第二章 広がる世界

第16話 第六感ー1


入隊の手続き関連を済ませるべく、私は一度冬華と別れ、迎えに来た史郎さんと共に廊下を歩いていた。


「吹雪隊長から、これからについての説明は受けたか?」


「あっはい。何となくは……史郎さん。そういえば冬華が、これから私は先輩にエナジクトの使い方を教えてもらうって言ってたんですけど、先輩ってどんな人なんですか?」


「ああ、教育か、たぶんマリアがやるんだろうな」


「マリア?」


千丈せんじょうマリア。ホルダーになって2年目のベテランだ。教育に関しては結構スパルタだけど、実力は確かなもので、うちのエース張ってる奴だよ。ついていけたら確実にレベルアップできるから、本気で食らいつけよ」


「あ……ハイ」


スパルタかあ。私、ちゃんとついていけるかなぁ……。

一抹の不安を抱えていると、史郎さんが口を開いた。


「お前、シロの首を一発で切り落としたらしいな」


「え? ああ、はい」


「シロが褒めてたぞ。『動きは大振りで無駄が多いけど、ナイフの太刀筋と気迫は新人とは思えない所があった。あいつは努力次第で伸びるだろう』ってな」


「え? シロちゃんが……私を?」


試験が終わってから私に対してあんなにご立腹だったのに、ちょっと信じられない。意外とツンデレなのかな?


「お前達ホルダーは、スリーシックスのかなめだからな。今後は俺達がしっかりサポートするつもりだし、そう心配するな。分からないことがあったり不安な時は……いつでも頼ってくれよ?」


そう言って頭をぽんと撫でられる。

なんだかそんなにいっぱい褒められるの慣れてないから、すごく照れちゃうな。へへ……これから頑張ろう。


浮足立って史郎さんの隣を歩いていると、長い廊下の向こうから人が歩いてきた。

黒いスーツに深紫色のネクタイ。遠目から見ても分かるくらいスラリとしていて、雰囲気でイケメンだということが分かる人だ。


うう、どうしよう。私、イケメン苦手なんだよね……学校でもクラスで一番人気の男子にずっと虐められてたし。またゴミを見るような目で見られる気がする。


「? どうした刃金」


「あ、いや、お気になさらず……」


史郎さんの背に隠れるようにしながら、緊張しつつ廊下を歩く。

どうかイケメンが私の存在に気付かないまま、通り過ぎてくれますように……!


ドキドキしながら歩いていると、ついにイケメンが真横を通り過ぎていった。ほっと安堵していると、史郎さんが振り返り声を上げた。


「おお秋人あきと、こっち来てたのか」


史郎さんがそう声を掛けると、イケメンが振り向く。


端正な顔立ちに、涼し気な切れ長の目元。全てを吸い込んでしまいそうな青みがかった瞳。

上質そうな黒いスーツをかっちりと着こなし、サラサラの黒髪を清潔感ある感じにセットしている。少女漫画から飛び出してきたみたいな、凄まじいイケメンだった。

なんだか随分若く見えるけど……ここの人なのかな?


「ああ、天草さんか……ども」


秋人と呼ばれたその人は、ぶっきらぼうに返事をする。

この人も私と同じ部隊なのかな? でもスーツ着てるし……。

とりあえず私はイケメンには関わりたくないので、史郎さんの背に隠れて気配を消すことに徹することにした。


「今日も児玉こだまにパシられてんのか? そっちも大変だなぁ~」


「ま、そんなところです。天草さんは?」


「俺は新しく入ってきたホルダーの手続きに奔走中ってとこだよ。ほら刃金、挨拶しろ」


「ひょえっ!?」


せっかく隠れていた背中が無くなり、私はあわあわとパニックになる。秋人さんはそんな私を、奇妙なものを見るかのように眉間を寄せて見下ろしていた。


ほらっ! やっぱり駄目じゃん! 絶対ゴミだと思われてるじゃんっ!? 逃げたいっ! でも、史郎さんに言われた手前──挨拶しないとっ!


「あ、あのっ……今日からスリーシックスに入ることになったっ刃金アイ、です……っ」


足元に視線を落としたまま、なんとか自己紹介を終えて恐る恐る顔を上げる。

秋人さんは、相変わらず冷たい目で私を見下ろしていた。


「ああ。新しく用意したゾンビか」


「え、ぞ……ゾンビ?」


言われた言葉の意味が分からず見上げると、秋人さんはふんと鼻を鳴らしてニヒルに笑った。


「良いご身分だよな。たまたま身体がエナジクトに適合したってだけで、分不相応な力を手に入れられんだから……いや、とんだ災難か。せっかく楽になれるところだったのに無理矢理墓から引っ張り出されて、今度はあのクソ女の道具として、死ぬまでこき使われんだからな?」


「クソ女ってもしかして……冬華のこと言ってる?」


拳を握りしめて睨むと、秋人さん改め『クソ男』は、涼しい顔をしたままどこ吹く風で私から視線をそらした。


「知らねえよ。どうでもいい。俺は死体としゃべる趣味は無いんでね。まあせいぜい『余生』を楽しんでれば? ゾンビさん」


「おい秋人っ、あんまりそういう言い方は……!」


史郎さんが窘めるのも気にせず、クソ男は心底どうでもよさそうにスラックスのポケットに手を突っ込み、不敵に微笑む。


「天草さん。今度時間出来たらまた呑みに行きましょう。そん時は絶対そいつ連れてこないでくださいよ? 俺、腐敗臭のする中でメシとか食いたくないんで」


そう吐き捨てて、クソ男は歩いて行ってしまった。



「待てッ!」


私が怒り心頭でクソ男を追いかけようとすると、「ちょっ、待てって!」と史郎さんに肩を掴まれた。


「離してよ史郎さんっ! あいつ、私だけじゃなくて冬華まで馬鹿にしたんだよ!? 絶対一発入れないと気が済まないっ!」


「落ち着け刃金っ気持ちはわかるが、あいつにも事情があるんだ。許してやってくれ」


「事情!? 冬華を馬鹿にしていい事情なんて、この世に存在するわけ無いじゃんっ! ていうかあいつ何なの!?」


「あいつは永月秋人ながつきあきと。公安の人間だ」


「公安? 公安って、あの警察の?」


「宇宙人を迎撃する組織は、自衛隊だけじゃないんだ。警視庁公安部、外事第六課がいじだいろっか、地球外生命体対策本部。あいつはそこに所属してる警部だ。弱冠20歳という史上最年少の年齢で警部という地位に成り上がった、エリート中のエリート。俺達スリーシックスとは協力関係にある──わば同業って奴だ」


「あの性格で警察? 信じられない! 資格剥奪されろっ!」


「まあそう言ってやらんでくれ。あいつもまだ若くて尖ってるんだ。代わりに俺の方から謝るよ……嫌な気分にさせて、悪かった」


史郎さんが私に頭を下げる。そこまでされたら何も言えなかった。史郎さんがなんであんな奴を庇うのか、私には到底理解できない。


永月秋人……あんた一体何者なの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る