第7話 ユキちゃんの遺伝子ー3


「それで、さっき言ってたエナジクトって……一体なんなの?」


「陸上自衛隊、特殊作戦群とくしゅさくせんぐん第666中隊のみが保有する装備品──武器だよ。哀ちゃん達と同じく、存在そのものが秘匿ひとくされてるから、世間には一切情報が出回ってないけどね」

「武器? まあ……確かにナイフだもんね」


そう言って、未だ離す気になれず握ったままのナイフを見る。けど、どう見てもただのナイフにしか見えない。

さっき冬華は「エナジクトのおかげで身体が治った」って言ってた。

でも、これの一体どこに、私の身体を治す力があるというのだろうか。


「エナジクトは、人間の寿命を吸い取る代わりに所有者に力を与え、肉体を強化し、負った傷を自動修復する特殊な武器なの。代償として人の寿命を抜き去っていくから、エナジーエクストラクト(魂を抜き出す武器)──略して『エナジクト』って呼ばれてるんだ」


「寿命って……でも私、死んだんだよね? じゃあ寿命なんて、ほぼ無かったんじゃないの?」


「まだ原理は詳しくは解明されてないんだけど、所有者──通称『ホルダー』が死体だとしても、肉体が持つ本来の寿命が適用されるみたいなの。それに、エナジクトに適合できるのは、『十代の少年少女の死体だけ』っていう条件もあって……だからまあ、言い方は悪いんだけど、日本中にいる、哀ちゃんみたいに『家族に疎まれて、居なくなっても誰も困らないような、死ぬ可能性のある少年少女』の情報を、関係各所から横流ししてもらって、エナジクトの適合者の可能性があるかどうかを選別して、監視してたんだ」


「じゃあ私は、エナジクトの適合者の可能性があったから、ずっと自衛隊に監視されてたってこと?」


「うん。そうなるね」


確かに冬華は、私がトラックに轢かれてすぐに現れた。あれはもしかして、私が家を飛び出した所からずっと監視してたからなのかもしれない。


「じゃあ、じゃあさ、冬華は……ずっと前から私のこと……知ってた?」


恐る恐る振り返り、問いかける。すると冬華はゆるく微笑みながら身体を起こし、こちらに近づいてきた。


「え、ちょ、ふゆか……ふわっ!?」


気がつけば私は、頭をそっと抱きかかえるようにして冬華に抱き締められていた。


どくん、どくん。


耳に押し当てられた濡れたシャツ越しの豊かな胸から、穏やかな心音が聞こえてくる。突然のことに私は成すすべもなく、されるがままで硬直するしかなかった。


え、なに? 何なんだろう急に。このトンデモナイご褒美は……ていうか、冬華の胸。めっちゃ柔らかくて、あったかい。

だってこれ、ブラしてないもん。濡れたワイシャツ越しとか、ほぼ生おっぱいじゃん。冬華の生おっぱい……ああ、幸せ。


私は多幸感、というか冬華の胸に溺れながら。目を閉じて、細い腰に腕を回し、おそるおそる抱き締め返す。

すると冬華は抵抗することなく、それを受け入れてくれた。


人にこうやって優しく抱き締めてもらうのなんて、抱き合うのなんて、生まれて初めてかもしれない。

ああ……生きててよかった。


「哀ちゃん。私、ずっと前から哀ちゃんのこと知ってたよ? モニター越しに、哀ちゃんのことずっと見てた。だから私、哀ちゃんに会えた時、本当に嬉しかったんだぁ~」


「……ほんと?」


「本当だよ」


「だとしたら私……めっちゃうれしいかも。だって、私がおじいちゃんに酷い扱いされてたから、冬華にみつけてもらえたわけでしょ? へへ……いっぱい辛い思いしといて、よかったぁ」


そうじゃなかったら、こうやって冬華に出会えなかったんだもんね。


「ふふ……哀ちゃんは本当にかわいいね」


遠慮なく胸に顔を埋めて抱きついていると、子供をあやすように、頭をよしよしと撫でられた。


ああもう……好きっ!


「あ、そういえばね。エナジクトに適合するための条件、もう一つあるの」


「え? なにそれ?」


「哀ちゃん、あなた、宇宙人?」


冬華にじっと目を見つめられながら問いかけられる。あ、この質問、死の間際にもされたな。

そんな事をぼんやり考えていると、冬華の質問に呼応するかのように、私の人差し指が冬華へと吸い寄せられていく。


冬華も指を差し出し、やがて私達の指先が触れ合う。その瞬間、前回と同じように、ビリっと全身に電流が流れる感覚が走った。

不思議に思い見上げると、冬華は愛おしげに私を見下ろして言った。


「これがエナジクトに適合するための条件。この質問に反応する人はね。宇宙人の血が流れてるの。宇宙人は、自分が宇宙人かどうか聞かれたら、絶対に嘘がつけないんだ」


「じゃあ、この指が勝手に動くのも?」


「そう。宇宙人の血が流れてる証拠だよ」


「じゃあ私……宇宙人なの?」


「半分人間、半分宇宙人かな? 純血の宇宙人には、エナジクトは使えないらしいからね」


「……へえ」


私、半分宇宙人だったんだ。全然知らなかった。もしかして、周りの人達とうまくやっていけなかったのも、それが原因だったのかな?

なんだか現実味が無い話がずっと続いてるけど、冬華がそう言うならきっとそうなんだろう。


「私のイメージしてた宇宙人って、映画で見たエイリアンっぽい見た目だったんだけど……そうでもないのかな?」


「そうだね。宇宙人も地球外生命体も、見た目は地球の生物と何も変わらないよ。彼らは地球の生物より知能が高くて、擬態するのが得意なの」


「さっきここは自衛隊の駐屯地って言ってたけど……冬華は自衛隊の人なの?」


「うん。私は特殊作戦群とくしゅさくせんぐん第666中隊、通称『宇宙人及びET迎撃部隊』の隊長をやってるんだ」


「え? 冬華って宇宙人と戦ってるの?」


「うん。まあそうは言っても、私は指揮官だから部下のみんなに司令を出すだけで、ほとんど現場には出てないんだけどね」


「っていうか……宇宙人って、私以外にも、そんなにたくさんいるの?」


「いるよ。たくさんね。実は地球には、私達が生まれるよりずっと前から、色んな惑星から宇宙人が極秘で移住してきているの。その事実を知ってるのは、宇宙人及びET迎撃部隊に所属している人間と、NASAと、世界でも限られた、ごく一部の偉い人達だけなんだけどね」


「そうなんだ……じゃあ私も宇宙人だから、冬華と一緒にいなかったら……やっつけられちゃったりするのかな?」


「それは無いよ。安心して。哀ちゃんは『いい宇宙人』だから」


「いい宇宙人?」


「地球にいる宇宙人は、『いい宇宙人』と『わるい宇宙人』に分類されているの。私達が迎撃するのは、『悪い宇宙人』の方」


「いい宇宙人とわるい宇宙人の違いって、何なの?」


「簡単に説明すると、いい宇宙人は『地球にとって無害であるか、地球人に利益をもたらしてくれる人達』だね。自分の持っている技術を貢献してしてくれたり、地球をより良くしようという活動に尽力してくれたり、ただ地球で普通に生活しているだけの人達が『いい宇宙人』。地球人の文明の発展は、彼らいい宇宙人の存在なくして成せなかっただろうと言われるくらい、彼らの存在は私達にとって有り難い存在。それに反してわるい宇宙人は、『地球人に対して害をなす者』。地球を乗っ取ろうと画策したり、殺人や戦争を起こすように扇動したり、危害を加えようとする存在。もし哀ちゃんがうちに来ることになったら、私と一緒にわるい宇宙人や地球外生命体──通称『ET』と戦ってもらうことになるかな」


「『来ることになったら』って……私まだここにいられるかどうか、分からないってこと?」


そんな。いまさら冬華と離れ離れになるなんて言われたら、私……絶対耐えられない!


「入隊試験があるから、それに合格すれば入隊できるよ」


「入隊試験!? わたしっ勉強は全然っ──」


「大丈夫。筆記は無いよ。ただエナジクトを使って、軽い戦闘のシミュレーションをしてもらうだけだから……大丈夫、哀ちゃんならきっと受かると思うよ。『絶対に受かってやる』って気持ちさえあればね」



『戦闘』ってことは、誰かと戦うってことだよね? 私、かなりひ弱なんだけど大丈夫かな……。

あ、でもさっき冬華が、『エナジクトは力を与えてくれて、肉体を強化してくれる』って言ってた。

じゃあ、何とかなるかもしれない。


というか、たとえ無理そうだとしてもやるしかない。

特殊作戦群第666中隊に入るために……冬華と一緒にいるために!


「冬華っ……私やるっ! その試験、絶対受かってみせるよっ!」


「うん。そうだよね。そう言うと思った。じゃあまずは、試験の前の練習をしよっか」


「? 練習って?」



そう問いかけると、冬華は私から離れ、再びバスタブに身体を預け、悠々とした表情でこちらを見上げ、とんでもない事を言った。



「じゃあ試しに、そのナイフで私のこと……刺してみよっか?」

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