シークレット・シーズン

さしずめろん

シークレット・ウィンター

 生活兼仕事場。小さく薄暗い部屋、壁に掛けられた二つの銃器、ゴテゴテして見るからに重そうな銃と小型のサブマシンガン。隅に追いやられた段ボール箱の山と、散乱した荷物、小さな冷蔵庫。

 部屋の真ん中で、今では珍しい電球で薄暗い部屋を照らしている。中央にはテーブルが一つと、それを挟んでソファーが向かい合って配置され。二人はソファーに寝転がっていた。一人は無精ひげを携えている壮年の男。もう一人は中性的で子供の姿、分厚く、全身を覆うほど、ブカブカな上着を着ている性別不明。社長と社員、その関係は気安い友人であり、数々の苦楽を共にした戦友、馬鹿をやらかす悪友、そんな二人だが今まさに、人生最大の危機を迎えていた。

「なぁ……俺は一体いつメシが喰えるんだろうな?」

「諦めろ、仕事が無いんだからこのままゆっくり餓死していくしかないぞ?」

「ビラも撒いたし!ネットを使って宣伝もしたんだよ!」

「そして成果ゼロ……諦めろ」

「お前も客引きしてきくれよ……」

「客引きはこの地区の条例で禁止されている。そもそも契約外だバカめ」

「これが今どきの労働体系ってやつなのか?……冷蔵庫になんか入っていないかなぁ……」

 Jと呼ばれた男は、立ち上がり冷蔵庫を覗く、中身は空、分かっていたことだが、悲しくなるし、親切な誰かが食べ物を入れているかもしれないと。一縷の望みにかけたが。みごと打ち砕かれトボトボと自分のソファーに再び寝そべる。

「ったく、こうなったらアイツに仕事貰ってこいよ」

「いっ!?それだけはナシだぜモールズちゃん?使い倒された挙句に、報酬は雀の涙……おじさんにはキツ過ぎる」

「ハァ……そんなこと言ってるから喰うに困るんだろ?腹括れよ」

 チラシの紙束を引っ張ってくる。

「そうだな……ん?なんだこれ?」

 その中の一枚のチラシに目が留まるそこには“大食い大会参加募集”の文字が踊っていた。

「見てよ!大食い大会だってさ!」

「あっ?珍しいな食糧危機だって叫ばれてるこのご時世によぉ……なんかあやしいなぁ」

「全くこれだから捻くれ人間は!こんなご時世だからこそだろ?」

「……まぁいいんじゃねぇの?行くなら一人で行ってくれよ?」

「えぇ……一緒に行こうよ」

「ウザいだけだ……つーかこれ、三日後だが大丈夫か?生きていられるか?」

「正直半々よ……もし生きて帰ってこれなかったら、骨だけは拾ってくれよ?」

「あぁ、肥溜めに放り込んどいてやるよ、良かったな食べ物に生まれ変われるぞ?」

「辛辣ッ!?……分かりましたよ~一人で行きますよっと」

 荷物の山をかき分け外出用の服を取り出す。

「あ?今から行くのか?」

「開催場所を見てみろ」

「キューレイン町って隣町か、車で行けば良いじゃん」

「あれは社用なの、私用には使っちゃダメなの」

 名前まで決めている愛車は、最近バッテリーが上がらない様に動かすか、修理の為に動かすぐらいにしか使っていない。

「乗らねぇのにか?」

「もう貧乏ネタは止めて!?いつか乗るから!」

「はいはい、気を付けろよ最近物騒だからな」

「分かってるよ、じゃあ行ってくる……徒歩で」

 そこそこ発展した街並みにポツポツとビルが道路の両端に置かれている。真ん中の四車線の道路には車が多数往来し、歩道には人は歩いていない例外を除いて。

 歩道で一人、トボトボと歩いている。腹が減った状態で隣町に行くのは流石に無謀だったか?そんな後悔を早くもしていた。

「あ~もう帰りたい、こんな体って重かったっけな~?」

 弱音を吐きながらも前には進んでいる。自分が思っている以上に空腹が進行していた。フラフラで今にも倒れそうなほどには。

 それでも休憩を挟みつつ歩いても余裕をもって到着する様に歩いている。後は体を動かさずにいれば持つだろうとの算段だったが。

「何かを食べなければ……途中でくたばる……俺の勘がそう告げている……」

 持っていた財布を開いて中を覗くが570フィ、パン1個買うには最低千フィがいる。

「全く!世知辛い世の中だよ……」

 言ったそばから倒れた。

(あぁ……とうとう来てしまったか……限界が)

 などと思いながら意識を飛ばした。


 ――――――


 モールズは大食いのチラシを眺めていた、特に意味はないが強いて言えば暇つぶし。

「ハァ~Jの奴は、なんでこんなのに参加したがるんだ?」

 小さな文字で一位以外は強制労働に従事と書かれていたが。教えたところで「そうなの?なら俺が一位になれば良いだけだな!」というだろう。

 こんな大会などほっといて仕事をすればいい、アイツ……フレングルの仕事は三食付きで金も5000フィ貰える。

(そしてこの大会の主催者は……ヤバい奴だ)

 きっとフレングルも動いているだろう。

(あー……どうすっかなぁ)

 なんて考えるフリをしながら通信端末を摘まんで取り出し電話する。宛先はフレングル。

「フレングル?ウチウチ、モールズだけどさぁ」

『いきなりかけてきてなんだ?』

 電話に出たのは幼い子供の声、フレングルその人であった、たまに秘書が出ることもあり、ソイツは特に苦手だ、堅苦しいから。

「あぁ、大食い大会のチラシなんだけどさあ、なんか知らない?」

『しってるぞ、しっぽをつかんでもいるぞ』

「Jが普通に参加するって、そこに向かったぞ」

『ほほう!すでにこうどうしておったとは!……なんてかんけいないのだろう?』

「うん、なんも食ってないから参加するって」

『ほっとけ、きゃつにもきゅうをすえねばならん』

「まぁそうだよねー……それでさぁコレ関連の仕事ない?」

『あまちゃんめ、あるぞほうしゅうはよんせんふぃだ』

「了解、で?仕事の内容は?」

『あるじんぶつのほごだ、しゃしんはたんまつにおくっておく』

 一通のメールが届いてそれを開く、そこに写っているのは銀髪の少女。

「ふ~ん、子供にみえるけど?ホントに重要人物?」

『そのこのなまえは“まだにあ”たいかいしゅさいしゃのひとりむすめだ』

「一人娘?それが何で保護対象なんだよ?」

『それなんだがな、このたいかいはのっとられているんだよ』

「ますます分かんねぇな、犯罪者が奴隷を欲しがるってんなら分かるが……」

『そのまさかだよ、はんざいしゃしゅうだんにのってられている』

「……そんなことが可能な犯罪組織っていえば、お前が追ってるヤツか?」

『そのとおりだ、はんざいしんじけーと“だごん”おもてのきぎょうはしょくりょうひんをとりあつかっているが、うらでははんざいのなんでもやだ』

「ははぁん?そういうことか、一人でも動かすと連中に見つかるって訳か」

『そうだ、さいあくなのは……よこからさらわれること』

「ハイハイ了解、ウチ達が保護したら、アンタ等が動くってわけだな」

『そうだといいたいが……あんけんがおおくてな、たいかいをぶっつぶしてくれれば、ついかでいちまんふぃをくれてやる』

「えぇ~!?もうちょうい頼むぜ、巨大組織に目ぇ付けられるんだからさぁ」

『ならば、うまいあんけんをくれてやる』

「あざーっす、じゃあ仕事に取り掛かるんで」

 通信機を切り起き上がる、そのまま立て掛けてあった2つの銃器をひったくるように持ち出し、多機能銃を肩に掛け、サブマシンガンを助手席に放り投げた。

 社用の車の前後に十字マークを前後に張り付け、アクセルを全開にし急発進させ車道を飛び出る。十字マークは救護マークと言い、コレを貼れば一般車でも緊急車両と一緒の扱いとなるが。

 時速150㎞で走らせるのは違法であり、警察に捕まるのだが。警察はまともに機能していないのが現状である、その分一旦呼んでしまえば周囲の被害お構いなしで捕まえに来るやっかいさはあるが。

「あーアイツ何処にいるだろうな~」

 爆走しながら考え事をしてるが車を巧みに操り右へ左へとかわしながら進ませていく。

(しっかしアイツはよく事件に巻き込まるよな~)

 呆れながら、そんな自分もまたJに助けられた側である為、強くは言えない。

「あ?」

 約30㎞程の地点で見知った顔の男が店で談笑しているのを発見した。アクセルから足を離し、徐々に速度を落とし近くにあった駐車場で停車させ。降りて直ぐ走り出し、あの店に直行した。

「よぉ、随分とゴキゲンじゃないか、J」

「あれ?モールズちゃん?どーしたよ?」

「ウチがどーしたの?って言いたいわ、金ねーから大会に参加する言ってたじゃねーか」

「あぁ、それがねぇ、途中で倒れちゃってさ~このお方に助けてもらったんだよね」

 そういって手を向ける。その先には写真で見た人物そっくりの人物が立っていた。

「あー……お名前は何とおっしゃるので?」

「プププッ!もしかしてモールズちゃん緊張しちゃってる?」

 からかうJをほっといて少女に喋るように促す。

「はい、私はマダニアといいます」

「……もしかしてこの大会の主催者の一人娘?」

 あのチラシを見せそう尋ねる。

「な、何故それを?」

「え?なに?知り合いなの?いや~世間は狭いねぇ」

「……仕事の保護対象だJ」

「うぇ!?モールズちゃん仕事受けちゃったの!?」

「あの~恐縮ですが保護対象とは一体?」

 おずおずと喋りいまいち状況が分かっていないマダニアにモールズが説明した。

「つー事で、今とんでもないことになってるって訳」

「まさかねぇ、俺が出ようとしていた大会が乗っ取られているなんてねぇ」

「そんな……おっ、お父さんはどうなっているかは分からないんですか?」

「ウチ等の間での分からないは……もう死んでるって意味だ」

 死、その言葉を聞き、マダニアは激しく動揺する。

「嘘よっ……嘘ウソうそっ!」

「ん~でもさぁ?こんな大会を開けるほどの金持ちをそう簡単に殺すかね?」

「さぁな?犯罪者なら邪魔になれば殺すだろ?」

「いやいや、もしかしたら――」

 ドンッ!轟音と爆風でガラスが割れ、マダニアを庇い慣れた身のこなしで床に伏せるモールズとJ。爆風が収まり顔を上げる。

「くぉれは、モールズちゃん何か引っ掛けた?」

「知らねーな、車道を爆走した程度でサツが出張ってくるわけねーしなぁ?」

『警察だ!爆走車を運転していた奴出てこい!今なら逮捕で済ませてやる!感謝することだなぁ!』

 バババッとヘリの回転翼が聞こえ、スピーカからは女の声が大音量で響き渡る。二人は顔を見合わせて。

「一体いつから真面目になったんだ?」

「さぁ?利用規約でも変わったんじゃないの?」

「?」

 軽口を叩きあう二人と状況が一切呑み込めないマダニア。

「あっ!良い事思いついたぞJ!」

「あまり聞きたくないんだけどなぁ……」

 そうぼやくJはモールズの思い付きに対して良い思い出がない。

「あのサツを引っ張って大会を潰す、これで大会を潰せてサツをまける」

「ああ、やっぱりダメな奴だったか」

「あのー……一体何のお話で?」

「あぁ、これから楽しいカーチェイスが始まるんだよ」

「地獄の間違いでしょ?」

 モールズは嬉々として、,立ち上がりJとマダニアを担ぎ上げて、車の方へと走り出した。

『ん?止まれっ!さもなくば撃つ!』

「はっ!さっき撃っただろうが!信用ならんよなぁ!?」

 そう叫びながら駐車場にたどり着いた。

『警告を無視したとして死刑だ!30㎜用意っ!』

 車に乗りエンジンを響かせる。

「モールズちゃん!?相手さぁ!なんか物騒なこと言ってるけど!?」

「し、死刑っ!?死刑って言ってますけど!?これホントに警察なんですか!?」

「うっせえなぁ!連中の常套句だ!真に受けんな!」

『撃てっ!』

 これを合図にアクセルを全開にする。

 後ろで大爆発を起こし駐車場が他の車ごと破壊され。バウンドしながらも間一髪逃げおおせたが、警察ヘリが追ってくる。ドンっ!と連続で爆発が起こる、それを右へ左へと回避する。まるで後ろに目がついているかのように。

 コンクリートが弾け飛び、電柱も、信号も、なぎ倒していく、誰もが思うだろう警察にこんな火力が必要なのか?と、答えは弱体化した警察が嘗められない為だ。

 その為に軍の払下げ品を引き取って、躊躇いなく撃つのだが、しかし一般市民でさえも恐ろしいと思わせてしまう結果となった。

 犯罪者は絶対に殺す、口減らしの為でもあるが、それよりも市民と平和を守るのが使命なのだから。

「これで正義の味方とかマジで言ってんのかよ!笑えるな!」

 建物も、道路も、街灯も、電柱も、信号機も、なにもかも破壊してグチャグチャだ。

「おーおー、警察さんも頑張ってますなぁ」

「破壊活動に勤しんでいる所悪いが、お仕事の時間だぜ?」

 まだしばらく距離はあるが本物の犯罪者達を処刑させてやる。

 あの軍用ヘリの名称を“スコーチヌス”、複座式、最高高度16000m、時速550㎞で飛行でき、武装は30㎜レーザーバルカン砲 一基、20㎜機銃 二基、六連装対戦車ミサイルポッド 一基、そして装甲は戦車砲を一発防げる重装甲。

 まともに戦うなど愚の骨頂だ、そしてそれは犯罪者にも言えることだ。

「おーいモールズちゃん!後どのぐらいよ!?」

「後30㎞だ!」

 相も変わらずバンバンと撃ってくるが、至近弾はあっても直撃は無い。

「なぁ!さっきからマダニアの声がしないんだが!」

「マダニアちゃんなら最初から気絶してるよ!かわいそうに!」

「なら安心だな!更に飛ばすぞ!しっかりとマダニア抑えとけよ!」

 そう言って赤いスイッチを押す、ボッ!と違法改造されたターボエンジンが、待ちかねたかのように唸りを上げ180から250と上がっていく、旧世代の四輪駆動を改造した車である“ボーダーラン”は本当の走りを披露する。

 多少の物なら跳ね飛ばし突き破れる頑丈さだが、流石に30㎜レーザーバルカン砲は防げない、警察は街中でも容赦なくぶっ放し、道路や建物を壊しながら追いかけてくる。

 着弾するたびに赤く熱を帯びて爆発する。その威力は鉄筋コンクリート製の建物を容易く倒壊させる。だがそれも当たればの話だ、今まで当たらなかったものが至近弾にすら当たらなくなった。

『チッ、クズ共が!もう撃つなっ!速度を上げろっ!このまま追跡するっ!』

 端的に指示を飛ばす、バルカン砲はカラカラと力なく泣き、弾を吐き出すのを止めた。

「はっ!いい子ちゃんになったじゃねーか!そのままついてこい!おい、J!合図したらコイツを撃て!」

 後部座席に持ってきていたマシンガンを投げる。慌ててキャッチし安堵のため息を吐く。

「銃を投げるなって!危ないだろ!?」

「細かい事気にすんなよ、安全装置はしてあるだろ?」

「そういう意味じゃないってさ、俺がキャッチしそこなったらマダニアちゃんに当たるだろ?」

「それはお前が悪い」

 そう言ってケラケラ笑うモールズ、大会会場まであと少し。

「おい!障害物を突き破るぞ!しっかり抑えとけよ!」

 Jは衝撃に備え、マダニアに蔽い被さり、ボーダーランはフェンスに激突し突き破った先は大会会場敷地内だった。

「裏手に出たか、地下駐車場は何処だ?」

「えぇっとねぇ……駐車場位置は入り口付近にあるってさ」

「よっしゃ!じゃあ準備しなJ、サツを怒らせる為にな」

「えぇー……気が進まないなぁ、もうちょい穏便に出来ないかなぁ?」

「無!理!この方が楽しいだろうがよ!」

「いやいや、いやいや、ない!ないから!」

 ターボを切り通常動力で走らせてから100㎞まで落とす。ちんたら走っているように感じられ少し不満かのようにバフンッとエンストしかけるが、慣れてるように操作し持ち直す。

「よーし見えてきたぞ!射撃準備だ!」

「うへぇ、ヤになっちゃうよね~」

 渋々窓を開け身を乗り出し銃を構える。

「撃てっ!」

 合図と共に発砲する。バララララッ!とフルオートで連射された弾は、弾かれはしたものの見事コックピット付近に着弾した。

『貴様らっ!もう容赦はせんぞっ!ミサイル撃てっ!』

「あっ、終わった」

「ハハッ!ナイスショット!」

 警察ヘリのご乱心を見届けて地下駐車場に入っていったが、丁度ガソリンが切れて入り口付近を塞いだ形で停車した。

「あーあ、もうガソリンが無ぇな」

「そりゃああんな事してたら、いくらあっても足りないでしょ?」

「じゃ、あの子の面倒を任せるわ」

「えっ?」

「ウチはガソリン取ってくるからさぁ」

「それ、盗んでくるだけじゃないかな?」

「良いだろ別に、どうせ悪党なんだからさぁ」

「今までの行動を振り返ってみようか、どっちが悪党か分かるから」

「知らねー全部お前が悪い」

「えぇ!?イヤイヤ!俺なんもしてないから!」

「なんもしてないなら尚悪い、というかサツに銃撃ったろうが」

「そういえばそうだ」

「じゃあな」

「あっ!ちょっと!……行っちゃったよ」

 地上では爆発音と怒声で混沌として、いつどうなるか分からない状況で放置など死ねと言っているみたいだ。

 とりあえず車を移動させる為に降りた時、後ろから声を掛けられた。

「すみません、ここを通りたいのですが……貴方の車を移動して貰ってもよろしいでしょうか?」

 そちらを見ると初老のおじいさんが立っていて、申し訳なさそうにそう言ってきた。

「あぁこちらこそすみません……お恥ずかしいですが、ガソリンが切れてしまいまして……今から動かすところなんですよ」

「あぁ!そうでしたか、それは失礼しました」

 おじいさんは自分の車に戻ろうとするがふと気になったことを尋ねた。

「あの~すみません、少し良いですか?」

「ん?何か?」

「あの爆発音が聞こえないんですか?」

「爆発音?いえ聞こえませんねぇ?年を取った弊害ですかねぇ」

 Jは目を細めおじいさんが取り繕ったのを見抜く、自分の声が聞こえていて、この爆発音が聞こえない筈はないのだから、そしてコイツは荒事を潜り抜けている猛者だとも見当をつける。

 しかしそれを指摘することも無く、スルーを決めた、自分ではどう足掻いても勝てないし。荒事担当もいないというのも手伝って。

「そうでしたか!すみません、不快なことを言ってしまって」

「いえいえ、こちらこそ教えて下さりありがとうございます。でしたら別口から出た方がよさそうですねぇ」

 そういった直後にパラパラとコンクリート片が落ちてくる。その時におじいさんの車の後部座席に座っている男に目が行った。気にはなるがこれ以上の詮索は要らぬ不快感を与える事だろう。

「……おとうさん?」

 いつの間にか起きていたこのマダニアの声が無かったら、逃がしていただろう。マダニアは空気を読んで黙っている。

「度々すみません……そちらに乗っている方はどなたでしょうか?」

「おやおや?それはプライベートなのでお話しすることは――」

「いえねぇ?もしもこの大会の主催者さんなら、私の知り合いなので一言挨拶をと思いまして」

「あぁ!そうでしたか!なんという奇遇なのでしょう……しかし彼は今お疲れでして、今仮眠をとっているのです、私の方からお伝えしておきますので……どうぞお引き取りを」

「そうでしたか……残念ですが、分かりました、長々と御引止めして申し訳ありませんでした」

「いえいえ、こちらこそ、お知り合いの方のご希望を叶える事が出来ずに、申し訳ありませんでした」

 互いに申し訳なさそうに頭を下げ合い、互いに引いて後ろに向く。

「マダニアちゃん、車の中に戻ってようね」

「う、うん」

 ワザとらしく、興味を惹けるようにマダニアだけを強調して語りかける。

 おじいさんもそれは分かっているが、反応せざるおえない名前に動きが止まる。

「い、今なんと?」

「はい?どうかしましたか?」

「申し訳ありません……先ほどの名前に聞き覚えがありまして」

「そうでしたか!この子はマダニアと言いまして、今この子の父親を捜している途中だったんですよ」

「なるほど……そうでしたか、もし宜しければ、よく顔を見せてくれませんか?もしかしたら知人の娘さんかもしれませんので」

「私が決める事ではないのでなんとも……」

 そういうことでマダニアに決断させる。安全を取るかそれともリスクを取るかを。

「はい、分かりました」

 そういって顔を曝す。その顔を見て驚き、提案する。

「おぉ!知人の娘で相違ないです!もしよろしければ、私が丁重にお連れ致しますが……?」

「いえいえ、その知人の住所を教えて頂ければ私が責任をもって送り届けますよ」

「すぐにでも送り届けなければ、ご両親も心配するでしょう、今貴方の車は動かないのならば私が、送り届ける方が賢明でしょう」

(どの口が……そんなことっ!)心の中でマダニアは思うが黙ってJにまかせる。

「えぇ、ですがやはり私事で、忙しいそちらの手を煩わせるのは、心苦しいのですよ」

「お気遣いありがとうございます、しかし私の知人の事で、煩わしいなどと思うことはありません、心苦しいことは承知の上で、私にお任せしてくださいませんか?」

「そこまでおっしゃるのでしたら、私の出る幕じゃ在りません……マダニアちゃんはどうしたい?」

「私は……一緒に行きます、今までありがとうございました」

 迷いは一瞬、マダニアは決断する。まるで死地に赴くような顔で。

「そうかい……行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「おぉ!ありがとうマダニア!そしてそちらのお方も、見つけて下さり……ありがとうございました、このお礼は必ず!」

「いいえ、謹んでお断りいたします、私はただ偶然で見つけただけですので……そこまでは……」

「はははっ!謙虚な方だ好感が持てますよ、私の周りは横柄な者が多くてねぇ」

「そうなんですか!それは大変にお疲れになることでしょう」

「全くです、ではこれで失礼致します」

「私の方も改めて、ありがとうございました……さようなら」

 Jはマダニアの言葉に反応せず、手を振って見送る。

(さてと、発信機っと)

 ボーダーランに乗り込み別端末を操作する。そこには簡単な地図と移動を続ける赤い点が映っていた。

 地上のドンパチはいつの間にか止んでおり、静かな地下駐車場の中で集中する。

 何処に向かうのか?使った経路は?何時間でどのぐらい進んだのか?何一つ見逃さないように、何一つ零さないように。

 何時間そうしていたのか、画面を見続けようやく赤い点が止まった。

 ふーっと息を吐いて脱力する。体が固まってそれを解そうとする度に節々が痛むが、やはり気持ちがいい。

「よぉ、終わったかよ?」

「モールズちゃん、いつ帰ってたの?」

「端末を弄りだしてからだな、しっかしな~帰ってきてみたらな~マダニアがいねぇのは驚いたなぁ~」

「あの~モールズさん?ちなみに報告は……?」

「あぁ!安心してくれ、もう報告はしておいたからな!」

 それを聞いたとき、頬に一筋の汗が流れた、恐る恐る画面をホームに戻し通話履歴を確認するそこには、50件以上の履歴が残っていて。

 ピリリとかかってきた、ああ無常、この世に慈悲は無いのだとつくづく実感しながらも電話に出る。

『おい、きさま……ほごたいしょうを、ほごしておいて、みすみす、てきにわたすと、はんだんした、そのちけんを、きいてやろう』

「ええっとですねぇ……」

『うんうん、いいからはやくいえ』

「あー本人が自分の意思で行くと決めまして……ハイ」

『ほかになにか、ざれごとはあるか?もうないなら……』

「いえ……あの……これには深い事情が……」

『いいわけむよう!まったくおまえときたら!なんもせんくせにひっかきまわしたあげく!ほごたいしょうをひきわたすなどごんごどうだん!』

「あー……スイマセン、仰る通りで……」

『だいたいきさまは!いつも!いつもてきとうで!』

「いえ、えっと、これには一応の申し開きがありまして……」

『なんだ?いってみるがいい、きさまのたりないあたまでよくかんがえてなぁ!?』

「はい、実はですね、ダゴンとの繋がりを探ろうと思いましてですねぇ」

『あぁ、もういいだまれ!きさまはどれだけわたしをこけにすればきがすむのか!?いらい!!だいいち!!』

「はい……はい……それはもう重々承知の上で」

『じゅうじゅうしょうちしておるなら!なおわるいわ!!』

「も、もう既にやってしまった事ですので……これから挽回いたします、はい」

『ふん!』

「そ、そういえば何故マダニアの保護を?」

『……ああ……あのこはなぁ、ちかぢかおおぼすとけっこんすることがきまっているんだよ』

「まぁあの可愛さですからねぇ、そう思うのも仕方ないですかねぇ」

『なんだ?きさまもほれたのか?』

「まさか、もう枯れ果てていますよ」

『どうだか』

「しかし、そこまで掴んでいるとは」

『そこまでしかつかめなかった……だ』

「それではあの主催者はダゴンの関係者と?」

『いや、おそらくおもてのかおしかしらんかったのではないかとおもっておる』

「あぁ、なるほど、関係者であれば隠す必要性は無いですからね」

『そうだ、だんていはできんが、これならいろいろあてはまる』

「裏の顔を知って危険に曝されないよう娘を隠し、保護するように依頼を出したと」

『そうだ、とうだいもとくらしとはおもわずに、けんとうちがいなところばかりさがしつづけていた……ところにきさまがのこのこあらわれて!つれていかせたとな!よくよくあたまにきざんでおくといい!!なにもするなとな!!』

「……かえすことばも……ございません」

『もういい!きさまはとっとととりかえしてこい!』

「え?結婚の予定があるなら生きてないとダメですよねぇ?そんなに急ぐ必要はあるんですか?」

『きさまのあたまには、ころしころされしかないのか?かのじょがかのじょでなくなる。というかのうせいがあるだろうが!』

「あぁ、ヤク漬けってやつですか?なるほど」

『ちょくせくはなせてかんどうでもしたか?ほだされでもしたか?』

「いいえ?特に何でもない会話でしたよ」

『ならばとくきゅうじょせよ、じゃまなものもはいじょせよ、われらはいらいだいいちなのだからな』

「はい、フリーの身としては郷に入っては郷に従いますので」

『よろしい、ぱーふぇくとにかんすいさせて、ひょうかをひっくりかえしてみせろ』

 そう言い残し通信は切られた、ハァとため息を吐いてシートにもたれる。

「はぁ~疲れた、もう働きたくない……」

「何言ってんだよ、お前が面倒事にしたんだろうが」

「手厳しいなぁ……まぁ事実だから仕方ないか……」

「そうだよ、これから何かやるんだよな?」

「そういうこと、それじゃあ、始めますか」

「んで?どうすんの?」

「西の出入口から出て真っすぐ行って」

「あいよ」

 車を発進させたボロボロの会場を抜け150㎞で爆走していた。

「で?次は何処を曲がればいいんだ?」

「1㎞先を左に曲がって直進だ」

「了解!」

 あっという間に到着し左にドリフトをかます。

「で?次は何処を曲がればいいんだ?」

「しばらく真っ直ぐだ!」

「はいはい」

 端末を睨みつけ操作する、まだまだ直進が続く。

「まだか?」

「まだだ」

「まだか?」

「間が短すぎる!」

 しょうもないやり取りで時間を潰し、一時間が経過した時。

「右の細い通路を行ってくれ」

「了解」

 豪快にドリフトをかまし、一車線しかない車道を華麗に入っていく。

「もうすぐだ!」

 奥に進むと正面には壁があり左右に道が分かれていた。

「おいJ!どっちだ!?」

「真っ直ぐだ!」

「おいおい正気かよ!」

 そう言うモールズの顔は笑みに満ちていた。

(もうすぐだ!もうすぐ発信機の近くに……っ!?)

「止まれモールズ!!」

「いっ!?急に言われてもな!」

 急ブレーキをかけるが、車体は横滑りしたまま止まる気配がない、ガタガタうるさいギアを外しハンドルを操作して車を後ろに向けさせ、アクセルを踏みギアを入れる。ガンッ!と大きな音を立てて抗議するがモールズは無視して踏み続ける。

 タイヤが擦れる音と、エンジン音と、異音が重なり合い、何かが焦げる匂いを嗅いだ。

 壁とバックライトの距離は、僅か数ミリの所で止まった。

「コレ大丈夫?壊れてない?」

「お前が変な指示出すからだろうが」

「イヤイヤ、最悪壁にぶつけて止まっても良かったのに」

「はあ?そっちの方がダメになるだろ!」

「モールズ……」

「これ以上お前の頭がパッパラパーになったら、もう……手に負えねぇからな……!」

「モールズゥゥ……」

「で?なんで止まれって言ったんだよ?」

「あぁ、それがねぇ……取り付けた発信機の反応が俺達の後ろにあるんだよ」

「はぁ?そんなの見なかったぞ?」

「だから止まれって言ったんだよ」

「ふーん、なら地下なんじゃねーの?」

「う~ん別に追い詰められてる訳でもない相手が地下道なんて通るかなぁ?」

「発信機が見つかって動物に付けたとか?」

「それは無いなぁ、だって発信機は彼女の体内にあるし」

「いつの間にそんな事してたんだよ?」

「彼女が気絶してた時にね」

「なら残りは……上か」

「おぉ!飛行船だ!いや~見るのは初めてだけど大きいね~」

「そんなこと言ってる場合か?どーすんだよコレ」

「そんなの決まってるでしょ?」

『ようやく見つけたぞ!観念しろ!』

「アレを拝借して乗り込む!」

「ようし!さっさと乗り込むか!」

 エンジンを掛けて出発しようとするが、エンストを起こす。

「あれ?掛からねぇぞ?」

「やっぱり散々な目に遭い続けたら、ゴキゲン斜めになるよねぇ、分かるよ」

「言ってる場合か!……チッ!やっぱりかからねぇな、J走るぞ!」

「えぇ!?本気で言ってる?」

「マジもマジだ!さっさとしねぇと30㎜の餌食だぞ?」

「うえ~今日は厄日だなぁ」

 車から降りT字路の右に走る、警察ヘリは地形を無視して上空から機銃を掃射する。

「あぁもう!お家に帰りたい!」

「泣き言言ってる暇があるなら走れ!」

「どっ何処向かってるの~?」

「高層ビルだ!そこから飛び降りてヘリに乗り移る!」

「うぇ!?本気で言ってる!?」

「J、ウチが冗談でそんな事言うはず無いだろ?」

「こんな時にそんな優しい笑顔して欲しくなかったな!あーあ!冗談がよかったなー!」

「あの高層ビルに入るぞ!」

「えぇ!?あそこまで走るの!?」

「着いたらエレベーターに乗れるから我慢しろ!」

「モールズが担いでくれよ……」

「イ!ヤ!」

「いけずっ!」

 命の危機か人間の神秘か、運動不足だった筈のJは、一定の速度を保ちながら走り続ける。

 モールズは分厚い上着を脱ぎ起伏の少ない華奢な体を曝し、手に持った上着を振り回し。Jに直撃するはずだった銃弾は服に阻まれ当たらない。攻防を数十分続けてようやくビルに到着した。

『チッ!流石に撃てんか……』

 銃撃が止む、高層ビルは要人が所有している事が多く、手を出すと最悪、警察組織は解体される恐れがあり、攻撃を中止せざるおえない。

 二人は高層ビルに侵入しエレベーターへ乗り込み最上階のボタンを押し、ゼェ……ハァ……と必死に呼吸を整えようとしているJだが高速エレベーターがそれを許してくれなかった。

 チンッ!と数分も経たず屋上に出る。モールズがJの首根っこを掴み勢いよく走り出す、フェンスをグニャリと変形させながら登り、下にヘリがいることを確認してからダイブする。

 多機能銃のワイヤーを射出し、ヘリのスキッドに引っ掛けぶら下がり、ワイヤーを巻き戻しヘリに取り付いた、ガンッ!と装甲部分に指を突き刺し足で装甲をグシャ!と凹みを入れ登っていく。

 ガンッ!グシャ!ガンッ!グシャ!という音は内部にも響きパイロットはビビる、後部座席に座っている女性は冷静を保ちシートベルトを外す。

「……あの身のこなし、人擬きか」

 ヘリの後部座席に乗る女性はそう呟き、その眼前にはコックピットの強化ガラスに指を突き刺し張り付いてるモールズの姿が、ボールを蹴るように強化ガラスを蹴り破り中に侵入を果たした。

「……いい度胸だ」

 そう言い放つと同時に立ち上がりモールズに襲い掛かる、正面から受けて立つも拮抗した。

「いぃ!?お前もか!?」

「貴様と一緒にするな犯罪者、私のは鍛錬の賜物だっ!」

「いやいや!その理屈はおかしいぞ!?」

「人擬きが!いい加減にお縄につけ!」

「あっ、そこは逮捕なんだ!?30㎜をバカスカ撃ってきた同一人物とは思えねぇな!」

「ふん、どうせ貴様らはどっちに転んでも同じことだ!」

「いや~そんな予定は無いからさっ!」

 女の一撃をしゃがんで躱し後ろを取り、後部座席を強引に引きはがそうとし、警察はモールズの意図を察知し行動に移そうとがそれよりも早く、上に立っていた警察をハッチもろとも下に落とす。

「貴様っ!覚えてろよ!」

 そう叫びながら落下していく警察。モールズはパイロットをみて選択を迫る。

「よぉ、パイロットさん?自分で降りるかあのサツみたいに落とされたいか?」

 パイロットは緊急脱出装置を作動させ脱出し。Jを後ろに投げ操縦桿を握り飛行船を追う。

「えーっと燃料は……流石に補給してたか、あのバカ、ちゃんと補給って概念を知ってたんだな」

「それはさすがに酷いんじゃないの?」

「だってあんな言動なんだぜ?お前みたいな馬鹿だって思うじゃねーか」

「トホホ~庇うんじゃなかった……」

「それより見ろよアレ」

「アレ?」

 モールズは下を指していた、気になって見てみると、道路に亀裂が入っている、落とされた女が元気そうに走っていた。

「あのバケモン、自称人間だってよ」

「高層ビルより上の高さから落ちてアレ?」

「お前も見習え」

「無茶言うんじゃないよ」

「たくっ根性ナシが」

「根性で出来る範囲じゃないんだけど?ねぇ、俺に対して辛辣すぎない?」

「んなことねぇよ、お前のせいでここまでの大騒動になってんだからな」

「ごめんなさい」

 取り敢えず謝るが妙に腑に落ちないJ。モールズは飛行船を追ってヘリを飛ばす。何はともあれ休憩するJ。

 数時間後、飛行船に追いつきヘリを広い甲板に着陸した時、何かがこちらに急接近しモールズが盾となり右腕で防御した後、力ずくで後方に投げ飛ばした。急に襲ってきた何かを射撃で牽制するが、構わず突っ込んで火花を散らしながらも止まることは無い。

「J!コイツ、アンドロイドだ!お前はさっさとどっか行け!」

「わっ、分かった!気を付けろよ!」

「オメェが気を付けろよ!目ぇ離すとスグに要らん騒動を引き起こすんだからなッ!」

「こんな状況でも辛辣っ!」

 モールズは直ぐにねじ伏せようとアンドロイドに向かって走り出し右拳で殴りかかる。それは相手も殴ってきたので、急遽合わせるように軌道を修正し拳同士がぶつかり合う。

「っ!コイツ……強ぇな、あのサツよりは弱ぇけど正面から攻めると面倒なのは確かだ」

 咄嗟に場から逃げ出しドアを蹴破って船内に侵入する。船員達が驚く中モールズは走り出す。後を追うアンドロイド、先頭を走るモールズは走りながら物を片っ端から投げるも、効果がない。

 火の付いたアロマキャンドルを投げ付け、アンドロイドはそれをキャッチし火を消す。

 その行動にモールズは訝しく思いアロマキャンドルでそこらへんにあった。カーテンを引きちぎり燃やして立ち止まり後ろに投げる、アンドロイドはモールズを無視して火を消し始めた。

「ははぁん」

 悪だくみを考えたモールズは火を付けながらキッチンを探し出し食用油をかっぱらい、そしてモールズは甲板に出る。

「ったく面倒だな……」

 そんな悪態をはきながら食用油を撒き始める。

「おっ?来やがったな」

 ガチャガチャと音を立てながらこちらに向かってくる。空になったボトルを投げ付けるが。特に意味は無いただの腹いせだ。

 モールズはポケットに手を入れたまま動かない、捕まるまで後三歩ほど接近されたモールズは後ろに飛んで空中に身を投げ出す。

 アンドロイドも同じように跳ぶ、モールズは足に銃撃が集中するように射撃する。予想通り跳弾しダメージは負ってないが火花が散る、ボッと油に火が付いた。アロマキャンドルのような火でさえ反応したアンドロイドは、火を消そうとして身を丸め船外に落ちていく、モールズは足場を掴んで落下を間逃れた。

「優先順位を確認しておいて正解だったぜ、正面から殴り合うと面倒だったからな~さてとJと合流しますか」

 ――――

 モールズと別れたJはしゃがみながら移動しあちこち開けては閉めるを繰り返す。道具入れを開けて首を捻り閉める、を繰り返す不審者に見えるがどこに隠れようかと考えている最中だった。

(やっぱり部屋がいいかな?それとも用具入れみたいな……)

 そんなことを考えながら、直ぐ近くにあった部屋ノブへと手をかけ開け中に入ると。あの地下駐車場で出会ったおじいさんがいた。

「あっ、これはあの時の!」

「うん?あぁ君は駐車場の……こんなに早くお会いできるとは夢にも思わなかったですよ」

「それはこちらも同じです」

「処でどうして此処に?」

「はい……お恥ずかしい話、発信機と酔い止めを間違えて彼女に飲ませてしまった事に気が付きまして」

「そんなもの、間違えますかな?」

「はい、あの時は状況がひっ迫しておりまして……つい」

「ほぉ、成る程、それで取りに来たと」

「そうです、無断で侵入してしまった事には悪いと思っています」

「そうですか、ですが彼女はここにはいませんよ」

「えっ?」

「えぇ、貴方が付けた発信機はこの通り、ですから」

 掌の上には発信機がありJは頭を抱えた。 全てお見通しだと言外にいっている。

「ほっほっ、何分年寄りは色々な経験を積んでおりますので」

「御見それしました、只者ではないと思っていましたが……ここまでとは」

「貴方が考える事は昔の誰かがやっていることですので」

「そうですか……全く、敵いませんねぇ……」

「筋は良いですとも」

「……貴方はこの事件の主犯格では無いですね」

「何故かと、お聞きしても宜しいでしょうか?」

「えぇ、2つあります、1つ目は私の会話に付き合ってくれました、これが引っ掛かりました」

「怪しまれない為とは思われ無かったので?」

「初めは私もそう考えておりましたが、主催者さんが居ましたよね」

「そうですね」

「なら、外で騒動が起こっていると聞いた時に、私など放っておいて先ずは、その方の安全を確保するのでは?」

「成る程、それがどう繋がるのでしょうか?」

「はい、もし主犯格ならば、他者との接触を嫌がりませんか?もしも助けを呼ばれる可能性があるならば、主犯格なら、その騒動に乗じて逃げ出す筈です」

「眠らせてあってもですか?」

「いつ起きてくるか分からいなら、もっと焦って離れると思いませんか?拘束していたしても大人が本気で暴れれば異変は分かるものですから」

「一理ありますねぇ」

「そしてもう1つ、マダニアちゃんの事です、あの子は貴方の隣に行くことを躊躇いませんでした」

「それは、覚悟をお決めになられたからでは?」

「確かにそうですね、覚悟を決めた人間は、どんな事でもやってのけますから」

「そうでしょう、あの子は強い子ですから」

「しかし、覚悟を決めたとしても主犯格の元に行くのは早過ぎると思いませんか?」

「貴方は言いましたね、覚悟を決めたものはどんな事でもやってのけると」

「ええ、言いました、それでも主犯格と主催者を見て、直ぐに覚悟を決められるでしょうか?」

「聴きましょう」

「先ずは怯えから始まりませんか?貴方が主犯格なら」

「その前にお嬢さんが見たのはお父さんならば、覚悟も決めやすいのでは?」

「えぇ、そうでしょう、お父さんが捕らえられている、それを見たならば覚悟を決めやすいでしょう……しかしだったら何故、私に耳打ちしなかったのでしょう?」

「……」

「“お父さんがいる助けて”と貴方に聞こえないように、私に耳打ちする時間はあった、しかしそうはしなかった」

「言えなかったのでしょう、貴方に危険が及ばないように」

「確かにそうですね、ですが、後で警察に連絡してと言えばよかった、なぜそうしなかったのか……例えば警察ではどうにも出来ない相手、ならどうでしょうか?」

「成る程、ですがそれ程の人物を捕らえているのならば同じことが言えますよねぇ?」

「その通りです、ですが警察に事情を話して一芝居打って貰うとか言えばよかった、そのノウハウもありますし、他にも依頼という形で、専門家に事情を話して助けて貰えばよかった、その時間はありましたよね?タップリと……なにせ彼女は自由の身になっていたのですから、いくらでも自分で、警察に、或いは専門家に電話出来ましたよね?“お父さんが捕らえられています助けてください”と……何故そうしなかったのでしょうか?答えは警察や他者を封殺出来る立場の人間が犯人だからです」

「成る程、ですが何故私が、その立場にいないと分かったのですか?」

「えぇ、それはもちろん、貴方の腰の低さですね、その立場にいる人間ならばあそこまでへりくだる必要はないでしょう、相手を不快にさせないように気を付けていましたよね?おそらく社長か議員に付き従う人か、それに近しい人だと思い至りました」

「……全く敵いませんねぇ」

「以上です、では貴方の素性を教えて貰っても?」

「えぇ、そうですとも貴方の言う通り主犯格ではありません、私はマダニアお嬢様のお父様の社長秘書でした」

「通りで……おかしいと思いました」

「フフッ、私がお嬢様を隠し、依頼を出しました」

「隠したとは言いますが一体どうやって?」

「それはですねぇ、騒動に紛れてフレングルさんに頼みました」

「……なんだよ、繋がってたのかよ……」

「おや?お知り合いで?」

「えぇ、度々案件を貰ってます」

「そうでしたか、世間は狭いですねぇ」

「全くです……」

「ここまで追ってくるのです、何かお聞きしたい事があるのではないですか」

「お見通しですか……この騒動の全てを、話して貰えませんか?」

「分かりました、事の初めはマダニアお嬢様がダゴンの最高幹部である№2に見染められた時でした」

「私も思い至ってはいましたが……そこまで高位の幹部とは思いませんでした」

「そうでしょう?そこからお父様は人が変わってしまいました……」

「地位にしがみ付く人間はこれだから……」

「お金持ちは少なからず持っているモノですので、そこからはトントン拍子で婚約が決まり、地位も引き上げられる事を確約させました。マダニアお嬢様のお気持ちを置き去りにして」

「……あぁ、全部知ってたのか」

「そうですとも、それからお嬢様はお一人で家出をしてしまいまして」

「あっ、意外とお転婆だったんですね」

「えぇ、手の掛かる子でした……お父様は当然ながら捜索されました、そこで私個人でフレングル様に依頼を出して、匿って貰いました」

「……なんで俺達に保護の案件なんて投げたんだ?」

「それは私には分かりません、数奇な運命に導かれて今はお父様の元へ」

「あー……それはすみません、しかし分からないことが1つ」

「なんでしょう?」

「駐車場での出来事ですよ、あのままマダニアさんを無視してもよかったのでは?」

「それは……あの時の私は試されていたのですよ」

「試す?……あっ、車に乗っていたのは」

「そうです、マダニアお嬢様がお父様に見つかってしまった以上、私には選択肢はありませんでした……」

「そうだったんですね(あれ?もしかして俺のせい?イヤイヤ隠し事してたフレングルのせいでしょ)」

「すいません、あともう1つだけ……いいですか?」

「なんでしょう?」

「どうして飛行船を?」

「それは、秘密です」

「しかし、ここまで来られる程の人物であれば……あのまま託してしまっても良かったですねぇ」

「いえ、全部モールズのお陰ですよ」

「モールズさん?あぁ、お連れの方がいたのですねぇ」

「えぇ、あの子がいなければ何も出来ませんので」

「あぁっ!たくっ!めんどくせぇ奴だったぜ!」

 外から聞こえてきたのはモールズの悪態だった、おじいさんから目を離しドアに目をやる。

「噂をすればやってきましたよ、おじいさん」

「ん?なんだよJ誰かいんのかよ?」

「あぁ、この騒動の中心人物だ」

 とおじいさんに紹介しようと目線を戻すと忽然と姿が消えていた。

「J……遂に壊れちまったんだな……」

「イヤ!?本当に居たんだって!」

「そうだな……居た居た」

「信じてない!?」

 項垂れるJは一枚の紙を見つけ読んでみると。

『飛行船はお父様の元へ』

 この一文だけだった。

「それで?この後どうすんだ?」

「あぁ、この飛行船に乗って目的地まで行く」

「うっし、漸く休憩だな」

「あっ!その手どーしたの!?あのアンドロイドにやられた!?」

 Jはモールズの手を見て驚く、黒光りした機械の手が曝されていた。

「あぁ?ああこれか?人工皮膚が剝げただけだ、誰があんなのとまともにやり合うかってんだ」

「それならいいけど」

「そんなことよりここに来る途中でかっぱらってきたんだ」

「おぉ!食い物だ!」

 二人は山盛りになった食料を貪るように喰っていたが、Jの手は次第に止まっていった。

「どーしたんだよ、喰わねぇならウチが全部食っちまうぜ?」

「いや、この騒動ってさ、俺が引っ掻き回してるのかなってさ」

「何当たり前の事を言ってんだよ!いつもの事だろ?」

「えぇ!?そうだったの?」

「だからいつも言ってんじゃねーかよ」

「うぅ……そんな……」

「まぁ……もう慣れっこだ!だからさ、進もうぜ!お前がやりたいようによ!」

「モールズ……分かった、その為に俺、喰うよ!」

「分かりゃいいんだよ、分かりゃ」

 山の様にあった食料は全て食べ切り。二人は豪華な椅子に寝そべりだらけ。

「ホント金持ちってさ、ずりーよなぁ、こんなベッドみてぇなソファーが幾らでも買えてよ……食いもんにも困らねぇ」

「ホントホント、俺らも頑張ってんのにさぁ」

「お前は頑張って無いだろ?」

「キツイよ~モールズちゃん~……上げて落とさないでよ……あっそうか」

 Jのつぶやきはモールズには届かなかったが、ある1つの答えを探り当てた。

「それはともかくさぁ、着いたらどうすんだ?」

「着いたら?何が?」

「目的地だよ、そんなことまで忘れたのか?」

「忘れてない、急に話題変えるから、ついていけてないだけだよ」

「で?」

「あーそれなんだけどさ、着く前に一騒動を起こそうって考えてる」

「ほぉ~どうやって騒動を起こすんだ?」

「この飛行船を目的地にぶつける」

「ハッハー良いぜ!最高にテンション上がるじゃねーか!」

「その後はモールズが暴れまくる」

「お前は?」

「周囲の目を掻い潜って、マダニアちゃんを見つけて帰るよ」

 胡乱げな視線をJに送る。

「ほ、本当だって!もう怒られるのはいやだから!」

「まっ、期待せずに待ってるよ」

「モールズちゃぁん!」

『只今、目的地である、サント別荘が見えて参りました、職員の皆様は準備の方をお願い致します』

「よっし、作戦開始だな!」

「ちょっと!まだ作戦は詰めてないよ!」

「んなもん、艦橋に行って操舵を奪ってぶつけりゃ良いじゃねーか」

「んな滅茶苦茶なー!他に何かいい方法があるはずなんだよ」

「最も効率がいいだろ?」

「確かにそうだけどさぁ、変な所に当たって、マダニアちゃんにもしもの事があったら」

「そん時は……諦めろ、J」

「そんな~」

 二人は艦橋へ向かう、全力で走り、艦橋へ繋がるドアを破壊しながら。

「な、なんだ君たちは!?此処がどこだか分かっているのか!?」

「分かってるから来たんだろうが!」

 中にいた人達を全員気絶させ操舵を奪い取る。

「ねぇ、操縦の仕方分かるの?」

「目的地に落とすだけなら必要ないだろ!」

「必要だよ!」

「ゴチャゴチャうっせーなー!騒動を起こすんだろ?だったら腹ぁ括れ!」

 飛行船は滅茶苦茶な軌道を描き、屋敷へと艦首を向け突っ込んでくる。

 屋敷にいた人達は皆、視線を釘付けにされた。

 飛行船は屋根の一部を破壊し、庭へと墜落する。

「オラァ!出てこい!」

 割れた艦橋の窓から飛び出し屋敷へと銃を乱射した。

「ちっ、出てこねぇか……」

 これだけの騒動で、家主が出てこないのは異常者か。

「行ってこい!」

 それとも音が聞こえない場所にあるかだ。

「あぁ、行ってくる!」

 二人はそれぞれの行動を開始した。


 ――――――


 マダニアは父と本当の意味で対面していた、車に乗せられた時も顔は一切向けることが無かった。覚悟を決めたはずなのに父を前にすると、何も、言葉が出てこなかった。

 そして今現在、別荘地までわざわざ大騒動を持ってきたのが聴こえ、覚悟が決まったのだ。自分の意思で面と向かい合い話し合いが出来る勇気を、持ってきてくれたのだ。

「私は……こんな騒動になって……お父さんが何か変わってくれるんじゃないかって、そう思っていました」

「何を馬鹿な事を!私は変わってなどいないよ?いつもお前の為を思って行動しているとも」

「だったら!何故!?私の望まない結婚などを推し進めすのですか!?」

「それは、お前にもっと良い暮らしをさせてやれると思ってだな」

「私は!お父さんと一緒にいられるだけで幸せでした!!例えどれだけ没落しようとも!お父さんと居られるだけで良かったんです!」

「……そうか」

「お父さんっ!」

「お前の考えは良く分かったよ……一体どれだけつまらない考えをしているのかをねぇ!!」

「お、お父さん?」

「ああ、全く……私の元に生まれておきながら上を目指さず、あまつさえ没落しても良いなどと……お前にはがっかりだ」

「そ、そんな……お父さん……っ!」

「まだ、父と呼んでくれるのかね?だがダメだ……ダメなんだよマダニア……」

「うっ、うぅ……」

 喉を掴まれ、苦しそうに呻くマダニアは、父の手に注射器が握られているのを見た。

「これが、気になるかい?これはねぇ、お前の下らない考えを排除してくれる、特効薬なんだよ」

「そ、そんなものをっ!何故ッ!?」

「お前に使うのかって?私のいうことを聞かないっ!馬鹿な娘をっ!躾ける為だぁ!!」

「うっぅ……ああああああああああああああああっ!!!」

 マダニアは泣いた、首を絞められようとも信じ続けていた父親に自分を否定され裏切られた事に。

 今まで自分に言い聞かせ奮い立たせてきた心が決壊した。

 注射針がマダニアの腕に刺さる瞬間。

 バァン!と一発の銃声が響き、注射器を正確に撃ち抜いていた。

「な、なんだ!?誰だ!私の邪魔をする奴は!!」

「……俺だよ」

 マダニアは生気のない目で声の方へ目を向けた。

 そこに立っていたのは――Jだった。

「J、さん……?」

「あぁ、俺だよ、マダニアちゃん、初めて俺の事を呼んでくれたね」

「なんだ貴様は!?どうやってここまで来た!」

「歩きながらさ、誰にも、見つからずにね」

「ぐっ!誰かおらぬか!!」

「無駄だよ、俺の魅力的な相棒が、一人残らず惹き付けてくれてるからね」

 Jは一歩、踏み出した。

「く、来るなぁ!!来たら、コイツを刺すぞ!?」

 ポケットから折り畳みのナイフを取り出し、マダニアの喉に押し当てる。Jもすかさず拳銃を向ける。

 マダニアは一切動じず目をJへと向けた。

「……」

 Jは動かなかった、マダニアの視線を受け取っていても撃たなかった、それに光明を見出したのか口を開く。

「お、おい!お前は雇われてここにいるんだろう!?」

「あぁ、そうだ」

「ならば、いくらで雇われたんだ?その十倍で手を打とうじゃないか!」

「……」

 沈黙を肯定的に受け取ったのか、マダニアから気が逸れた。

「えいっ!」

 マダニアからの思わぬ金的攻撃に倒れ悶絶する。

「大丈夫だったかい?マダニアちゃん?」

「はい、もう、大丈夫です、ありがとうございました、J様」

「それはよかった」

 Jは拳銃を無言で父だったものの頭に突きつける。

「何か、言い残すことは?」

「た、助けてくれ……っ!」

「本当にそれだけか!アンタ父親なんだろう!!なら何で娘を否定するような事を言ったんだ!!」

「わ、私はっ!マダニアの為を思って!!」

 カランと薬莢の落ちる音が部屋中に響いた。

「……マダニア……ちゃん?」

 引き金を引いたのはマダニアだった。

「いいんです……もう……父は死にましたから……」

 Jは口を何度か開いては閉じを繰り返した、何の言葉も頭に浮かばなかった。

 何を言っても、彼女の意思を踏み躙ってしまいそうだったから。

 マダニアは背を向けたまま、部屋を出た。

―――――

 泣いた、自分で肉親を殺してしまった罪悪感から。


 あの優しかった父に裏切られた事から。


 あの楽しかった日々が淡く儚いものであった事から。


 マダニアは日が明けても泣いていた。


――――

~後日談~

 『なぜ、わたしが、きさまのような、こっぱなやつに、あんけんを、くれてやったと、おもう?』

「な、なぜでしょうか?」

『それはなぁ、きさまのような、くそどうでいいやつのところに、いるとはおもわんだろう?』

「は、はいそう思います……」

『それではなしをもどすが、なぜ、きゅうしゅつに、むかったはずの、きさまが、しゃちょうを、うちころす、はめに、なったのを、きかせて、もらおうか?』

「あぁ……いえ……それはですねぇ……深い事情が……」

『ほぉう?きいてやろうではないか、わたしはふところがひろいからなぁ』

「……マダニアと社長の関係が……」

『ぜんぶわかっておったわ!きさまがほごたいしょうをさっさともちだせばよかったのだ!それをしゃちょうをうちころしおって!!』

「いえ、あの~どうしても我慢が出来なくてつい……」

『どうもこうもあるか!あくとうだとしてもおもてではしゃちょうだっ!しゃかいのこんらんなどをちっともかんがえなったのか!!』

「あの場では頭に血が上っておりまして……考え付かなかったです」

『このっ!ばかもんが!!わたしがうらでおんびんにすませようとして!じょうほうしゅしゅをしていたときにぃぃ!!じんいんをたいりょうにどういんしていたときにぃぃ!!』

「……ああ、それで裏で動いていたんですね……」

『まったく!おまえがくうにこまっているからついかのしごとをあたえてやったというのに!!ふぁんぶるをひきつづけてわたしのけいかくまでぱぁにしおって!!』

「……すいません」

『あやまってすむか!!ほんらいならそんがいばいしょうをせいきゅうするところだぞ!!』

「その損害額を聞いても宜しいでしょうか?」

『ああ、もちろんだとも!こうがくのためにしっかりあたまにきざんでおけ、ななじゅうおくふぃだ』

 70億フィという数字を強調し、Jは言葉を失う。

『れんちゅうがあけたおもてのしごとをわたしがすべてひきうけ、なんとかくろじのひゃくななじゅうおくふぃにしたのだからなぁ!わたしのおんじょうにかんしゃせよ!!』

「はい……きもにめいじます……しかし私の為に――」

 その言葉は遮られフレングルが言い放つ。

『きさまではなくもーるずだ!!あいつをひきとめているんだ!!』

「あぁ……はい……そうですよね……」

『あいつがおまえのもとにいなければ、とっくのむかしにきっていたぞ?』

「…………はい」

 辛辣過ぎる言葉に泣きたくなった。電話が切られその後のことは覚えていない。

 今回の騒動でかなりの無茶をしたモールズが「修理に行ってくる」と言い残してから数日が経っていた。

「おーい、Jいないのか?」

 夜ということもあって電気の付いていない暗い部屋に明かりを付け、部屋に入る。

 Jはいつもの様にソファーに寝そべっており、いつもの様に声をかける。

「よぉJ元気ねぇな」

「……うん」

「ウチがいなくて寂しかったか?」

 こういえば大体は「イヤ?別に」と返ってくるのだが今回ばかりは。

「……うん」

「ったく、全部お前のせいだからな!」

「……はい、すみません、モールズ様」

「あぁ!?なんだよ気持ち悪りぃーな」

「いえ、モールズ様がいなければ私など価値は無いのですから……」

 モールズは察しがついた、フレングルにこっ酷く叱られた後だと。

「ハッ!フレングルにやられたか!気にすんなそんなもん!」

「モールズゥゥ……!グスッ!」

「あーあもう、ほら泣け泣け胸貸してやるからよぉ」

 モールズに抱き着きみっともなく泣いた。

「どーせ、知ってても同じことしただろ?」

「……うん」

「全く、底抜けの馬鹿だぜ、お前はよぉ」

 言葉は無かった。

「本っっっっ当にしょうがねぇ奴だな、まぁ安心しろよウチが一緒にいてやるからよ」

「ありがとう、モールズ……本当にありがとう」

 

~余談~

 モールズは久々に部屋の片付けをしていた、段ボール1つを開けて見ると大量の紙束があった。

「あぁ……ん?なんだこれ?」

 その中の一枚のチラシに目が留まるそこには。

「“何でも屋 J どんな仕事でもお引き受けします”……なんじゃこりゃ、住所も電話番号も書いてねぇぞ?」

「え?」

 Jにとっては寝耳に水であった、確かに初めての試みであったが何度も推敲し、見直し、これだ!と思えるモノを完成させた筈だった。

「お前これ撒いたのか?そりゃ来ねぇ筈だわな、連絡先なーんも乗ってねぇんだから」

「い、いや……そんな筈は……っ!」

 ガサゴソとチラシ制作に関する箱を調べ始める。そこから出てきたのは。

 完成品のチラシと初期考案のチラシであった。

「ま、まさかっ初期考案品を!?そんなことがっ!?あっていいはずがっ!?」

 3枚の紙を見比べ、どれだけ見比べても初期考案とチラシは寸分違わぬ配置で文字を羅列していた。

「あーあ、やっちまったなJ、無駄金ごくろーさん」

「あぁ……そんな……じゃああっちの方は……」

 端末を操作し、掲載した筈のコミュニティーサイトを開くと、何も掲載されていなかった。

「え?なんで?」

「ん?お前、店の宣伝するのにいくら払ったんだ?」

「え?なにそれ?」

「お前マジか?あっ!まさかお前さぁ無料で広告~とかの奴にさぁ掲載してないよなぁ?」

「え?なんで分かったの?」

「ハァ~無料で掲載ってやつはなぁ……掲載するだけなら無料なんだよ」

「それがどうしてダメなの?」

「このサイトを通じて連絡してた場合、幾ら支払いますってタイプだ、当然支払いを怠った場合」

「怠った場合?」

「その分の請求が来る、そしてそれを拒み続けると、倍々に増えていくんだ」

「え?でもそんな請求来たことは一度も……ハッ!」

「そうだよ、ワザとだよ、情弱を食い物にする為になぁ?」

 その顔は獰猛な肉食獣を彷彿とさせた、つまり俺は、食い物にされたって訳だ。

「ああ!どうしよう!モールズちゃん!」

「おちつけよJ、どうせこういう奴らは非合法だ、返り討ちにしてやりゃいい」

「えぇ!?良いの!?」

「良いんだよ」

「それじゃぁドンと来いだな!」

 タイミングよく、インターフォンが鳴る。

「あっ、はーい今開けます!」

 と玄関の鍵を開けた。そこに立っていたのはスーツを着た男だった。

「あの~こちら、“何でも屋 J”の広告を出されていたJさんという方でしょうか?」

「あっはいそうですが……」

「あっ!良かった、え~と、こちら請求書――」

 そこまで言いかけて続きは言えなかった、モールズが突っ込んできたからだ。しかし、モールズの攻撃は受け止められ、咄嗟に距離を取り。その人物を見てみると。

 あの時のカーチェイスを繰り広げた警官が立っていた。

「フンッ!やはり犯罪者は殺しておくべきだよなぁ?そうは思わんか?人擬き?」

「うげぇ……これは予想外だJ、撤退を強くお勧めするぞ!」

「足手纏いを、引き連れたまま、逃げ切れると思うか?」

 そう言って戦闘が開始された、ドンッ!ガシャン!と自宅の中で暴れる二人。

「あーあ……すみません、請求書を見せてもらっても?」

「あっはい、こちらになります」

 混乱が限界突破したのか一周回って冷静な職員が請求書を見せる。

「880フィですか」

「はい、お支払いをお願いします」

「えっと、少し待ってくださいね……はい、これで」

「880フィ、確かに受け取りました、こちら領収書と一緒になっていますのでお受け取りください」

 職員はハンコ2つ押して、切り取り線で2つに分け領収書をJに渡す。

 未だ暴れている二人にもう済んだことを大声で伝える。戻ってきた二人は汚れが体のあちこちに付着していた。

「あ、あの~少し聞いて良いですか?」

「はい、どうぞ」

「何故請求書が送られて来なかったんですか?」

「あぁ、それはですねぇ、住所の番号違いですね、下一桁が間違っていまして別の人に」

「あっ、それはすみませんでした」

「えぇ、全くですよ、結局サイトの永久利用停止で処分が下りました」

「妥当な処分かと、それで880フィなのはどうしてですか?」

「色々揉めましたが“本当に回収できるのか?”が決め手となり“関わりたくない”で決着しました、感謝してください」

「はい、ありがとうございます、それと此方の不手際で面倒を起こしてしまい申し訳ありません」

「……はい、では、これで失礼します」

「ちっ、覚えておけよ人擬き」

 二人は次の現場に向かって、去っていく。

 残された二人はその場で脱力した。

「なんだ、優良サイトだったのか……」

「手、早過ぎるよモールズちゃん……」

「あーあ!草臥れ損じゃねーか!お前のせいだ!」

「ごめん、ごめん、でもありがとうなモールズ」

「次から間違えんな」

「はい」

―――――

「そういえばモールズ」

「あん?なんだよ?」

「俺がマダニアちゃんを引き渡さなかったらどうなってたの?」

「あぁ、あの駐車場から家に帰って寝そべってただけで1万4千フィが貰えた」

「……まじ?」

「マジだよ、あーあ美味しい案件だったんだがなぁ……」

「…………」

「フレングルが怒ってたのも分かるだろ?ウチに任せとけばわざわざ引っ搔き回すことも、怒られる事なんてなかったのによぉ?」

「……」

「こういうのを無能の働き者って言うんだっけ?Jさんよぉ?」

「止めて、もう立ち直れなくなるから……」

「でも、後悔は無いんだろ?」

「たった今できたよ!モールズのせいでな」

「ハッ!減らず口が叩けるなら上等だな!」

 玄関からコンコンとノックする音が聞こえた。

「はーい、今開けます」

 小走りに玄関へと向かい、扉を開いた。

「あれ?誰もいない」

 何かないかと探して見ると、投管口に丁寧に包装された白い箱が刺さっていた。

「なんだこれ?」

 箱を持って再びソファーに座る。

「ん?なんだそれ?」

「さぁ?」

 奇麗に包装を剥がし中を見てみると。

「ネックレス?2つ入ってるぞ」

「ペアルックかな?」

 一枚の紙がひらりと床に落ちる。そこに書かれていたのは

“お世話になりました、J様、モールズ様、このご恩は一生忘れません  マダニアより”

 

 ――――

 

 フレングルは客室にいた。

「よく、おこしになれました、ひしょさま」

「あぁ、いえ敬称は御止め下さいませ、フレングル様」

「ふふっ、それではおたがいさまですね」

「ハハハッ!ええ、そうですねぇお互い様です」

「では、きょうおこしになられたのは、どのようなようけんかをおききしても?」

「はい、我が社の経営権を貴女にお譲り致したく此処へ参りました」

「っ!それはこちらとしましては、ねがってもないことですが……どうしてわたしに?」

「えぇ、J様の懇意の依頼主である、貴女に是非にと思いまして」

「そうでしたか、おじょうさまのごいけんもはんえいされているで?」

「もちろんでございます、今まで私共の我儘に付き合わせたせめてもの贈り物であると仰っておりました」

「わかりました、つつしんで、おうけとりいたします」

「はい、後……これは個人的なお願いで恐縮なのですが……」

「はい、できるはんいでなら、うけたまわりましょう」

「J様のお叱りについてですが……」

「それはできません、けっかがどうであれ、あいつがわたしのいうことをむしし、どくだんせんこうしたあげくに、いのちがうしなわれたのですから、それそうおうのたいおうをいたします」

「そう、ですか……それは残念です」

 それから少しの応酬をして、秘書はマダニアの元へと帰り。私は椅子にもたれ掛かったやはりJが動けば事態が急変する。

 それはまさに劇毒だ、触れば死ぬかもしれないものだが、とうに決まっている飲むしかない、あのダゴンを倒すためならどんな手段も使ってやる。ダゴンの長は表では食品製造社会の社長である、ではどんな経緯があればそうなるのか、簡単だ元々表会社の中規模で食品の生産に取り組んでいる。そこが最悪だった食品製造の機嫌を損ねない様に数多の接待や利権を与えたのだ。

 ダゴンはそれを元手に畑の規模を3倍に増やした、アンドロイドを使って、2つに分けたアンドロイド用と人間用とを分け始めたのだ、人は10%程になり価格が大高等しパン一個6000フィなどど馬鹿げた政策を打ち出し、ダゴンはそれを慈善事業として炊き出しや宅配サービスで知名度と好感度アップを狙い見事ハマった形で一気に政界にまで手を広げた、そこからかたることはない、一般国民を取り込み、政界へと強い影響も出た、もう誰が止めるんだ?こんな私など、


 ――――――

 

「えぇ、彼のお陰でお嬢様の心は救われました。彼には感謝してもしきれません」

「……だからといって、ひっかきまわされたのはじじつですので」

「そうでしょうね、たった一人を救うためにこれ程の騒動になるとは思いますまい」

「えぇ、けいさつへのけんせいと、もろもろのじごしょりもかんがえれば、むしろしっせきですむのはじゅうぶんなおんじょうです」

「えぇえぇ、重々承知しておりますとも、しかし私共の大切な一人娘に返しきれぬ御恩となりましては、少しだけ手心を加えることは出来ませんか?」

「……わかりました、すこしだけならてごころをくわえましょう、こんかいのしっせきでたちなおれるのなら、それいじょうなにもいいません」

「おや、随分と……いえ、何もありません、失礼致しました」

「いえ、おきになさらず」

「では、私はこれで失礼させていただきます」

「わかりました、ではおもてまでごいっしょいたします」

「いえいえ、それは謹んでご遠慮させて下さいませ」

「そうですか、ほんじつはおこしいただき、ありがとうございました!」

「いえ、此方の方こそありがとうございました」

 秘書は退出しマダニアの元へと帰り、事の顛末を話した。

「そうですか……やはり責は間逃れませんか」

「そう悲観することもありませんぞ、お嬢様」

「え?」

「えぇ、あれで折れてしまっても、死地に赴くことなく、モールズ様が何とかするでしょう」

 何もしなくなっても、モールズはJを見捨てはしないだろう事が。ありありと目に浮かぶ。

「そうですね、あの方達はとても強い縁で結ばれていますから」

「そうですなぁ……歳を重ねた私の眼には、とても眩しく見えます」

「何言ってるの?まだまだこれからじゃない」

「ホホホッ、老体に酷な事を仰いますなぁ」

 しかし、その声には喜色に満ちていた。

「それはそうと、どうして飛行船なんか引っ張り出してきたの?」

「それはですねぇ、ロマンがありますから」

「やっぱり若いじゃない」

「ホッホッホ!」


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