第24話 スーパーウルトラハイパーミラクルロマンチック -3

室内は広めの1Kだった。まるで新築みたいにピカピカだ。


冷蔵庫や洗濯機。電子レンジなどの必要最低限の家電は、既に備え付けてあるタイプの部屋だった。


ずっと憧れていた自分だけの部屋。

今日から私、ここに住んでいいんだ。


「家電は備え付けのがあるから、とりあえず今必要なのは、お布団と生活用品全般かな?」


「すごい……私、本当にここに住んでいいの?」


「そうだよ。今日からここがアイちゃんのお部屋。好きなもの置いて、好きなことしていいんだよ」


「なんか夢みたい……」


誰にも怒られず好きなタイミングでお風呂に入ったり、漫画を読みながらゆっくりコーヒー飲んだり、そういうことしてもいいってことだよね?


冬華と離れ離れになるのが淋しいと思ってたけど、今はなんだか……ちょっとワクワクする。


「そういえばアイちゃん。エナジクトって変形できるの知ってる?」


「え? そうなの?」


「うん。武器のままだと持ち運びにくいから、結構みんな形変えてるよ。マリアちゃんは髪飾りにしてたり」


ああ。そういえばマリアさんのポニーテール。確かに髪飾りがついてた。

まさかあれがエナジクトだったなんて。


これから学校に通うってなると、ナイフのままだと持ち物検査とかで引っ掛かったら大問題になっちゃいそうだし。

……私もそうした方がいいよね?


「それ、どうやったらできるの?」


「他の形状をイメージすると変形できるよ。ネックレスと髪飾りとか。存在しないものだと難しいから、既存のものを見ながらが一番簡単かな」


「なるほど……」


とりあえずやってみるか。


学生鞄から鞘に収まったエナジクト、ペンケースからシャーペンを取り出す。

そしてシャーペンを凝視しながら、エナジクトがシャーペンになるのをイメージしてみた。


するとエナジクトが小さな光に変わり、瞬時に私が見ていたシャーペンと全く同じ形になった。


「わ、本当に変わった。これなら誰にもバレずに学校にエナジクト持っていけるじゃん」


「エナジクトは出来るだけ傍に置いておいた方がいいの。距離があまりに離れちゃうと、エナジクトからの力の供給がホルダーに伝わりにくくなるし、急な戦闘になった時に使えなくて困るから。ちゃんと肌身離さず持つようにしておいてね?」


「うん。分かった」


なるほど、何にでも形を変えられるわけね……じゃあ。


チラリと冬華を見る。

冬華の鎖骨の間には、雪の結晶のような形のキラキラと輝くネックレスが揺れていた。


これからは冬華と一緒にいられない時間が増えちゃうんだよね?

まあ、学校の授業が終わったら報告っていう名目の下、冬華の所に毎日行くつもりだけど……。


頭の中でイメージすると、エナジクトが再び形を変える。変形したエナジクトを冬華は不思議そうに見た。


「あれ? これって──」


「冬華の今着けてるネックレス。とっても素敵だから……今日はこれにしててもいい?」


恐る恐る顔を見ると、冬華はにこりと笑った。


「もちろんいいよ。着けてあげようか?」


「あ、うん……お願いします」


洗面台の前に立ち、冬華が背後に回る。

そして私の首筋にキラキラしたネックレスがやってきた。


やった。冬華とおそろいだ。


「似合ってるよ、アイちゃん」


「そ、そうかな? へへ……」


「じゃあそろそろ買い出し行こっか?」


「うんっ!」



私達はその後、近くにある大きめのショッピングモールへと向かい、色々買っては家に運ぶということを繰り返した。


雑貨、アパレルショップ、家具や家電のお店。


ショッピングモールは私が想像していたのよりも十倍くらい大きくて、ド田舎育ちの私はなんだか怯えてしまった。


そんな私の手を、冬華は優しく引いて歩いてくれた。


何の変哲もない電気屋さんやスーパーも、冬華と一緒に歩くと楽しくて、世界がキラキラして見えた。


私はただただ幸せを噛み締めながら、買い物に勤しんでいた。



ある程度買い物も済んで、時刻は午後二時。

歩き疲れた私達は、少し遅めの昼食をとるために喫茶店に入ることにした。

冬華はナポリタンとアイスコーヒー。私はハンバーグセットと、憧れだったクリームメロンソーダを頼んだ。


「ふう……これで大方の買い物は済んだかな?」


「うん。冬華、今日は付き合ってくれてありがとうね。服まで買ってもらっちゃって……」


ボックス座に置いた紙袋には、冬華が私のために選んでくれた洋服がたくさん入っていた。


服を買いに行くなんて経験初めてだったからかなり緊張したけど、冬華が選んでくれた服を試着室で色々着てみるのは、正直かなり楽しかった。


「気にしないで。私がアイちゃんに買ってあげたかっただけなんだから。今度学校がおやすみの時は、そのお洋服着て、会いに来てね?」


「うんっ! 着てくよっ! 絶対着ていく!」


なんだか私、冬華に色々してもらってばっかりだ。

私もいつか、冬華に恩返しが出来るようになりたいな。


そんな事を考えていると、ふと色んなところからチラチラと視線を感じた。

振り向くと、別の席からこちらを凝視していた男の人は、慌てて視線を逸らす。

どうやら冬華を見ていたようだ。


実はショッピングモールを歩いている間も、ずっと視線を感じていた。通り過ぎる人がみんな冬華を振り向いていたのだ。


声を掛けようとしている人もいたけど、冬華の圧倒的なオーラを前に、自身を喪失したように諦めているのも見た。


まあしょうがないか。だって冬華──尋常じゃないくらい綺麗だもんなぁ。

でも外歩いてる間ずっとこれって落ち着かないし……結構大変そう。


すっかり慣れっこなのだろうか。冬華は視線を一切気にせず、涼しげにアイスコーヒーを飲んでいた。


っていうか冬華って今何歳なんだろう。絶対モテるよね? 

恋人とか……いたりするのかな?


色々気になってじっと見ていると、ふと目が合ってぎくりとする。

長い睫毛に縁取られた透き通る紫の瞳が、私に微笑んだ。


「アイちゃん、どうしたの?」


「え、あ、いや、なんでも……」


うう。聞けない。聞けないよ。

もし「彼氏いるの?」なんて聞いて、「うん」なんて答えられちゃったら、私一週間は寝込む自信あるし……。


「あ、そうだ。これ渡しとくね」


「へ?」


冬華が鞄からスマホを取り出し、私に差し出した。


「これは?」


「アイちゃんの携帯だよ。私の連絡先登録してあるから、困ったことがあったらいつでも連絡してきてね?」


「本当に、いつでもいいの? 夜とか、冬華も予定あったりとか……」


あんまり考えたくないけど、例えば、デートとかね。


「うん。全然大丈夫だよ。私、基本的に深夜一時くらいまで仕事してるし。休日も割り込みの仕事入ったりするから、出掛けるのが面倒くさくて、執務室に引きこもってるし」


冬華はにこりと笑ってとんでもない事を言う。

ええ……。自衛隊って就業時間きっちりしてるイメージあったけど、実は結構ブラックなのかな。


絶対これから、夜とか寂しくて電話したくなったりしちゃうだろうけど、あんまり迷惑かけたくない。


「ありがとう。分からないこととかあったら、日中に連絡するね?」


「? うん。分かった」


冬華は私とは全然違う。

仕事が出来て、みんなに頼りにされてて、綺麗で、こんな私にも優しくて。


何一つ満足に出来ない今の私じゃ、冬華の隣にいる資格なんて無いような気さえしてくる。


早く仕事に慣れたいな。冬華の役に立てるようになりたい。

冬華の隣にいることに引け目を感じなくていいように。


もっとちゃんと、強くなりたい。



その後もウインドウショッピングをしたりでブラブラして、すっかり夕方になってしまった。

冬華が手首を翻して腕時計を確認する。


「もうこんな時間なんだ? そろそろ帰ろっか」


「あ……うん」


もうすぐ楽しい時間が終わっちゃう。

冬華が、帰っちゃう。


「冬華、今日すごく楽しかった。付き合ってくれて、ありがとう」


「うん。私もとっても楽しかったよ。任務以外で駐屯地の外なんて、久し振りに出たもん」


「…………」


「? アイちゃん?」


帰り道で立ち止まってしまった私を、冬華が振り返る。

顔を見られないように俯き、ぐっと堪える。私は何故か、泣きそうになってしまっていた。


こんな事で泣いちゃ駄目。迷惑かけちゃう。

もっとちゃんと、強くならなきゃ。


そうやって堪らえようとしても、目から溢れた水分が勝手に頬を伝って落ちる。

ぽたぽたと流れ出したそれは、止まらなくなってしまった。


「どうしたの? アイちゃん」


優しい声とともに、そっと手を握られる。

顔を上げると、冬華はまるで聖母のような表情で私をまっすぐ見つめていた。


「ヒール」


「え?」


「このパンプス履いたら、アイちゃんに背が追いつくかと思ったんだけど、ちょっとだけ足りないんだ……ほら?」


そう言って冬華は自分の頭の上に掌を置き、私の方にスライドさせる。

こつんとその掌が私の額に当たる。確かにちょっとだけ、まだ私のほうが背が高かった。


「私ね、もっと身長が欲しかったんだ。この仕事してるとさ、女ってだけで舐められちゃうこととか、結構あるんだ。ほら、私って見た目にあんまり威圧感とか無いでしょ? だから人前では、結構気を張ってるんだ。でも、もし私の背がもう少し高かったら、何か変わったかもしれないな~って、そんな風に思ったりしたんだ……だから私、アイちゃんがちょっと羨ましいの。背が高くて、かっこよくて。でもちゃんと、こうやって誰かの前で素直に泣ける──可愛いところがあるんだもん」


そう言って冬華は、私をそっと抱きしめる。

私も冬華の背にしがみつくように手を回し、抱き寄せた。


涙が堰を切ったように溢れて、冬華の綺麗なワンピースにしみを作る。

それでも冬華は私の頭を優しく撫でて、抱き締めてくれた。


「アイちゃん。大丈夫。もっと私に甘えていいんだよ? だって私、アイちゃんのこと大好きだもん」


「ほんと? 冬華っ……私のこと、好き?」


「うん。大好きだよ」


「……冬華。私、冬華と一緒にいられないなんて寂しい……寂しいよぉっ……」


冬華とは昨日出会ったばかりなのに。

しかもバスで一時間の距離なのに。私、何言ってるんだろう。


でもしょうがないじゃん。だって、好きなんだもん。

気持ちが抑えられないくらい、大好きなんだもん。


「うん。私も寂しいな」


優しい冬華は、そう言って私の背中を撫でてくれる。


「でんわっ……電話していい? よるっ……深夜とかっ……!」


「うん。いいよ。いつでも電話してきて。放課後だっていつでも会いに来ていいよ。紅茶とお菓子、用意しておくから」


「うう゛~っ……ふゆかっ……ありがどおおお~! ずぎぃ~!」


周囲に人がまばらにいるというのに、もう高校生なのに。

私は冬華に抱きついたまま、えんえんと泣き続け、冬華はそんな私を、人目も気にせず優しく包みこんでくれていた。

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