第31話 海賊の野望

 神高島桐割村 一色政孝


 永禄3年12月上旬


「おそらく島長の屋敷であろうな、あれが」


 染屋の援護射撃もあり、俺たちは無事に神高島への上陸を果たした。

 すぐさま浜辺の海賊どもを捕縛し、上陸した兵を集めて島唯一の集落である桐割きりわり村を目指して進軍する。

 そして浜辺を抜け、広く耕された田畑を抜けた先に見える黒煙とその発生元。煙をたどれば、そこに見えるは集落の中でもひときわ大きな屋敷であった。

 俺の言葉にようやく調子を取り戻した昌秋が頷き、そして兵たちもまた次々に声を上げる。

「なんということだ」という絶望の声を。


「新左衛門に人をやれ。敵方に島の人間がいるのであれば、無暗な突撃は認められぬ」

「かしこまりました。しかしそうなると厄介でございます」

「まことにな」


 屋敷を取り囲む海賊どもだが、明らかに人数が多いのだ。

 そして遠目ながらに確認できる海賊ではないであろう者たちの姿。手にしている武器からもわかることであるが、あれは大井川領内でも漁師が魚を獲る際に使用する専用のものである。

 海賊が持つとは到底思えない装備の数々に、兵たちは軽く絶望しているのだ。

 この島の人間は、海賊に協力して一色家の家臣を追い詰めているのだと。事前の情報だと、神高島の民も含め、海賊の根城とされている島々の島民は略奪行為を日常的に受けており、早急に武家からの保護を求めているという話であった。

 しかし目下に見える村落には人っ子一人見当たらず、初めてこの島で見かけた島民らしき姿は、明らかに俺たちの敵と来た。

 これでは我らがなぜこのような危険を冒してまで、神高島へ上陸したのか。海賊からの保護という介入理由すらも失う最悪の状況と言えるだろう。


「海賊だけが敵かと思っていたが」

「島民に手を出せば、神高島の実効支配は間違いなく遅れが出ることでございましょう。最も悪い想定として、もぬけの殻となった島を手に入れることになるやもしれません」

「いくら大井川領に人があふれているとはいえ、海賊の被害が大きい島に移り住みたいというもの好きはそうそういない」

「いっそ流刑地にでもいたしますか?」


 すでに諦め、そして思考を丸投げした様子の昌秋に当然ながら俺は首を振った。

 もはや被害を受けたのは商人だけではないのだ。一色家自体にも実害が出ているのだから、なにかしらの形で確かな成果が必要である。

 ゆえにどうにかして島民を降伏させたうえで、屋敷を取り囲む海賊どもを一掃したいのだが…。


「殿」

「落人、戻ったか。して屋敷周辺の様子は如何であった?」


 いつの間にか脇に控えていた落人に尋ねると、一切迷うことなくすぐさま口を開いた。


「屋敷を取り囲んでいるのは、大半がこの島の民でございました。しかし強制されているわけではなく、そのほとんどが自らの意思を含めてあそこに立っております」


 やや後ろより「はぁ」というため息が聞こえてくる。やはり打つ手が無いと昌秋が参っているのであろう。

 だが何か手はあるはずだ。すぐさま情報をまとめ上げ、先陣を預けている佐助のすぐ後方にて進む時真に指示を出させねばならぬ。


「ならば海賊自体はどの程度いる」

「指揮している海賊の長は奥山源之助という者でございます。調べたところ、この辺りの海域で最も幅を利かせている海賊であるとのこと」

「つまり俺たちが狙っていた者であるということだな」


 こうなってくるとむしろ陸で決着をつけられることが、不幸中の幸いであったような気がしてならない。

 海の上では無類の強さを誇るその者たちである。やはりなぜ陸に上がったのかはわからないが、これが絶好の機会であることは間違いなかった。


「海賊の人数は合わせても数十程度。ですが島民らを従えている様子からも、戦の心得が全くないというわけでは無いと結論付けました」

「殿、これはあまり良い状況とは言えないのでは?地の利は奴らにあります」

「屋敷の周囲に障害物は無い。地の利なんてものはさほど役には立たぬ」


 屋敷が森の中にあるならば話は変わってくるがな。

 やはり最も注意すべきは、潜伏する場所が多いであろう屋敷に至る道中に見える集落であろう。

 奇襲をするならばここしかない。

 島民が協力しているのであれば、なおさら潜伏しやすいであろうでな。


「純粋な力比べでは負けぬ。だが厄介であることもまた確か、か」


 さてさて、我らはどうすべきか。

 出来るならば海賊含め、あまり殺したくはない。民は国を造る上で何よりも必要な宝であり、海賊も一色水軍を強くするために必要な人員であり戦力だ。

 殺せば殺すほど、国力の上昇鈍化に直結してしまう。


「…とりあえず落人」

「はっ」

「彦五郎や又兵衛は無事なのであろう?」

「屋敷の守りを固め、どうにか敵方の攻勢を凌いでおります」

「救援がもうじき到着するゆえ、あと少しだけ耐えよと檄を飛ばせ。手の者を潜らせることは出来るだろうか」

「もちろんでございます。これよりすぐに送り込みます」

「よし。左兵衛、一度全軍の進軍を止める。改めて軍議を開き、今得られた情報を皆と共有いたす」

「かしこまりました。して場所はどちらで」


 ここは集落から包囲された屋敷まで一望できる、見通しの良い場所であることはたしか。

 しかし少しばかり目的地から離れすぎている。もし俺たちの足が止まっている間に屋敷の守りが崩されたとなれば、救援が手遅れになってしまう危険がある。

 ならばもう少し屋敷に近づかねばならぬわけだが、この先にあるのは何も埋められていない広大な畑とたった1つの集落のみ。

 畑に陣取る行為は、今後恨まれる危険があるため論外。ならば場所は1つしかない。


「決まっていよう。桐割の集落よ」

「敵方の目と鼻の先でございますか。いくらなんでもこちらの動きが筒抜けになりませぬか?下手をすれば襲撃を受けることも」

「落人の報せと加えて考えれば、屋敷の包囲に動いている海賊方の兵数は100に満たぬ程度。そのうちの数人が背後を気にし始めればどうなる。屋敷を攻める手は途端に弱々しいものになる。俺たちは陣の周囲に栄衆を置き、堂々と集落で軍議を行う。もし奴らが背後に陣取った俺たちを襲おうとすれば、栄衆が動きを察知して事前に防ぐか、あるいは妨害をしてくれるであろう。奴らの攻撃はそう簡単に俺たちに届かぬ」


 あえて敵の目と鼻の先に姿を晒すことで、敵方の不安を煽る作戦だ。

 そもそも戦い慣れているのは海賊どものみであるはずだから、いざ向かってくる敵というのは島民からすれば当然怖い存在となる。

 そういった部分も含めて、奴らの心をざわつかせてやる。あとは降伏を全面的に認めて、海賊らを孤立させてやればよい。

 その辺りの対応も全軍に徹底させる必要がある。ゆえに軍議はやはり必要であった。


「今回の策、成否を分けるのは栄衆の働きによるところが大きいだろう。落人も聞いていたな」

「お任せください。この首にかけてでも、敵方の動きを全て見通してみせます」

「よし。ならばさっそく行動を起こすとしよう」


 落人は姿を消し、昌秋も使番の用意で傍を離れていった。

 残された護衛数人とともに俺たちも集落への進軍開始の用意を始める。

 出来れば奴らの目の届く場所が良い。

 目立てば目立つだけ、俺たちの勝機は拡大するのだ。




 神高島桐割村 奥山親元


 永禄3年12月上旬


「頭領!浜の連中からの人が途絶えました!!」


 情けない声を上げる部下の頭を一度ぶん殴り、ジッとこっちを見ていた島の連中を睨みつけた。

 さすれば奴らは不平不満などこぼさず、立派な奥山の兵となる。

 しかしこちらが思っていた以上に連中の動きが早い。協力関係にあった海賊どもに力を借りたいと人をやったのは、もう数十日も前のこと。事前に練った策通りに動いてくれればよいと要請した日が随分と昔に感じられるほどに、1日1日が長かった。

 しかし策の決行日になったというのに、結局誰も神高島の周辺に現れなかった。これまでさんざん可愛がってやったというのに、結局海賊は海賊であったということだ。信用できぬのは武家であろうが、海賊であろうが同じであるということを自らの目で確認しただけで終わった。


「兄上、奴らの動きを探らねばなりませぬ」

「分かっている。だが今、俺たちが背後に意識を向ければ、奴らはもう兵としてとてもじゃないが使えなくなるわ」


 異母弟の重五郎高安はそれでもなお、浜に上陸した武家の存在を気にしていた。

 当然俺も奴らの動きは気になる。だが先にも言った通り、俺たちが奴らの存在を気にした途端にこの策は終わる。つまり失敗である。

 奴らと衝突する前に屋敷に籠る武家の家臣連中を捕らえねば、我らは交渉の場すら用意されることなく首を刎ねられるであろう。


「結果として重五郎の思惑は当たったが」

「たったあれだけの兵でどうしてあそこまで耐えられるのか。あちらが積極的に攻撃を加えてこないことが唯一の救いでございますが、それでも門が破れぬとなると民の士気もいずれは」

「くそっ!島長に付けている海里は何をしているのだ!?」

「姫様は若い衆らを連れて、村落に罠を張っております。じきに戻られるかと」

「…待て、重五郎。奴らに見つかったりしないであろうな。もし奴らを捕らえられる前に、海里が捕えられたりすれば。もしその身が明かされれば…」


 額を嫌な汗が伝う。

 それがタラリと垂れ、開き切った目をしっとりと湿らせた。だがそのようなことは些細な話。迫る危険に自身の娘が晒されるやもしれぬという心配を思えば、多少目が痛むことなど小さき問題だ。


「念のためと思って倅を傍につけております。敵との接触を避けるよう、くどいほどに言い聞かせておりますが」

「…まぁそれならば。だがもしものときは」

「責任は命に代えてでも私がとりますのでどうかご安心を」

「いや、最後に責任を負うのは奥山海賊の頭領である俺だ。それよりも、海里が村落に向かったというのであれば、いったい誰が島長を監視しているのだ」

「犬吉が傍についております。どうやら姫様に頼み込まれたようで」

「…誰も彼も海里に甘くて困る。罠を仕掛けるなんて危険な役目こそ犬吉にやらせばよいというのに」

「姫様もだいぶ鬱憤が溜まっていたようでございますので。年寄りのお守りは年頃の娘にとってあまり楽しいものではございますまい」

「あそこが一番安全であったから、俺は海里にその役目を与えたのだ。よりにもよって働き盛りの犬吉を爺の世話役として遊ばせるとは…」


 俺のため息に、高安は困り果てたように眉を落とす。

 しかし皆が海里に甘くなるのは仕方がない。なんせあの者こそが、いずれ俺の跡を継いで奥山海賊衆の頭となる存在なのだからな。

 誰も娘の言葉に首を振ることなど出来ぬ。


「しかしまぁ起きたことは仕方あるまい。罠を仕掛けているというのであれば、あと少しくらいは時間の猶予が出来るはず。その間に屋敷を制して、奴らの身柄を確保してしまうとしよう。さすれば今川一門相手に一泡吹かせることが出来る。かつて汚名を着せられて、相模から追われた我がご先祖様の墜ちた名を上げ直す好機は今しかない。何が何でも奴らと衝突するよりも前に、交渉の駒を手にするのだ」


 俺は刀を天に掲げ、そしていつまでも我らの様子を気にしている民らに向けて吠えて見せた。


「我が名は奥山源之助親元なり!この海域一帯を縄張りとする奥山海賊衆の頭領であるぞ!俺が勝つと言ったら絶対に勝つ!皆、信じて攻めよ!!」


 こちらの言葉に呼応するように方々より雄たけびが上がり始める。背後を気にするそぶりを見せていた者たちまでもが雰囲気に吞まれるように前だけを見ていた。

 この行動1つに部下の士気は気の高揚で高まり、島民の士気はこれまでに植え付けられた恐怖と利害関係を思い出して高まる。俺の敵となればどれほど壮絶な最期を迎えるか知っている連中は、嫌でも俺の言葉を信じて戦う。いや、戦うしかない。

 いずれ成果を上げれば、たった数十程度の規模しかなかった海賊衆がもっと大きな勢力となるであろう。神高島はその第一歩となるのだ。

 今川一門何するものぞ。

 この俺を倒せるものならばやってみせよ。

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