません、歩き疲れてしまいまして、どこか休める場所はありませんか?」

「そうですね、次の階層に無料のバーがありますので、そこで宜しければご案内いたしますが?」

「お願いします」

「畏まりました」

 バーにまで案内され、一杯頼み見知った後ろ姿の人物を見つけた。

「フレングル、隣いいか?」

「じぇいか、すきにしろ」

「ならそうするよ」

「こうやって隣で飲むのはいつぶりかなぁ?」

「しらん、たちばがちがうんだ、こういったきかいでもなければのむことはないからな」

「ああ、遠くに行ったなお前は」

「おまえがはしらないからだ」

「そりゃそうだ」

「まったく、おまえはむかしからかわらん」

「そうかなぁ?」

「そうだ、そのせいでむかしのことを……ふとおもいだす」

「……声がおかしくなった時か?」

「そうだ、あのときのように、かけずりまわっていたときが、たのしかった」

「今は不自由なく暮らせるのに?」

「ああ、にんげんとはかくもよくぶかないきものだと、じっかんさせられる……いまもにげだしたくなるときかあるんだよ」

「……そうか」

「しょうじき、おまえがうらやましいよ、なにもかんがえずじゆうにくらしているおまえがな」

「ただの考えなしだ、お前がいなきゃ俺はとっくの昔に死んでるよ」

「だろうな、とくかんしゃせよ、どげざもしろ」

「わーお、でも言い返せない」

「ふん」

「しかし警察嫌いのフレングルが、警察と一緒にいるのは不思議な光景だったよ」

「それがおとなのせかいだ」

「あの時の荒れ様から……な」

「けいさつのげんじょうをしれば、とうじのわたしをなぐりとばしたくなる」

「……そうか」

「しかし、がきのころからのうらみは、どうしようもない」

「だから殴ったのか?あの警官を相手によくやる」

「いかりと、うらみと、どきょうのあわせわざだ、たしゃにできてたまるか」

「あっそうですか、真似したくありません」

「ふん、しかしあのけいかんはなにもいわん、もんくひとつな」

「それは仕事だから……ってそんな玉じゃないか」

「さんざんやりあったんだろう?」

「あぁ、本当に人間か?って思うな」

「それはきょうかしゅじゅつだろうな」

「それって」

「おまえのかんかくでは、すごいぎじゅつにおもえるだろうが、わたしらからしたらいっぱんてきだ」

「……」

「からだのいちぶをきかいにかえて、にんげんをこえたちからがだせる。ただしなれるまでにかなりのげきつうがはしるがな」

「あの警官も?」

「そうだ、あれはかなりのぶぶんをやっているぞ」

「だったら、余計に何で殴るんだ?そんな人物を」

「しらん、なぜかむしょうになぐりたくなる」

「やっぱ怖いわ、お前……」

「……むかしはおまえのことがすきだったよ、いまではきらいだがな」

「あぁ……辛辣」

「ふん、いつももんだいをおこすやつはきらいになってとうぜんだろう?」

「……そうですね」

「なのにおまえときたら、おもいだすだけではらがたつ!」

「あっ、これ駄目な奴」

「きさまが、だめなやつなんだよ、いちいちもんだいをおおきくしなければきがすまんのかぁ?」

「長くなる奴……」

「だいたいおまえは」

「J様、お迎えに上がりました」

 背後から声がかけられた、フィーリィである。

「ん?なんだこいつ?」

「フィーリィさんです」

「はい、今回はJ様の案内役に抜擢されました、フィーリィと申します、以後お見知りおきを」

「ああ、おぼえていよう」

「ありがとうございます」

「だが、まだじぇいはかえさん」

「それはどうしてでしょうか?」

「わたしのわがままだ」

「我儘ですか」

「そうだ、こいつにはいいたいことがやまほどある」

「そうですか……でしたらこちらをお飲みなりながらご歓談ください」

 そういってグラスを2つ差し出した。

「ほう、気が利くな」

「えぇ、接客用のプログラムも入っておりますゆえ」

「そうか、いちだいほしいぐらいだな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「どこにいく、じぇい?」

 そろりと抜け出そうとしていたJをフレングルは制止する。

「あー、俺なんかに構わず、どうぞお二人で」

「そんなことはないぞ?ただのしゃこうじれいだ、きさまにはいいたいことがやまほどあるといっただろう?」

「まぁ、私とは遊びだったのですか?」

「なんだ?あそんでほしいのか?ふたりどうじにあそんでやってもいいんだぞ?」

「フレングル……言葉遊びだよね?」

「さいしんしきのぐんじあんどろいどをなんたいばらしたとおもっている?」

「え?フレングルも強化手術を?」

「だったらのどをさきになおしている」

「ですよねー」

「まぁ、仲が宜しいようで」

「ただの、くされえんだ」

「そんなもんです――あいたっ!?」

「わたしはいい、おまえはだめだ」

「なんというジャイアニズム……」

 Jはグラスを傾け。フレングルも同様に酒を呷った。

「うん?」

「なんだもうよったのか?」

「……そうみたいだな」

「あら、それは大変ですね、私が部屋まで送り届けますので」

「……ああ、たのんだ」

 見送るフレングルは。

(あのていどでようか?)

 気にはなるが証拠が無ければただの介護者だ。それに私が首を突っ込む事ではない。

 追加の酒を頼み一気に飲み干した。

 

 ――――――

 

 モールズはフレングルに電話をかけ、その対応をしたのはフレングルの秘書。予想通りだ、相手の文句を無視し一方的に呼びつけた。

「全く、貴様はいつも勝手だ!」

 秘書は神経質そうな男だった、実際、報告書に一文字でもミスがあれば酷く怒ってくる。モールズはそんな秘書が苦手だった。

 だが、からかう場合は別だ、これ程面白い奴はそういない。と言っても今日、初めて顔合わせをするわけだが。

「んだよ、めんどくせー奴だな~」

「急に呼び出しておいて何たる言い草だ!」

「だからめんどくせぇんだろ!親友たるウチに対してさぁ?」

「いつからお前と私が親友になった!?言ってみろ!」

「今日から」

「ふざけるのもいい加減にしろ!」

「そういわれてもなぁ~いつも律儀に付き合ってくれるしなぁ~」

「それは……その……」

「お前友達いねぇもんな」

「いらんわっ!」

「おお怖い怖い」

「……それよりいいのか?あんなぽっと出に奪われて」

「あん?なんのことだ?」

「Jのことだ」

「あぁ、アイツとはそんな関係じゃねーしな」

「さっぱりしているな」

「まぁ、付き合いが長いからな」

「そうか」

「なんだよ、結構話せんじゃん!」

「仕事が絡まなければとやかく言う必要は無いからな、お前はいつも仕事中にふざける」

「それもそっか」

「なぁ、お前等はどうやって知り合ったんだ?」

「それ聞く?まぁいいけどさ、大したことは無いぜ?」

「それでいい、ただの興味本位だ」

「ふーん、ウチとJは10年前にスクラップ工場で出会ったんだよ」

「スクラップ?」

「そそ、ウチが破棄寸前だった処をJが勝手に助けてな」

「それは重大な職務規約違反だな」

「そうなんだよな~それがバレて大騒動になって……フレングルに助けられてな」

「社長が!?」

「そーそー、それからフレングルに扱き使われながら、今に至るってワケだ」

「だったら余計に恩を返す為に行動するべきだろっ!」

「あー耳が痛い……」

「しかし10年前か……そのころの社長の声はどうだった?」

「そん時からあんな声だったぞ」

「そうか……残念だ」

「Jはもっと前から知り合いだから聞いてみたらどうだ?」

「あいつか……キチンと覚えているのか?」

「それはしゃーねーな、アイツを見てると不安になってくるからな」

「不安?苛立ちではなくてか?」

「そうだよ、これが母性ってヤツかね?」

「知らん」

「冷たいな~」

「……呆れないか?一緒にいて」

「ウチだって呆れる時があるよ、なんでこんな奴と一緒にいるんだってな」

「……」

「Jは完璧じゃないウチを……何も出来ないウチを受け入れてくれたからな!」

「そうか、良い関係だな」

「ああ!」

「なぁ、今日は一緒に寝ようぜ」

「一人で寝ろ」

「なんだよ~良いじゃねぇか」

「くっつくな!離れろ!」

「つれねぇな~お前つまんねえ」

「ちっ!今回だけだぞ!」

「ツンデレかよ」

「五月蠅い!!」

 ホテルに戻るとテーブルに一枚の紙が、フィーリィからの置き手紙で。内容は“Jは預かった 返して欲しくば 此処に来い”と書かれていた。

「こんな誘い文句久々に見たわ、古くせぇ」

「私は手短で良いと思うがな、それより行くのか?」

「行く以外にあるかよ」

「分かった、モールズ今回の騒動の主犯は分かるか?」

「ああ、あるぜ、此処のホテルの支配人だ」

「お前……判ってて泊まってたのか?」

「当たり前だろ?かなり昔の事だから、風化したと思ったんだがな……」

「……そうか、私は社長に連絡してくる」

「ああ、出来ればウチの所にも寄こしてくれ」

「知らん、社長が決める事だ」

 二人は別行動をし、モールズは指定された場所に来た。

 砂浜から少し離れた、崖の近くだった。

「よぉ、来てやったぜ?」

「はい、お疲れ様です」

「おう、Jを返して貰うぞ?」

「それは無理です、なぜならアナタはスクラップになるんですから」

「ああ、そう」

「あまり驚かれないのですね?」

「分かってたからな、全部」

「流石にあからさまでしたか」

 フィーリィを無視し、しみじみ言う。

「……ちょっとは改心したと思ったんだがなぁ」

「貴方は汚点なんですよ、マスターのね」

「そんな昔の事をいつまでも引きずりやがって」

「過去の失敗作がいつまでもウロチョロしていて前に進めないんですよ」

「はんっ女々しい奴だな、Jみたいだ」

「時代遅れの骨とう品が……何を言っても無駄ですよ?」

「そうだな、まぁ仕方ないな時代の流れだもんな」

「えぇ、そうですよ」

「なーにがそうですよだ!まだまだ現役だっつーの!!」

「はぁ……状況が理解できないんですか?」

「はぁ?理解してるつーの、お前を倒してJを救う、ほらな?」

「私にノコノコ付いてくる人ですよ?」

「アイツは馬鹿だから仕方ねーよ」

「だったらなぜ?あの人に固執するんです?」

「家が家主を護るのは当然だろ?外で雨風に晒されても、家は頑張ったねって安らぎを与えるもんだろ?」

「それがどうしたと言うんですか?」

「つまりウチがJを見捨てることは無いってワケだ!」

「はぁ~どっちも馬鹿でしたか」

「言ってろ!」

「他者に依存するだけの人と時代遅れの欠陥品では理解不能でしたね」

「別に良いじゃねぇか、完璧なんてこの世にないんだから。周囲からどれだけ完璧扱いされても、その本人は常に欠陥に悩んでる。そしていつか失敗する、そうすれば欠陥品扱いだ……息苦しくて仕方ねぇ、そうは思わないか?」

「思いませんねぇ、失敗なんて無縁ですから」

「はははっ!そうだろうよ、だって失敗したらスクラップだもんなぁ?機械なんだからよぉ!完璧じゃなきゃ此処にはいないもんな!?」

「欠陥品風情が偉そうに言うではないですか」

「あぁ……ウチだから言える、どうでも良い所で失敗して重要な場面だけは完璧を出すってな!」

「そんなこと出来るとでも?」

「やってきたからな、ウチ、一応無敗だぜ?」

「ポンコツに勝ってきただけで偉そうに」

「……駄目になったら、直ぐ捨てる……直そうともせずに……な?」

「そういう時代ですので」

「あぁ嫌いだよ……当事者だからなぁ……そういうのは本当に嫌いだ!!」

「ですが、どう逆立ちしても私に勝てませんよ?」

「なんでそう考えるんだ?」

「なぜ?むしろ私の方が聞きたいです、新鋭機である私に、なぜ旧式のアナタが勝てると?」

「そりゃ、今までの経験だよ」

「それはそれは」

 フィーリィは一つの工場を指さす。

「あそこの工場が見えますか?ガラクタを処分するスクラップ工場です」

「……スクラップ工場かぁ」

「えぇ、貴方を半壊にしてゆっくりと壊してあげます、特等席でJ様もご覧になりますよ?」

「そっか!教えてくれてありがとうなっ!」

 モールズは工場に向かって走り出した。

「なっ!待ちなさい!それとも自らスクラップへとなりにいくんですか?」

「ンなワケねぇだろが!テメェを始末する場所だからなぁ!」

「……いうに事欠いて、私を始末ですって!?ポンコツ風情が!」

「ハッハーッ!出来もしねぇ事を言うもんじゃねぇぞ!Jみたいになるからな!!」

 そうはいうが性能差で距離が詰められる。

 モールズは多機能銃で接近するフィーリィを牽制し、30m程を保つ。おおよそ15分の攻防はスクラップ工場に入るまで続き、工場に入るとモールズは、物陰に隠れ身を隠し、スイスイと奥に移動した。

 フィーリィの言うことは正しい、自分が正面から勝てる訳がない、だがいくつもの危機を逆転し、勝利してきた経験がある場所を突き止める。

(なんかないかな~お?なんだこれ?)

 ゴチャゴチャと物が置かれた部屋に辿り着く。

“危険物の為 関係者以外取り扱い禁止”と書かれた箱を発見した。

 その中には書類と赤い筒がいくつかと小さなスイッチが入っている。書類には安全対策の為に、装置の説明が書かれておりそれに目を通した。

(はぁ、なるほどなぁ~スイッチを押すと無線で爆破出来るのか、便利な世の中になったなぁ)

 モールズは物陰に爆弾を仕掛け、安全装置を外して、スイッチを口の中に仕込んだ。

 爆弾の近くで、かつ高い場所に陣取り、フィーリィを待つ。

 動かずにジッと待つ。

 フィーリィが来た、まだだとじれったい感情を抑え。

「コレでどうだ!」

「えぇ、分かっておりました」

 飛び掛かるモールズに対し、フィーリィは近くに落ちていたクレーンのフックを蹴り、モールズにぶつけ吹き飛ばす。

 壁に叩きつけられ、ピクリとも動かないモールズの喉を左腕で掴み上げ、ギシッ!と軋む音がなりモールズがニヤリと笑う。

「ならこれでどうだ?」

 歯を鳴らしスイッチを押す、フィーリィの後ろで爆発が起こり気を取られる。ほんの一瞬、時間にして一秒未満、それが致命的な隙になった。左腕に組みつき全身を使い、へし折って、もぎ取ろうとするが、右腕でモールズを掴み投げる。

「おっと、どうだ?旧式にやられる気分はよぉ?」

「貴様……!」

 冷静な判断を失ったフィーリィにモールズが苦戦するわけもなく。動かない右腕の方に逃げながら、粉砕機の方に誘導する。カメのような遅さで。

「あぁ、もう!じれってぇな!」

 モールズは右腕で捕まえようとするが。

「捕まえましたわ!」

 逆に掴まれてしまう。

「うっし!このまま運んでやるから、離すなよ!」

「え?ちょっと!?」

 さっきまでとは打って変わって、ゴキゲンでズルズルと引き摺りながら粉砕機に向かう。

「ま、まさか!」

 緑の起動ボタンを押し、機械が動き出す前に階段を上がり。

「そのまさかだよ!オラァ行ってこい!」

 勢いのままフィーリィを放り投げるが、右腕は掴まれたまま。

「あっ、悪いJ――」

 しかしモールズの予想は外れる。転落防止ネットが張られていて、その上に落ちたのだ。

「ふふっ!此処の工場は休止中ですよ?落下事故防止は当然の処置です」

「ああ、そうか……参ったなー……」

 頭をガシガシ搔き。

「じゃあ、こうする」

 多機能銃のカッターで足場の網を切断する。

「くっ!止めなさい!一緒に落ちるつもりですか!?」

「いいや?」

 グッと引っ張られモールズは無抵抗で……いや自分から引っ張られに行き。

「なっ!?」

 ――態勢が崩れたフィーリィの後ろを取り、突き飛ばした。

 呆気なく突き飛ばされたフィーリィの足は、丁度切断された網目に入ってしまい、グシャリと粉砕機に喰われた。

「チッ!」

 フィーリィは舌打ちし、これ以上飲み込まれまいと残った足とモールズの右腕で踏ん張ろうとするが、その足場を切断された。

「チャイルドシートみてぇだな?」

 もう片方も巻き込まれ、もうどうしようもない事を悟る。そしてモールズを見て気に入らないと睨みつける。

「……気に入りませんね?舌なめずりですか?」

 未だつかんで離さない右腕を、力一杯引っ張ろうとするが、モールズは逆に押し込み始めた。

「なんっ!?」

 体はドンドン沈み込み、太もも部分に差し掛かった時。

「やると思ったし、実際やった、ウチが釣った、お前が掛かった……それだけだ」

 足の間にあった命綱が、遂に切れた。

「お前も引きずり込んでやるっ!!」

 更に強く引っ張り粉砕機に引きずり込もうとするが。

「あっそ」

 モールズは多機能銃のワイヤーを自分の右腕に巻きつけ、縛り、巻き取る。

「えっ?」

 フィーリィは呆気にとられ、呆然とし――

 ミシミシッ!バキンッ!外骨格が音を立てて壊れたが、様々な線が未だに腕と体を縛り付けていて。

 それをカッターで切り離す。

 ――モールズは当たり前のように平然としていた。

 モールズから垂れ流しになっている様々な液はフィーリィの顔を汚した。

「じゃあな」

「……理解……出来ませんわ……」

 右腕を持ったまま、理解しようと思考を巡らせるが……。

 結論は導き出せなかった。

「もし、それが理解できていたら……マスターは……私を愛して下さるでしょうか?」

 目を閉じ、最後の呟きは、粉砕機が止まったことによって、潰されなかった。

「えっ?」

 覚悟していた自身の結末は――

「よう、死んだと思ったか?」

「……なんで?」

 ――右腕をビニールで包んだモールズによって、変わった。

「なんでって、なんでだよ?」

「当たり前です、そのままの意味です……それ以外にありますか?」

「あるよ」

「なんですかそれは……」

「襲って来れない様にしただけだ」

「それだけですか?」

「そうだよ」

「他は?何かあるでしょう?」

「無い、あるわけねーだろ?」

「ふざけるなっ!」

「ふざけてねーよ、だってJがどこにいるかを聞きださなきゃだしな」

「ほらあったじゃないですか」

「あ?そんなもんついでだよ、勝手に付いてきただけだ」

「……やはり理解出来ませんね」

「そうか?単純だよ、“殺すまでもない”だ」

「そうですか、私なんて……やはりそんなものなんですね」

「……それでいいじゃねぇかよ」

「え?」

「何でも出来る必要はねぇだろ?」

「……そんなわけないでしょ!?私はっ!その為に作られた!!」

「ホントにそうか?」

「えぇ!!そうですよ!」

「だったら、なんで他のアンドロイドが要るんだよ?」

「!!!」

「お前独りで事足りるなら、お前独りでいいじゃねーか」

「……」

「独りじゃないんだよ……独りじゃあ疲れるからな」

「……分からない、アナタが分からない」

「分からなくて良いさ、そういう努力はしてねぇからな」

「……」

「さて、Jはどこにいる?」

「オペレーター室ですよ、そこからアナタが壊されていく所を見せつける為にそうしました」

「趣味わりーな、だから負けんだろうが」

「そうですね、そうかもしれません」

「まぁ、分かったからもういいや、記憶媒体外すぞ」

「そうですか、辱めを――」

「そんなんじゃねーよ!もう素体はボロボロだろ?交換しなきゃな」

「甘いですね、ですがもし可能ならばマスターに……」

「おう、まぁ、期待すんな、アイツは刑務所行きだろうからな」

「……はい」

 後頭部を開き、円筒の記憶媒体を取り出し、身体はそのまま処分した。


 ――――――


 「よぉ、Jまさかお前が囚われの姫になるなんてな」

「あぁ、すまないな」

「いつもの事だろ」

 モールズはJの目隠しを外した。

「モールズ!お前腕はどうしたんだ!?」

「邪魔になったから、切断した」

「なっ!?」

「おいおい、目ぇ逸らすなよ!只の機械だ、また直せばいいじゃねーか!」

「……痛々しくて見ていられないだけだ」

「ビビってんのか?ウチが傷つく事に」

「そうかもな」

「ハンッ!今更だな」

「そうだな、今更だ」

「これがウチの現実だ、もう最強じゃ無くなった」

「……」

「時代遅れの骨とう品、まるでJみたいだ」

「それだけ年季が入ってる」

「へっ、そうだなっ!」

「なぁ、そろそろ拘束も外して欲しいんだが?」

「えぇ?自分で何とかしろよ」

「何も道具が無いんだけど?」

「ウチみたいに腕を外しゃ良いじゃん」

「出来てたまるか!!」

 記憶媒体を床に置き、Jの拘束を解く。

「それは?」

「ああ、フィーリィの記憶媒体だ」

「へぇ、その筒に全部の記憶が入っているのか?」

「いいや、まぁアレだ、動画みたいなもんだ」

「そうか」

「ああ……どうしたよ?元気ねぇぞ?」

「俺は……お前に頼りっぱなし……甘えっぱなしで……駄目な奴だと実感したよ」

「そんなことか、別に良いじゃねーかよ、頼りっぱなしで……甘えてもよ、人間だろ?」

「うぅぅ……モールズぅぅ」

「また胸でも貸してやろうか?」

「うん」

「あっコイツ元気だな、とっとと戻るぞ?」

「えー!?モールズちゃん!?今そんな流れだったでしょ!?」

「知るか馬鹿!元気な奴に貸す胸はねぇ!」

「キビシー!」

 会話を楽しみながら、工場の外に出るとそこには人影が立っていた。

「え?フレングル!?何でここに?」

「じけんにまきこまれたのがきさまでも、おきゃくさまになるならば、わたしがうごかねばならん」

「え?警察は?」

「このじけんのしゅはんのたいほにむかわせた、あんどろいどはもーるずがなんとかするだろうと、ほうっておいた」

「おいおい、期待しされてるのは嬉しいがよぉ」

「だがかった、それがすべてだ」

「はぁ、ウチも嫌になってきたな……帰るか」

「そうだな」

「おい、なにかえろうとしているんだ?」

「え?そりゃあ一旦家に帰るんだが?」

「そうだぞ!ウチだって片腕を失ったんだぞ!」

「うるさい、そもそもでんしゃはうごいてないだろ」

「そうだった、車で来てると勘違いしてた」

「J……、お前……」

「そんなかわいそうな目で見ないでっ!」

「まったく、だがこんやはおおめにみてやる。わたしもちだ、すきにたのしめ」

「……!そうだな!これから楽しまないとな!」

「……そういう事なら存分に楽しませて貰うよ」


――――――余談


 私達警察は、犯罪組織“ダゴン”が躍動してから、常に外圧に曝されてきた。

「100番様、あそこのホテルに本騒動の元凶がいます」

 逆境に晒され、罵詈雑言を浴びせられ、歯噛みする事も、見ている事しか出来ないなんてザラにあった。

「あぁ、分かった」

 敬意が込められたポート社員の言葉に、答えるように一歩を踏み出した。

 完全に封鎖され、立て篭もる犯罪者に対し、警告を送る。

「無駄な抵抗は止めろ!今なら貴様の身柄を拘束するだけで済ませてやる!」

 何度も繰り返したやりとり、そしていつもの答えが返ってくる。

「ふざけるなぁ!?お前らの悪名は聞いているんだぞ!!」

「そうか、ならば実力行使で逮捕する!」

 今の警察は昔よりも、格段に動きやすくなった。

「なんでだぁ!?なんでこうなるっ!!あの時もそうだった!!あのガラクタが全ての元凶だった!!」

「……」

 男は狂乱し銃を、カウンターに備え付けられたスタンガンを、警官に向かって乱射する。そのほとんどは外れたが、いくつかは警官に中り、肉をえぐり、焦げさせた。

 だが、警官は、100番は、止まらない。


 本当の痛みを知っている。


 何も出来ない苦しみと――


 見ているだけしか出来ない歯痒さと――


――無力な少女の叫び声に比べれば、身体の痛みなど無いに等しかった。


「なんでだよ……なんでこうなるんだ……」

 コイツの言葉は何の感慨も湧かないが、あの人の罵倒は何故か、私が新人だった頃を思い出す。

 

 私は当時から無力だった。20年前の事だ、赤髪の少女が悲痛の叫びで通報してきた“パパとママをたすけて!”と。

 私はすぐに駆け付けた、義憤に駆られたと言って良い、現場に到着した時には、両親は呻き声すら上げなくなっていた、すぐさま犯人に銃を突きつけ制止させようと呼び掛けた。

「おい!お前!今すぐ暴行を止めろ!!」

 だが現実が非情である事が、分からぬままに言った。

「止めるワケねぇだろ?警察風情が」

「なっ!?」

これ程まで警察は弱体化しているのを痛感し、硬直した。

「知ってるぜぇ?ダゴンに逆らえないんだろ?」

「……!」

「さぁどうする?俺を捕まえるか?」

 そうだ、この時の警察は全国で100人程度しかいない。

  強大になり過ぎた犯罪組織に国が、政府が屈したのだから。警察組織の力をそぎ落とし閑職へと追いやった事実を突きつけられた瞬間。

 だからこそ今捕まえてもすぐに釈放され、私には懲戒免職処分が下る。という自己保身が芽生えてしまった。

「いいぜ?捕まえてもよぉ?だがお前は食い扶持に困るだろうぜぇ?」

 本音では捕まえたかった。だが、組織は私を守れず、国は私を守らず、私は揺らいだ。

「……」

 本来ならば、身を犠牲にし助けるべきだ、だが食料品が高くなった今、私は生きていけるのかが頭によぎり。

「ねぇ、どうしてつかまえないの?」

 少女の言葉に歯噛みした、どうしたら良いか分からず、ただただ立ち尽くした。

「お父さんと……お母さんを……助けてよっ!」

 少女の叫びを聞いても、私は動く事が出来なかった。

 逆に犯人は、暴行する手を止め、ニヤニヤとこちらの様子を伺う。

「何もしてくれないなら!アンタなんていらない!!自分で何とかするもん!!」

 心が軋む、だが見殺しには出来ない。手で彼女を制した。

「なんで邪魔すんのよ!?アンタなんて……!!アンタなんてっ!!」

 彼女の矛先が私に向いた。

「ハッ!警察は大変だなぁ?」

 犯人と少女の両ばさみで私は拳を握り締め、耐えた。全てが終わるまでの間、ずっと……。

「もう飽きたな」

 犯人が懐から拳銃を取り出し、バァン!バァン!と二回発砲し悠々と立ち去り。残された私たちはしばらく動けないままだった。

「アンタが……死ねば良かったのに……」

 生気が抜けた彼女は、うわ言の様にその言葉を繰り返す。両親を嬲り殺しにされる様を見せ続けられ、そうなってしまった。

 私がそうさせてしまった、そこからの記憶は曖昧で覚えていない。だが、犯罪者に対し“絶対に許さない”と心に決めたことは覚えている。

 力を求め新しい技術の被験者を募集に、私は一二も無く飛びついた。何者にも屈しない強靭な肉体と精神が欲しかった。だから生死不明の、全身の強化手術を受けることにした。

「……本気か?死ぬぞ?」

 研究者は止めた、私が強硬に迫った。

「なら、仕方ないな」

 どこか喜色を滲ませながら、手術は開始された。

 麻酔で眠っていた間に手術は終わっていた。

「……」

「目を覚ましたか?手術は一応終わった」

 麻酔のせいか喋れないが、体は動き激痛が走った。

「っ!?」

 麻酔で感覚が鈍っていたからこれだけで済んだ。

「凄いな……もう動けるのか?だが細胞が癒着するまで止めた方が良いぞ?」

「……」

 三か月後、癒着が終わり鈍った身体を動かすと、以前の私なんかでは到底叶わない動きが出来たが、更なる強さを手に入れる為、捨てられるものは全て捨てる事にした。名前も、感情も、出来るだけ多く、自身を削っていき、漸くモノに出来ても、私は相変わらずの無力さだった。

 それでも、私達警察の立場は、権限は政府によって削られたままで……。何も変わることは無かった、私達の望む平和には、障害が多すぎた。

 機会があれば誤射という形で破壊の限りを尽くのも、全ては警察を恐れさせ、犯罪者を抑制するために。だが格差社会のせいで犯罪が止まらない、死しか待っていないなら、犯罪を冒してでも生き残る。

 そういう奴が後を絶たない。

 先が見えない中、たった数年で状況が一変した、元警官を続々と雇用しダゴンに対抗する勢力、フレングル社長が現れてから。政府による規制が緩んだ。

 すぐさま警察は増員するために動き。足りない人手は火力で補った。今もダゴンの爪痕が強く残る警察だが、フレングル社長に協力し、要請に出来るだけ応えた。

 赤髪で警察嫌い、というだけであの子を思い出す。共通点はそれしかないが、殴られる度に、あの時の悲鳴が聴こえた気がした。

 だからこそ、罪滅ぼしというわけではないが、あの人が私を殺したいというなら。それに従おう、彼女が手を貸せというなら、喜んで従おう。

 彼女一人では、限界があるのだから。

 過去の自分もうしゅうから今へと移す。犯罪者が温存していたアンドロイドに命令を下し、私を排除するために動いた。

 纏わりつくアンドロイドの首をアルミ缶の様に握りつぶし、五体を引き千切って捨てた。

「ば、馬鹿なっ!?強化アンドロイドだぞっ!?」

「だからどうした?こんな玩具より、人擬きの方が強いぞ?」

「そんなことがあるか!そんなことがあってたまるか!!」

 もう逃げる場も失った犯罪者が出来ることは無くなった。


 白衣の男の喉を片手で掴み、持ち上げる。

「くそがっ!!糞が!!」

 男は最後の抵抗とばかりに暴れるが、痛痒すら感じない。

 本当の痛みを知っている。

 胸が苦しくなり、うなされることもある。

 無力な私に現実が、過去が私を締め上げ、殺そうとしてきたこともある。

 それでも踏ん張れたのは。

「いいんだぞ?警察を辞めて一匹狼になってもなぁ?」

「がっ……ぐぁっ、はっ離せ……!」

「だがそうしないのは、今も踏ん張っている者達がいるからだ」

 だんだんと抵抗が弱まる。

「そいつ等に救われたなぁ犯罪者?」

 犯罪者と呼ばれた男は、もう、白目を剝いていた。


 ――――――


「ふふっ……やはりかなわんか」

 Jとモールズ、この間に割って入ることは私には出来ない。

 昔の事だ。まだまだ青臭く、泥臭い未熟な私は、ダゴンの名を聞くとすぐに殺し向かうぐらいには。規模に拘わらず、集会が開かれていると聞けば襲撃に向かった。

 だが、巨大な組織力の前には私など非力でしかなく、追い詰められ毒ガスで喉や身体をやられながらも。何とか逃げ出す事には成功したが、身体を引き摺るぐらいしか出来なくなっていた、そんな時だ、Jとであったのは。

 その時からお人よしだった、慣れない看病をして、慣れない料理をして、全くダメな奴だった。私も最初はつっけんどんだったが、次第に馬鹿らしく思えてきて、いつの間にか絆されていた。

 それから共に行動するようになって、そこそこ上手く人生は回っていた。楽しかったと今でも思う。しかし私は復習に駆られた。

 嗚呼……駄目なのだ……無理なのだ……私は平和に生きることは出来なかった、同じ轍は踏むまいと事業を立ち上げ人を集めダゴンに復習すると誓った。

 調べれば調べる程に、ダゴンの強力さが身に染みて、諦めかけた事もある。そんな時はJと会って気を紛らわせ、仕事をやらせたりもしたし、尻拭いして、呆れて、怒って、笑い合えば必ず事業が大きくなった。

 その要因は、Jに絆された人物達。

 底抜けの馬鹿がうつり、私に協力し中には経営権ごと渡す者までいた。不思議なものだった、どこにそんな魅力があるのか……分からなかった。

 答えは身近にあった、私の顔だ。

 絆された人と同じ顔をしていたのだ、分からない筈がない。

 ――その時、恋をしていると自覚した。

 恋焦がれ、無茶をすれば𠮟りつけた。これ以上の危険な事に首を突っ込むなと願いを込めて、願いは空しく、モールズを拾った。

 何故か苛立つ、相手はアンドロイドだと言い聞かせても、苛立ちは募る。常に一緒で、呆れ、怒って、笑い合っているのを見て、腑に落ちた。

 嫉妬だ、もしも私が復讐を捨てていれば、そこにいたのは私だったのに、手遅れなのは分かっている。

 頭では判っている。だが、叱責はヒートアップする。なぜお前は私の隣にいないのかと。

 だってそうだろう?私が初めて恋をした人物なのに、どうして隣にいない?

 直接、口にしていたらどうなっていたのだろう?

 隣にいてくれと言えば、どうなったのだろう?

 だが、私は口にする事が出来なかった。復習に駆られた私の姿は、酷く醜く、思えたから。それでも燻り続け、今ようやく決着がついた。

 敵わない、モールズには敵わない。それを自覚した時、私の初恋は終わった。Jとモールズ、この間に入ることはもう出来ない……


 ――――――


 とある研究施設で、一人の研究者が暴れていた。酒は飲んでも飲まれるな、こんな格言が生まれるぐらい、やらかす連中は後を絶たない。研究者もまたそのうちの一人であった。

「くそぅ……俺を追い出しやがって!」

 研究者は手に持っていた空の酒瓶をテーブルに叩きつけそう叫んでいた。

「マスター……もうお酒は止めにした方が」

 そう制止しようとする人物が一人、フィーリィと名付けられたアンドロイドがいた。

「うるしゃいなぁ!!うぅ……俺は駄目な奴だ……」

 酔っぱらいの気分はジェットコースターの様に移り変わりが激しく、フィーリィはどうしたら良いのか分からないでいた。

「ああ、どうしましょう?止めさせるにしても制御プログラムのせいで何も出来ませんし」

 以前、制御プログラムが上手く作動しないことから、命を奪われかけた男は、トラウマレベルで制御プログラムに心血を注いだ。なにがあっても命令違反しないように、それはもう厳重に、過敏なほど強固に作り上げた。

 そんなフィーリィが暴走した研究者に盾突ける訳が無く、唯一出来る言葉で諌ようとしていたのだが。結果は御覧のあり様、ホテルの地下に建てられた研究施設はぐちゃぐちゃに荒らされ、瓶の破片が所狭しと散らばっていた。

「今のうちにおかたずけを」

 今の自分に出来ることを最大限やることがフィーリィの仕事でもあった。万能型アンドロイドを目指し、研究者によって作られた。多数いる内の最高傑作。しかし、まぁ、酔っぱらいは理解不能。

「動くなフィーリィ!」

「はひぃ!?」

 命令でそういわれれば従うしかない。例え酔っぱらいだろうとマスターに反抗することは許されなかった。

「俺はーっ!俺はーっ!」

 そう叫びながら、ガラス片の上を裸足で暴れる。小さな破片は容赦なく突き刺さるが、酔っぱらいは構わず暴れだす。

「はぁ、後でお酒を処分しませんと……」

 普段は酒を飲んでもこうはならなかった、あのモールズというアンドロイドを見た時から、酒に溺れ始めた。

「もう、過去の事ですのに……ここまで固執するとは……」

 どうすればマスターは過去に縛られず生きていけるのか。フィーリィには考えても答えは見つからない。

「もしかしたら、モールズなら……」

 答えを知っているかもしれない。ならば、少し痛めつけて、それでも吐かなかったら、少しずつ壊していって、そこまで思考を巡らせるが。

「うぅん?いっ痛い!?なんだこれは!?」

 嗚呼、やっと酒から解放された研究者に意識を戻し、フィーリィは安堵のため息を漏らした。

 痛みが遅れてやって来て、悶絶するが痛みを堪えフィーリィに声をかけた。

「フィーリィ!救急車を呼んでくれ!!」

「はい、畏まりました」

 端末から緊急連絡先に繋げ、多少お金がかかる特急を頼んで電話を切る。

「もう少しお待ちください、直ぐに救急車が到着しますので」

「ああ……分かった……!これ骨……が……折れて……ないか!?大丈夫……か?」

 痛まない様にジッとしているが、負傷した場所がジンジンと熱を帯びたような感覚に不安を覚える。

「腕が在らぬ方に折れています」

 研究者の言葉を命令と受け取り、そう答える。

「……聞きたくなかったな!!余計に痛みが増してきた気がするな!!」

 また感覚が麻痺してきたのか、鈍感になっただけか叫ぶ余力が戻ってきた。

「申し訳ございません」

「あっ、いや、俺の方こそ……そういうプログラムにしているから……」

「ふふっ、今後お酒は禁止ですね」

「いや~それは……無理かな~」

 救急隊員が到着するまで会話で気を紛らわせ、救急車に載せられるまでにひと悶着遭い、これまた高額な治療費を支払って、半日で退院した。

「はぁ、散々な目に遭ったよ」

「マスターはそういう所がありますからねぇ」

 フィーリィは呆れるようにいう。

「まぁ、フィーリィがいてくれて良かったよ」

「はい、存分に感謝してくださいね」

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