第17話 第六感ー2
永月秋人について腑に落ちないまま、私は史郎さんと本部の事務室へ行き、次から次へと渡される書類にげんなりしながらサインしていき、無事に入隊手続きを終えた。
「あの、史郎さん。私は迷彩服着なくていいんですか?」
「ああ、お前はうちではホルダー──いうなれば、『エナジクトという装備品を使用するための付属品』的な立ち位置だから、服装に制限が無いんだ。好きなもん着ていいし、髪も好きに染めていいぞ」
「え、もしかしてホルダーって……キーホルダー的な意味合いだったの!?」
「まあ~……うん。そうとも言うかもなぁ」
「もしかして私……人権とか無い感じですか」
「そうでもないさ。食堂は無料で使い放題だし、寮部屋も用意されるし、給料もちゃんと出る。待遇は俺達と同じだよ。ただ俺達より、少しルールが緩いってだけだ」
「そうなんだ。よかったぁ~」
私、さっきあのクソ男に言われた『ゾンビ』って言葉をちょっと気にしすぎてたのかも。
でもあいつ、絶対冬華には会わせたくないなぁ~。冬華に直接あんな失礼なこと言ってるの見たら私、マジで間髪入れずぶん殴っちゃうし。
ていうか、私も二度と会いたくない。
「手続きはこれで終わりだ。今日の残り時間は自由に過ごせるが……施設案内でもしようか?」
「あ、大丈夫ですっ! わたし、冬華の所に戻りますっ!」
史郎さんと別れ、私はルンルン気分で執務室へと戻った。
無事入隊手続きも済んだことだし、これからは毎日冬華と一緒にいられるってわけだよね?
さっ今から冬華と何しようかなぁ~!
鼻歌交じりに執務室の扉をノックして入ろうとすると、先に扉が開いた。
「「あ、」」
中から出てきた人物と目が合い、同時に声を上げる。
その人物は、さっき私に散々嫌味を言ってきた通称『クソ男』──永月秋人だった。
「あ、あんた、」
「お前は……さっきのゾンビ女」
クソ男が苦虫を噛み潰したかのような顔で私を見下ろしてくる。私も対抗して睨み返した。
「あれ? もしかして二人、知り合いなの?」
クソ男の背後から、ひょこりと冬華が顔を出す。
なんでさっきのクソ男が執務室から!? ていうかこいつを冬華に近づけちゃ……絶対駄目だっ!
私はすぐさまクソ男を指差し、叫んだ。
「ふゆかっ! こいつヤバイ奴なんだよ!? こいつさっき廊下で、冬華のこと──むぐっ!?」
続きを言おうとした所をクソ男に羽交い締めにされ、口を塞がれる。私がジタバタしていると、クソ男は一切の焦りも見せず涼しい顔で言った。
「さっき廊下で会ったんです。明日からの共同作戦について、少し話しておきました」
は!? 共同作戦って何!? 初耳なんですけど!?
「ああ、そうだったんだ? ありがとう永月くん。助かります」
「まあ、自分の職務を全うしただけなんで」
「むぐっ!? むぐ~っ! んん゛~っ!!」
いやいやっ!? あんた一生懸命自己紹介した私の事おもっきしディスってただけじゃん!? 何自分の株だけ上げようとしてんの!?
くたばれッ! このクソ男ッ!
「痛って! ぐふっ!?」
口を塞いでいる掌に思いっきり噛みつき、怯んでる間にみぞおちに渾身の肘鉄を食らわせ、ようやくクソ男の腕から抜け出す。
「冬華! こいつさっき、冬華のことっ──!」
「ちょうど良かった。アイちゃん。明日からの任務について、今から説明するね?」
「え、任務……明日から?」
「ほら、おいで?」
理解が追いつかない中、女神のような微笑みを浮かべる冬華に誘われるまま、私は執務室へと入った。
「永月くん。アイちゃん来たけど、せっかくだからもう一回話聞く?」
「いいです。これからの準備もあるし、スリーシックスと違って、こっちは二度も同じ話聞いてられるほど暇じゃないんで」
「そっか。今日はご足労ありがとうね」
労りの言葉をかける冬華に返事せず、クソ男はさっさと廊下を歩いていってしまった。
やっぱり感じ悪いな。絶対友達いないわ、アイツ。
二人で執務室に入ると、冬華は備え付けのシンプルなキッチンに立ち、私に問いかけた。
「説明ついでに紅茶淹れようと思ってるんだけど、アイちゃん紅茶大丈夫な人?」
「うん。コンビニで売ってるやつしか飲んだこと無いけど……好きだよ」
「そっか。じゃあソファで寛いで待っててね」
何か手伝いを、と思ったけど、紅茶の淹れ方なんて知らないので、仕方なくソファに座った。
冬華はこちらに背を向けて、戸棚からティーカップを取り出したり、やかんに水を入れたりしていた。ティーカップを持つ指先や、コンロに火を付けるだけの所作すらも、ゆったりとしていて気品が宿っている。
彼女が動く度にハーフアップに束ねた銀の髪がふわりと揺れ、タイトスカートから華奢な足首がちらりと覗く。
はわ~。やっぱり冬華って、後ろ姿まで綺麗だなぁ。
その後光が差すような尊い後ろ姿を、幸せなため息をつきながらうっとりと眺めていると、冬華がトレーを持ってこちらに歩いてきた。
「おまたせ。ミルクと砂糖は?」
「せっかくだから、欲しいかも」
「ん、じゃあこれで……はい。どうぞ」
「あ、ありがとう」
こちらに差し出されたソーサーとティーカップは、見るからに高そうだった。万が一割ったりしたら絶対やばいやつだ、これ。
緊張しながらティーカップ持ち、澄んだ色のミルクティーを一口飲んでみる。
柑橘系の香りとミルクの風味がふわりと口の中に広がり、私は初めて飲む本格的な紅茶の美味しさに心底驚いた。
「冬華、これ、めっちゃ美味しいよっ!」
「ふふ、そうでしょ? さっき永月くんが持ってきてくれた茶葉を、さっそく淹れてみたんだ。永月くんはこっちに来る度に、いつも美味しいもの差し入れしてくれるんだ」
冬華はにこりと笑って、ソーサーを添えながらティーカップを持って口元に近づけ、香りを楽しむように目を閉じた後、口を付けた。
え? あいつ差し入れなんかするんだ。絶対しなさそうな感じなのに。なんか、よく分かんない奴だな。
紅茶をちびちび飲みながら、私は本題に入るべく、冬華に問いかけた。
「冬華さっき言ってたよね? 私はこれから一週間くらいは先輩についてもらって、エナジクトの使用に慣れるための訓練をするって。なのに明日から任務なの?」
「ああ、そうだったね。そのつもりだったんだけど、手続きの進みが思ってたより進んでたみたいで、急遽明日から入ってもらうことになったの……永月くんから聞いたかな? 警察にも、私達スリーシックスみたいに宇宙人をやっつけるための部署があるって」
「ああ、それはさっき史郎さんから聞いたよ。確か公安の第六感? ……みたいな名前のとこだっけ?」
「警視庁公安部、外事第六課、地球外生命体対策本部。通称『6課』。私達の競合他社みたいなものだね」
「競合他社? 史郎さんは協力関係にあるって言ってたけど」
「表向きはね。スリーシックスと6課は、協力関係という名目の下、相手の持っている情報を探ったり、相手より先に動いたり、水面下で手柄を取り合ってるんだ。6課がこっちに永月くんを寄越してくるのも、こちらの動きを探るためってのもあるだろうね」
なるほど。それで『差し入れ』か……同じ標的を狙う者同士、色々あるんだな。
「冬華。私の任務ってどんなの? 私、まだ入ったばかりだから……上手く出来る自信全然ないんだけど」
「それに関しては安心して。今回は比較的軽めの任務だし。6課との共同作戦だから、アイちゃん一人じゃないしね」
「共同作戦? 誰と一緒に組むの?」
「あれ? さっき顔合わせは済んだでしょ? 永月くんは、『明日からの共同作戦について、少し話しておきました』って」
「え、あいつ確かにそんな事言ってたけど。私と一緒に組む人の情報なんか、一切言ってなかったよ?」
「んん? 話が噛み合ってないな? さては永月くん、ほんとはアイちゃんに何も話してない感じか~」
う~んと冬華は口元に指先を当てて唸る。
なんだろう。なんか、めちゃくちゃ嫌な予感がするんですけど。
「あ、あの、冬華……私が組む相手って?」
お願いだから『あいつ』以外にしてっ! お願い。神様仏様っ!
祈るような気持ちで問いかけ、手汗を滲ませながら冬華を見る。すると冬華の艷やかな唇が弧を描き、開いた。
「さっき会った永月秋人くん──あの子が今回のアイちゃんのバディだよ?」
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