第27話 アタシー3
「くそったれ!」
某戦闘民族の王子よろしく、永月はそう吐き捨てながら、振り払うように指先を離し、車の中に備え付けてあったウェットティッシュを一枚取り出して指先をゴシゴシと拭いた。
いや、そこまでしなくてもいいじゃん。ほんと失礼なやつ。
「やっぱアンタ、宇宙人なんだ? もしかしてホルダーなの?」
「違う。お前みたいなゾンビと一緒にすんな。俺はただ宇宙人の血が流れてるだけの、生きた人間だ」
「え、じゃあエナジクト使えないんだ? どうやって宇宙人と戦うの? 拳銃とか?」
「エナジクトは使える。ホルダーではないけどな」
「? ホルダー以外でもエナジクトって使えるの?」
「原則は不可能だが、例外もあるんだよ。俺達6課は、お前らスリーシックスと違って、『人道的な運用』をしてるってだけだ」
「う~ん……余計に意味分かんないんだけど」
私が唸っていると、永月は大袈裟なくらいのため息をつき、心底疲弊したような表情で眉間を揉んだ。
「ったく。なんでよりによって今回の任務のバディがこんなド新人なんだよ。『カテゴリーA』クラスの任務だってのに」
「今回の任務、そんなに難しいの? 冬華は、永月がいるから安心していいって言ってたんだけど……」
「あの女狐め」
「め、女狐ってそんな……」
永月の声色には明らかな怒気が含まれていた。
どうしよう。私、そんなにヤバイ任務についちゃったのかな?
「まあいい。今回は俺が主体になって動く。お前はどうせ足手まといにしかなんねぇんだ。安心してそのバカ面下げながら、好きなだけ高校生活でも満喫してろよ」
「え、でも、私も出来ることがあるなら……したいんですけど」
「今のお前に出来ることは無い」
「で、でもっ──」
「お前、宇宙人と戦ったことあんのか?」
ギロリと鋭い視線が私を突き刺す。私はその視線の鋭さに、思わずびくりと身を震わせた。
「自殺志願者だってんなら止める気はねえけど。てめえみたいな戦闘を舐めきったクソ新人は、例えゾンビだとしても即死だぞ」
「そ、即死って……でも私、エナジクトがあるから身体が傷ついても治癒するし、武器だって──」
「俺は6課に入って一年。実戦に出るようになって半年だ。そのたった半年の間に、テメェみたいなバカ新人が戦闘中に死んでくのを腐るほど見てきた。文字通り、『ただの死体に戻る所』をな」
「死体に戻るって……」
それってつまり、寿命いっぱいまで殺され続けるってこと?
シロちゃんと戦った時の事を思い出す。
あの時もし私が戦意喪失してたら、もしかしたらあのまま──。
少し想像してしまって、背筋にぞくりと悪寒が走った。
私の方をチラリと見て、永月は今までより幾分か柔らかい声色で続けた。
「ま、任務終了までせいぜい正体がバレないように過ごすんだな。今回の任務は俺が一人でなんとかする。吹雪2佐にもそう報告しといてやるよ……じゃあな」
「あ、あのっ」
「なんだよ。まだなんかあんのか?」
「今から行くの? 冬華のとこ」
「ああ、そうだけど」
「えーと、もし良かったらでいいんだけど……私もこのまま乗ってっていい?」
永月は呆気にとられたような顔で私を見た後、みるみる眉間に皺を寄せ、
「チィッ!」
今までで一番大きな舌打ちをして、車のエンジンを掛けた。
その後、不機嫌さ全開で一切話さなくなった永月と共に、ハンドルを指先でトントンと忙しなく叩き続ける音だけが響く、地獄のような空気が充満する車で揺られること一時間。
私はやっと安息の地──執務室へとやってきたのだった。
ノックをすると、「はい」と扉から冬華の姿が現れる。
私は3日ぶりに見るそのまるで女神のような美しい姿に、涙がつーと流れ落ちるのを止められなかった。
「え、アイちゃんどうしたの!? まさか、永月くんが?」
「違います。こいつが勝手に泣き出しただけです。俺関係ないです」
「そう……とりあえず二人とも、お部屋に入って」
私は冬華に涙を拭いてもらいながら部屋に入り、ソファに座った。
ああ、冬華の部屋の匂いだ。ほんのり紅茶の香り。落ち着く……好き。
うっとりと目を閉じ、好きな人の部屋の香りを堪能していると、永月が紙袋を冬華に渡していた。
さっきここに来る途中で買っていた和菓子屋のものだ。甘いものが嫌いだと言っていた永月が、わざわざ20分くらい並んで買ってたやつ。
そうか、あれ冬華に渡すためのものだったんだ。
「そういやこれ、児玉さんからの土産です」
「わあ。これ、私が食べたかったお店のどら焼きだぁ~嬉しい。児玉さんにありがとうって伝えといてくれる?」
「はい」
「え? 永月、それさっき店で買って──」
「吹雪2佐。今回の共同作戦の件で、少し話があるんですが」
私の言葉を遮るように永月がそう言う。
こいつ、ほんと私に話させる気が無いな。
「そうなんだ。紅茶入れるし、そこのソファ座っていいよ」
「いえ、すぐに済むので結構です」
「そう。で、話って?」
「今回の作戦のバディである刃金アイから、先ほど意見具申(いけんぐしん)がありました。『今回の任務について私に出来ることは無いかもしれない。この作戦は僕、永月秋人に任せる形にしたい』と」
「はぁ!? わたしっそんな事言ってな──」
「言ったよな」
「え?」
「さっき自分で言ってたよな? なあ──刃金?」
全てを支配する悪魔みたいな青い瞳がギロリとこちらを向き、射抜くように私を睨みつける。
その瞳に気圧され、私は文字通り蛇に睨まれた蛙みたいに、なにも言えなくなってしまった。
「そうなの? アイちゃん」
「え? あー……確かにそんな事、言ったかな~? でもちょっと。本当に自信は……無いかも」
そう。私はさっき永月が言っていた話で怖気づいてしまっていた。
だって、死んじゃったら冬華と会えなくなっちゃうし。
「ほら、すっかり戦意喪失してしまってる。だから今回の作戦は、僕が──」
「アイちゃんは大丈夫だよ」
「は?」
「え?」
永月と私の驚きの声が重なる。二人して同時に冬華を見た。
「アイちゃんは絶対に大丈夫。作戦だって遂行できるし、死にません。私が保証します。だから永月くん。アイちゃんのこと……よろしくね?」
きっぱりとそう言い切って、冬華は臆することなくじっと永月を見上げる。
そのアメジストのように輝くまっすぐな瞳から、永月は気まずそうに目を逸らした。
「ったく、分かりましたよ。でも、どうなっても知りませんから」
「うん。ありがとう。永月くん」
それからすぐに永月は帰っていった。
どうやら公安の方にも報告しに行かなくちゃいけないらしい。
あいつもあいつで中々大変そうだ。
それから私は冬華が仕事しているのをソファに座りながらしばらく眺めて、それに気付いたらしい冬華がこっちにやってきて。
現在、なぜか膝枕してもらっていた。
「ねえ、冬華」
「ん? なに? アイちゃん」
優しく髪を撫でてもらいつつ、私は冬華を見上げる。冬華は慈愛のこもったような目で私を見下ろしていた。
「なんでさっき、私なら絶対に大丈夫って言ったの?」
「へ?」
冬華は思案するように口元に指先を当てて、答えた。
「だってアイちゃん。とっても強いんだもん」
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