第3話 新しい身体
俺は完全に痛みが消え、新しくなった身体を慣らすように一歩一歩噛みしめて走り出した。
覚醒し身長が伸びたことで歩幅が広くなったからか、周りの景色が今までよりも早くスライドしていく。
ただ走る速度が上がったとはいえ身体がやたら重く感じる。
それに服が張り付いているようで全体的に身体が動かしにくい。
これらは身長が伸びたからというだけとは思えないほどの変化率。
だから俺は走りながらそっと自分の手や体に視線を落とす。
「……なるほど。ゴリラって職業だからそうなってるかもとは思ったけど、想像以上だな」
いつの間にかズボンは弾けて倍以上に膨らんだ太ももが顔を出していた。
手も慎重に合わせて大きくなっているだけではなくごつさを増し、胸を突き破るんじゃないかと思うほど隆起している。
流石に種族が変わっているわけではないからゴリラそのものになってはいないが、薄着のボディビルダーを彷彿とさせる筋肉量は自分でも圧巻。
そりゃあ身体が重く感じるわけだ。
「こうなってくるとステータスも気にはなるけど……。それは、また後か」
キン!
まだそこまでの距離を走ってはいなかったが、再び鳴った音はかなり近くまで迫っていた。
どうやら金属スライムの奴は俺に気付いていない、或いは俺を脅威とは思っていないらしい。
というのも金属スライムはその高い防御力から危機感が低いらしく、さらには冒険者たちの標的にもされにくいため逃げるということがあまりないんだとか。
実際ここ初級ダンジョンにいる低レベルの金属スライム、『ブロンズスライム』以外は討伐報告がほぼなくて攻略情報も上がってきていない。
情報やドロップアイテムを狙う探索者協会や、いつまでも居座る金属スライムのせいで他のモンスターの湧き状況が悪くなっていることを憂う探索者にとってそんな態度は憎いだけなんだろうけど……。
「今の俺にとっては最高でしかない。お前、慢心してくれてありがとうな」
「――ぷぺ!?」
さらに音のする方に近づくと金属スライムの中では最弱『ブロンズスライム』が岩陰から飛び出してきた。
俺はそんなブロンズスライムをいきなり両手で掴み上げた。
すると流石にに驚き、危機感を得たのか可愛らしい鳴き声が丸くて硬い身体から鳴り聞こえた。
俺は相手のステータスを見ることができない。
だが掴んだ感覚は今まで触れた物の中で間違いなく一番硬いと知らせてくれる。
こんなもの魔法でも剣でもかなり高い攻撃力の値がなければまともに戦えない。
それはつまりレベル6の俺が持つ攻撃系の基本常備スキル『拳闘術』の範囲内の攻撃、つまりは攻撃の値が適用される武器攻撃、パンチやキック、デコピンなど一般的なもの全てが無効化、とまでは言わないがダメージは限りなく0に近い数字にされるということ。
「でも……それは裏を返せば攻撃値が適用されない攻撃は通るってことなんじゃないか?」
アナウンスは言った。俺の『握力の値』を拡張する、と。
『握力を用いた攻撃の威力を高める』ではなくだ。
ピキッ!
「ぷぺぇぇえええぇええぇっ!!!」
「やっぱり。お前ら金属スライムと今の俺の握力とは相性がすこぶる悪いみたいだ。良かったよ、お前らにあったら何回何十回何百回……何億回でぶん殴ってやる覚悟だった、からっ!!」
1000㎏を超える握力によってブロンズスライムの表面に指が食い込み、その顔には亀裂が走った。
そしてきっかけさえ作ってしまえば中は案外柔らかく、もうブロンズスライムはただのスライムになり果てる。
「ぷ、ぺ――」
「まずは1匹」
断末魔さえ聞いてやることなく俺はブロンズスライムの核をそのまま握りつぶした。
ブロンズスライムの経験値は確かホーンウルフの30倍ほど。
ということたったこれだけで俺は……。
『経験値を30000取得しました。レベルが22に上がりました。スキルを複数取得しました。握力の値が【X】に上昇しました』
「同期の平均レベル150、か。その背中、思ったよりも近いぞ。……そうだ。いっそのこと今日中に探索者協会からの評価、Fランクとかいう最低の評価からも脱出させてもらおうかな」
中ボスのいる他の階層よりも手狭なここが5階層。
最深部は10階層。
時間的にも今の自分の強さなら全然間に合う。初級ダンジョンの踏破を、今日までに。
「あ、ははは……。駄目もとで突っ込んだだけだってのに、まさかこうなるなんて……。あーっ、初めてだ。探索者してて楽しいなんて思ったの」
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