第26話 アタシー2

階段を駆け下り、急いでスクランブル交差点へ向かう。

案の定、不機嫌さMAXなオーラを纏った『そいつ』が立っていた。

そいつは私を見るなり、腕を組みながら険しい顔で睨みつけてくる。弁解の余地も無い私は、そいつに向かって深く深く頭を下げた。


「永月ごめんっ! マジでごめんなさいっ!」


「チッ!」


永月は人混みの中ですらハッキリと聞きとれる程の大きな舌打ちをし、背を向けてさっさと歩き出した。私は慌ててその背中を追う。


「あ、あのっ……永月さん?」


「情報共有もロクにできねぇ奴を任務に寄越しやがるとは。この調子じゃスリーシックスも終わりだな? 吹雪2佐には俺から連絡しとく、お前もう帰っていいぞ。つーか今回の任務は俺一人でやる。もう来なくていい。つーか来んな。ついでに俺の前に二度と顔出すな」


「いやっ本当にごめんっ! 本当に……すいませんでしたぁっ!」


そう。今回の曼荼羅(まんだら)高校への潜入捜査は、公安外事第六課、通称『6課』との共同作戦。

今回の協力者である6課の永月とは、放課後に情報共有をするという約束が取り決められていた。


私はそれを、思いっきり忘れていたのである。

こいつはいけ好かないムカつく奴だけど、今回ばかりは私が平謝りするしかなかった。


「あ、あのっスタビ奢るから許してっ! ほらっあの『キャラメルの乗ったフラペチーノ』とかいうめっちゃ美味しいやつ! だから絶対冬華には言わないで~! ホイップ増量してもいいからぁ~!」


「甘いもん嫌いなんだよ。それにさっきテメエが飲んでたやつ飲むとか、ぜってー嫌だ」


「え? 何飲んでるかまで見えてたの!? アンタどんだけ視力いいわけ!? マサイ族じゃんっ!?」


「ギャーギャーうるせえ。これだからガキは嫌いなんだ」


「はぁ!? アンタだってまだ二十歳でしょ!? 大して変わんないじゃん! ていうかたった一回のミスも許せないとか、どう考えてもアンタの方が絶対ガキなんですけど!」


「うっせえんだよ黙れクソガキ。クソガキゾンビ」


こいつ! また私の事ゾンビって言った!?

廊下で初対面でゾンビって言われた恨み──こっちはまだ忘れてないんですけどっ!


永月は相変わらずスタスタと歩いている。怒り心頭の私は何か策がないかと思案し、そして思いつき、ニヤリとした。


「ふーん。アンタ、私にそんな態度していいわけ?」


「は?」


永月がようやく足を止めて私を振り返る。

私は腕を組んでふんぞり返り、あおり気味の体勢になって奴を見下した。


「アンタがそんな態度なら、こっちにだって考えがあるんだけどなぁ~?」


「なんだよ。俺は別に、お前に弱みなんて一つたりとも……っ!」


どうやら永月も思い至ったらしい。慌てて口元を押さえた。


「お前、まさか──」


「アンタ。私に初めて会った時に言ってたよね? 冬華のこと『クソ女』って……あ~どうしよっかなぁ。今後のこと考えるとぉ、冬華に報告しといた方がいいよね? よし、今から電話で──」


「待て」


私がスマホを取り出そうとすると、永月がそれを阻止するように言った。


良かった。なんとか誤魔化せそうじゃん?


「とりあえず、お互いに今日あったことを報告し合うぞ。そこに俺の車停めてる。コンビニで飲み物くらいは買ってやるから、乗れよ」



コンビニに寄った後、駅前のコインパーキングに向かい、永月の車に二人で乗り込む。


なんかめっちゃかっこいいし高そうな車なんだけど、さすがにマイカーじゃないよね?

さっき『俺の車』って言ってたけど、二十歳でこんな車買えるわけないし、きっと公安の借り物のはず。


さっき買ってもらったフルーツオレを飲みながら車の内装を観察していると、永月が先に口を開いた。


「情報共有。そっちから先に報告しろ」


「へ? あ、うん。今日はとりあえず始業式で……特に何のトラブルもなく、終わりました」


「チッ!」


また舌打ちしやがった!? こいつ、マジで良いとこは顔だけなんだな。

パラメーター見た目に全振り男。はぁ……残念な奴。


「だってしょうがないじゃん! 今日本当に何の異変もなかったんだもん!」


「誰が小学生の日記じみた報告しろっつった? 校内で接触した生徒や教師について報告しろ馬鹿。さっき一緒にいた生徒も含めてな」


マジでこいつ、言い方が一々腹立つ! 絶対6課でも嫌われてるわ! やーいこの嫌われ者っ!


「あーはいはいそういう事ね。でも今日は本当に、担任の郷田先生に教室に案内してもらって、隣の席のほのかちゃんに声掛けてもらって、アキラちゃんと一緒に渋谷に遊びに行ったくらいなんですけど?」


「2年A組の担任は、確か郷田直人だったな。『ほのか』と『アキラ』……杉崎ほのかと鳳凰院(ほうおういん)章のことか?」


「え、そうだけど……なんで知ってるわけ? アンタ、今日私のクラスに顔出してなかったよね?」


「全生徒の名前と顔くらい潜入前に頭に入れてるに決まってんだろ、クソバカゾンビ」


「せっかく褒めてやろうと思ったのに最後ので帳消しになったわ、このクソバカ男」


「杉崎ほのかは、自分から声を掛けてきたのか?」


「え、うん。緊張してる私に優しく話しかけてきてくれたって感じ」


「……怪しいな」


「え? なんで? ほのかちゃん。めっちゃ普通の可愛い子だったよ? 気さくだし、めっちゃ優しいし」


「吹雪2佐から聞かなかったのか? 宇宙人は宇宙人と引かれ合うんだよ。そいつはもしかしたら、宇宙人としての本能でお前に声を掛けた可能性がある」


「あ。確かに冬華、そんな事言ってた……」


「担任はさておいて。その女子二人、確か見た目がかなり良かったよな?」


「は!? アンタ何考えてんの!? このロリコンがっ!」


「変な勘違いすんなバカ。宇宙人はな、基本的に見た目が若くて容姿端麗なんだよ。そして頭脳明晰でもある。曼荼羅高校は都内トップクラスの進学校。そこに通ってる時点で、校内の生徒の頭の良さは保証されてる。つまり、容姿がずば抜けて良いやつに絞り込んで、犯人を探し出すべきってことだ」


「な、なるほど……他に宇宙人の特徴とか、あるの?」


「他の分かりやすい特徴といえば、宇宙人かどうかの質問に反応するかどうかと、コーヒーが飲めないことくらいだな」


へえ、宇宙人ってコーヒー飲めないんだ。

さっきスタビでほのかちゃんとアキラちゃんが飲んでいたものを思い出す。


「さっきスタビでは、ほのかちゃんは私と同じキャラメルの乗ったフラペチーノで、アキラちゃんはアイスコーヒーだったんだ。つまりアキラちゃんは、宇宙人じゃないってことだよね?」


「そういう事になるな。今のところ怪しいのは、杉崎ほのかってことか」


「う~ん。でもまだ初日だからなぁ……もし宇宙人だとしても、『いい宇宙人』の可能性だってあるんでしょ?」


「そうだな。まあそっちの大体状況は分かった」


「で、アンタの方はどうだったわけ? ていうかアンタ、高校にどうやって潜入してんの。教員の新人研修生とか?」


「……B組」


突然、永月の声が聞き取れないほど小さくなる。


「は? なに? なんて?」


「3年B組に……いる」


「さんねんびーぐみ?」


金八先生?


ぽかんとしながら見ていると、永月が気まずそうに口をもごつかせ、俯く。

覗き込むと、逃げるように顔を逸らされた。


そこで私はようやく思い至り、問いかけた。


「もしかしてアンタ……先生じゃなくて?」


「しょーがねえだろ! 6課はスリーシックス(てめえら)みたいに規律が緩くねえんだっ! 俺は教員免許なんて持ってねえから、生徒として潜入するしか無かったんだ馬鹿っ!」


真っ赤な顔をして永月が怒鳴る。

私は堪えきれず吹き出し、腹を抱えて笑った。


「ぶっ……あーははははっ! 二十歳で高校生……っ! しかも、公安のエリート様がっ……!」


「笑うなっ! 一応設定では18ってことになってんだよ! 『そういう設定』でしか潜入出来なかったんだから、仕方ねえだろーがっ!」


腹を抱えて笑う私を見て、永月は相変わらず激怒している。

そこで私はふととあることを思い出して目尻を拭う。


これから幾度となく繰り返すであろう質問を、永月に問いかけた。


「アンタ、宇宙人?」


すると永月は、こちらを睨みつけたまま人差し指を向けてきた。私も人差し指を差し出す。

指先が触れた瞬間、何度か経験したビリッとした感覚が、私の身体に走った。

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