第32話 大量の火薬の出処

 村の中に陣取った俺たちは即座に主だった者たちを集めての軍議を開く。

 当初の予定通りにやるならば、このまま海賊どもの元へ攻め寄せ、将クラスの者たちを捕縛して降伏を促すことになる。しかし島民らが多く参加している以上、禍根を残すわけにもいかぬため一戦することすら憚られた。

 ゆえに時真には悪いことをしたが、改めて策を練り直す必要がある。

 それに先ほど狙ったように、この場所に陣取ることに意味があるはずだ。奴らはもう屋敷にだけ集中することなど出来はしない。そう高を括っていたのだが、どうにも海賊どもの様子がいまいち掴めない。


「思惑が外れましたか」

「どうやらそのようだ。連中、こちらを見るどころか攻勢を強めている」

「なんとも肝が据わっていると言いますか、それとももう後には引けぬとやけになっているのか」


 道房の言葉に大半が頷いたが、時真だけはじっと黙って丘上に見える屋敷に目をやっていた。

 そのことに気が付いた俺は、すぐに軍師に意見を求める。


「藤次郎、何か考えがあるならば遠慮なく申せ」

「はっ。奴らの狙いは最初から先遣隊にあったように思えます」

「先遣隊が狙い?それはどういうことでござろうか、藤次郎殿」

「言葉通りでございますよ、三郎殿。殿が気にしておられた何故海賊が陸で戦いを挑んだのかという話。実は私もずっと気になっておりました。上陸の際に初めて海賊のふるまいを見て、それからここに至るまでの道中はずっとそのことばかり考えておったのでございます」

「してどういった結論に至ったのだ」


 俺からの問いに時真はどこか自信が無さそうに頷く。

 そして周囲をぐるっと見渡し、どこか覚悟を決めたように続きを話し始めた。


「海賊らは最初から殿が神高島を掌握するよう働きかけることを知っているかのように、島に潜伏、そして兵を挙げたように思えます。神高島は商人を優遇する我らにとって、味方であれば大した影響を持たぬ島でございますが、海賊の拠点となれば非常に厄介な場所にあることもあり、ある種長らく一色家が気にしていた島でございます」

「たしかに政文様も何度か神高島を巡って、主水様と言い争っておられたか」


 道房の言葉に、昌秋も「そういえば」と頷いていた。

 そしてその話については俺も憶えがある。

 たしか父上が神高島の実効支配をする口実を求めておられたのだ。しかし当時は領内のことで精いっぱいの状況であり、庇護下にあった商人らとの関係を太くしていくことが最優先であったため、昌友が強く反対していた。

 人員も金も、神高島に投資するほどの余裕が無いと一色家の政の大半を担う昌友が猛烈に反対したのだ。ゆえにこの計画については立ち消えとなった。まだ当時は海賊行為もさほどひどくはなかったゆえ、昌友にとっては優先順位が相当に低かったのだろう。

 今となってはまさに悩みの種となってしまったわけで、これに関しては珍しく父上の考えが合っていたということになると、ようやく答え合わせが出来た気分であった。


「その通りでございます。そして商人らを襲うことで、長らく神高島の問題を放置していた我らが動き出すことを予見していた海賊らは、伊豆方面へと姿を隠したと噂を流すことで我らに隙を与えたのではないかという考えに至りました」

「つまりなにか?俺たちはまんまと釣りだされたということか?」

「おそらく。一色家にとって商人との関係は、今川家中における立場をある程度維持するためにも必要な存在でございます。商人の保護を謳う一色家が海賊被害を放置できるはずも無く、神高島の問題もこの隙を突いて解決に動くと読まれたのやもしれません」

「家中にとっての一大事。それなりの立場を送り込むことも予想できるな」


 時真の推察はおそらく当たっている。

 無理な陸での戦を敢行したのも、海上で無類の強さを誇る染屋の傭兵護衛と切り離すため。

 決して整備された港ではないために、上陸は少数に限られると踏んだのかもしれない。そしてまんまと島の内陸部にある島長の屋敷へと誘い込まれた清善と家房は、そのままに海賊らに包囲されることになる。

 全てこちらの見通しの甘さが2人を、多くの者たちの命を危険に晒してしまった。

 これは俺の失態であった。


「奴ら、思った以上に策士でございます。頭が切れる程度の評価では足らぬやもしれませぬ」

「…そうだな」


 俺の反応が遅れたことに全員が間違いなく気が付いた。

 誰も何も言わなかったが、明らかに悪い意味で注目を集めているのがわかる。


「反省は後でする。それよりもまずは」


 俺のことは気にしすぎないようにと言おうとした瞬間、この時期特有の冷たい風が突風という形で陣に吹き込む。

 その際にどこか憶えのある臭いが鼻腔をくすぐった。


「…」

「殿?やはり気にして」

「火薬のにおいがする」

「火薬でございますか?此度は火縄銃を誰にも持たせておりませぬが…」


 三遠国境での戦において火縄銃隊を率いて大活躍した景里は、もしや自分からした臭いやもしれぬと自身の手を嗅いでいたが、突風の向きから考えるにおそらく景里からではない。


「そもそも火薬のにおいなどしましたでしょうか?ただ冷たい風であったとしか感じませんでしたが」

「いや。間違いなくした」


 風上の方に目をやれば、そこにあるのは桐割村の島民が住んでいるであろう建物しかない。

 しかし俺の鼻には今も火薬のにおいがこびりついている。間違いなく、そこに火薬がある。


「あちらからでございますか、殿」

「おそらくな。しかもこれだけ離れた場所にまで臭いがくるということは、相当な数置いてあるような気がする」


 道房はすぐさま背後に控えている男に目配せをした。

 あれは道房とともに桶狭間で戦った鈴切頼安という者だ。武勇に優れており、桶狭間でもいくつも手柄を挙げた男であるが、一方で非常に慎重な性格であり道房をよく助けてくれている。

 その頼安は俺が向けた先にある家屋へと他複数の兵らとともに侵入し、そして中からガタガタと調べる音が聞こえ始める。

 一方で背後に気配を感じた俺は、家屋からは一切目を離さずにその存在に応えた。


「如何した」

「近くの森に敵方の兵が潜伏しておりました。現在栄衆が妨害行為によって足止めを行っております」

「助力は必要か?」

「それほどの数ではございません。ただ…」


 落人の存在に気が付いた他の者たちも、伏兵の存在を知って「ただ」に続く言葉を待った。


「ただなんだ」

「その者ども、矢と壺を抱えており、まるで村に火を放つ用意をしていたように見受けられました」


 落人からの衝撃的な報せ。そしてまるでそれに続くかのように、家屋の中から声が聞こえた。


「殿、火薬がありました!それも壺にたっぷりと!」

「…俺たちをこの地で爆殺するつもりだったわけか」

「なんと恐ろしいことを!?」


 時真の悲鳴にも近い叫びに、他の者たちも思わずざわめき始める。これが海賊の戦い方なのかと、ようやく奴らの残虐性を理解し始めたのだ。

 しかし問題はその残虐性ではない。

 それなりに領内が栄えている一色家ですら、昌友が頭を捻りに捻ってようやく火薬を買う金を捻出しているのが現状であるというのに。

 俺は家屋から運び出されてきた火薬を見て、思わずため息を吐いた。


「なんだ、あの数は。あれだけ揃えるためにはいったいどれだけの金を積まねばならぬのだろうな」


 この中で政に明るいのは時真だけである。

 時真は昌友が金に苦労する様を何度も間近で見てきている。そのせいか、俺の言葉を聞いて顔色がサッと蒼くなっていた。


「隣からも出てきました!」


 道房や佐助の命を受けた者たちが続々と火薬の壺を見つけ出す。ざっと見たが、先日俺たちが購入した分をゆうに超えてくるほどの数だ。


「海賊稼業は儲かるのでございましょうか。それとも背後に火薬を海賊に流す者がいるのか」

「単に略奪したものであるということもございましょう」


 昌秋の言葉に反論したのは時真であったが、それでも数があまりにも異様である。ずっとこの日のためにため込んできたのか、あるいはこれだけ火薬を一度に手にする機会があったのか。

 1つの可能性として昌秋の言葉も尤もであるのだが、いくらこの辺りで幅を利かせている海賊であったとしても、これだけの火薬を提供できるほどの黒幕が存在するのであろうか。

 一方で時真の言葉が正しかったとして、大量の火薬を運ぶ船が駿河湾沖にあったことになる。現在の火薬の使い方が限られていることを考えれば、これは間違いなく戦の準備のために運ばれていたことになるだろう。

 火薬を入手できるのは現状において、硝石を外から輸入することが出来ている堺のみ。他では硝石、硝酸カリウムの入手が出来ないために生産できないのだ。まぁこれは人の糞尿をどうにかすれば硝酸カリウムになるのだが、火薬に関するにわか知識と前世の終わっている化学の点数もあって製造方法は見当もつかない。どうにか手にすることが出来れば、火縄銃に続いて火薬の問題も領内で解決するのだがな。

 話が逸れたが、これだけの火薬がこの島にあることは様々な可能性を考えても、その可能性全てが大きな問題に直結するということだ。

 黒幕がいたとすれば、嫌われ者の一色家による介入が読まれていたということ。つまり黒幕が今川家中にいるということも考慮しなければならない。

 そうでなければ弱った今川家を狙う勢力が、大量の火薬を求めていたという可能性もある。もちろん別地域での戦のためということもあるわけだが。


「まぁ奴らの殺意が高いことは読み取れるな。ますます奴らに興味が出た」

「…殿の悪いところが出ております」

「まぁ此度の出陣も御方様と氷上様の反対を押し切ってのものでございましたので」


 時真と道房の言葉は無視だ。

 それよりもこれだけ仕掛けられていた火薬をこのまま廃棄するのももったいない。近く起きるであろう戦で有効活用させてもらおう。

 また領内に戻り、堺から買った鍛冶職人らに火薬生産の研究をやらせてもよいかもしれん。少なくとも火薬の製造方法を解き明かさねば、堺との関係がこじれた俺たちが火薬を入手する方法は限られてしまう。目が飛び出るほどの大枚をはたいて堺から買うか、あるいは別の火縄銃の産地より相場よりも高い価格で買い取るかの二択。

 後者となればおそらくその買取先は紀伊国にある火縄銃の一大産地の1つである雑賀になるだろう。


「殿がまた黙ってしまわれた。しかし伏兵があったということは、海賊も背後を気にしているということでございましょうか」

「つまり殿の考えはやはり合っていたということで?その割には屋敷は未だ攻められているようでございますが」


 時真らの言葉が聞こえて来て俺はようやく我に返る。

 戦場で金の計算などしている場合ではない。とにもかくにもまずは清善らだ。


「栄衆はお世辞にも荒事が得意なわけではない。そんな栄衆で足止めが出来ているという現状を見ると、伏兵の戦力はたいしたものではないと見るべきであろう」

「つまりは」

「寄せ集めの戦力か、あるいは戦慣れしていない戦力か。いずれにしてもやはり奴らの第一目標は島長の屋敷、つまり先遣隊にあると見るべきだ。俺の思惑は全てにおいて外れている。すぐさま陣形を整えて、やつらと対峙する形をとる。いよいよ目に見える場所に陣取れば、奴らもこちらを気にするしかなくなる。これまでどうにか堪えている島民らも逃げ出す者が出てくるであろう。そう言った者たちは決して殺さず捕えず、全て保護せよ」


 皆が揃って頭を下げた。

 もはや俺たちに待っている余裕などない。すべてにおいて迅速な解決が望まれているこの状況で、いつまでも相手に委ねる判断をし続けることは愚策だ。

 俺自身の失態を取り戻すためにも、これよりはもう少し強気に動かねばならぬ。島民を傷つけねば、後々は多少のケアで済むはず。

 しかしますます興味が湧いてきた。これだけの火薬を持ち出してまで俺たちと対峙しようとする海賊。いったいどのような者たちなのかと。

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