広島と岡山~新幹線の高架の効果
第9話 なぜカープが優勝できた?!
懇親会に集まったのは、石村教授の集中講義に出席していた十数名の受講生と花村教授親子、それに客人としての石村教授と八木青年だった。
冷房の効いた居酒屋のテーブルを囲み、話が弾んでいる。
「八木さん、はじめまして。私は物理学科3年の吉田義男と申します。阪神の監督と同姓同名なのは、両親が阪神の吉田選手の大ファンでして、ええ」
「吉田君はどちらのご出身ですか?」
「神戸です。伯父が京大工学部の教授で、物理学を学ぶなら花村先生のおられる広島に行ったらどうかと言われまして、それで広大に来ました。あと、広島には父方の親戚もいますので、下宿代もかからんからよかろうと」
「それは経済的やね」
「ええ。賄付きと来ておりますから、なおのことです。というか、実態は祖父母の家ですけどね」
「ということは、吉田君も阪神ファンかな?」
「ええ。去年はその点残念でした。でも、広島に来てよかったですよ」
「カープの優勝を見られたから?」
「そうです。なんせすごいですよ。あの騒ぎは。騒ぎと言えば警察が出張って取締となるところでしょうが、逆ですよ、逆。カープの試合があるとなれば、もうみんなテレビか球場、さもなきゃラジオ。犯罪も減って、カープサマサマでしたよ」
「でも、優勝したあかつきにはそれなりの騒ぎには・・・」
「なってなかったとはお世辞にも言えませんが、何と言っても広島の人らの悲願ですからね。そんなに無茶もなかったです」
「あ、吉田君、(ビールを)どうぞ」
「ありがとうございます。八木さんもどうぞ」
お互いビールを注ぎ合い、話が続く。
「実はね、私の高校時代の同級生に田中正義君というのがいまして、今甲南大学にいますけど、先日も広島に来てあって話したところ、こんな面白いこと言っていましたよ。カープが優勝できたのは、・・・」
ここで、花村教授の息子である院生がビールを持ってきて、彼らに注いだ。
「そりゃあ吉田君、カープの選手が頑張ったからや。優勝する数年前から、力をつけていたことは間違いないからな」
「もちろん、それもありますよ。山本浩二、衣笠、水谷、それから・・・」
話の輪に加わっている八木青年、昨日会った医学生の話を出したくもなったが、それはすんでのところで抑えた。
「何と言っても、ルーツの遺産は大きいわな。今の古葉監督は、南海に行って野村克也の下で勉強して帰ってきてくれたからのう」
花村青年の言葉に吉田青年も頷き、ビールを注ぎまわって述べた。
「さっきの甲南大学の田中君の話を少ししますとね、カープが優勝できたのは、ズバリ国鉄のおかげや、言いますのや」
「吉田君、なんでカープの優勝が国鉄と関係あるのや? 君のその高校の同級生の田中君とやらは何学部の人や?」
「法学部です。御自身は阿呆学部遊び学部と称して、全国を列車で旅をしまくっていますよ。今年は今ごろ、客車鈍行に乗って全国を走り回る予定だそうで、ついでに駅の入場券を買い集めてくるとの仰せですわ」
「そりゃあまた気合の入った御仁(ごじん)じゃのう。その田中君、なんでまたそんな「奇説珍説」をお立てになったのやら? なんか国鉄の人と通じていて裏情報でも得たのやら」
「さすがのそれはないでしょう。国鉄がカープに便宜を図ったわけでもないかと」
「もちろん、国鉄が特定の地域の特定の企業にだけの恩恵を与えたとは思いませんけど、ひょっとして、新幹線と違いますか、その田中君の話?」
ここでピンと気付いたのは、専門違いの八木青年だった。
ここでは最年少の吉田青年がさらに話を続ける。気が付くとその話に何人かの学生と教授たちも一杯飲みながらも聞く耳を立てている模様。
「そうなんですよ、彼の言うのが。新幹線が博多まで開業したのがちょうど昭和50年の昨年でして。それも春からです。これが秋の10月だったら、もう少し違った結果になったかもしれません」
「そうなったらカープは下位に沈んだなんてことは、なかろう」
「もちろんです。このところ2軍は力をつけていましたからね。その下力があればそう下位にに沈むなんてことはないでしょう。ではなぜ、新幹線のおかげと言えるかと言いますとね、」
そこまで述べて、吉田青年は目の前の刺身をつまみ、ビールを飲んだ。気を利かせた花村青年が周囲の学生たちのグラスにビールを注いで回る。
「新幹線は、確かにカープの選手ばかりを優遇もしませんが、冷遇もしません。ですけど、カープの選手だけでなく広島で仕事をしている人たちにとっては、これは実にありがたいことですよ。特に、出張の多い人らには」
目の前のグラスのビールを少しばかりすすり、八木青年が口を開いた。
「この度石村先生に同行して広島まで参りましたけど、新幹線は確かにいいです。何と言っても、京都から広島まで2時間ちょっと。これが昨年の春までなら、特急で4時間は優にかかっていたはずです。カープって、何だかんだで大阪や名古屋や東京への遠征が多いじゃない。どうだろう吉田君、田中君が指摘されたのは、まさにそこではないかな?」
そこまで話を聞いた吉田青年が、ついにその答えを端的に述べた。
「そうです。まさに、新幹線サマサマ。それが答えです。たまに遠征で来る他球団の皆さんは、まあ3連泊の広島出張って感じでしょうけど、カープはそうもいきませんよ。地方遠征は除くとしても、主な出張先が大阪というか甲子園、名古屋、それに川崎と東京ですよ。どこに行くにも、飛行機と夜行列車は別として、あくまでも鉄道で昼のうちにというなら、これまでは岡山での乗換がありました。しかも岡山までは在来線ですからね。時間が余分にかかっていました。乗換なしの列車もありましたけど、それなら余計時間もかかりますでしょ」
ここまで聞いていた花村教授の息子が、感心しながら言うにはこう。彼の父親は関西圏出身だが、講師として広島大学に来てから生れた息子のほうは、広島弁の影響をかなり受けている。
「新幹線サマサマじゃ。新幹線サマサマのおかげで、カープサマサマ!」
花村青年の話を聞いていた一同、関心のあまり拍手までする人も。
「花村さんの息子さん、さすがです。頭が切れますねえ」
石村教授は研究室の先輩の花村教授にそう述べて、ビールを注いだ。
「いやあ石村君、親馬鹿かもしれんが、あの子は確かに頭がよろしい。計算も得意です。赤点なんかとったためしもない」
「それは素晴らしい。そんなもん、武勇伝にもならんですわ」
「確かに、あの頃の石村君の真逆のような要素を持っていましてな」
「それは大いに結構な話ですね」
「それはそうですが、頭の良さが仇にならんか、心配なのよ。だからこそ、あなたのように地道に研究して行くことを覚えさせなければな。若い頃の石村君のように地道な努力をすることと、それから専門馬鹿にならんよう、そう思って、この度は申し訳ないけど石村先生の講義を是非聞いて参れと申し上げました。あの子も、エエ研究者であるだけでなく、エエ意味で若い人を導ける大学人になってくれることでしょう」
「どこか助手の口でもありました?」
「もうしばらく、博士課程で学ばせて、それからですな。堀田君のところにお世話になるわけにもいかんし、もうしばらく、うちで鍛えます」
学生らが飲みつつ談笑する中、教授陣は後進の教育についての話をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます