第27話 開戦の赤い狼煙

「な、なんだこれ。か、階段は?」


「なるほどな、俺たちは最初からずっと『こいつら』の術中にハマってたわけだ。ここで緑玉鹿……そこにいる一本角が出てきたのはお前が肥えたと判断したから、そんでもって俺の血を大袈裟に避けたのは……ずっと俺たちの戦いを見てそれが脅威だと知っていたから」


「……。頻繁に緑玉鹿が目撃されるようになったこと、あれももしかして……」


「人間をこのダンジョンに誘い込む罠だった、って考えられるかもしれねえな。気に入らねえよ、モンスター如きが人間を家畜みてえに思ってるなんてよお……」



 光刺す森林。


 ただ他の階層とは違うのはその雰囲気。背筋から嫌な汗が流れてしまうその緊迫感は異常。


 そしてなによりも階層にあるはずの階段が見えない。



 これも幻覚スキルの作用なのだろうか……。



 とにかく俺たちが分かるのはこの階層に閉じ込められたということと……目の前に一本角が不敵に笑っていること。




「あいつ……」


「落ち着け。苛つくのは分かるが、挑発に乗って精神を乱されれば幻覚スキルの効果をもろに受けちまう。こんな時こそ深呼吸して状況を見極めろ」


「……はい。はは、血原さんて案外冷静に戦える人なんですね」


「……がむしゃらじゃどうにもならねえ、そう思い知らされちまったからな」



 血原の意外な返答。


 どうやら自分自身もスキルの対策として頭を落ち着かせようとしているらしい。




 ――すぅ……。




 そんな血原のアドバイスを受けて俺も大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


 ドラミングの効果も相まって頭が晴れ渡っていく。




 パキッ。




 すると次第にさっきまでは聞こえなかった音が響くようになり、ミノタウロスの死体に変化が生じ始めた。



「……。ミノタウロスの死体の姿が、変わって……」


「こいつはこのダンジョン最終階層のボス……。そうか、どうりで中ボスがつええわけだ」




 変化し終わったそれは三つ首で翼を生やした巨大なミノタウロス、最終階層のボスだった。


 つまり俺がさっきまで戦ってたのはこいつで、ここは最終階層ということらしい。




「……。幻覚スキルの範囲は1階層からあったってこと、ですよね?」


「おそらくな。アラートも、走ってきた距離も、ボスもなにもかもがこいつの都合がいいように作られたもんだった。ダイヤモンドランクの俺がレベルアップするお前に合わせてたからといって息を切らしちまったのはそういうことだったらしい。ま、裏を返せばより短い時間でここまで来れた俺も、お前も相当にすげえってことだがな」


「喜んでられないですよ。だってそんなスキル強力過ぎる……」


「ああ。規格外だ。ありえねえ。でもどうだ、それが集団の力だとしたらなんとなく納得しねえか?」


「集団? ……。……。……。あっ……」


「ダンジョン最終階層を含むすべての階層ボスを使って餌として質のいいと判断した人間を肥やし、そのボスと人間の死体で仲間を肥やす。距離を短く感じさせたり、ボスの数を少なく感じさせるってこともしてたと思うがそれは少しでもそんな人間がここまで来れるようにするための配慮ってとこか。とことん気に入らねえ奴らだぜ」



 音の数が増え、最終階層のボスの周りにモンスターが群れていることにとう俺たちは気付いた。



 どうやらこいつらは最終階層のボスを俺たちの前で堂々と食い、まさに糧としている最中らしい。



 しかもその結果なのか、モンスター全部が……。



「一本角……」


「数は10匹ってとこか……。食事の時間が終われば一斉に襲ってくるぜ」


「……はは、まじか」


「笑えるよな。でも俺は腹を括った。ってかどっちみち逃げ場はねえしな。おい、まさかやっぱり諦めて帰りたいなんて――」




「これ、ワンチャン滅茶苦茶レベルアップできるじゃないですか。俺も、血原さんも」




「お前……。いや、気圧されるな俺……。ふぅ……。……。……。その発言、こりゃあとんでもねえ大物だったみたいだな。天野の言う通りお前は有望な探索者だよ。だけどこの戦闘はそんなに甘くねえ。絶対に先輩である俺についてこい! あいつらを速攻、全力で殺すぞ!」


「……さっきまでの辛気臭さはどこにいったのやら」


「そりゃあお前が煽りまくって焚きつけるたり、おもしれえこと言うからだろ。まったく……そんなの嫌でも必死になっちまうってえの」


「あの、なにか言いました?」


「なんでもねえよ。それより今から血人形をできるだけ作って奴らの視界を遮る。その間にまず一匹殺す。数はいるから無理して角を狙う必要はねえ。俺も攻撃を仕掛けて隙を作るから……必ず殺せ」


「了解です」


「よし。じゃあこっちを見てほくそ笑んでる奴、あれじゃなく食事中で隙のある個体を狙うぞ。おそらくはまだ幻覚の効果で自分に気づいてないと思っているはずだからな」


「は――」



 ――ぷしゅ。



 腹を括ったとはいえ、あまりにも早い行動。


 躊躇のない自傷行為。




 俺の返事を待たずして血原は自分の小指をナイフで切り落とし、大量の血を噴き出させた。




「……血人形、10っ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る