第22話 スーパーウルトラハイパーミラクルロマンチック -1


「マリアさん……こちらこそ、これからよろしくお願いします」


その笑顔に見惚れながら、マリアさんがこちらに差し出してきた手を取り立ち上がる。次の瞬間──。


ボキゴキボキ。


私の手の骨が、まるでそういう楽器みたいに鈍い音を奏でた。


掌、指先、ついでに手首まで。二重奏ならぬ三重奏である。


「い゛っ……だあああああああああ!!!!」


「あ、ごめんなさい。身体防御……まだ効いてるかと思って」


「いやっ! マリアさんは悪くないんです! ちゃんと出来ない私が悪いんですけどっ、でもっ……いっだああああああああいいいいいいい!!!!」


手首を押さえてゴロゴロ転げ回る私に、史郎さんが駆け寄ってきてくれた。


「おい刃金! 大丈夫か!?」


「あ、だっだいじょうぶです! すぐにっすぐに治まるからぁ……!」


涙目で史郎さんに説明しながら転がっていると、徐々に痛みが引いて手が元通りになった。


戦闘時なら気を張ってるから身体防御を無意識で発動できるみたいだけど。これ、日常でも出来るようにしなくちゃな。


「ごめんなさい、アイ……」


「いえいえっ! むしろ有り難いです。不意打ちにも対応できるように、これから頑張ってみますっ!」


マリアさんは本当に悪気が無かったようで、シュンとしてしまった。


「……あれ?」


私はある異変に気付いた。

天井に空いた穴や壊れた床が、すっかり綺麗に直っていたのだ。


「ああ、これもエナジクトの力よ」


「そうなんですか?」


「入隊試験の時に聞かなかった? エナジクトは空間をコピー&ペースト出来るの。今まで私達が戦っていたのは、エナジクトが作り出した仮想空間。それが元に戻っただけよ」


「……へえ」


そういえばシロちゃんと戦った時も、壊れ放題だった体育館が元に戻ってたっけ。

あれもエナジクトの力だったのかな?



「シロ、あなたアイの入隊試験の試験官だったわよね? ちゃんと説明したの?」


「ニャッ!? し、シロ様はぁ……ちゃんと説明したニャよぉ? その駄目人間が忘れちゃってるだけで──」


「本当に?」


「ニャニャっ!?」


ずいとマリアさんが無表情のままシロちゃんに歩み寄り、顔を両手でがしりと掴む。

シロちゃんの猫耳としっぽがシュンと垂れ下がり、ワンピースから伸びたか細い足が、ぷるぷると震え出した。


「シロ、私言ってたわよね? 新人にはキチンとエナジクトの使用方法と機能を説明しておきなさいって」


「ニャっニャニャぁっ……マリアぁ。そんなに怒らないで欲しいニャ? 確かにシロ様はちょーっと説明を忘れちゃってたかもしれニャいけど、ちゃんと試験は──」


「言い訳は認めない。お仕置き決定」


「ニャニ゛ャッ!? アイアンクローは止めてニャーッ!! 可憐で純情な美少女であるシロ様の頭蓋がっ……軋んじゃうぅーーっ!!!」


マリアさんが鷲掴みにしたシロちゃんの頭がミシミシと軋む音がこっちにまで聞こえ、私は思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。


あの宇宙一と名高い(本人談だけど)シロちゃんの頭が、いとも容易く軋むレベルの握力。しかも片手。

野球ボールを握りつぶしたって話……あながち嘘じゃないのかもしれない。


「あ、あのっこれで訓練終わりですよね……? じゃあ私、冬華のところに──」


「待ちなさい」


「ひぃっ!?」


そーっとその場を離れようとしたのに、万力じみた手がすかさずガシッと私の肩を掴んだ。

恐る恐る振り向くと、マリアさんは片手でシロちゃんの頭を掴んだまま、こちらに視線を向けていた。


「シロがこの調子だから一応説明しておくけれど、エナジクトはホルダーの潜在意識で回復したいと思った部位を修復するの。つまりね。筋トレで傷ついた筋繊維は修復されず、超回復が望めるってこと。そしてその筋肉は、肉体が死んでも引き継ぎされるの。つまり、鍛えれば鍛えるほどパワーアップして、寿命の消費を押さえながら戦えるってこと」


「そ、そうなんですか……」


「戦闘中に身体を観察させてもらってたけど、あなたは圧倒的に筋肉が足りてない。だから今からやるわよ。筋トレ」


「い、今からぁっ!?」


「人は簡単に裏切るけど、筋肉は絶対にあなたを裏切らない。鍛えれば鍛えるほど、必ずあなたの期待に応えてくれるわ。史郎も付き合いなさい。ついでにシロも」


「はぁ……まあ仕方ねえな。付き合ってやるよ」


「ええ!? シロ様は筋肉とか必要ないニャよ!? なんでニャあ!?」


「ついてきなさいって言ったのよ? 許される返事は『はい』のみ……分かった?」


「はっ……はいニャっ! サーイエッサーニャアッ!」


ようやく頭を開放されたシロちゃんが、マリアさんに向かって涙目でビシッと綺麗な敬礼をした。


そして私達はトレーニングルームへと向かい、既に戦闘で満身創痍な身体にムチを打つように、消灯時間である22時まで過酷な筋トレを課せられることになったのだった。



「はぁ……疲れたぁ。ていうか身体……痛すぎるんですけど」


筋トレを終え、私は執務室へ戻るべく壁伝いにのろのろと廊下を歩いていた。

なぜ壁伝いかというと、既に足が激しい筋肉痛に襲われていて、生まれたてのカモシカのようにぷるぷると小刻みに震えて、まともに歩くことが不可能だからである。


いや、訓練もそうなんだけど、何よりその後の筋トレが本当に、めちゃくちゃ大変だった。

マリアさん。ありえない重量を軽々持ち上げてたし……。

でもこれで無事に今日のノルマは終えたわけだ。


それはつまり……明日は冬華と念願のデートが出来ちゃうってことだ!!!


デートってことは、冬華の私服が見れるってことなのかな? 普段どういうテイストの服着てるんだろう?


仕事着がエレガントなかっちり系だから、案外私服はラフにTシャツにジーンズだったりして。それとも清楚なワンピース系?

冬華はすごく美人でスタイルもいいし、きっと何着ても似合うんだろうなぁ~……。


「へへ……待っててね。冬華ぁ……」


明日のデートの妄想をしながら、私は全身を襲う筋肉痛に耐えて、永遠にも感じた暗い廊下を歩き続けた。

とうとう執務室の前へとたどり着く。

マリアさんがぶち抜いた扉は修理が終わっていたらしく、元通りになっていた。


コンコンと扉をノックすると、「どうぞ」と愛しい人──冬華の声が中から聞こえてきた。

中に入ると、消灯時間を過ぎたというのに冬華はデスクで書類仕事をしていた。


やっぱり冬華、すごく忙しい人なんだな。


「ただいま冬華。マリアさんとの訓練、終わったよ」


「そうなんだ。頑張ったねアイちゃん……ふー。私もそろそろ終業時間ってことにしようかな?」


冬華が背を椅子に預け、両手を上げて伸びをして言う。


「冬華って今から家に帰るの? それと寮部屋?」


「ん? 私はここで寝泊まりしてるよ。あそこの扉の向こう、寝室になってるんだ」


「え?」


振り返ると確かに扉がある。そっか。ここ寝室まであるんだ。


「へえ……私って寮部屋なんだよね? どこなのかまだ案内されてないんだけど……」


「ああ、まだアイちゃんの部屋、手配できてないんだ」


「へ? じゃあ私、今日はどこで寝たらいいの? 廊下?」


そう問いかけると、冬華が胸の前で両手の指先をそっと合わせ、上目遣いで私を見ながら甘えるように首を傾げながら言った。


「実は私のベッド、クイーンサイズなんだ。だから、アイちゃんが嫌じゃなければなんだけど……私と同じベッドで寝るの、どうかな?」

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