第5話 夏日

 春夏秋冬ひととせ 明智あけちの日常はもちろんダラダラと適当にその場その場を凌ぐことに尽きるものの、生き甲斐と言えばいかに面白そうなことに首を突っ込み、その解決をできるかが日々を生きる糧となっていた。


 刺激は求めていない、が。

 同時に暇過ぎてもつまらないと考えているため、なるべく動かずに珍事が転がり込んでくることを常日頃彼女は願っている。

 怠惰に日常を浪費し、無気力的に非日常を渇望している明智は、よって突如面倒事を持ち込んできた大地らを快く受け入れた。

 カモがネギを背負ってきた、わけではないが吉報が舞い込んだとはまさにこのこと。


 故に春夏秋冬 明智が、現状満悦とした笑みを浮かべているのはこうした理由があったからだ。

 外に出て、何か面白そうなことを探すのはバカのやること。真に賢しい人間は、自宅にて報せを待つ。

 小説とか、フィクションに出てくる探偵も、事務所を構え事件をひたすらに待っているではないか。彼女はつまりそれを実践していた。

 家から出るのも億劫な明智は、未来の自分はもしかして名探偵として名を馳せているのではないかと思い描いてみるが、虫眼鏡を持って外出する姿が想像できなくて名探偵の道を諦めた。


「じゃあ、まあ状況を整理してみるけどさ」


 半袖ハーフパンツという出で立ちで、明智がテーブルに広げた白紙に文字を書き連ねていく。

 情報整理には声で確認するよりも目に見える形として出力することが大事であると、最近学んだのだ。

 彼女は紙の上部に大きく、天鈴先生消失事件と記し、彼らに視線を投げた。


 同じように紙を覗き込んで座る大地含む彼らは、ゆっくりと言葉を吐き出していく。幾分落ち着いて、話せる心境になったようだ。

 東鬼しのぎ 鏡花きょうかが語る。


「せ、先生は午前の十一時くらい……だったかな。それぐらいに神社本殿に入っていったんです」

「えーっと……、それって見間違いじゃないの?」

「それは有り得ないです!」


 食い気味に切り返され、明智は面食らい思わず黙ってしまった。

 人間誰だって間違いはある。それは彼女が十六年間生きてきて、割と早い段階で知った真理の一つだった。

 間違いでなくても、勘違いというカテゴリで人は日々何かしら認識にズレを生じさせている。

 春夏秋冬 明智もまた間違い、勘違いのオンパレードで勉学を修了してきたからその人間らしい失敗に共感できたのだが、しかし東鬼 鏡花は違うという。

 それは確信であり、正確らしかった。


「まあ別に本気で先生じゃないって言ってるわけじゃないからね。だってほら、靴だってあるし」


 その靴も天鈴先生のものであるかどうかは定かではないのだが、これに関しても東鬼 鏡花は同じように応える。

 尋ねればそれは天鈴あまれい はるかのものである、と。

 やはり彼女は迷いなく答えたのだった。


「それじゃあさ、本殿に先生が入っていったのが事実だとして。中にいなかったっていうのは、ちゃんと確認したの? ほら、一瞬しか中を確認しなかったとかさ。本当にそこに先生はいなかった?」

「バカにするなよ。ちゃんと全部見たって! その上でいなかったからこんだけ大騒ぎになってるんだしさ」


 騒いでるのは大地らだけだし、話題として湧き上がってるのも今この場でだけなのだが、それでも自分の見ているこの光景が世界全てだと思っている大地が、その文言を撤回することはない。


 ともあれ現場にいなかった春夏秋冬 明智は彼らのその証言を信じるしかないわけで、それから彼女はこれもまた確認だと前置いて話を進める。


「じゃあ、まとめると……」


 明智はペンを画用紙に走らせていく。時系列順に起きたこと、そしてその結果を書き連ね、まとめ上げる。


「そもそもさ」


 書きながら、明智は呟くように声を漏らす。クーラーから送り出される冷気が部屋中を駆け巡り、体温をじわじわと低下させていく。

 実際体温の低下など露ほども気にならないし、最早気付かないレベルなのだが、微かに吹く風はクーラー自身の存在を主張しているようだった。

 明智はクーラーが頑張っていることなど気に掛けたことも無いが。それでもクーラーは健気に、風を吐き続ける。


「なんで神隠しなんて話になったわけ? ちょっと飛躍し過ぎじゃない?」


 人がいなくなって神隠し騒ぎするなんて迷惑極まりない。

 突飛な発想は小学生らしいと言えば小学生らしいのだが。春夏秋冬 明智も色々有り得ない想像を幼い頃からしてきたから分かる。

 それは妄想とも言えるわけで、しかしその妄想にも種が必要だ。種から芽が生え、想像力を栄養素とし、成長させる。

 何も彼らも、根拠無く神隠しだなんだと騒いでいるわけじゃないだろう。

 これに答えたのは終夜だ。


「だって、そういう噂があるんだよ……」

「そういう噂?」

「えーっと、皆が知ってるような噂なんじゃなくて。本当に知ってる人だけが知ってるようなっていうか……。噂って感じじゃないんだけど……」

「知る人ぞ知る都市伝説ってことね……。まあいいけど」


 不服、といった声色ではなく不安そうではなく、終夜の自信の感じられない返答に明智はそれ以上の追求はしない。

 神隠し。人が神に隠されるオカルト現象。

 古来日本人は、神が溢れ返るこの国において、それを人減らしのための口実として語り継いだり、また神が人に干渉したと本気で唱える崇拝者もいたりと、その存在は極めて伝統的かつオカルト的なものとして人々に認識されてきた。


 また手頃な怪談話として、小学生同士の世間話でその登場頻度を高めてきた。

 つまり使いやすく扱い易かったのだ。

 改変も然り、増長も然り。尾ひれはひれ、あること無いこと付与しながら、その類の話は変化していく。

 私が通ってた時もあったなあ、と。明智は在りし日の学生生活を思い返す。あの頃は宿題とかやらなくても別にたいして怒られなかったなあ。ああ、小学生に戻りたい。


「というかさ、姉ちゃん。神隠しじゃなけりゃなんで先生は消えたんだよ? だって誰もいなかったんだぜ?」


 神隠し以外に有り得ないって。大地はそう結論付け、他二人も納得したように頷いた。

 人は理由も無く消えたりしない。つまり彼らはそう主張したいのだろう。

 なるほど確かにそれはその通りだ。

 誘拐だって理由はあるし、家出にだって事情が付きモノである。

 それは明智にだって経験のあることだったから何も理解は難しくなかった。


 そう。人為的、という面で見れば人が消えるのは別段神聖するほどのモノじゃない。

 当然だ。人が絡んでいるのだから、神憑りではない。

 本当に神が攫って行った、という証拠こそあれば恐らくそれは神憑りと言えるだろうが。

 さて、では天鈴 永が消えたのは人為的か神憑りか。明智は机にペンを置いて、鼻で笑った。


「一つ言っとくけどね。オカルトなんてこの世に存在しないのよ。ここには消失事件なんて大袈裟に書いたけど、実際はそんなに大層な事件じゃないと思うのよ」

「でも実際に……」


 鏡花はこう主張したいのだろう。天鈴先生の姿が忽然と消えたのは、では一体どう説明付けるつもりなのか、と。

 彼女は言外にそう伝えたかったはずだ。春夏秋冬 明智が同じ立場なら恐らく同じような質問を投げ掛けたはずだ。


 何も知らない。何も分からない。こんな状況に陥ったのが初めてならば、尚更深く追求したがる。

 太陽光さえ入らない暗闇の部屋に閉じ込められれば、誰だって脱出の糸口を探りたがるように、そして未知の体験に曝されれば誰かを頼りたくなるように、やっぱりきっと自分も似たように立ち回るだろう。


 そうならないのは。そうなっていないのは、明智が過去から幾分成長したから、と。

 そう締め括ることができれば格好が付くのだろうが、しかしこの明智という学生は、いかに現実から目を背けるかを考えて生きているような人間だ。

 確かに彼女が勉強の為に部屋へと閉じ込められれば、発狂し、なんとしてでも脱出を試みる。明智ならばそうするし、そこに迷いや躊躇いない。


 しかし現状、そうではないのだ。

 春夏秋冬 明智は勉強を強いられているわけでも無ければ(実際は夏休みの課題があるが)、閉じ込められているわけでもない。

 寧ろそれらが起こり得る現実から目を逸らしたいのだ。

 明智は誰に向けたモノか分からない安心させるような笑みを作って、明るく言う。


「これは壮大で緻密なかくれんぼなのよ! 先生は自分の意志で隠れたわけじゃないのに、姿を消したという結果が生まれてしまった。これは自然に、流れるようにできた結末なんだと私は思うわけ」

「いや、かくれんぼって……。子どもじゃないんだから」


 大地がすかさずツッコむ。まだまだ自分が子供であることは自覚しているが、しかし今更かくれんぼをしたいとは思わないのだろう。

 思春期なのだ。かくれんぼとか子供がやることだから、と。


 そう決めつけて子供らしさを否定したがる年頃で、例えば小学一年生と自分たちとを比較したがる。大人という存在をより強く意識するのが、小学六年生という時期だ。明智は自分にもそんな頃があったと、しみじみ思い返した。

 ともあれ彼女の主張によって幾分重い空気は綿あめのように質量が軽くなり、緩和された。その中で、春夏秋冬 明智は胸を張る。


「まあ私に任せて、大地たちは外で遊んできなよ」

「はあ、なんか凄い自信だなあ」


 そんな呆れは、彼女の耳には入らない。

 春夏秋冬 明智が他者が面倒事だと感じるものを受け入れるのは、現実をサボることができる見込みがあるから。

 つまり今控えている自身の問題を棚上げし、回り道で先延ばすことができるから、その面倒に自ら進んで首を突っ込んでいく。

 彼女は心底、動きたくないのだ。

 ここを、働きたくない、という表現に置き換えても当てはまる。

 将来に適当な目途すらたてられない勉学を嫌うし、今の輝かしい時間をその無駄になるかもしれない勉強に費やすのは反対だった。


 つまるところ、明智という人間は自分を賭けたくないだけだった。

 もちろん純粋な好奇心として、姿を消した天鈴教師の謎に興味が無いわけじゃない。ただこれは口実になり得る。

 打算的に、計画的に、さらに明智は満面の笑みで、嬉々としてこう告げた。


「うん、まあ見てなさいよ。私一人で解決してみせるわ。先生が消えたっていう謎を、もといどこかに隠れたあなた達の担任をね!」

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