第10話 KICK BACKー2
猫の前足がそのまま私の下半身を前足で弾き飛ばす。
風圧でスカートが捲れ上がり、白いパンツが丸見えになってしまった私の下半身は、勢い付けて壁にべしゃりとぶつかり、そのままずるずると真っ赤な血の跡を引きずりながら床に落ちていった。
スプラッター映画さながら上半身だけになってしまった私は、そのまま成すすべもなくべしゃりと床に落ちる。
「かっ……はっ……はぁっ……!」
あまりにも現実離れした状況に若干冷静になりながら、人間って、上半身だけになっても即死しないんだ。と他人事のように考える。
切断されたお腹からは、縄跳びできそうなくらい長いピンク色の腸と、血がドバドバとまるでポンプのように溢れ出していた。
ズン、ズンと足音が近づいてくる。
朦朧としてきた意識の中なんとか振り返ると、霞む視界の中、猫が吹っ飛んだ私の下半身を咥えてムシャムシャと食べ、飲み込んでいるのが見えた。
あ、猫って肉食なんだ、知らなかった。もしかして、撫でてあげるよりジャーキーとかあげたほうが、喜んでくれたかな?
もはや暗くなってきた視界に巨大な前足が迫ってきて、ようやく私は気付いた。
もしかして、こいつと戦うことが試験内容だったのかな? ……駄目じゃん。全然駄目じゃん。
結局私、手も足も出ずに、死んじゃうんですけど。
というか私……また死ぬの? こんな、胴体真っ二つになって……せっかく冬華のおかげで、人生やり直せそうだったのに。
これから冬華と……生まれて初めて私に優しくしてくれた人と、ずっと一緒にいられるかもしれなかったのに?
私、冬華の期待を裏切るの? 冬華に「絶対受かってね」って言われたのに? 冬華は私に。こんなダメダメな私に。「頼りになる」って言ってくれたのに?
もう冬華に会えないの? 抱き締めてもらえないの? キスしてもらえないの?
嫌……そんなの…………絶対嫌だっ!!!
スパン。
迫ってきた巨大な前足に、一筋の青い閃光が走る。
次の瞬間、ズドンと地響きを立ててその前足が地に落ち、血しぶきが雨のように降り注いだ。
ぎゃおおおお!
猫の雄叫びがビリビリと体育館を揺らし、私は降ってくる血の雨に濡れながら、それを睨み上げた。
気づけば上下で分かれてしまっていた私の身体は綺麗に元に戻っていて、手に握られたナイフは、煌々と青く輝いていた。
なにこれ。すごい。力が溢れてくる。これがエナジクトの効果なのかな。何となくの感覚でしかないけど……今なら、勝てる!
びゅ、と風を切るような音を立てて猫のしっぽが迫ってくる。
私はそれを地を蹴って避けた。軽く蹴っただけだというのに、眼前に体育館の天井が迫っていた。
何このジャンプ力!? これが冬華が言ってた『肉体が強化される』ってやつかな。やっぱりそうだ。私、こいつとやりあえる──!
「あがっ!」
勢いがつきすぎたのだろう。私は天井に思いっきり頭をぶつけ、そのまま床に落ち、胸をまともに打ち付け、息ができなくなってしまった。
「がっ、はっ…………うっ……うう゛~っ!」
どうやら普段と同じような感覚で踏み込んじゃ駄目みたいだ。ちゃんと加減しないと。
胸を押さえなが痛みにのたうち回っていると、猫がびっこを引きながらこちらに来る。尻尾が再び迫ってきた。
やばい!
少し手加減して飛ぶ。今回はどこにもぶつからずに済んだ。それからも迫りくる猫の攻撃を走り回り、飛び跳ね、避け続けた。
逃げてるだけじゃ倒せない。こっちも攻撃しないと。
身体が真っ二つになっても死ななかったんだ。こうなったら……捨て身覚悟で特攻してやる!
ダン、と強く床を蹴り、残った前足の前に着地する。
「オラァッ!」
全く女子らしくない雄叫びを上げながら、一刀両断するイメージで全身を使って前足を切りつける。
骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげるのもお構いなしに力を込め、私はナイフを振り切った。
ザクンッ!
青く光るナイフが猫の肉と骨を砕き、閃光のごとき速さで前足を切り裂いた。
軸になっていた大木のような足が切断され、猫はとうとうバランスを崩し、巨体が前のめりに倒れ込んだ。
よし! 後は首を切り落としてしまえば終わりだ!
一度距離を取るように飛んで着地すると、猫の尻尾が襲ってくる。それを避け、間髪入れずに足に力を込めて飛んだ。
背後に回り込むようにして着地すると、勢いをつけすぎたのかバキッと床に足がめり込み、ささくれがふくらはぎに突き刺さる。
足から血が流れるのも気にせず飛び上がり、身体を回転させて勢いをつけながら尻尾の根本へ切りつけ、切り落とす。
これでもう猫は私に攻撃できない。後は首を切り落として終わりだ。
「にゃ゛、なぁああああッ!!!」
血が吹き出し、猫は痛みにのたうち回り叫ぶ。チャンスだ。
私は床を踏み抜く勢いで強く踏み込んで飛び跳ね、首元目掛けて突っ込んでいった。
「冬華が私を待ってるんだっつーの! 私達のランデブーの邪魔をっ……すんなあああああァッ!」
叫びながらナイフを前へと突き出す。
青い炎を放つナイフの刃先が猫の首へと到達し、突き刺さり、めり込み、そのまま突っ切っていく。
瞬きする間もないまま、青いナイフが猫の首を──完全に切り落とした。
ズドンと背後で首が落ちる音が響き、まるでシャワーのように血が降り注ぐ。私はそれを浴びながらガッツポーズをした。
やった! ついに倒したぞっ! これ絶対合格じゃん!? これからずっと冬華の傍にいられる! 冬華に褒めてもらえるっ!
わーいっ!! やったやったぁー!!!
心底浮かれていると、床がすぐ目の前まで近づいてきていた。
あ、やば。勢いつけすぎたかも。もう受け身とる余裕ない。これじゃ、着地できな──。
ガシャドゴーンッ!
私は勢いよく顔から床に突っ込み、床をぶち抜き、その下の基礎であるコンクリートへとめり込んだ。
あれだけ騒がしかった体育館に静寂が訪れる。
静かになったほぼ半壊してしまった体育館には、大量の血溜まりと、首を切り落とされて息絶えた巨大な白い化け猫と、パンツを丸出しにししたまま床に顔をめり込ませて動くなった女子高生だけという。
なんともシュールな光景が広がっていた。
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