第6話 長夏

 昼に出された素麺の味はまあまあだった。

 男の子だからと多めに食べさせられ、少し胃が苦しくなったという点が大きく評価をマイナスに下げているものの、飽く迄も素麺そのものは普通の美味しさだ。

 素材の味を遥かに超える、外部からのマイナスポイントで結果的に味があんまりだと思っただけだろう。


 太陽の陽射しを浴びて、春夏秋冬ひととせ 大地だいちは発芽するかのように思い切り伸びをした。

 まだ胃袋には素麺の塊がふてぶてしく残っている。

 数日連続で素麺が昼食で出て来れば流石に飽きる。姉はオシャレに素麺を盛り付けていたが、あんな発想も自分には無かった。明日からは姉の真似をしてみようかな。


 大地はふと、姉である春夏秋冬ひととせ 明智あけちのことを思い返す。抽象的なイメージだけではなく、具体的なワンシーンとして脳内で彼女の姿を描き、それから腕を組んだ。


 彼女は言った。天鈴あまれい はるかは自分が見つけ出すと。

 正確には彼が消えた謎を解明するという話だったが、細かい点は気にしない。

 とにかく、毎度毎度こうした小さな事件を持ち帰れば、姉が喜ぶ。それは大地としても悪い気にはならない。

 今回の話であっても、姉が活き活きとしている様子を見て、大地本人も内心喜んでいたりした。


 毎回そうなのだ。

 小学校または町で起きている出来事を大地が姉に話し、姉が揚々とそれについて調べ上げる。

 ある時は落書き事件。ある時は飼い猫迷子事件。

 いずれも事件とは言えないようなレベルのものが多いが、そのどれもに姉は足を踏み入れ首を突っ込んでいた。


 それが姉の日常。それこそが姉のサイクルだ。

 その普遍的で、他人任せな生活による暴走で誰かが迷惑を被ることはなく、寧ろ姉がそういった事件事案に関わっていた、という事実を知っている人間を探す方が難しい。

 暗躍、とはまた違うが、大地の見立てでは春夏秋冬 明智は表に出るのが嫌いらしかった。


 そう、日常がそれなのだ。

 だから正直、姉のことを放って遊んでも良かった。

 実際彼らは明智に、このことは任せて、と言われていた。その言葉に甘えるのならば、全てを忘れて無邪気に遊ぶべきなんだろう。大地もそれが正常だと認識していた。

 さて、では何故彼は腕を組んだのか。

 それは大地の次のセリフに、全て集約されていた。


「なあ、俺たちもさ。天鈴先生のこと調べねえか?」


 その言葉はアスファルトから跳ね返る熱気に包まれ、耳に届いた瞬間、夏の暑さを脳に刻ませる。

 身体は本能的に汗を作り出し、頬から顎に汗を流しながら大地は振り返って、二人に提案した。

 春夏秋冬家から出た三人は、現在当て所なく歩いている。


 夏の午後。緩く通り過ぎていく温風が汗に触れ、余計に熱を帯びて伝う。

 音は遠くから聞こえてくる蝉の声と、たまにすれ違うバイクや自転車のリズム音だけ。三人の間に、会話らしい会話は無かった。

 ただそれも一瞬のこと。春夏秋冬家から小学校前に繋がる三叉路までの間。

 沈黙を埋めてくれていた蝉や自転車の乾いた音はここでお役御免。大地を皮切りに、三人の言葉は決壊したダムのように放たれた。


「そうよ! 天鈴先生のことを大地のお姉さんだけに任せるわけにはいかないわ! 私たちも天鈴先生のために調査しましょう!」

「で、でも調査って何をすればいいのかな? だって何も手掛かりなんて無いし……」

「いや、ドラマでやってたんだけどさ。そういうのって聞き込み調査で、っていうかそれは俺らがいつもしてるんだけど、そういうんじゃなくてな。全く関係ない人とかから探していくらしいぞ。姉ちゃんもそう言ってたし。なんか意外な所から意外な証言が出てくるらしいぞ」

「ふーん。聞き込みって具体的に誰に聞くの? 完全ランダムじゃ無駄足になるじゃない。それに、だってこれって神社で起きた事件だし……」

「えーっと、じゃあ現場検証とかっていうのは……? 実際に先生が消えた神社を調べるとか……」

「それいいじゃん! じゃあ早速行こうぜ」

「でも本当にそれで天鈴先生が見つかるのかしら。もし、仮にだけど本当に神隠しとかだったら、そんな悠長なことをしてる場合じゃないなんじゃないの? 今まさに先生が危険な目に遭ってるかもしれないし……」

「だから行くんだろ。こんなところでさ、喋ってる暇があったらそれこそ何か一つでも手掛かり探した方がいいんじゃねえの」

「うん……。だからさ、早く神社に行かないと……」

「ああ、分かってるって。俺たちにもできることなんて、限られてるしな。先生が何処に行ったか、俺たちで見つけようぜ!」


 目的は定まり、何をするべきかも決まった。いつものように遊んで、楽しみながら調査しよう。

 彼らは、決して天鈴先生のことがどうだっていいわけじゃない。

 だから適当に遊んで探す、というわけではなく、どこかで解決できると思っていた。それは今までの経験、体験から導き出される解答でもあるし、春夏秋冬 明智への信頼感もまた大きく作用していることだろう。


 心の片隅で、何処かで結局無事に全てが終わると考えているのだ。

 その考えは何も間違っていない。寧ろ正しい。そう思わざるを得ないくらい、彼女が携わった事件の解決率は高かった。

 その日常が、異常に見られる日々が常に普遍。何が起きようが、最終的には自分たちを取り巻く環境は変わらない。それを知っているからこそ、春夏秋冬 大地は元気に走り回る。


 そして、彼について回る二人もそうだ。

 この日常を享受し、終わらないことこそを望む。と、そんな高尚なことなんて考えたことはなかっただろうけども、漠然と今の日々が続けばいいと考えてはいた。

 だから彼と彼女らは一緒にいる。考え方が似通う者同士、自然と集まって遊ぶようになった。

 友達なんて、何となく集まっていて、何となく決まっていくものだ。

 今だって、そう。大地含む三人は、町を歩いていた。

 三叉路から小路へ。黒く焦げたようなアスファルトから立ち込める熱気を掻き分けて、電柱を数えきれないぐらいに通り過ぎてから、また小路へと入り進む。

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