第25話 アタシー1

ひとしきり泣いた後、私は冬華をバス停まで見送り、部屋に戻って新生活の準備を進めた。


それからの二日間は生活環境を整えるのやら、入学の準備やらなんやらをこなしながら、寂しくなったら冬華にメッセージを送ったり、夜になったら冬電話したり。

けっこう慌ただしく過ぎ、あっという間に始業式の日になっていた。



「えーでは転校生を紹介する。本日付けでこの学校に転校してきた刃金(はがね)アイだ。刃金、自己紹介を」


「は、はじめまして、刃金アイです……よろしくお願いします……」


全員の視線が集まる中、私は俯き震えながらなんとか挨拶をした。


教室内に拍手が鳴り響く。みんながどんな表情をしているのかは、ずっと俯いていたから分からなかった。


冬華に言われたからって安請け合いしちゃったけど、私そもそも学校苦手なんだった。ずっと虐められてたし。

どうしよう。もしこの学校でも虐められたら──。


「じゃあ刃金、そこの空いてる席に座れ」


「は、はい……」


大丈夫、大丈夫。

だって私はこの学校にずっと通うわけじゃない。私がこの学校に来た目的は、潜入捜査なんだから。


今日から私は、この学校内にいるはずの『わるい宇宙人』を探して、やっつけなくちゃいけないんだ。


冷や汗をかきながら、誰とも目が合わないように下を向き、ロボットのようにぎくしゃくと自分の席へと向かう。

なんとか席に座ると、「ねぇねぇ」と隣から声を掛けられた。


びくりとして見ると、ぱっちりとした大きな瞳と目が合った。

人懐っこい感じのする茶色の瞳。栗色の肩までのウェーブヘア。手の甲まで隠れるくらいの、少し大きめのクリーム色のセーター。

明らかにクラスで人気のある感じの、柔和な雰囲気のあるすごく可愛い女の子だった。


「あっハイ……ナンデショウカ?」


思わずカタコトになりながらそう返すと、女の子はクスクスと小さく笑った。


「あはは。刃金さん、緊張してる?」


「う、うん……ごめんなさい」


「こっちこそごめん。そりゃ緊張するよね? 私は杉崎ほのか。ほのかって呼んでね。せっかく隣になったんだし、仲良くしよ? 分からないことあったら、なんでも聞いて?」


優しい人だ。めちゃくちゃ可愛くて陽キャっぽいのに。

こんな陰キャの私に、声を掛けてくれるなんて……。


まあ、こういう声掛けって本当に最初だけなんだろうけど。今日って始業式でクラス替えしたばっかだしね。

それでも話しかけてくれるの、嬉しいな。


「あ、うん。ありがとう。その、ほのかちゃん……よろしく」


屈託のない笑顔をこちらに向けてくるほのかちゃんの視線に耐えられず、私は結局俯きながら、しどろもどろにそう答えるのが精一杯だった。



始業式から終わり、みんなが帰り支度をはじめる。

私も今日は大した収穫はなさそうだなと思い、帰ることにした。

すると──。


「刃金さんっ」


声に顔を上げると、ほのかちゃんが鞄を持って私の前に立っていた。

目が合うと、にこりと極上の笑みを浮かべて小首をかしげる。


うう、仕草が一々かわいいなぁ。


「ほのかちゃん。なに?」


「刃金さんって、この後ヒマ?」


「え? 暇? ……まあ、特に予定は、無いかな?」


本当はこの後すぐにバスで駐屯地に向かおうと思っていたけど、それって別に冬華と約束したわけじゃないしなぁ。


「え~そうなんだぁ! じゃあ今からさっ私達と遊びに行かない?」


「へ? 私達?」


「ほのか~。そろそろ行こうぜ~」


ほのかちゃんの後ろから誰かが歩いてきて、背後からじゃれるようにほのかちゃんを抱きつく。

クールな印象の、眉目秀麗という言葉が似合うイケメンだった。


そ、そんな。公衆の面前で堂々と……もしかして、ほのかちゃんの彼氏かな?


「あっ、アキラちゃんっ」


ほのかちゃんが腕の中にすっぽり収まったまま、イケメンを見上げて声を上げた。


へ? 『ちゃん』?


改めて見てみると、そのイケメンはスカートを履いていた。確かに髪の長さも、短めの女子とも言えなくもない。

どうやら中性的な雰囲気の女の子だったようだ。


「あれ? ほのか、この子誰?」


「紹介するね。今日転校してきた刃金さんだよっ」


「あっ刃金アイです……よろしくお願いします」


「へー……結構イイ感じの子じゃん? 私は鳳凰院(ほうおういん)章(あきら)。アキラでいいよ。よろしくね」


アキラさんが白い歯を見せてにこりと微笑む。

私は突然の笑顔にハートが持っていかれそうになった。



私それからほのかちゃんに手を引かれるまま電車で渋谷に向かい、ここに人口の全てが集結してるんじゃないかと錯覚するほど、人がひしめき合っているスクランブル交差点を命からがら渡り切り、なんともまあ呪文めいた注文が必要な、おしゃれな感じの喫茶店に入り、なんとかフラペチーノという甘くて美味しい飲み物にありついていた。


挙動不審な私に代わって、二人が色々と案内してくれたり注文してくれたりしたおかげで、なんとかなったのだ。


こんなとこ、一人だったら絶対来てない。人が多すぎる。東京怖い。



三人でフラペチーノを飲みながら、スクランブル交差点を行き交う人の波を見下ろす。


当然なんだけど、私は二人の質問攻めにあった。


どこから来たのかとか、家族はどんなだとか。


私は入学前に渡された『刃金アイの個人情報一覧』を必死で思い出しながら、なんとかそれに答えた。


ほのかちゃんとアキラちゃんは小学校からの幼馴染で、ずっと仲良しらしく。

『二人で絶対一緒の学校に行きたい』と決めて、必死で勉強して曼荼羅高校に入ったらしい。


いいなぁ。仲のいい幼馴染。憧れる。


二人ともとっても気さくで、しばらく話していると私も次第に緊張も解けてきて、普通に話せるようになってきた。


「ねえ、今日ソラちゃんは~?」


「ソラは用事あるって。あいつ忙しいからな~」


「そっかぁ~ざんね~ん」


「あの、ソラちゃんって?」


「私達のいつメンだよ~。いっつも三人で遊んでるんだぁ~。明日学校で紹介するねっ」


「これからも遊ぼうぜ。四人で」


「へ? 四人って……私も一緒に遊んでいいの?」


「当たり前じゃ~ん! だって私達、もう友達でしょ?」


ほのかちゃんがにこりと微笑み、アキラちゃんがうんうんと頷く。

途端に、ぱあと私の頭の中に花が咲き乱れた。


うわ~! 入学早々友達できちゃった~!

私、めっちゃ普通の女子高生っぽいぞっ!?  た、楽しい~!!!


テンションマックスのニッコニコでフラペチーノを飲んでいると、スクランブル交差点の真ん中で、誰かが立ち止まるのが見えた。


立ち止まった黒いスーツ姿の男は、心底不機嫌そうな顔で眉間にシワを寄せ、睨みつけるかのように私を見上げていた。


え、なにあの人。感じ悪……って、あれは──!?


「ぶっ!」


「ちょっ! 大丈夫アイちゃん!?」


「アイ、ハンカチいるか?」


「ご、ごめん二人とも。私、ちょっと用事思い出した……また今度っ!」


「え!? ちょっとアイちゃーん!」


ほのかちゃんの呼び止める声を背に受けながら、私は急いで階段を駆け下り、スクランブル交差点へと走った。

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