第18話 森

「――これ……知識はあったんですけど実際に見るとこう、凄いですね」



 探索者協会を出てまもなく……大体1時間くらいだろうか、俺たちはダンジョンに侵入する準備を整え中級ダンジョン【角獣の森】に侵入していた。



 生い茂る木々と草花、降り注ぐ陽の光。


 ダンジョンといえば洞窟タイプのものを想像しがちだが、所によっては今回のようにまるで地上かと思えるような世界が広がっている。



 一応探索者になる前に勉強していたからそういったものがあることは分かっていたけど、こう目の当たりにするとろくな感想が出てこないくらい圧倒されてしまう。




 これ、本当に階段を下った先の世界なんだよな?




「なんだお前、他のダンジョンに入ったことなかったのか? 一応レベル50は超えてるってのに……どんだけ初級ダンジョンに引きこもってたんだよ」


「あ、はは……」


「ったく。まあいいや、今から認定証を渡せるかどうかの見極め、加えてお前が俺たちにとって都合のいい探索者になれるよう訓練をつけてやる。改めて覚悟はできてんだろうな?」


「はい」


「よし。お前みたいな従順な馬鹿が新ダンジョンに釣られて訓練を強制されるのはいいことだぞ。『あいつ』が言っていた形とは違うが……なんにせよ、お前にとってもこれはチャンスだと思いやがれ」


「……はい」



 相変わらずの口調に上から目線。


 いや実際格上なんだから間違ってはいないないんだけど、同期で年も同じだから釈然としない気持ちは募る。



 まぁここに来るときもずっとこんな感じだったからそこそこ慣れてはきたけど。



 案外道のりが長かったことが良かったのかもしれないな。



 ダンジョンは探索者協会を中心に割と近い場所に存在している、というか近くてアクセスのいい場所に設置されている。


 ただ比較的新しいダンジョンは少し遠くで発見されることもあってか、ここ【角獣の森】は他のダンジョンよりも距離がある。


 といっても最寄駅から徒歩1分探索者協会駅から電車で1本は、車がないと仕事場に行けないんじゃないかと思うような場所で暮らす人からしたら遠いと感じないだろう。



「さて、早速だがお前に認定証を渡す条件、もとい訓練の内容だが……納品素材の【緑玉鹿の幼角】を3日以内に入手する。ただそれだけだ」


「3日……。だからあんなに準備がどうのこうのうるさかったんですね。俺、実はこのダンジョンのことは全然知らなくて――」


「うるさかっただあ?」


「すみません。『注意』してくれていたんですね」



 ここにくるまでの準備、その時に水と食料だけじゃなくてマッチや寝袋、トラベルセット等々は必需品だと、半ば無理矢理血原に購入させられた。


 そこそこの出費で初級ダンジョンでの儲けがなかったら危なかったのはここだけの話。



 実家貧乏だとバレていじられるのは小さいころから当然のようにあって……。


 両親のことも実家も嫌いではないけど、周りとのやり取りが面倒だから隠す……というより敢えて言わないようにしていたりする。



 ちなみに流石にシルバー級の俺だとそれだけの荷物を持ち歩くことのできる『魔法』がかかった荷物入れを持っていないだろうと、特別に貸してもらっている。


 これは俺が貧乏とか関係なく、『魔法』がかかった荷物入れは今回のポーチ程度でも数百万円相当の高級品だから。



 それをポンと貸してくれるのだから血原の、ダイヤモンドランクの稼ぎは相当なものなんだろうな。




「はぁ、まあいい。……。緑玉鹿が出るのは60階層付近。また相手の特性からしてシルバーランクだと……簡単だが普通5日はかかる内容だろうな」


「え? じゃあ3日以内とか3日分の食料と水じゃ足りないじゃないですか?」


「言っただろ、『普通は』だ」


「それってえっと……どういうことですか?」


「つまりは……こういうことだ」




 ポトッ。




 血原はにやりと笑うとナイフを取り出し……自分の手に傷をつけた。


 深めに切れたようで、血は雫となって地面に落ちる。


 何を考えているのか知らないけど、早く止血してやらないと。



「あの、大丈夫で――」


「【血人形(ブラッドドール)】」



 落ちた血がうようよと動いて……人型に形成されていく。



 これが血原のスキルってわけか。見たことも聞いたこともないスキルだし、レアな職業なんだろうな。



 ……って、そんなレア職業の自慢がしたいわけじゃないよな? 一体どんな意図があってこんな……。



「って……凄い出来――」




 ひゅん。




「は?」


「くくく……」



 思考にふけっている間に血でできた人形、血人形(ブラッドドール)は完成。


 その出来栄えに間を奪われていると血人形の蹴りが俺の頬を掠めたのだった。

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