第2話 握力

「きゃうぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉおおおぉおんっ!!」



 仮にも中ボスだってのにホーンウルフが放った鳴き声はどうしようもなく情けなかった。


 どうやらホーンウルフにとっての角は人間の爪や髪と違ってしっかり神経が通った部位だったみたいだ。



 おかげで奴は俺から少し距離をとってくれた上に地面に転がって痛みに悶えている。



 そして……それをさせたのは、多分俺。



「角、まだ刺さってる。やっぱりこれ俺がやった、んだよな。……。っつ。痛い」



 ホーンウルフの角が刺さって血で赤くなった手を眺めていると、思い出したかのように痛みが走った。


 それは夢オチってわけじゃないってのを物理的に思い知らされた瞬間で、だから俺は早々に視線をホーンウルフに移すことができた。



 そう、ホーンウルフはまだ死んでいない。


 ぼーっとしてる暇があるならこのチャンスを生かして奴を殺さないと。




「あ゛あああああああああああああああああああああああ!!!」




 強烈な痛みを絶叫で誤魔化しながら今できる俺なりの全力疾走でホーンウルフのもとまで駆け寄っていく。



 すると距離が縮まっていくにつれてホーンウルフの表情が変わっていくことに気づいた。


 どうやら自分の身に危険が迫っていると、だんだんに怯えていっているようだ。



 そしてその姿はさっきまでよりも小さく見えて……小さく……小さ、く?



「お前、こんなに小さかったか?」


「きょおぅん……」



 ようやく立ち上がったホーンウルフだったがその視線は完全に上。


 いくら角を折ったってホーンウルフが身体を小さくするなんて話は聞いたことがないし、そんなスキルを持っているという話も同じくない。



 なら、もしかしてこれって……。



「俺が大きくなっているのか? あれ? だんだん痛みが引いて……」



 カラン。



 異変を感じて足を止めると、こんどは手から刺さっていた角が抜け落ちた。


 見れば穴が開いたはずの右手には穴どころか傷さえなく、痛みは完全になくなっていた。



 どうやらアナウンスのあった新たな身体への変化というのは完了したようだけど、まさかここまで変わるなんて思っていなかったな。


 それにおまけで回復までつけてくれるなんて……太っ腹がすぎるだろ。



「きゅ、おおおぉおんっ!!」


「……。なんだろうな。もうお前が怖く思えないんだ」



 俺の脚が止まったことをきかっけにホーンウルフは自慢の角での攻撃を諦めてその鋭い牙をむき出して突っ込んできた。



 咄嗟の反撃、以前だったらこんなのは避けようとなることもなくただただ狼狽えて噛まれて終わりだった。



 だけど新しい身体になった自分の頭はおかしなくらい冷静で、次にどういった行動をとれば安全なのかと考えた上で自然と体が動いてくれる。



「わがっ!?」



 がむしゃらに拳を突き出すでもなく受け止めるでもなく、俺はホーンウルフの突進を敢えてギリギリで引き付けた上で躱した。


 そうするとホーンウルフは案の定は驚き、すぐさま振り返ることができなくなる。



 だから俺はその隙を突いた。


 隙を突いて……ホーンウルフの頭を両手で掴んだ。



 ナイフや拳での攻撃も選択にあったけど、何故か俺の中で現在一番自身のある攻撃がこれだったから。



「あ、が……。う、あ……」


「……やっぱり。なんとなくいけると思ったんだ。お前くらいなら簡単に……その頭を砕いてやれるってなあっ!!」




 バギ、メギ、ゴリ、バリ……。




 様々な骨の砕ける音とは反対で俺の手にはまるで豆腐でもすり潰しているかのような触感が広がった。



 普通より少しだけ強かった握力は覚醒して職業の名前通りゴリラ並み、いやレベルによってはそれ以上となってしまったようだ。



『――レベルアップしました。現在のレベルは6です。握力の最大値が拡張されています。握力は現在1000。コントールスキルの付与が完了しました。また握力の値を表示変更しました。次回握力増加後今の握力を基準の最低としてアルファベットの【Y】からスタートします』



「握力、1000? でそれが最低? ゴリラどこじゃねえよ、それもう。……母さんごめん、俺またおにぎり握るの下手になるかもだ。でも――」




 キィンッ!!




 確かな充実感に満たされていると硬貨が落ちる時に似た音が階層の奥から微かに響いた。



「代わりに誰も倒したことがないような硬いモンスターを粉砕してやるのが得意になれそうだよ」



 そう、俺はもとよりホーンウルフなんかじゃなくて経験値豊富な金属スライムを狩るためにここまで来たんだ。



「行くか。あいつにやっぱり結婚して欲しいって懇願される日を、肩を並べる、追い抜ける日を夢見て……最速レベルアップをさせてもらうためにな」

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