第10話 悲願の新幹線とカープ

「甲南大の田中君とやらの御高説だが、吉田君、昨年のカープの初優勝と新幹線の博多開業は単に偶然一致しただけではないという理解でよろしいのか?」

 花村青年の疑問に、後輩の青年が答える。


 そうです。これは明らかに新幹線の延伸がこのところ力をつけてきたカープの優勝を誘発したことは間違いありません。先ほども述べましたけど、カープの選手の移動は他球団に比べきついじゃないですか。

 これが例えば阪神ならどうでしょう。

 甲子園は兵庫県の西宮市ですが、実質大阪と解釈していいでしょう。大阪から東京は3時間少々、端々の移動を入れても5時間かかりません。名古屋なら約1時間です。いささか面倒だったのは広島で、こちらも岡山乗換が必要でしたが、年に何度かのことです。急がなければ、直通の特急もなくはありませんでした。

 中日は名古屋ですね。

 東京までは2時間少々。大阪は約1時間。確かに広島は厄介でしたが、それでもそれは年に何度かの話です。

 東京と川崎の3球団は、本拠地の他2チームが近場ですからその分移動は減りますが、その代わり1回の移動は長くなります。名古屋、大阪、それに広島。とは言うもののこちらはそれぞれ年に何回かってことで、行きの駄賃や帰りの駄賃で別の場所に寄って3試合ほどやって、という日程も組めます。

 そこに来て広島は、半分はいいが残り半分は全部移動です。

 他球団主催試合で移動距離が少なくて済むのは、岡山で例えば阪神との試合に臨むようなときくらい。もっともカープは、岡山も準本拠地的に使えるメリットはあります。例えば8月6日の市民球場が休みの日なんかね、そこがホームの日程にあたるときは、岡山あたりまでなら開催可能ですから。前は2時間少々かかっていましたけど、今はおかげさまで1時間かそこらで岡山に行けます。

 随分便利になりましたよ。


「なるほど、広島の人にとって、新幹線は悲願だったってことですね」

 八木青年の弁に、吉田青年が激しく同意する。


 そりゃそうですよ。

 八木さんは大学が京都の立命館で、御実家が岡山でしょ。

 岡山はなんだかんだで関西圏との親和性の高い場所ですし、広島から関西までのおおむね半分の距離じゃないですか。そりゃあ、岡山のほうが関西や関東に出向くには楽ですよ。しかも、鉄道の大拠点じゃないですか。街自体は広島のほうが幾分規模も大きいですけど、大都市圏とのつながりという点では、やはり岡山のほうが有利ですね。しかも、四国や山陰方面からの人も集まってきますし。

 それ考えたら、岡山の人が広島方面をさして見向きされないのは、当然かどうか論ずるまでもない話ですわ。

 同じ距離でも、ベクトルの方向を変えればすぐに関西圏じゃないですか。


「ベクトル、ねぇ・・・」

 話を傍で聞いていた石村教授がつぶやくように言葉を出し、目の前のビールを飲み干した。横の花村教授が、後輩の教授のグラスにビールを注ぐ。

「堀田君が、面白いこと言っておったぞ、いつぞや」

「堀田さん、岡山に行くことになったとき確かに言っておられましたね」

「自宅に戻るベクトルの起点と方向が逆になったとね。長さはむしろ短くなった。でも、文化的な壁という点ではいささか長くなったと」

「あれは、面白い表現でしたね。岡山に行く途中にお会いした山藤さん、それを聞いて関心されるやら呆れられるやら、でしたね」

「山藤さんね。あの元陸軍将校の方でしょ。志願してきた堀田君を追い返された」

「そうです。なぜまた花村さん、山藤さんを御存知で?」

「岡山で堀田君に紹介されたよ。なかなか味のある方ですな。明日は岡山で会われるようですから、是非、よろしくお伝えください」

「わかりました」


 ここで石村教授は、近くにいる八木青年を呼び止めた。

「ああ、ハチキ君、明日だが、普通列車でぼちぼち岡山に行こう」

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