第20話 HALF-3



「だ、誰かっ……誰か、タスケテクダサーーーイッ!!」


どうしたらいいのか分からないまま、私は『某世界の中心で愛を叫んじゃう系映画』のワンシーンみたいに、マリアさんを抱えたまま天を仰いで叫んでいた。

マリアさんは相変わらず、青い顔で目を伏せたままピクリとも動かない。


どうしよう。もしかしてこれ、マリアさんの寿命ライフが尽きちゃったのかな!? だとしたら私のせいじゃん!

どうしよう……どうしよう!


パニックになったまま私まで真っ青になって呆然としていると、足音が二つこちらに近づいてきた。


「おー、やっぱりこうなってたか」


「にゃにゃ!? さっきのダメ人間っ!」


扉から覗いたのは、史郎さんとシロちゃんだった。


「史郎さんっシロちゃん! 二人ともたすけてっ! マリアさんが……マリアさんがぁー!!」


ぐううううううう。


次の瞬間、地響きのような音がマリアさんのお腹から鳴り響いた。驚いて見下ろすと、マリアさんの青ざめた唇が微かに動く。


「おなか……すいた」


「……え、」


「ほらな。ちょうど今で前の食事から二時間経ったもんな。ほらマリア、食事持ってきてやったぞ」


そう言って史郎さんは、掌に到底収まらないほどの巨大なアルミホイルで包まれた何かをマリアさんに差し出す。

するとマリアさんの目がカッと見開かれた。


「この匂いは……シャケおにぎり!」


「うわぁ!?」


マリアさんが急に私の腕から起き上がり、アルミホイルを奪い取るように手にする。

そして目にも止まらぬ早さでアルミホイルを剥き、ほっかほかのシャケおにぎりをムシャムシャと食べ始めた。

呆気に取られてい見ていると、「あいっ変わらずの食べっぷりニャ」とシロちゃんが腕を組んで、呆れたように声を漏らしていた。


「刃金、驚かせてすまんな。マリアは馬鹿みたいに力が強い代わりに、二時間おきに何か食わないとぶっ倒れちまうんだ」


「あ、そうなんだ……え? っていうことは、マリアさんの力って、エナジクトの力じゃなく?」


「素体の力だよ。こいつ、野球ボール握りつぶすし、ベンチプレス500kgを軽々と上げるから」


「マジですか……」


「マジマジ」


「は、はぁ……なるほど」


この人、素で扉ぶっ壊したり、握手で私の手の骨へし折りそうになってたの?


信じられない目で見ていると、巨大シャケおにぎりはあっという間に無くなり、マリアさんはふうと口元を拭って、すっくと立ち上がった。


「あら、史郎とシロじゃない。こんな所で何やってるの?」


「お前がシャリバテ起こしそうだと思って、おにぎり持ってきてやったんだよ」


「シロは暇だったからついてきただけニャ」


「そうだったの。それで……おにぎりはどこ?」


「お前がさっき食ったからもう無えよ」


「あいかわらずの鳥頭ニャ」


「そう。とりあえず助けてもらったということね。二人とも、ありがとう」


二人に礼を告げて、マリアさんは改めて私に向き直った。途端に空気がぴんと張り詰める。


「中断してしまってごめんなさい。じゃあ続き、始めましょうか。私に傷をつけることが出来たら終了。それまでやるわよ」


「は、はいっ!」


「ハンデとして、私はエナジクト使用を控えるわ──全力で掛かってきなさい」


マリアさんの目つきが今までより一層鋭くなり、拳を構えた。私も気を取り直し、ナイフを構える。


数メートル離れた所に立っているマリアさんは拳を構えているだけ。

片やこちらにはナイフという武器がある。マリアさんの打撃だって、身体防御を使えば何とかなるはず。


状況的には、こっちが断然有利だ。


私は額に汗を滲ませながら、エナジクトの力を足に集中させ踏み込む。風を切り、瞬時にマリアさんの眼前に到達した。


すかさずナイフを振り上げる。しかし振り下ろそうとしたその時すら、マリアさんは指先一つすら動かす気配が無かった。


どうしよう。このままもし、当たっちゃったら──。


「今、迷ったな?」


言葉とともにマリアさんの左足が動く。


やばい!

そう思った次の瞬間には、背中に衝撃。マリアさんの回し蹴りが直撃したようだ。


「くっ!」


すぐに背中に力を集中する。それでも勢いを殺しきれず、私は数メートル先の壁まで吹っ飛ばされた。


「っ……がはっ!」


背を壁にまともにぶつけてその場に倒れ込む。ごほごほと咳をしていると、マリアさんがこちらに歩いてきていた。


身体防御を使ったというのに、背骨の奥から痛みがズキズキと響いてる。エナジクトの強化無しで、こんなに──。


「もし私が全力で蹴ってたら、さっきので一度あなたは死んでた。身体防御してようとも関係無くね」


冷たく言い放ち、マリアさんは眼光鋭く私を見下ろす。


「言ったわよね? 全力で掛かってきなさいって。それとも驕った? 私があなたのナイフをまともに受けてしまうかもって」


「す、すいません……」


図星だ。私は驕ってたんだ。『マリアさんを傷つけてしまうかも』なんて。

そんな事、今の私にはどう足掻いたって到底不可能なことだったのに。


「ちゃんと理解してないみたいだから、ハッキリ言ってあげるわ。あなたは私の足元に及ばないくらいに『圧倒的に弱い』の。指先一つで簡単に殺せちゃうくらいにね……だから安心して、私を殺す気で全力で掛かってきなさい。さあ、もう一度」


「……はいっ」


立ち上がりナイフを構えると、マリアさんも再び拳を構えた。



それから私は、マリアさんに挑んでは投げ飛ばされた。何度も何十回も、何百回も。


どれだけ仕掛けても、どの角度から攻撃しても全く隙が見つけられない。すぐに反撃されてしまう。

肩で息をしている私と違って、マリアさんの表情は涼しいままだ。


マリアさんとの力の差が歴然だということを、私は嫌と言うほど思い知らされていた。


「力のコントロールが出来てない。覚悟も足りない。身体の軸もブレてる。未熟なあなたには、私の隙をつくことなんて不可能なの。私に一発入れたいと思うなら、反撃のその瞬間に掛けなさい。自分の持っている全てを、刃先の一点に全集中させて貫くのよ。今のあなたに圧倒的に足りないのは『相手を必ず殺す』という意思──殺気よ」


言葉とともにマリアさんの拳がすぐそこに迫る。瞬間、全てがスローモーションに見えた。

全身が生命の危機を感じ取ったように震え上がり、鳥肌が一気に立ちゾクリとする。


悪魔じみた獰猛さを宿した青い瞳が、何もかもを砕き穿つであろう強固な拳が、見えるはずもない圧倒的な殺意が、私だけに狙いを定め、迫ってきているのが、はっきりと見えたのだ。


私はその圧倒的殺意を前に、何も出来ず固まることしか出来なかった。


バガン。


閃光のような速さでその拳が私の顎にめり込む。

私は身体防御すら忘れ、その一撃をまともに食らってしまった。


次の瞬間、顎を起点として私の身体はロケットのように盛大に吹っ飛び、そのまま天井に突き刺さった。

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