【13】無理な気がしますわ!

「前回よりも二点、高くして差し上げますわ」

「に、二点……本気を出した私が、たったの二点……」


 耳を疑う評価を受け、アルバンは唖然としている。

 ラングロア領第一聖騎士部隊に所属し、実力を兼ね備えた若き有望株のアルバンだが、このような低い評価を受けたことは今までに一度だってない。


 これは間違いなく不当な評価だ。

 もちろん、その相手がアリーヌでなければの話だが……。


「……いや、前回よりはということは……あの、一度目は……」

「え? ああ、ゼロ点ですわ」

「ぜっ」


 本気を出した今回が二点で、手加減して返り討ちに遭った前回がゼロ点。

 その言葉を聞いた時、アルバンは顔が真っ赤になるのを感じた。


「だって貴方、飛んで行ったじゃない? あっちの方角に、ぴゅーんって」

「――ッ、っっっ! 違う! あれは油断していただけで! 本気ではありませんでした!」

「ええ、だから言っているでしょう? その結果がゼロ点なのだと」

「本当の私はもっと……! もっと、……もっとつよ……ッ!」

「もっと、何かしら?」


 金属強化魔法を付与した長剣を無我夢中で振り回すが、その全てをいとも容易く躱されてしまう。どれほど繰り返しても全く当たる気配がない。


「つっ、つよ……もっと私は強いはず! そう思っていたのに……!!」


 これがアルバンの現在の力量であり、アリーヌとの差だ。

 決して埋めることのできない圧倒的な差なのだ。


「驕りね」


 一言返し、アリーヌが動きを止める。

 アルバンが長剣を振り抜き、今度こそ標的を捉えるかに思えたが、それは不可能なことだった。


「――なっ!?」


 剣撃が停止する。

 アリーヌの右手の人差し指と中指の間に挟まった長剣はビクともしない。


「う……受け止められないはずでは……ハッ!?」


 金属強化魔法によって強化された長剣だからこそ、今の今までアリーヌは避け続けた。

 だというのに何故、急に受け止めることができるようになったのか。アルバンは気付く。


「……ゆ、指に、魔力が……っ!!」

「一人で気付くことができたのね? プラス一点差し上げますわ」


 アリーヌの人差し指と中指に魔力が集められている。

 それは魔法ではない。ただ単に、アリーヌが持つ魔力を集めただけだ。

 しかしながら、アルバンの長剣を受け止めるにはそれだけで十分であった。


「――ッ!! 剣が……折れ、……っ」


 右の手首を軽く捻る。

 すると、指で挟んでいた長剣が細い木の枝のようにポッキリと折れてしまった。


「き、金属強化魔法を付与しているのに……折れるだなんて……」


 信じられないものを見てしまった。

 そんな表情を浮かべるアルバンだが、僅か数秒で我に返る。そして悟った。


 アルバン・インクラードにとって、それは確かに金属強化魔法だったのかもしれない。

 だが同時に、早い段階から理解するべきだった。


 それを付与した得物を向ける相手というのが、アリーヌ・ラングロア公爵令嬢であることに。


「……っ、か、……完敗、私の……負けです!」


 力なくその場に両膝を付き、首を垂れる。

 得物を失くしたアルバンは、己の敗北を認めた。


「聖騎士のアルバンさん……でしたわね? 二度目の貴方はとても素晴らしく、わたくしの心を躍らせて下さりましたわ」

「そう思って頂けたのでしたら、私としても恐悦至極です」

「ええ。ですからこれに懲りず三度目の挑戦もお待ちしておりますわね」


 天使の如く微笑み、手を差し伸べる。

 その手を迷いなく掴み、すっくと立ち上がると、アルバンはスッキリとした表情を浮かべたまま首を横に振る。


「いえ、もういいです」

「……はい? 今、なんと仰いましたか?」

「もう諦めました」


 それはもう、澱みのない言い方だ。

 だがそれも仕方のないことと言えるだろう。


 表情から察することは不可能に近いが、アルバンの心は既に折れていた。


「二度にわたり、良い夢を見させて頂いたこと、感謝いたします。それでは、任務がありますので!」


 床に転がる長剣を回収し、アリーヌとラングロア公爵に対して敬礼してみせる。

 それからすぐに踵を返し、アルバンは決闘場をあとにした。


 淑女らしく、優しく手を振ってその背中を見送った後、アリーヌはラングロア公爵とのお茶会を再開する。

 しかし思うところがあったのだろう。ふと、アリーヌは口を動かす。

 言葉を交わす相手はもちろん、父ラングロア公爵だ。


「お父様」

「……なんだ」

「わたくし、やっぱり結婚は無理な気がします」


 そう言って、肩を竦めながらもアリーヌは紅茶を一口。

 けれどもその顔に落胆は見当たらず、今日という一日に満足したかのような表情を浮かべていた。

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