第6話 ラーメン店での邂逅
ラーメンがやってきた。ここのラーメンは醤油豚骨ベース。岡山のラーメンは醤油が多いだけに親和性はなくもない。ただ、豚骨スープの店はそれほどない。もっとも京都の名店には豚骨利用の店も多い。その組合せに、新鮮さを感じられる。
さあ食べようと思った矢先、店先のドアが開いた。
京都でよく会う人と、その人とほぼ同世代と思われる男性が2名、連れ立って来店してきた。彼らは青年の目の前に座り、それぞれラーメンを頼んだ。
「八木君、今頃また何でこんなところに?」
声の主は、石村教授であった。
「いやまあその、昼飯に。ちょっとこの店、気になっておりまして」
「さて、昨日の行きの電車の中で私の話から目をそらしておったのは、この店が目に入ったからやったか」
そこまで気づかれていたか。
「ま、それはよろし。でな、こちらは広島大学理学部物理学科の花岡隼人教授で、私の京都帝大時代の研究室の先輩や。それからこちらは医学部の藤本尚教授で、組織学を専攻されておられる。実は先日、花岡さんの御紹介で知合ったばかりや」
「初めまして。立命館大学経営学部4回生の八木昭夫と申します」
「八木君ですね、初めまして。あ、君、早いとこラーメンお食べなさい」
少し年長の花岡教授に促され、八木青年はラーメンを完食した。程なく教授陣にもラーメンが提供される。彼らもまた、食べ始める。
「ところでハチキ君、この後、どこか行く予定、あるか?」
「特にはないですが、折角なのでこの一日乗車券で市内をぶらついてみようと思っております」
「それは大いに結構。今日のところは大いに羽を伸ばされるとよい。明日は、君も講義に同行願います。1コマ目は普通に講義やけど、2コマ目が試験になります。試験監督の補佐もしていただくが、その前の講義も、是非おきき願いたい。何、難しい話はないから安心したまえ。その後は、花岡教授の研究室で、是非君にお会いしていただきたい人がいる。まあ、滅多なことで会える人チャウデ。誰かはお楽しみや。先方はともかく、君はひょっとどこかで見たことある人かもしれん」
教授らはそそくさとラーメンを食べ終えた。ラーメンのスープは、どなたもいささか残し気味にされている模様。
「八木君と言いましたね、ラーメンのスープやうどんの汁は残した方が塩分の過剰摂取にならぬからよいと、聞いたことはありますか?」
藤本教授の質問に、青年が答える。
「どこかで聞いたような覚えはありますが、何分私、中学から先家庭科は無罪放免ですし、そういう栄養学みたいな話は疎いものでして」
教授陣から思わず笑いが出る。
「無罪放免、ねえ。面白い表現ですな。でもなぁ、あれ、年を取ったら気を付けた方がエエかもわからんが、若いうちは、さほど気にせんでもええ。ただ、調子が悪いときには、スープを残しておくことで一種の免罪符にもなるわな。ところで君、ラーメンライスなんかよくするクチか?」
「はい。私、京都の餃子のチェーン店にアルバイトで入っておりまして、賄でよくしますね。餃子ばかりでも飽きますから。ついでに、ラーメンの味を工夫したところ、客の入りが明らかに多くなりました。我ながらうまいこと出来たということでますますライスも進むというものです」
そこで、彼を知る教授が一言。
「彼がね、王将京都のバイト先でこっそり味を変えてみたというものですから、その日のうちに参りまして、食べてみました。確かにうまくなっていましたね」
「そら、たいしたものや。で、その味はどないなった?」
関西の言葉で尋ねる花岡教授に、八木青年が答える。
「私が入っていないときは本部のレシピ通りでして、どういうことかって話になりました。変にラーメンが飛び抜けるのもということで、今では当店限定ラーメンとして販売しております。常連客はうまいと言ってくださいますが、他店の常連の方の中には、元のほうがいいとおっしゃる方もいますね」
ここで、石村教授が八木青年の出自について簡単に紹介する。
「そうかな。あんたさっき家庭科無罪放免とかおっしゃったが、家ではお母さんが亡くなられてこの方、家庭科の実践をとことんされておるなぁ。いやあ立派だ。それで、商業高校から立命館、これまた素晴らしい。そんな八木君でありますから、彼にぜひ会ってもらいたいですな」
藤本教授の弁に、花岡教授も相槌を打つ。
「ほな、ハチキ君、ぼちぼち市内散策でもしてこられたい。今日の夕方は、6時にロビーに来てください。そこで打合せをします」
石村教授に促され、八木青年は教授陣の「口頭試問」から解放された。その報酬というわけでもないが、彼のラーメン代は教授陣が負担してくれることになった。
彼はこの後、目の前の電停からやってきた電車に乗って街中を散策した。その電車は、神戸を走っていた電車であった。神戸からきた電車に乗って、彼はまず広島駅へと向かった。
広島駅は、繁華街から少し離れたところにあることも実感できた。流川あたりの繁華街を電車を降りて歩いてみることに。飲み屋や旅館・ホテル、酒屋などがある中、通りにはなんとトルコ風呂(現在のソープランド)も点在している。
「おにいさん、お遊びいかがですか?」
道行く人に声かける、いかにも、な風貌の男性が店先に立っている。
「スンマヘン、用があるので」
「さよか、ほな、がんばりや」
男性は相手が関西からの客と気付いたか、関西風の答え方をしてきた。かくして青年は悪所の誘惑から身を交わし、さらに街中の散策を続けた。
再び電車に乗って、今度は広島大学のある鷹野橋方面へ向かう。とにかくこの街に走っている電車を一通り乗っておこうと、なぜかふと思った次第。宇品港方面から別の路線で市街地に戻り、白島線という路線にも乗った。終点の白島電停近くには、原爆投下前から続いている店もある。そこで、ジュースを買って飲んだ。瓶に入った、定番のコーラである。ちなみにそのコーラの瓶は、女性の身体をモデルにしたものだと言われている。
かくして彼は、再び市電に乗ってホテルの前の電停に戻った。まだ17時過ぎである。打合せは18時から。彼は自室に戻り、シャワーで汗を流して着替えた。
そうこうしているうちに、18時が近づいた。少し早めに降りると、石村教授は既にロビーで何やら書類に目を通している。
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