第29話 新スキル

 血で汚れた拳から痛みが消えていく。


 俺はそんな自分の状態を確かめるため……だけでなく離れていく一本角を諦め悪く、ただただ握り殺したい気持ちから拳を開き再び握ろうとした。


 すると何も掴めていないはずなのに俺の手には硬い感触があった。


 さっきの角と比べれば柔らかいが、それでもある程度の力を込めなければ壊せそうにない硬さ。


 ふさふさな手触りと硬い中にもある肉感。



「これって……」




 パキ。ビキ。




「きいぃいいいぃぃいいいいいぃっ!!」




 骨の折れる音、筋肉が断裂する音、そして目の前の一本角の悲鳴。



 俺の新しく取得したスキルは、あらゆるモンスターを握り殺すために発生する腕を目一杯伸ばして掴むというその煩わしい行為を排除するものらしい。


 質の理解というのが条件にあったが、これは俺の今までの戦闘における握り潰して強くなりたいという意思もその質という部分に含まれるからだったのかもしれない。



 まあ、なんにせよとんでもないスキルを手に入れてしまったもんだ。



「……。反対の手は無理、か。じゃあ今度はその頭を狙って……」


「き!?」



パン!



『レベルが81に上がりました』



 握り直した手、それは一本角の頭を握り潰した。


 そして俺はそんな一本角の死体と共に地面に着地。


 慌てて血原の元に向かう。



「血原さん!」


「……へへ、馬鹿。おせえっての」



 一本角たちの攻撃を一身に受け止め傷だらけの血原。



 だが俺が1匹倒したことを察したのか、その表情はこんな状況にも関わらず緩んだように見えた。



「新しいスキルがあります。これで一先ず数は減らせ……発動しない?」




『スキル範囲外のためスキルが自動キャンセルされました』




 敵を全滅させるために説明よりも先にスキルを発動させようとしたが、思わぬアナウンスが聞こえてしまった。


 流石に取得したばかりのスキルはレベルも低く、そこまで使い勝手がいいわけではないらしい。



「距離が、足りない……」


「……。なら俺が隙を作る。一瞬かもしれないが……スキルを取得しただけじゃなくレベルアップでお前の身体能力が上がってることを祈るぜ。……弾けて、覆え!」



 血原が作った茨と血人形が一斉に弾けた。


 一本角たちの攻撃によってボロボロになっていたそれらだったが、弾けたあと液状に戻ると波となって一本角たちの視界を遮り……前進。



 辺りを覆い尽くそうとする。



 対して一本角たちはこれが脆いと判断したのか攻撃の手を止めたりはしない。



 だがこれはさっさと逃げられるよりも遥かにいい状況



 俺は血の波に身を隠しつつ、たまに攻撃を受けながらもギリギリまで距離を詰める。



 ――まだ、まだ、まだ ……



「今だっ!」


「「きっ!?」」



 血の赤で染まった全身。


 それを拭うこともなく俺は右手を突き出した。



 バックステップする一本角、それを全力で追いかける俺。



 それでもこの間隔は普通の攻撃が届かない距離。



 走る速度が上がったとはいえ中々それを縮めるまでには至らないが……。



「ききっ!」


「範囲内、入った!」



 俺のスキルを使った攻撃は普通じゃない。



 まず一本角の角だけを折った。



『レベルが82に上がりました』




 するとアナウンスが流れ、角を折った一本角は予想通り逃げる足が鈍った。



 ……大丈夫。


 残りの敵の数からみても、この怯み、悶えかたをみてもこの一本角はしばらく何もできないはず。


 なら取りあえず無視。この膨大な経験値は見逃せない。



 怪我をさせたまま放置するのは少し申し訳なくも思うが、殺してやるのは全部の角を折ってから――



「きっ!」



 痛みに悶える一本角を追い越すと、突然視界が白くぼやけた。


 前にいる一本角たちは逃げの姿勢だったはず……。



 ということは正面じゃなく背後。


 こいつら俺たちが見えてさえいれば後ろからでも幻覚スキルが使えるのか……。



 目先にとらわれて一旦1匹無視したことが仇になった――



「きっ……」


「え?」



『レベルが83に上がりました』



 後ろを振り向こうとした時レベルアップのアナウンスが流れた。


 これってつまり……。



「振り返るな!お前は角を、俺は角が折れたやつを始末する!心配するな、俺もお前が角を折ったタイミングで200にレベルアップした。角は無理でも怯んだ一本角の本体なら急所を突いて即死だぜ」


「血原さん……」


「ぐずぐずしてっとタイミングがずれて角、経験値が手に入る前に俺が殺すかもしれねえ。だから、遅れないよう……俺に置いてかれないよう努力しろよ」

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