第2話 出会わなければ別れない

 そもそも前世の私は「ホワイティア・ハーツ」をそこまでやり込んでいない、死ぬ前の一月前にあった一日の休みに、他に何もする気がおきなくて起きてから寝るまでやっていただけだ。ぼーっとコントローラーを握りながら画面のイケメンや美少女を眺めてイケボを聞いていただけで、正直言葉として捉えていたかも怪しい。


 そんな私でも幾つか憶えているイベントはある。


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 私はフィルグレン王立魔道学園の校門を通り校舎への道を進む。背後からざわめきが聞こえてくる。振り返ればハニーブロンドの髪をカールさせ、意思の強さを感じさせるアメジストの瞳をした女生徒が歩いている。彼女こそ「ホワイティア・ハーツ」を代表する悪役令嬢イリーシア・ブライマンハッター公爵令嬢である。


 私は脇に避けて頭を下げ公爵令嬢が通り過ぎるのを待つ。ゲームの中では私は令嬢に気が付かず歩いていたため盛大に絡まれることになったが、今の私はそんな過ちを犯さない、華麗にフラグを回避してみせるのだ!


「イリーシア様、あの娘が例の特待生です。」


 取り巻きの一人がイリーシア様に囁いている、あのアマあとで首まで地面に埋めてやると思っていると、イリーシア様が私の前まで来た。


「顔を上げなさい」


「はい」


 私は顔を上げてイリーシア様を見る、ゲームの時にはキツめの表情が多かったが、今はなんだろうすごく穏やかな感じだ。


「貴女、お名前は?」


「カレット…です。」


「そう、カレットさん我が国では優秀な人材を広く求めています。市井の民より特待生で入れるということはよほど優秀なのでしょう。これからに期待しています。」


「…はい」


「では、ごきげんよう」


 あれ?これは絡まれたのか?ごく普通に激励された?どちらにしろ出会わずにやり過ごすということは無理でした。


 こうなりゃゲームに乗っかっていくほうがいいのかなぁ。

 イリーシア様が通り過ぎるのを待ってから、私は校舎への道の隅っこを歩きながら考えていた。


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 定番の入学式イベントで、新入生代表ヴァルツ・ニコラウス・フィルグレン第三王子が壇上で挨拶してたときはなんかこう、講堂全体がすごくキラキラしてた。たまたま隣りにいた同じ平民出の子と


「王子様キラキラしてるねぇ…」

「すごいね…」


 こんな感じで見とれていた、そりゃ耐性もない町娘があんなキラキラを浴びたら一発KO間違いなしですわ。原作ではカレットはこのキラキラに耐え抜いてイケメンたちと様々なイベントを起こしていくのだ。

 私だって、腐っても…いや腐ってないよ!ピチピチのカレットちゃん15歳だ、キラキラパワーに耐え抜いてやる!

 あと通年で年を数えたやつは、頭から地面に埋めてやるからな。覚悟しろ。


 その後、在校生代表で見たことあるマッチョや、講師紹介で見たことあるメガネが出てきたけど名前に全く聞き覚えがなかった。前世の私は一体何をやっていたんだろう。



 そうして入学式が終われば、クラス分けだ、フィルグレン王立魔道学園ではクラスは大きく3つに分かれている。


 一つは平民クラス、国内から一定の魔術の才が認められた若者を、国や貴族の出資により学ばせようというクラス、要するに青田買いだ。


 一つは貴族クラス、魔術の才も認められた貴族の子女たちが通うクラス。勉学は勿論、今後の人脈作りや、平民クラスに逸材がいれば自領にスカウトする役目を担っている。


 最後は特進クラス、非常に優れた才があると認められた者たちが通うクラス。一切の出自を問わず、結果が求められ、将来国に囲われることを前提としたクラス。

 そう、これから私が通うクラスだ。



 これは憶えていた、偉いぞ私。でもなんかこうフワフワしてなかったっけ?「お前ドコチューよ」「ああん、ウチに手ぇ出したらパイセンが黙っちゃいねぇぞ」で、殴り合って「お前なかなかやるじゃねぇか」「へっ、お前こそ」で解決、そんなフワフワ具合。


 だげど実際はガッツリ縦社会。校則には「学園内に置いて身分を排し学業に邁進すべし。」とあるが、これは身分が上のものがそれを笠に着て、下のものに無茶な行いをさせるのを慎みなさい。また下のものが失礼なことをしてきても、学生の間は長い目でみて大目に見なさい、あとそれとなく教育しなさいという意味だ。


 要するに身分を超えて交流しなさい、あと今のうちの失敗なら大目に見るよってこと。


 こんなもん当たり前で、学園から一歩外に出たら身分社会なのだから、それをわからずに「学園内じゃ身分なんて関係ねーぜー!」ってボンクラにマトモな居場所などあるわけ無いのだ。


 それで、私の通う特進クラスだけど乙女ゲーの例に漏れずキラキラ王子、イリーシア様も一緒に通うことになっている。私は入学式で隣りに座っていたこと女の子と別れて特進クラスの教室へ向かう。



 平民クラスと貴族・特進クラスでは校舎が違う、これは平民を守るためのものなんだけど、今の私には荷が重い。


 正直に言います、迷いました。


 しょうがないからその辺に歩いている、どう見ても生まれも育ちも違う方々にペコペコしながら道を尋ねると、どの方々も優しく道を教えてくれる。中には尊大な態度を取られる方もおりましたが


「あの、すいません」

「ふむ、何か用かな?」

「今年の特進クラスの場所を知りたいのですが。」

「そうか、ならば私自ら案内しよう。」

「いえ、結構です!場所だけ教えていだだければ自分でいけます!」

「そうか、淑女レディーに気を使わせるのは紳士のやることではないな。ここからであれば、真っすぐ行って2番目の階段を一階上がり、右に折れて、3番目の教室に特進クラスの札が架かっているはずだ。」

「親切にありがとうございます。」

「何、気にすることはない。赤毛の君よ、機会があればまた会おう。」


 と、実に親切に対応していただきました。

 そうそう紳士の方ジェントルマンには「赤毛の君」などと呼んでいただきましたが、私の容姿は、太陽と鍛冶場で焼けた肌に、赤毛の天パをお父ちゃんに作ってもらったヘアピンと髪留めでひとまとめにしているだけで、何処からどう見ても田舎者の町娘が制服に着せられているお稚児さんのような格好です。原作では最初から似合ってたはずなんだけど、どうしてこうなった…


 そんなこんなで無事教室に到着しました。今からこの教室に入らねばなりません、そのために教室の扉に対して、私は新たな扉を突き破るべく、お腹に力を込める。


「君、私も中に入りたいんだがいいかな。」

「うひゃぁ!!!」


 集中していたところに、後ろから声をかけられて変な声が出てしまった。振り向いたらそこにはキラキラ王子がいた。


「私が扉を開けてもいいかな?」

「ど、どうぞ…」

「うん、ありがとう。君も特進クラスだろ、一緒に入ろう。」


 私が脇に避けると、王子がこちらに微笑みかけながら誘ってくる。講堂で遠目で見ていただけでもキラキラしていたのに、こんな間近でキラキラを浴びては大変なことになってしまう、負けるな畑山亜梨紗享年34歳、相手は自分の通年の1/3も生きていないぞ!


「は、はぃ…」


 何とか絞り出した声で王子の背後に周りキラキラを回避し、王子の後に続いて教室に入っていく。

 特進クラスの席は殆ど埋まっていて、イリーシア様の周りに何人かの子女が立って雑談している。


 イリーシア様がこちらに気がつくと声をかけてくる。


「ヴァルツ様、ごきげんよう」

「ああ、イリーシア嬢も壮健なようでなによりだ。これから共に学ぶ身になる、よろしく頼むよ。」

「ええ、こちらこそ。…そちらはカレットさんでしたね。」

「はい、先程校門にて挨拶させていただきましたカレットです!」


 ヤバい、校門でのイベントをやり過ごして油断してたか?教室に入室程度とはいえ婚約者だいさんおうじの後について歩くのはまずかったか?下手すれば目をつけれてしまう。そんな緊張が私を襲う。


「ふふ、そんなに緊張しなくて結構ですよ。これから同じクラスの仲間としてよろしくお願いしますね。」


 イリーシア様は私に微笑みかけてくる。



 あれ?なんか君等おかしくない?


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