第28話 アタシー4


「だってアイちゃん。とっても強いんだもん」


「え、わたし……強いの?」


「マリアちゃんも褒めてたよ。『あの短期間でよく私から一本取った』って。それに入隊試験だって、あんな短時間で合格したの、アイちゃんが初めてだし」


「そうなの!?」


「うん。マリアちゃんって実は元軍人なんだけど、それでもかなり苦戦してたんだよ? 他の子も結構手こずってたみたいだしね」


「マリアさんが苦戦? あんなに強いのに?」


エナジクトの力は知らないけど、マリアさんならワンパンでシロちゃん沈めてそうなのに。


「マリアちゃん、最初はそこまで力があるってわけじゃなかったからね。あれはスリーシックスに入ってからの彼女の努力の賜物だよ。それにエナジクトとホルダーにも、相性があるから」


「へえ……」


シロちゃんも私の褒めてくれてたみたいだし。私、本当に強いのかも? 

う~ん……今のところ、あんまり実感は無いんだけどなぁ。


「アイちゃんはエナジクトとの相性が他の子よりずっと良いの。だからもっと自分の力を信じて大丈夫だよ」


「でも私、今までそんな風に褒められたこととか無いから……正直信じられないや」


だって私は、スリーシックスに来るまで、褒められた経験なんて一度として無かったのだ。

冬華がそうやって褒めてくれるのは嬉しいけど、やっぱりまだどこかでその言葉を疑ってしまう自分がいる。


冬華の言葉、ちゃんと信じてあげられたらいいのに。


「う~ん。そっかぁ……」


冬華は再び口元に指先を添える。どうやら考える時の癖らしい。

なんだか色気を感じる仕草で、とってもいいなと思った。


「じゃあさ。ご褒美を設定しちゃうのはどう? この任務が無事に終わったら、アイちゃんの行きたい所に二人で遊びに行く、とか」


「……へ?」


思考停止してしまった頭で、冬華の言った言葉の意味を、ゆっくりと咀嚼する。


遊びに? 二人で? それってつまり、デートだよね?

今度こそ正真正銘の……デートだよね!?


パチーンと勢いよく音を立てて、私の中のやる気スイッチがオンになる。

柔らかい太ももから頭を持ち上げ、私はすっくと立ち上がった。


そして不思議そうに目をぱちくりさせて見上げる冬華をまっすぐ見つめ、私ははっきりと告げた。


「冬華、私やるよ。今回の任務、絶対やる。曼荼羅(まんだら)高校で悪さをしてる宇宙人を、絶対に倒してみせる。だって許せないもん。罪もない人を攫って酷いことするなんて……そんな悪行、許されていいはずがないっ!」


拳を握り込み、私は情熱たっぷりでそう言い切る。


そう。これは決して私利私欲の為じゃない。

例えば、何が何でも冬華と絶対にデートしたいからとか。次のデートの私服はどんなの着てくるんだろうとか。

あわよくばあーんしてもらえたりしちゃったりしないだろうかとか。


別に、そういう邪な動機では無いのだ。たぶん。

いやいや本当だって。


私のこの情熱は──わるい宇宙人を倒すためのホルダーとしての闘志なのだっ!


メラメラと瞳に闘志を宿らせている私を、冬華は目を丸くした後、クスクスと笑い、立ち上がった。


「うん。そうだね。そうだよね? 悪いことする子なんて、みんなやっつけなくちゃだよね?」


よしよし。


冬華の手が私の頭を撫でる。私はついに顔がにやけるのを抑えられなかった。


「あ、そういえば冬華、さっき『他の子』って言ってたけど、私の仲間、他にどんなホルダーがいるの?」


「えーとねぇ。部屋に引きこもって出てこない子が二人。内偵に行ったきり帰ってこない子が一人……かな?」


「え……それだけ?」


「うん。今やる気出してくれてるのはマリアちゃんだけだね。だからアイちゃんが入ってきてくれて本当に助かったよ……これから頑張ってね?」


にこりと冬華が極上の笑顔を浮かべ、私に軽く敬礼する。


うーんまじか。一緒に戦ってくれる仲間がもっといるのかと思ってたんだけど。

私……本当にやってけるかな?


私はひくついた笑顔を浮かべ、冬華にぎこちなく敬礼を返した。




「アイちゃんおはようっ」


「アイ、おはよー」


翌日登校すると、ほのかちゃんとアキラちゃんが私の顔を見るなり笑顔で挨拶してきてくれた。


良かった。

昨日急に抜け出しちゃったこと、二人とも怒ってなさそうだ。

ほっとしながら席に座り、挨拶を返す。


「ほのかちゃん、アキラちゃん。おはようっ」


「アイちゃん昨日大丈夫だった? すごく急いでたみたいだったけど」


「え? あ、うん。昨日は本当にごめんね?」


「気にすんなって。今日も放課後どっか遊び行くか~」



「ねーねー三人とも、何の話してんの?」


ふいに振ってきた声に顔を上げる。

猫みたいな少し吊り目の大きな瞳が、興味津々といった感じで私を見下ろしていた。


私達に声を掛けたその少女は、まだ四月だというのに何故か半袖を着ていた。

その半袖から覗く腕は細く、自ら発光しているように真っ白だった。


「ソラちゃんだっおっはよ~!」


「ほのちゃんアキちゃん。おっは~!」


ほのかちゃんに『ソラ』と呼ばれた少女は、元気な声で片手を上げて挨拶する。


きめ細かな真っ白な肌。彫りの深い顔立ち。すらりとしたスレンダーな体躯。色素の薄いクリーム色の、癖毛っぽいベリーショート。


似合う人の限られた難易度のかなり高い髪型なのに、それが全く違和感なく馴染んでしまうような、目を見張るほどの美人だった。


この人。纏ってる空気が他の人と全然違う。

なんていうんだろう、あまりにも綺麗すぎて場違いというか、いい意味で浮いてるというか。


周囲を見渡すと、クラスの全員がその子の方をチラチラと盗み見るように気にかけていた。

どうやらこの子は、クラスのマドンナ的存在らしい。


「ソラ、昨日なんで始業式来なかったんだよ。撮影でも入ったのか?」


「いやぁアイライン引くの失敗しちゃってさ〜。直すのめんどくさくなって、そのまま一日中家でゲームしてました~」


「もうっそんな理由でサボんないでよぉ。ソラちゃんはメイクしなくても綺麗だよっ! ほのか、ソラちゃんがいなくてめっちゃ寂しかったんだからぁ~」


ほのかちゃんが泣き真似しながら、ソラちゃんに抱きつく。

「まーたイチャイチャしてる」とアキラちゃんが微笑み、ソラちゃんはおーよしよしと、まるで小動物にそうするみたいに、ほのかちゃんの頭を撫でていた。


すごい。これが漫画で何度も読んだ女の子同士のじゃれ合いのリアルバージョンか。

と……尊い。


「で、この子誰なの?」


「ふぇ?」


呆気にとられたまま見上げていると、長い睫毛に縁取られたミルクティーブラウンの大きな瞳が、私を捉えた。


「この子は昨日入ってきた転校生だよ。刃金(はがね)アイちゃんっ! 可愛いでしょ~?」


「ど、どうも。はじめまして……」


ソラちゃんの放つ圧倒的なオーラに気圧された私は、しどろもどろに頭を下げた。


「アイちゃん紹介するね。この子が昨日言ってたお友達、ソラちゃんだよっこの通り美人さんなので、モデルやってまーすっ!」


「宇宙(こすも)ソラで~す! アイちゃん。よろしくねっ!」


ソラちゃんはハツラツとした笑顔を完璧なウインクをして、こちらに向けてピースをしてみせた。


なんか、顔に似合わず元気な感じの子だ。

あまりにも美人だから気後れしちゃったけど、仲良くなれるかも?


「よろしくねソラちゃん。こすもって格好良い苗字だね? どうやって書くの?」


「へへ、珍しいでしょ~。宇宙って書いてこすもって読むんだぁ~」


「へえ、宇宙かぁ。宇宙……」


なんだろう。

そう言われてから見ると、なんかこの子……かなり宇宙人っぽいかも。

容姿端麗だし、この学校に通ってるってことは頭も良いんだろうし、なんというか、雰囲気がかなり宇宙人っぽいというか。

私のイメージ基準でだけど。


「あ、あのねソラちゃん。変な意味では取らないでほしいんだけど、ソラちゃんってなんか……宇宙人ぽいよね?」


「あっそれ、よく言われる~」


「ソラちゃんってもしかして……宇宙人?」


私は確信を得るために、『禁断の質問』をしてみた。

すると、ほのかちゃんに抱きついていたソラちゃんが、何故かこちらに歩いてくる。


え、まさかこれは──。


ソラちゃんは私に向かって人差し指を向けてくる。私も指を近づけた。


指先が触れ合った瞬間、ビリっと覚えのある感覚が身体に走る。


驚いて顔を上げると、ソラちゃんは私をじっと見つめた後、瞳を細めて妖艶に微笑んだ。

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