【14】久方振りの殿方ですわ!
御触れを出してから一か月が経過した。
アリーヌの父ラングロア公爵は、日課の如く決闘場へと足を運び、花婿候補を出迎える準備を整える。大事な娘を託す男を探すのだから、他人任せではいられない故の行動だった。
だが、そんなラングロア公爵も、薄々気づいている。
否、既に諦めている。アリーヌの花婿を見つけ出すことを……。
この一か月間、ここでアリーヌと拳を交えた花婿候補は、たったの一人。
山奥の村のルトルはラングロア公爵が直々にぶっ飛ばしてしまったし、ドノーグは町中で決闘を行っているし、真面目に参加したのはアルバンただ一人なのだ。
……何故、誰も来ない。
否、これも否。何故ではない。何故と言ってはならない。
お願いだから、誰か来てくれ。
そして願わくは、アリーヌと同程度の腕自慢であってくれ。
夢物語のようなことを願いつつ、ラングロア公爵は悪戯に過ぎゆく時間を恨めしく思っていった。
その一方、当の本人はというと……。
「――ハッ、――ハイッ!」
目にも留まらぬ速度で両拳を交互に突き出す。
その風圧で決闘場の壁が軋む音が聞こえてくるほどだ。
「我が娘よ……今以上に己の拳を鍛えてどうするのだ……」
「それはもちろん、いつか訪れるであろう殿方に不足を取らないためですわ、お父様」
「頼む……! 頼むから不足を取ってくれ!」
その願いが聞き届けられる日は果たして来るのだろうか。
もはや決闘場とは名ばかりの親子のお茶会開催場と化した空間に、アリーヌが放つ拳による鍛錬の音だけが、空しく響いていた。
と、そんな時のことだった。
「――ッ!?」
「あら? これは……」
アリーヌとラングロア公爵が二人揃って同じ場所へと目を向ける。
気配を察したのだ。それも異様で異常とも言える気配を……。
「……それ、御触れ書の掲示板ですわね」
決闘場に姿を現したのは、長身の男だった。
アリーヌの言葉通り、その男は御触れが書かれた板を引っこ抜き、ここまで運んできたのだろう。
板を地面に置くと、礼儀正しく首を垂れて口を開く。
「レドラだ」
名乗り、レドラは二人の姿を瞳に捉える。
かと思えば、地面に置いた御触れへと視線を落とす。
「これを目にした時から、ずっと、来るべきか迷っていた……だが、おれは己の気持ちに、正直になることにした……故に問う。これはまだ……有効か」
レドラが訊ねる。
それはつまり、御触れに書かれた内容は継続中か否かを知りたいのだろう。
「……ええ。ええ、もちろんですわ!」
当然、アリーヌは肯定する。
そして同時に胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
「お父様っ、お父様! 久方振りの殿方です! さあ早く! 見届け人としての役目をお願いいたしますわ!」
意気揚々と決闘の開始を求める娘を尻目に、ラングロア公爵はレドラを一瞥する。
それから険しい表情を作り込み、一言訊ねる。
「――貴様は“何”だ?」
……と。
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