第19話 養分
「あ、危な……。死んだらどうするつもりなんですか!」
「そいつには殺せと命じてねえから安心しろ。それよりそんなところで突っ立ってていいのか? 今度はマジで当たるぜ」
「……ちっ」
ひゅん。
風切り音を鳴らしながら血人形は蹴り上げた右脚を今度は体をひねりながらぶつけてきた。
よりスピードに乗ったその蹴りを俺は咄嗟にしゃがんで回避。
さっきの一撃よりも広い範囲の攻撃。確実に当てにきていることが分かる。
「……」
「くそ! 止まる気配がまったくない!」
「ははははは! そりゃそうだ! 殺すなと命令してはいないが戦闘不能にしろって命令はしてんだからよ!」
続けざまに踵落とし、それを避けたかと思えば今度は顔面を狙って殴ってきた。
このままじゃ下に行くもなにもない。
とはいえモンスターってわけじゃない、それに血人形を壊してしまったら血原にダメージが入ってしまうかもしれないって考えると攻撃は……。
すっ。
「まずい!」
身体を反らして血人形のパンチを避けたかと思いきや、その手は距離を埋めるように長く鋭く変化。
刀と見間違うようなそれが脇腹に刺さりそうになり、俺はとうとう血人形を掴んでしまった。
もう血原のことを考えてやる余裕は、ない。
「はっ……」
パン。
俺が掴んだ自分の手に力を込めると、血人形の手は弾けて液体へと還った。
最初に仕掛けて来たのは向こうなんだ。
何が起こったって文句は言ってくれるなよ――
「って、もう復活した?」
「くはははっ! もう一回だけ言うぞ! そいつにはお前を戦闘不能にしろって命令してある! 俺が死なない限り、近くにいる限り、お前が鹿の幼角を手に入れるまでその命令は絶対なんだよ!」
「倒したって無駄ってこと……」
「そうだ! だからお前にある選択肢は必死に逃げて逃げて逃げて、鹿の幼角を折る。これ一択しかねえ」
なるほど、ずっと逃げ続けないといけないから普通ではいられないってことか。
「……それ、しんどすぎ」
「なら戦闘不能になるか? そうなれば当然認定証は渡せねえし……この程度で参ったする奴には目標を達成することもできねえな」
「くっ……」
「そうだ走れ走れ! ほんじゃあ血人形、リスタートといこうや!」
最悪の鬼ごっこがスタートしてしまった。
まったく、血原のドSっぷりに驚きが止まらないな。
まあだからって諦めるわけはないんだけど。
「【ドラミング】」
バンバンバンバンバンバン!
「ん? そりゃなんの真似だ?」
追ってくる血人形、それから逃げる俺。
始まってしまった鬼ごっこをこのまま乗り切る自信は正直ない。だから俺は走りながらドラミングを使った。
全身に力が漲り、足は勝手に早くなる。
これだけのスピード逃げていればであれば……俺を追う血人形を振り切ることはできずとも、生身の人間である血原を振り切る、さらには血人形と血原との距離を離すことができるは――
「へえ。なかなかやるな。身体強化系のスキルか?」
「な!?」
へ、平気でついてきてる。
しかも息一つ切らさずに……これがダイヤモンドクラスだってのかよ。
「今の俺じゃまだまだ差がある。化け物ってこと、か……。でも狙いはそれだけじゃない」
「お?」
俺のドラミングによってモンスターがわらわらと集まってきた。
俺にとっても危険な状況となってしまうかもしれないが、これで血原の脚を止めることができれば――
「はっ! 『気づいたか!』 だがそう簡単にいったんじゃ俺も面白くねえのさ! 【血棘鉄(けっしがね)】」
バンッ!
モンスターたちの身体から勢いよく大量の棘が生え……絶命。
内側から棘に刺された眼球や鼻、腹、背中はグロテスクというしかない。
こいつ、とんでもねえスキル持ちすぎだろ……これでダイヤモンドって、世界ランク一位はどれだけ強いってんだよ。
「俺、本当に追いつけるのか?」
「おいおい! ぶつぶつ言ってる暇なんてねえだろ!!」
「ぐっ! は、速い! はぁ! はぁ! はぁ! も、もたない! このままだ、とっ!!」
思考にふけることさえ許してくれない速度で追ってくる血人形。
ドラミングで身体能力が向上しているとはいえ、スタミナはどんどん減ってる。
どこかで休憩、それかスタミナの回復ポーションみたいな回復アイテムがないと……。
「きゅっ」
「ま、またモンスター……こいつらも悪戯に血原のスキルで殺されてその養分に……養分?」
『――アルミラージ・ランクD-・状態異常:なし・生命力:普』
俺の目の前を通り過ぎようとした一匹のアルミラージ。
ブロンズスライムと比べれば少ない経験値しか得られないだろうけど、他の初級ダンジョンのモンスターと比較すればそれなりに経験値がもらえるであろうランクのモンスター。
つまりそれは俺程度のレベルであれば十分な、十分すぎるレベルアップのための養分ということで……。
「レベルを一定以上に達することができれば体力は回復する……。『気付いたか』ってのはそういうことだったのか」
……なら、俺が今すべきなのは強すぎる目標に絶望するでもただ逃げるだけでもなく……モンスターを殺しながら、レベルアップしながら逃げるということじゃないか。
「きゅっ!?」
「悪いができるだけ早く養分になってくれ」
俺はアルミラージを捕まえて躊躇いなく握り潰すと、より高い経験値のモンスターを探しながら前に進むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。