【12】二点、ですわ!

「前回、私は油断していました。まさかアリーヌ様があれほどのお強さとは思いもしませんでしたので……」


 グーパン一つ。

 たったそれだけで、アルバンは決闘場から遥か彼方へとぶっ飛ばされた日のことを思い返す。


「ご無事で何よりですわ」

「手加減……して頂きましたから」


 怪我は負ったが、重傷ではない。

 アルバンは聖騎士の一人であり、実力も申し分なかった。


 確かにグーパン一つで返り討ちには遭ったが、それで人生が終わるほどやわではない。

 故に、今ここに参上したわけだ。


「手加減をして頂いたというのに……私はアリーヌ様との力量の差を見誤り、あろうことか手加減しようと不用意に近づきすぎました」


 お姫様抱っこしたまま、場外へと運ぶ。それがあの時アルバンの考えた策だった。

 当然、それは失敗に終わるのだが、当時のアルバンはそれが最も有効な策だと信じて疑わなかった。


「ですが、同じ過ちを繰り返したりはしません」


 キリっと前を向き、アリーヌと目を合わせる。

 前回の時とは比べ物にならないほどの気迫を感じるのは、決して気のせいではない。


「私は今日、貴女との決闘に勝利し、今度こそ……アリーヌ・ラングロア公爵令嬢! 貴女様を妻としてみせます!!」


 堂々と宣言する。

 声に震えはない。その表情には怯えも一切見当たらない。

 グーパンを直に味わったにもかかわらず、二度目の決闘に挑み、本気で勝つつもりでいる。


「良いわ、頑張って下さい。その方がわたくしの気持ちも昂るというものですわ」


 一度目は詰まらなかった。だが二度目は違う。

 今回は楽しませてくれそうだ、とアリーヌは口の端を上げた。


「お父様、合図をお願いしますわ」

「うむ! それでは双方、構えよ」


 前回と異なる点が、既に一つ。

 あの時、剣を床に置いたアルバンだが、今回は両手で握り構えている。


 手加減はしない。

 もちろん、油断もしない。


 その言葉に嘘偽りはないようだ。

 それがアリーヌは嬉しくてたまらなかった。


「――始め!!」


 決闘場に声が響く。それはラングロア公爵の声だ。

 と同時に、先手必勝とばかりにアルバンが地を思い切り蹴り上げ、一気に距離を詰める。


「ハアッ!!」


 だが、ゼロ距離まで詰めることはしない。

 一定の距離まで近づくと、左右にフェイントを入れてその場で飛び上がってみせた。そして重力と共にアリーヌ目掛けて剣を振り下ろす。


「――っ」


 ドノーグの斧を右手の親指と人差し指で摘まんでみせたように、振り下ろされるアルバンの長剣を瞳に捉える。

 しかし、アリーヌは寸でのところで考えを改め、新たな選択肢を取る。


 なんと、あのアリーヌが体を横にずらしてアルバンの一太刀を躱してみせた。


「くっ、……やはり避けられてしまいましたか」


 悔しそうに表情を歪め、けれども再び距離を取って剣を構える。

 一方のアリーヌはというと、実に楽しそうな表情を浮かべていた。


「ふうん……これが貴方の本気なのね?」

「はい。貴女と比べると全てにおいて劣っているのが情けないですがね」

「そんなことはないわ」


 謙遜しなくてもいい、と。

 アリーヌはアルバンの本気を讃える。


「素晴らしい魔法を使うのね?」

「……っ」

「それ、付与魔法よね? 受け止めなくて正解でしたわ」


 何時ぞやの斧のように指で摘まんでいれば、アリーヌの指は飛んでいたかもしれない。


「こ、この僅かな時間で全てを理解なさるとは……さすがはアリーヌ様です」


 アルバンは肯定する。

 長剣には金属強化魔法が付与されており、そんじょそこらの金属であれば容易く斬り落とすことができるようになっていた。それはまるで、豆腐を包丁で切るかのように滑らかにあっさりと……。


「少しは貴女を焦らせることができたみたいでホッとしました」

「焦る……? あら、わたくしがいつ、焦ったと?」


 アルバンの台詞を耳にして、アリーヌはキョトンと目を丸くする。


「咄嗟の判断で避けましたよね? つまり、私の剣技に焦りを見せたと思ったのですが……」

「ふふっ、アルバンさんには、わたくしが焦ったように見えたのですね?」


 くつくつと喉を鳴らし、アリーヌは目元を緩める。

 その姿は圧倒的無防備であったが、アルバンには隙があるようには全く見えない。


 すると、アリーヌは一言、たった一言、口にする。


「二点、ですわ」

「……は? ……に、二点とは、何のことですか?」


 言葉の意味が分からず、アルバンが訊ねる。

 すると更に一言、アリーヌが呟く。


「今日の貴方の採点結果ですわ」


 その一言は、アルバンの心を間違いなく折りにかかっていた。

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