第11話 KICK BACKー3


「はっ……!」



途切れていた意識が戻る。どうやらコンクリートに顔面を打ち付けたせいで、気絶していたようだ。

意識が戻るのとほぼ同時に、まるで顔に火がついたみたいに尋常じゃない痛みが襲った。


視界には大量の星が飛び、顔の皮膚は突っ込んだ衝撃で全てズル剥けに剥けきって、鼻はぺしゃんこに潰れ、頬骨も陥没しているみたいだった。



「うっ、うう゛~っ! いだいぃい゛~……っ!!」


あまりの痛みに足をばたつかせて悶絶しながら叫ぶ。


いや、ほんとマジでヤバイ! 痛い。痛すぎる。死んじゃう!

こんなん戦う度に繰り返してたら、身体より先に精神が駄目になっちゃうよっ!

早く力の加減と、受け身を覚えないと──。


あまりの痛みに号泣しながら悶絶しつつ、なんとか腕をつんのめって床にめり込んでいた顔を引き上げる。


顔を上げてすぐに痛みが引いていき、顔にあった違和感も視界も、すぐにクリアになっていった。

恐る恐る自分の顔に触れてみる。ズル剥けになっていた皮膚も、潰れていた鼻も、全てが元通りになっていた。


「はわ~……エナジクトって、マジですごい」


回復能力に感動しすぎて、思わず語彙力がギャルと化しながら立ち上がる。


勝ったのかな……私。


巨大な猫は大きな血溜まりの中に身体を横たえ、ぴくりとも動かなくなっていた。

じっと観察していると、猫の身体が小さくなっていき、ついに元の小さなサイズになった。それと同時に、半壊していた体育館も綺麗に元通りになった。

ぐったりと倒れ込む小さな背中を見て、罪悪感がズシンと重しのように胸に襲う。


私がこの猫ちゃんのこと、殺したんだ。猫ちゃんだって、私が怖くて攻撃してきただけかもしれないのに。


「……ごめんね」


息絶えた小さな身体の前にしゃがんで、血で濡れた頭部を優しく撫でる。するとその頭がもぞりと動き、ぐるりとこちらを振り向き、眼光鋭く睨んできた。


「気安く触るんじゃニャアッ!」


「ひぇえっ!?」


生きてた!? というか、しゃべった!?


驚きのあまり尻もちをつくと、猫の切断された身体が元通りになっていき、そして姿を変えていく。

信じられない顔で見ていると、白猫はみるみる見上げる身長になり、やがて猫の時の姿をそのまま人間にしたような、腰まである輝く白髪と純白のワンピースを着た、青と黄色のオッドアイの、猫耳美少女が私を見下ろしていた。


美少女は猫耳をピクピクと動かしながら「はぁ~」とため息をつき、肩に手をおいてコキコキと首を鳴らす。


「さっきはよくもやってくれたな人間? この純情可憐なシロ様を、めっためたにしやがって!」


「え、ねこ……ひと?」


混乱しながら指を指して見上げていると、突然ワンピースから伸びた白い足が私に迫ってくる。

すっかり油断していた私は、成すすべもなくその足蹴りをみぞおちに食らった。


「ぐふっ!」


「これはさっきのお返しニャアッ! このっ! このぉっ!」


猫耳美少女の猛攻は続き、蹲っている私の背を容赦なくげしげしと踏みつけてくる。

あまり痛くは無いけど、いくら何でも理不尽だと、踏みつけられながら私も必死の抗議をする。


「いやお返しって! ……さっき私もアンタにお腹に穴空けられたり、胴体真っ二つにされたんですけどっ!?」


「うるさいニャアッ! 人間如きがこの『地球外生命体最強と名高いシロ様』に口答えするニャアッ!」


「いたっ! ちょ、痛い! 痛いってばぁ!」


「おーいシロ。そろそろ終わったかぁ?」


理由もわからず踏みつけられていると、体育館の扉が開き、男の人が入ってくる。

さっきここまで私を車で送ってくれた隊員さんだった。


「あっ隊員さんっ! あの! 助けてくださいっ! なんかさっきからずっと、猫耳美少女から理不尽な暴力を振るわれててっ!」


「おいシロ。その辺にしとけ。そいつはこれから俺達と働く仲間になるんだぞ?」


隊員さんがそう声を掛けると、猫耳美少女──もとい『シロちゃん』の猛攻が止み、隊員さんへと駆け寄っていく。

そして同情を誘うかのように、隊員さんを上目遣いで見上げた。


「でも史郎っ! こいつシロを手酷くいじめてきたんニャよ!? 手を切り落としたり、首を切り落としたり、いっぱい酷いことしてきたんニャよ!? ぜ~っったい悪い奴ニャよ!?」


「はぁ!? 何勝手に一人で被害者ぶってんの!? 先に攻撃してきたのアンタだったじゃん!」


「黙れ人間っ! お前みたいな下等生物はニャア! このシロ様に潔くぶっ殺されてればよかったんニャよ! 反撃してくるなんて、生意気過ぎるニャッ!」


「はぁ……二人ともその辺にしとけ。シロ、今回の報酬として、吹雪隊長からマタタビの差し入れを預かってる。今回のところはこれで手を打て」


そう言って史郎さんが胸ポケットから木の実のような塊を取り出す。シロちゃんの耳と尻尾がぴーんと立ち上がった。


「マタタビ!? 史郎! それを早くこっちに寄越せニャっ! 早くはやくっ!」


「ほーれ」


「あっ……待つニャアアアアアア!!」


史郎さんがマタタビを放り投げると、シロちゃんは四足歩行でそれを追いかけて行ってしまった。

唖然としながらそれを見ていると、史郎さんがこちらを向いた。


「刃金哀。入隊の手続きがある。俺について来い」


「入隊? っていうことは私、やっぱり……」


「合格だ」


合格。

そのたった言葉に、胸がじんと熱くなる。


今までの人生、ずっと諦めて生きてきたから。何かに挑戦したり、人に認められたり、そういう経験が一切なかった。

だって私みたいなやつには、何にも出来ないと思ってたから。


だから、そのせいなのかな?

目頭が熱くなって、視界がぼやけてくる。


気づけば私は泣いていた。ぼろぼろと涙を零し、鼻水を垂らし、泣きじゃくっていた。

史郎さんがぎょっとした顔で私を見ているのもお構いなしに、私は子供みたいに、声を上げて泣いた。


「ちょ、おまっ!? 何急に泣いてんだ!?」


「あ~! 史郎が人間のメスを泣かしてたニャ~! 冬華に言いつけてやるニャ~!」


「シロ! それだけは絶対に止めろ! 頼むからっ! おい刃金! 後でおやつでも買ってやるから、さっさと泣き止め!」



今までの人生、何も出来ない自分が大嫌いで仕方なかったけど、私、ここでならやっていけるかな?

人の為に何か出来るかな?


自分のこと好きに、なれるかな?

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