第21話 HALF-4
「ちょっ!? マリアっやり過ぎだろ!?」
「駄目人間が死んじゃったニャアーッ!?」
「だ、だいじょうぶ……生きてる、よ」
心配の声を上げる二人に、天井にめり込んだまま返事をして、私はなんとか天井から頭を抜き、着地した。
陥没した顎と傷ついた顔が瞬時に元に戻る。
今までの受けた攻撃でも、身体防御を使って受けていたというのに治癒が発動していた。マリアさんの打撃は相当なものだ。
でも今回の一撃は、身体防御無しとはいえ死なずに済んだ。もしかしたら加減してくれたのかもしれない。
しかしこのまま続けたって全く歯が立たないし、進歩もしない。
これじゃ傷をつけるなんてとても……でも、ここで諦めたら冬華に褒めてもらえない。
それどころか、一緒にいられなくなっちゃうかも。
それだけは──絶対に嫌だ。
フラフラと立ち上がって刃先をマリアさんに向け、睨みつける。
それを見たマリアさんは、少し感心したように私を見た。
「少しやる気が出てきたみたいね。じゃあ行くわ……よ、」
バタン。
マリアさんが突然倒れる。それと同時にアラームが鳴り響いた。
史郎さんがポケットからスマホを取り出しアラームを止める。そして持ってきたランチボックスから、飲み物とサンドイッチを出して広げた。
「よし、二時間経ったな。一旦休憩だ」
「……はい」
史郎さんが倒れているマリアさんの身体を起こし、サンドイッチを渡す。
私はシロちゃんと並んで座り、史郎さんが持ってきてくれたサンドイッチとスポーツドリンクを頬張っていた。
どうしよう。このままじゃきっと、朝になってもマリアさんに傷一つつけることなんて出来ない。
何か、何か作戦を考えなくちゃ。
「全く、マリアは世話が焼けるニャア~。任務の時はしっかりしてるのに、それ以外の時はとんだポンコツニャッ」
「……そうなんだ」
「この間一緒に参加した作戦の時ニャんて。戦闘中にマリアの力が急に弱くニャッたから、このシロ様が機転を利かせて、隠し持ってた秘伝のおやつを口に放り込んでやったニャよ? ほんっとシロ様って天才ニャよねぇ~? ET最強かつ頭脳派の天才美少女とは、このシロ様に相応しい二つ名だニャっ! ニャ~はっはっはっはっ!」
「……シロちゃん。今なんて?」
「ふぇ? だから、シロ様はET最強で頭脳派の美少女──」
「その前だよっ! マリアさんって、シャリバテの前には力が弱くなるの!?」
「ニャ、ニャア。そうニャけど……」
「……そっか。だからさっき、」
「ニャぁ~急に大きい声出せないでくれニャア……シロ様びっくりしちゃうニャア」
ふと見ると、シロちゃんが猫耳を押さえて潤んだ瞳でこちらを見ていた。
私は慌てて謝罪し、代わりと言ってはなんだけど、シロちゃんの頭をよしよしと撫でておいた。
「じゃあ再開しましょうか」
「はい」
食事を終え、私とマリアさんは再び対峙する。
食事を終えたばかりだからだろう。マリアの瞳には再び闘志が宿っていた。
さっきサンドイッチを齧りながら、私は『卑怯な最終手段』を考えついていた。
だけど出来るだけ実行はしたくない。何となく、私のプライドが許さないから。
だから私は──正面から正々堂々、マリアさんに勝ちたい!
「今度こそ手加減しません」
「そう。こっちも手を抜く気は一切無いわ──来なさい」
マリアさんだけを視界に捉え、私はナイフを握りしめる。そして足に力を込め、全力で駆け出した。
それから私は一時間程アタックし続けた。マリアさんには相変わらず油断も隙も見当たらない。
だけどさっきまでとは少し違う。視点を変えたのだ。
さっきまでの私はがむしゃらにナイフを振り回していた。自分の身体を守ることとばかりに気を取られていた。
だけどそれじゃ駄目なんだ。
やるからには、この人に傷をつけるには──なりふり構わず全身全霊で掛かっていくしかない!
「っ!」
束の間、マリアさんの息が乱れた。私のナイフがマリアさんの腕を掠めそうになったからだ。
だけどすぐに鋼鉄のような鍛え上げられた足が私の身体をなぎ倒し、私は床に倒れ込んだ。
あと少し、あと少しな気がする。
力のコントロールと身体の使い方──ちょっと分かってきたかも!
肩で息をしながらすぐに立ち上がり、私はナイフを構えて駆け出す。そしてナイフを突き出して斬りかかった。
マリアさんは瞬時に身体を翻してそれを躱す。そして私の背後に回り込んだ。
手刀が背後に迫ってくる。
私はそれを察知して、にいと笑った。
この瞬間を──私はずっと待っていたのだ。
「!?」
私は瞬時に両手を地につけた。必然、手刀が空を切る。
マリアさんを見上げる。心底驚いた顔で私を見下ろしていた。
見えた──ここだ!
「おっりゃあっ!」
そう叫びながら、私は床に手を付けたまま、両足に目一杯力を込めて飛び上がった。
ドカン!
マリアさんの顎に、私の飛び蹴りがクリーンヒットした。
「やったぁっ! ふわっ……ひえぇー!?」
歓喜の声を上げると同時にがしりと足を掴まれ、私はそのまま凄まじい力で投げ飛ばされた。
風圧すら感じる速度で私の身体は吹っ飛び、眼前に壁が迫っていた。
やばっ! マリアさんに一発入れられたのが嬉しくて、完全に油断してた! やばい、やばいやばいやばいやばい!!
襲い来るであろう痛みに備え、私はぎゅっと目を閉じる。
そして成すすべもなく壁に身体を打ち付けた。
しかし──。
「……あれ? 痛くない」
目を開けると、私は壁に背を預けて座り込んでいた。
身体防御、意識し忘れてたのに。なんでだろう。全く痛くないんだけど。
「身体防御、意識せずに出来るようになったわね」
声に顔を上げると、マリアさんが口の端についた血を拭って私を見下ろしていた。
「アイ、やるじゃない。ずっとナイフでの攻撃を続けることで油断させておいて、隙をついての足蹴り。なかなか見事だったわよ?」
「じゃ、じゃあ私……」
「文句なしの一撃を食らったわ。勿論合格よ。きっと実戦でも充分やっていける。こんな優秀な仲間が出来て、本当に嬉しいわ……これからよろしくね?」
ずっと険しい表情だったマリアさんが、ふわりと柔らかく微笑む。
微かに額に汗が滲んで前髪が張り付いたその笑顔は、額縁の中にしか存在し得ないほど、高価な絵画のように美しく──尊いものだった。
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