第17話 不穏な見送り
「その、俺はまだ血原……血原さんについていくって決めたわけじゃないんですけど」
「あ゛? この俺がわざわざ、お前だけを連れてってやるって言ってるんだぞ。しかも探索中に手に入れた素材は全部お前の……可愛そうな低ランク帯の奴らに振る舞えってのが探索者協会からのご命令だ。悪いこたあなに1つねえだろうが」
血走った目で見つめられる、は良い言い方。
悪くいえば……あり得ないくらいメンチを切られてる。
昔の不良にしか使わない言葉かもしれないけど、今のこいつには丁度いいや。
あの時は怖くて仕方がなかった相手だけど、強くなったからか、俺ってバレてないからか、なんか余裕だな。
とはいえ一緒にダンジョンはごめん被りたいが。
「血原さんがいるなら……。実は中級ダンジョンにいるモンスターの素材が不足していまして、お2人でならこれも危険なくこなせると思うんですよね。これからダンジョンで……認定試験っていえばいいんですかね? それをされるようならば一緒にお願いできませんか?」
「……。天野、斡旋したお前らの評価が上がるのは知ってるが、クエストに出てるような中級のしょうもねえモンスターじゃ訓練として危機感がたんねえだろ」
「血原さん、私がいつもいつもゴブリンとトロルをおまかせしてると思わないでください。まぁあれはあれで色んな企業さんが素材を欲しているので重要なクエストではあるんですけど」
「……じゃあ一応聞くが、いったいなんてモンスターを狩るクエストなんだ?」
「緑玉鹿。それの幼角です」
「ほう……。そいつは珍しいな」
「はい。昨日の朝確認されるようになって、それで素材を欲しがる人が。多分新ダンジョンと距離が近いことが影響してるのかと」
「へぇ。ま、となると報酬も良さそうだし……強さ的に訓練に取り入れるにはいいかもな。決めた。お前、そのクエストを受注しろ」
「じゃあ私契約書持ってきますね!」
か、勝手に決まってしまった。
まだ俺はいいなんて言ってないのに。
てっきり天野さんが止めてくれるかと思ったら……いや、ある意味俺の強さを信頼して仕事と血原の世話を任せてくれた、って思おう。
それに今まで馬鹿にされた分いいところを見せたい気持ちもなくはない、気がしてきた。
「くくく、まぁ安心しろ。死にそうになったらちゃんと助けてやる」
「……お願いします」
「はん! そこは『絶対に死にません』だろうが! 気持ちが負けてんだよ気持ちが! ……才能があるんだとしてもあいつみてえにがっついてかねえと本当に死ぬぞ。なぁ、お前には目標とかねえのか? それとも本当に探索者になれただけで満足なのか?」
「……全然満足じゃない、です。だからあいつに追いつくまで『絶対に諦めない』……です」
「……。お前がただの探索者マニアじゃないのはわかった。でもそれはキツい目標だ。もし俺との訓練でひーひー言うようなら不可能だ」
俺の目標が気に触ったのか血原は目元を一瞬ひくつかせ、少し黙ったあとに言葉を続けた。
この仕草は昔見たことがある。
あの時は確か胸ぐらを掴まれて……結局あいつが間に入ったんだっけか。
「――お二人とも契約書持ってきましたよ!」
「お、やっとか」
「これでも急いだんですけど!それにちゃんとした言い訳もあるんです」
そのまま不機嫌そうな血原と気まずい空気の中待っていると、ようやく天野さんの元気な声が場を和ませてくれた。
まったく息が詰まって死にそうだと思ったのは初めてだったよ。
「実はさっき速報が入りまして、ブロンズランクの探索者が勝手に新ダンジョンに入って……『男性2人』なんですがボロボロになって帰ってきたそうなんです」
「そりゃあ自業自得でしかないな。この際もっとひどい目に遭って自分の非力さを感じさせてやった方がそいつらのためになったんじゃないか?」
「またそんな意地悪を……。とにかくですね、より厳しく見てやって欲しいとのお達しがきてますので、よろしくお願いしますね。まぁそれでも問題はないと思いますが」
にっこりと微笑みかけてくる天野さん。
悪意はないのだろうけどそれいうと……。
「尚更やる気が出てきたぜぇ。おい!適当に名前書け!さっさと行くぞ!」
やっぱり燃えてしまった。
大変なことにならないといいけど……。
「――それじゃあいってきます」
「はい! いってらっしゃ――」
ぷちん。
契約書にサインをして天野さんに手を振ってもらうと、その大きな胸に服やら下着やらが合ってなかったのか、ボタンが弾けて宙を舞った。
「ぎゃあぁあ!」
「きゃあ!」
「……」
それが目に直撃して叫ぶ血原、水色の下着が見えて声をあげる天野さん。
先行き不安過ぎないか、これ。
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