第4話 あなたがそうでしたか

「私は…ここで婚約者を待っておりました。」


 もしもしイリーシア様?貴女の婚約者は眼の前の王子様では?


「ふむ、イリーシア嬢…して婚約者殿はいずこに?」


 いや、王子様アナタじゃないんですか?


「放っておかれたようです、まあ…よくあることです。」


 え、公爵令嬢との待ち合わせをすっぽかすような奴が婚約者でいいの?今一瞬黒い暗黒令嬢オーラが漏れましたよね?しかもよくある??

 今からでも他の人に乗り換えたほうがいいんじゃないですか?眼の前の王子とか。

 イリーシア様の答えに、流石の王子様も困惑気味だ。


「私はそろそろ戻るとするよ、護衛ヘルグの調子もよろしく無いしな。」


 カップを置いた王子が言うが、私はこの瞬間「あ、コイツ逃げやがった」と感じた。そうして王子とゲロの人ヘルグが去っていくと私とイリーシア様が取り残される。


 さっきの話を聞いた後だと二人きりも、今から席を立つのも正直気まずい。


「さて、私は婚約者を迎えに参りますが、カレットさんはどうされますか?」


 王子様が立ち去って、少しするとイリーシア様からお声が掛けられた。私ピンチ!正直逃げ遅れた感はあったけど、ここでノーという返事なぞしようものなら、明日からハブにされること間違いなし。


「ご、ご一緒させていただきますぅ。」


 私の答えは決まっていた。


 ************************


 イリーシア様に連れられて学園内を歩いていく。複雑な学園内を迷わず歩くイリーシア様の様子に私は不思議に思う。イリーシア様も今日が初登校のはずなのに行き先を知っているのだろう。


「イリーシア様、行き先を知っているようですが何故ですか?」


「以前から何度か通っていますので。私、実は入学前から通っていましたのよ。」


 イリーシア様はこちらが重く受け取らないように軽くおっしゃられますが、私としてはそれって毎度すっぽかされてきたってこうやって迎えに来たってこと?どんだけなんですか?って感想しか浮かばない。


 そういやって学園内を彷徨い一つの扉の前に立ち止まり、イリーシア様は扉をノックする。


「グレン、開けてください」


 ノックする…ノックする…ノックする音がだんだん強くなっていく、ついには蹴飛ばし始めた。あ、今のイリーシア様の顔、すごく原作っぽい。


 カチャリと鍵が開く音がして、扉が開いた。


「さ、参りましょう。」


 ちょっと息を荒げているイリーシア様は見なかったことにしよう。私はイリーシア様の後に続いて部屋に入る。


 不思議な部屋だった。入ってすぐの応接セットはいいとして、片側はガラス窓が貼られ光が差し込み、奥まで続いている。反対側の壁は本棚に本が詰まっている。

 おかしい、この部屋の扉の奥にも手前にも


「グレンー、起きてる~!さっさと出てきなさい~。」


 イリーシア様が令嬢スタイルを脱ぎ捨てズカズカと奥の方へ行く。私は入口に所在気無く立っていると、何かがぶつかって倒れる音がした。


 しばらくするとイリーシア様が何かを引き摺って戻ってきた。


「あら、カレットさん。気が利かずにすいません。そちらにおかけください。」


「はい」


 イリーシア様に促されて、応接セットのソファーに座る。…うわ、凄いフワフワだ。実家の布を全部集めてもこんなにフワフワにならない気がする。


 イリーシア様は何かをソファーに放り出すとお茶を入れ始めた。私に手出しできることがないのは学習済みだ。


「イリス、お茶なら俺が…」

「グレンに入れさせると、色のついたお湯か、やたら渋いお湯にしかならいから絶対に駄目です!」


 何か(多分グレンさん)が気を利かせようとするが、逆効果だったらしいピシャリと封じられてしまっていた。

 それにイリーシア様を愛称で呼んでるとか、仲は相当いいらしい。


 お茶を入れたイリーシア様が戻ってきて仮称グレンさんの隣に座る。すごい、ベッタリな距離だ。


「えっと、すまん。イリス状況を教えてくれ。」

「とりあえず、いつも通り私との待ち合わせを忘れていました。」

「…ゴメン。」


 きっと仮称グレンさんは私がいることを聞きたかったんでしょうけど、イリーシア様は待ち合せに来なかったことをプンスコ怒ってます。あ、やっぱりいつものことなんですね。


 シュンとしている仮称グレンさんに慣れているのか、イリーシア様もすぐに機嫌を直して私を紹介してくれる。


「こちらは私と同じく特進クラスに入られたカレットさんです。市井の出でありながらも特待生を獲得された、非常に優秀な方です。」


 なんか、すごく持ち上げられてる気がする。でも認められているようで嬉しい。


「おー、それは凄いな。でもそうすると俺とはあまり顔を会わせないかもなぁ。俺はグレンだ、学園の講師もやっている。まっ、受け持っているのは平民クラスと貴族クラスの最初の方だけだが。」


 グレンさんが自己紹介をしてくれる、寝癖がついた頭に、全体的にちょっと着崩した感じの人で、結構若そう。でもこの若さで講師なのになんで授業がないんだろう。


「鍛冶師ゴーンズの娘カレットです、よろしくお願いします。特進クラスにグレンさんの授業がないのはなんでですか?」


「単純に学園側に必要ないと言われているからだ。要らんモノに時間はかけれんさ。まあ、俺も学ぶ気のないやつに教える気もないし、自分の時間が取れてちょうどいいってのもある。」


「む~、私はこの学園でグレンの授業を受けるのを楽しみにしてたんですよ!」


「イリスにはいつも教えてるだろ。」


「あの学園の教室でのシュチュエーションがいいんです!」


 わからない、なんで学園側はいらないと言われるグレンさんを置いておくのだろう、必要ないなら放逐すればいいし、お情け程度に授業をもたせる必要もない、あと私は何を見せられているのだろう。


「ちなみに何を教えているんですか?あとイチャイチャしないでください。」

「イチャイチャなんてしてませんよ!?」


 グレンさんの腕に抱きついて言うイリーシア様、そういうとこですよ。


「ん~、魔術基礎理論と魔力制御法だな。特別なことは教えてない。」


「グレンはもっと凄い魔術が使えるんですから、そっちを教えればいいんですよ!」


「そうは言ってもなぁ、その二つをとりあえず覚えれば、あとは応用でこなせるし。まあ、俺も完璧にマスターしたとは言えないが。」


 私の記憶に引っかかるものがあった


「あの、『魔力制御向上と初級魔術への応用理論』という本に覚えがありませんか?」


 私の質問に、グレンさんは頭を捻っている、私の勘違いなんだろうか。


「グレンが一番最初に書いた本ですよ。」

「あ~、とりあえずなんか書いてくれって言われて、張り切って書いたら、何書いてあるかわからねぇし、そんなわけねぇだろってボロクソに言われたやつか。」


 そんなわけない、あの本が私の未来を切り開いてくれたのだ。


「あの、私その本持っています。」


「え、マジで!?」「本当ですか?」


「はい、コレくらいの冊子のやつですが。」


 当時ロクに魔術を制御できなかった私に、神父様が王国でも新進気鋭の魔術師様が書いた本だ役に立つだろうと、おそらく大枚をはたいて買ってきてくれた本。


「マジか、初版も初版じゃねぇか。」

「書いた本を魔術で複製して紐で綴じたら、手書きで写さないとは何事だって怒られてましたもんね。」

「彼奴等バカじゃねぇの、そんなに手書きが良ければ魔術も手書きにすりゃいいのによ。」


 教わった魔術をとりえず放つことしかわからなかった私に、魔力とはなんなのか、魔力を扱うということはどういうことか、魔術と魔力を扱うことの違いはなんなのかを、時にわかりやすく、時に詳しく書かれており、私は何度も読み返し、実践し、成長してきたのだ。

 あと体制批判は私のいないところでお願いします。


 私はあの本をもらって、読み始めた時から筆者の名前を忘れたことがない。


「あの、もう一度お名前を聞かせてください。」


 グレンさんの顔をまっすぐ見つめながら聞く。


「グレディーオ・ヴァイツホルンだ。生まれは田舎の男爵家の四男坊だけどな、今は伯爵を頂いている。」


 そう、原作では一切なかった名前。けれど私が生きるこの世界で王国最強の称号を持つ魔術師、イリーシア様の婚約者にして、私が顔も見たこともなかった魔術の師匠がそこにいた。


「私は、その本で魔術を学びこの学園に来ました。」


 胸を張って言う。


「アホか、聖人がどんなに正しいことを人に説こうと、聞く耳持たず、実践されなければ意味がない。俺の本だって同じだ、結局クソミソ言われておしまいだ。

 人の行いは結局自分でしか変えられない。カレットとか言ったな、もっと自分を誇れよ。本があったからじゃねぇ、常に自分が魔術と向き合ってきたからだってよ。」


 なんか叱られた、私としては師匠のおかげですって気持ちを伝えたかったんだけど、お前が頑張ったからだって。叱られたけど認められたみたいで嬉しい。


「あ、グレンの本で勉強して来たってことは、カレットさんは私の妹弟子ってことですよね!あらためてこれからよろしくお願いしますね。」


 イリーシア様は私の姉弟子になるらしい、恐れ多くて失神しそうだ。というかグレンさんって幾つなんだろ?


「あのお二人はいつからお付き合いを?」


「えっと、私が4歳の時に誘拐されかけまして…」


 おお、なんか乙女ゲーそれっぽい出会いの予感。


「アジトに連れ込まれた時に、グレンが既に誘拐犯の仲間を吊し上げてボコボコにしていたのが出会いで…私、その時運命の赤い糸を感じましたのよ」


 イリーシア様…嬉しそうに語ってますけど、きっとその糸は誘拐犯のヘモグロビンで染まってると思います。


「それから普通に仲良くはしていたんですが、グレンの魔術の才に気づいたお祖父様が『孫娘わたしと付き合うならば魔導学院に通いなさい』と言い出しまして、グレンを魔導学院に放り込んで」


「結局教育課程は3ヶ月で修了したな」


 魔導学院というのは、魔道学園の上の機関なんだけど、こっちは純粋に魔術を学ぶ者にとって最高学府となる、大学や大学院、研究機関をひとまとめにしたところだ。そこを3ヶ月で教えることはないと言われる事自体がおかしい。


「そうしたらお祖父様が『勉学だけでなく武勇も見せねば孫娘わたしにふさわしいとは言えん』とグレンを南方戦役へ駆り出して」


 知っています、魔物の群れを鎧袖一触にしたことで魔術師グレディーオ・ヴァイツホルンの名を世に広めた一件です。というかお祖父様、絶対無茶振りしてますよね。


「それでグレンが陛下より男爵位を賜りまして、そうしたらお祖父様が『よいか、貴族とは連綿と続く血と知の集大成だ、己一代限りで終わるような者と孫娘わたしの仲を認めるわけにはいかん』と申されまして」


 絶対そのお祖父様、イリーシア様に近づくグレン師匠のこと嫌いでしょう。だって男爵も爵位継承出来るんですから。


「それで数々の論文の発表や魔道具の開発の功績が認められ、伯爵まで陞爵。ようやくグレンは婚約者として認められました。」


「ちょどその頃、カレットが読んだって本も書いたな。」


 なんかもっと「オラッ!!婚約ぅ!」みたいな感じで婚約してるかと思ったら、意外と苦労してた…はずなんだけど一つ一つのエピソードがぶっ飛びすぎてて、よく解んなくなってくる。


「師匠って今おいくつなんですか?」


「今19だ。後なんだよ師匠って」


 想像以上に若かった。


「えっと、師匠の本で魔術の制御を学んだので…」


「お前、あの本を何処まで理解した?」


「凡そのところは理解したかと、実践はまだまだですが。」


「そうか、ちょっと待ってろ」


 師匠が席を立って奥へ行く、イリーシア様は静かにお茶を飲んでいる、私も真似してお茶に口をつける。美味しい…文化の香りがする。


 お茶を楽しみながら、心を落ち着けていると師匠が何かを手にして戻ってきた。


「ほれ、やる」


 私の前に何か置いた、ワンド


「あれが大体理解できてるなら十分だ、俺の弟子だ。イリスも持ってるしな。」


「まあ、これで本当にカレットさんが私の妹弟子になったんですね!」


 私は振るえる手で、眼の前に置かれたワンドに手を伸ばし、魔力を通す。


「ただし、気をつけろよ。オモチャみたいな杖だ。特進クラスのヤツなんかがまともに魔力を通すと…」


 ビシリ…変な音がして私の手の中にある杖に亀裂が走った。


「まあ、そうなる。貸してみろ」


 あまりの事に頭が真っ白になった私は、言われるがままに割れた杖を差し出す。


 師匠の手にわたった杖は時間を巻き戻すように元の形を取り戻し、私の手に戻ってきた。


「そいつはあくまで弟子の証だ、杖が使いたきゃきちんとしたのを使え、そもそも俺の弟子を名乗るなら杖なんていらねぇしな。」


 そうだ、私は今まで杖など持ったことなかった。師匠の言葉が、私の歩んできた道の正しさを証明する。


「これから一緒に頑張りましょうね。」


 イリーシア様も喜んでいる、これからお姉様と呼んだほうがいいのだろうか。うん、悪くない。


「はい、お姉様!でも私の前でイチャイチャしないでくださいね。」


「イチャイチャなんてしてませんよ!?」


 でもお姉様、貴女さっきからずっと師匠に肩を寄せていましたよね。



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 よ、ようやくタイトル回収…できたのか?

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