第19話 HALF-2

呆気にとられて見ていると、迷彩服を着た金髪美女が視線をこちらに向けて私達に向き直る。


「え、……がいこくじん?」


「あ、マリアちゃん」


冬華がそう声を掛けると、金髪美女は鋭い視線を冬華に向け、「新人の特訓するって聞いて、来たんだけど」とぶっきらぼうに呟いた。


「ああ、それなら今回は永月くんがいるから、また今度で──」


「ほら、行くよ新人」


「え、ちょっとまっ……おわぁ!?」


金髪美女が冬華の言葉を遮ってこちらにズカズカと歩いてきて、凄まじい力で私の襟首を掴んだ。

あっという間に私は、そのまま執務室から引きずり出されてしまった。


「じゃあこの子仕上げてくる。少し借りるわね」


「ああ、うん……明日の朝までには、返してね?」


「了解」


「え、ちょっ!? 助けてっ冬華ぁ~!」


涙目で引きずられながら叫ぶ私を、冬華はにこやかな笑みを浮かべて手を振って見送っていた。

どれくらい引きずられただろうか。とある部屋の前にたどり着き、私はそのまま部屋の中に放り投げられる。


「うげっ!」


フローリングに投げ出された私は、すぐに辺りを見回した。どうやらここは、道場部屋のようだ。


振り返ると、金髪美女が迷彩服の上着を脱ぎ捨てていた。

現れた黒いタンクトップから、引き締まった程よく筋肉質な二の腕が伸びている。胸もしっかり外国人サイズだ。

いわゆるハリウッド女優みたいな、ボン・キュッ・ボン体系だった。


なに? 今から私……この人に何されるの?

だってこの人さっき、執務室の扉ぶっ壊してたよね? 私のことここまで引き摺ってきたよね?

もしかして私……殺されちゃう!?


部屋の隅でガタガタと震えながら見上げていると、金髪美女は拳の骨をボキボキと鳴らしながら私の方へとゆっくりと歩いてくる。そして手を伸ばしてきた。


やばい! 殴られるっ──!


咄嗟に目を閉じる。が、少し待っても痛みはやってこなかった。

恐る恐る目を開けて見ると、金髪美女は腰を屈めて、私に向かって手を差し出したまま見下ろしていた。


「え……なに?」


「手」


「て?」


差し出された手と顔を交互に見てようやく意味を理解し、私は金髪美女の手を握った。

すると金髪美女は私の手を引いて、立ち上がらせてくれた。


立ち上がって改めて金髪美女の顔を見る。表情は相変わらず朴訥としていて、何を考えているか読み取れない。でも、思ってたより若い顔立ちだ。


もしかしたら、私と同じくらいの年齢かも?


「ここまで仲良く手を繋いで歩いてきたから、仲良くなれたと思ってたんだけど」


「え? ……いやいや!? 私あなたに問答無用で襟首掴まれて、引き摺られながらここまで連れてこられましたけど!?」


「あれ? そうだっけ……まあいいや。私は千丈せんじょうマリア。17歳。スリーシックスに入隊して二年のホルダーよ……これからよろしく」


マリアさんは、握手を求めるように私に手を差し出してきた。


この人が史郎さんが言ってたスリーシックスのエース。千丈マリアさんか。

千丈って、日本の名字だよね? マリアさん、ハーフなのかな?

確かによく見ると、目つきが鋭くて目鼻立ちがはっきりしてるけど、ちょっと目が丸っこくて日本人っぽいかも。


「あ、私は刃金アイです。今日入ったばかりで何も分かってないんですけど……よろしくお願いします」


私は戸惑ったままその手を握る。その瞬間、私はその手を握ったことを後悔した。

ギリギリと万力のような手が私の手を握りしめ、骨が軋んで悲鳴を上げたのだ。


「いだっ!? いだだだだあーーーーっ!? 折れるっ! 手のほねっ……折れちゃうううううーーー!!」


「え? 大した力入れてないんだけど」


「離してっ! 離してくださー――いっ!!」


「ごめんなさい。離すわ」


ようやく手を開放され、私はその場に崩れ落ちる。握られていた手は、未だにじんじんと痛みを訴えていた。


何なのこの人、怪力がすぎる……これもエナジクトの力なのかな?


涙目で見上げると、マリアさんは相変わらずの無表情で私を見下ろしていた。


「手、もう大丈夫?」


「いや、大丈夫じゃな……あれ?」


痛みが嘘のように引いていく。そうか。エナジクトの力で治癒されたんだ。


「ああそうか。あなたまだ、身体防御しんたいぼうぎょの使い方を知らないのね」


「身体防御って、なんですか?」


「エナジクトの力を薄いベールのように身体に纏うことよ。そうすれば身体に負うダメージと痛みを大幅に軽減できるの。治癒よりも身体防御の方が寿命ライフの消費が少なくて済むから、今後のためにも身に付けておいたほうがいいわ」


「是非身に付けたいですけど……あんまりイメージが付かないです」


「まあ日本には、『習うより慣れろ』って言葉もあるしね。そういう場合は実践あるのみってことよ。立ちなさい」


「……はい」


「今からあなたを、軽い力で二度お腹を殴ります。一度目は無防備なまま、二度目はお腹に力のベールを纏うイメージをしながら受けなさい」


「え!? 殴られるんですか!? 私死んだりしませんか!?」


「安心しなさい。本当に軽くだから」


「わ、分かりました……ほんっとーに軽くでお願いしますね?」


「分かってる。じゃあ、行くわよ」


ドゴォ。


お腹目掛けて隕石が降ってきたのかと思った。

そのくらいの、体感したことのない重い一撃が、私のちょうど胸の下──みぞおちにめり込んだ。


「ぐぅ!? がっ……あっ!?」


あまりの痛みに息ができず、私はお腹を押さえてうずくまる。


え、ちょ、一体どこが軽くなわけ!? 息できないんですけど、死ぬほど痛いんですけど!!


マリアさんはそんな私を見て首を傾げた。


「あれ、おかしいわね。大した力入れてないのに」


「う゛っ……うう゛~っ……!」


返事できずに震えていると、痛みが引いていく。エナジクトの治癒が効いたようだ。

痛みが完全に引いても全く立ち上がる気になれなかったけど、私はなんとか思い直して立ち上がった。


え、待って。今からこれもう一発食らうの?

死ぬ……死んじゃうって!


「じゃあ次も同じ力でお腹を殴るよ。今度はお腹にエナジクトの力を纏うイメージをしながら受けなさい」


「は……はい」


シロちゃんとの戦いで、力を纏うイメージは何度か使った。今度はそれをお腹に集中させるってことね。


お腹に力を纏うイメージをしていると、マリアさんが拳を構えた。


「じゃあもう一発──行くわよ」


「はい、お願いしますっ!」


マリアさんの拳が迫ってくる。私はぎゅっと目を瞑った。そして私のお腹に、さっきと同じ衝撃が走った。


……あれ? 全然痛く、ない?


薄めを開けてお腹を見る。確かにマリアさんの拳は私のお腹にぶつかっていた。

だけどさっきみたいにめり込んでおらず、表面スレスレで止まっているように見える。マリアさんの拳が離れていった。


「どうやら成功したようね。それが身体防御。今はイメージする必要があるだろうけど、慣れてきたら意識せずとも発動できるようになるわ」


そうか。これが身体防御。

もし敵に攻撃されても、痛い思いしなくて済むってことか。なんかそう思うと、これから私……ちゃんとやっていけそうな気がする!


「私達はただでさえ寿命が短いの。敵の攻撃を受けた場合、まずは躱す。それでも駄目なら身体防御。治癒に頼るのは最終手段と心掛けなさい」


「はい!」


「じゃあ次は、実際に私と戦って、戦闘のいろはを──」


バタン。


「マリアさん!?」


マリアさんが突然倒れてしまい、私は慌てて駆け寄る。

身体を起こしてあげると、マリアさんの顔色は真っ青で、今にも意識を失ってしまいそうな虚ろな目をしていた。


「急にどうしたんですか!? しっかりしてください!」


「ごめんなさい。わたし……もう駄目、かも」


がくりとマリアさんの身体から力が抜け、長いまつ毛が伏せられる。


「え、ちょっ、ちょっと……マリアさ―――――ん!!!」


急展開過ぎて訳が分からないまま、私は彼女を腕に抱きそう叫ぶしかなかった。

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